第二百七十七話 俺達は、六人になっても踏破を続け―――
「―――」
俺は思うんだ、アイナって他の人の立場になって、その人と同じようにものを考えられる人。他の人に共感できるタイプの人なんだなって。もちろんアイナ自身が好感を持つ人だけだが。
俺にはできるかな、そんなこと。たとえば、極論だが、俺は、日下修孝の立場になってあいつの思うことを考えることができるか?
いや、俺にはできない。
第二百七十七話 俺達は、六人になっても踏破を続け―――
きっと俺は―――、っつ
「―――っつ」
―――あいつ日下修孝と相対しても、あいつの心を思い、理解に努めるなんて。
だって、あいつは、目的の為ならば手段を選ばず、民間人でさえ平気で辻斬りのように斬殺する人間。
そんな日下修孝の考えを、あいつの立場になって彼奴の理解に努めようなどと、俺はそういう風にものを考えられない。
塚本さん、、、あの人の考えもそう。俺は、塚本さんあの人ほど、上手く立ち回ることもできないし、割り切れる人間じゃない。きっと、俺は、たぶん誰かを、見捨てることができない人間さ。―――、って、さすがにそれは格好つけすぎか。
だが、俺は全員で天雷山踏破を成し遂げたい。全員みんなが欠けることなく、そこで待っているであろう『イデアル十二人会』の奴らを返り討ちにし、勝利を飾りたいんだよ、俺は、な。
この二日後に、遅れてやってきた一之瀬春歌さんも、俺とアイナのパーティーに加わり、ここに、俺達は六人での天雷山踏破が始まることとなる。
二日前、羽坂さんは、ここに来た時はもちろん年相応の私服姿であり、自身の、お泊りセット、、、着替えの私服などを、旅行鞄のような手持ちの鞄に詰めて持ってきていた。
しかし、
一之瀬さんはというと、ころころがついた黒のスーツケースのような鞄を携行し、しかも、一之瀬さんは、とても気合いが入っていたのか、津嘉山の迎賓館に到着した際の出で立ちは、本格的な、まるで軍隊の堅い鉄帽を被り(長いポニーテールはシニヨンにして結ってたっぽいよ?)、靴はごつごつしたこげ茶色の登山靴を履き、上衣も下衣も境界警備隊の、茶色い迷彩服のような隊服姿だった。
そして、自身の得物だという身の丈以上の『薙刀』まで、既に兵装しているという気合の入りよう。そして、その胸ポケットには、手の平に収まるぐらいの、実弾入りの警備銃と、それと呼びの弾倉まで入っていた。
「、、、」
確かに、『天雷山』は危ないところで、しかも『イデアル』の奴らと戦うと、俺は言ったよ?でも、俺の想像に上をいく、アターシャ以上の、たぶん、生真面目で、堅物の一之瀬春歌さんだった。
あとで、羽坂さんが俺に―――、
「春歌は警備局の、特に境界警備隊では有名人。『堅物ポニテ』とか『薙刀女』って、犯罪者達に恐れられているの、えっへん」
―――と。
///
「―――」
感慨深げに、俺は眼下の景色を見詰める。
先ほど、山の支尾根の中腹に見晴らしのいい岩場を見つけたのだ。かつて俺達が四人で踏破してきた天雷樹海の低地帯である雲霧林は、見下ろす遥か遠方、空気に混じるかのように青々と見える。
今の俺達は雲霧林を抜け、落葉広葉樹林帯も突破した。そして、今は冷涼な針葉樹林の森を、ひたすら上へと、頂上へと向かって進んでいた。
気温も、俺達が天雷山に挑んだときのような、高温多湿なものではなく、もはや涼しい。ちょうど登山には最適な、日本でいうところの紅葉シーズンぐらいの気候だと思う。
これからもっと、山頂のほうへ向かうと、どうなるんだろうか?寒くなるよな、常識的に考えると。
「―――」
そんな、遠く眼下に広がる、深い青緑色に見える天雷樹海を、俺達が四人で踏破してきたを雲霧林を、そんな樹海を上から見下ろすように眺めながら俺は、物思いに耽る。
「・・・」
俺達は、俺は、、、あんなにも、遠く眼下に見える広く深い森を、突き抜けてきたんだな―――。いろいろあったなぁ、魔法植物に襲われたり、モンスターのように大きいムカデを見たり、、、それだけじゃなく、みんなでわいわい楽しく、お弁当を食べたっけ・・・。
「ケンタ」
アイナだ。そんなとき、俺はアイナに声を掛けられた。
「おう、アイナ」
「なにを、そのように思い詰めるような顔で?」
「いや、遠くまで来たな、、、ってアイナ」
ざっ、ざり―――、っとアイナは、一歩踏み出し、数歩。そして、眼下の景色を見詰める俺の傍らに立つ。
「えぇ、ケンタ。私達は―――」
アイナの長い黒髪が、微風にさらわれるかのように、揺れ、、、
「っ」
アイナの、長い黒髪の、その、、、俺にとっては、心地いい微かな匂いが、俺の鼻をくすぐる。
こんなことを、アイナに言うと、一歩引かれてしまいそうだから、俺はアイナには言えないけどな。
アイナの端整な横顔。綺麗な顎。整った鼻筋。みずみずしい唇。微風に、その藍玉のような両眼をやや細める。
天雷山山脈の、その支尾根をそよぐ微風に、はらはら、とアイナのその綺麗な、烏の濡れ羽根色の長い黒髪が揺れる。今日のアイナは、シニヨンに髪の毛を結うていない。
ごくり、っと、俺はアイナを視界におさめ、唾液を嚥下する。
「・・・っ///」
今、アイナの手を取ったら。彼女アイナの手を取って、愛おしく手を繋ぎ、引き寄せ、そのあとは、、、それは、場違いなことだろうか?
「―――」
アイナ。っと俺は。俺の口から、アイナ、っと声が出かかったときだ。
ざっ、ざりっ、っと、誰かが来る気配。
「アイナ皇女殿下、健太殿下。あまり岩場には出ないでください」
俺達の後ろから掛かる女性の声。
その声の主は―――、
「はいはい、ハルカ」
アイナは、その声の主に答え、後ろを振り返る。
「さ、安全なこちらへ」
その声の主こと、一之瀬春歌さん。アイナと手を繋ぐ絶好の機会が、その雰囲気が霧散した。
「えぇ、ハルカ」
でも、彼女一之瀬春歌さんは、成り行き上とはいえ、ずいぶんと俺達に心を砕いてくれる。
「さっ、健太殿下も、岩場よりお降りください」
有無を言わさず一之瀬さん。
「お、おう」
ざっ、ざっ、すたっ、すとんっ、っと俺は、支尾根の見晴らしのいい岩場を降り、『登山道』、と言ってもいいのか分からないが、細い尾根道に戻った。
この尾根道は、広い台地の頂上にあるような尾根道ではなく、切り立った尾根に、申し訳なく取りついているような『道』だ。
そんな荒れた尾根道ということは、切り立った稜線ということなので、右も左も、谷底だ。まるで、奈落の底に落ちて行く、というほどの、脚を踏み外せばそうなるという、危なげな尾根だ。
視線をすぐ前に向ければ、長い赤い髪の後ろ髪。
「―――」
そんな道ゆえに、隊列を組む俺達は、自然と縦一列に編成されていた。一番前を歩くのは、アターシャ。そんな彼女は給仕服姿だ。
「っ」
俺の視線でも感じたのだろうか?
くるりっ、っとアターシャは、俺に振り返り。
「―――、なにかケンタさま」
ちょっと機嫌悪そう、アターシャさん。
たぶん、一之瀬さんが行なったアイナの、安全を考慮した進言の所為かもしれない。ほら、『私という侍女がいるのに』、みたいな
「いや、なにもないさ、アターシャ」
俺はアターシャから視線を切り、
その後ろの、つまり二番手を歩く人物に視線を向けた。その人物は―――、
きょろきょろ、きょろきょろ―――、
「・・・」
―――と、先頭から二番目の位置を歩く羽坂さんは、周りの風景を興味深そうに、首を動かし、その視線を周囲に彷徨わせている。
「、、、」
周りになにかあるのかな?羽坂さん。首を動かす度に、その髪に日の光が当たり、キラキラと銀色に反射するその綺麗な銀髪が映える。
羽坂さんの、すぐ後ろ、隊列の三番目であり、俺のすぐ前がアイナ。
そして、四番目が俺。
長い、な・・・結構。薙刀か。
「、、、」
俺のすぐ後ろ五番目が、一之瀬さん。一之瀬さんは、サーニャの『聖剣パラサング』と同じように、『見える形』で、自身の得物を帯びている。
そんな一目見て判る一之瀬さんの得物は、身の丈以上の長い薙刀だ。両手が空くように、一之瀬さんは、その薙刀を背中に背負っている。一之瀬さんもまた、アイナと同じで、長い黒髪だが、一之瀬さんは、自身が被る鉄帽の中にその長い黒髪を収納している。
「健太殿下?」
俺の視線に気づいたらしい一之瀬さんと、視線が合う。
俺の視た感じ、その得物もかなりの『名刀』の部類に入ると思うんだが、俺には。
「あ、いやその薙刀かな。今まで割と気になってはいたんだ。由来とかは?」
「―――、この薙刀は一之瀬家に伝わる、所謂伝家の宝刀です。長らく一之瀬家の神棚に納められていたのですが、私の父泰一が、―――不惜身命―――、それを条件に、私にこの薙刀を使うように、と、私に授けてくれたのです」
「へぇ、、、」
俺の家と同じというか、一之瀬家は武官の家なのか。
「へぇ、そういえば、俺ん家にもあるわ。一之瀬さんのその『薙刀』と同じような武具が」
「―――、」
あれ? 一之瀬さんのそんな興味深そうにした眼差しを、俺は初めて見るよ?
「―――、そうなのですね、健太殿下」
一之瀬さんは、その目を興味深そうに大きくしている―――。