第二十七話 認めてしまえば早いもので
第二十七話 認めてしまえば早いもので
「あの街で・・・貴方が御無事でいてくれて、ほんとうによかった・・・―――」
ひしっ!!
「―――よかった・・・ケンタ―――」
ふえっアイナさん・・・!! 急にひしっと抱き着くのはだめだってばアイナさん。俺の心の準備がまだっ・・・。
「・・・あたたかい。ケンタのぬくもり・・・」
「っつ!!アイナっ、そっそんなにだきつかれれるりとっ―――!!」
がぶっ!!
「~~~~ッ!!」
あ゛ー痛ってぇえええっ舌噛んだっつ!!
えっとつまり―――アイナは、俺の体温があたたかい、と言ってその俺の背中を掴まえている両腕にさらに力を籠めたんだ。
「だ、大丈夫ですか?ケンタ」
舌噛んで痛い!! 答え(しゃべり)にくいから取りあえず―――
「―――(コクコク)」
―――うなずけ、肯くんだ俺。俺が肯くのを見てアイナは俺の身体をやさしく抱きすくめるように、さらに己の身体も俺に密着するように預け―――
「―――っ・・・!!」
だ、だからっアイナさんってば、そ、そんなに抱きつかれるとそのっ・・・!!そうさっきはこの途中で舌噛んだんだ。
気づけば俺はアイナに強く優しく柔らかく抱き締められていた―――。深く深く・・・アイナは俺の首筋から胸に顔を埋めた。そして、その両腕は俺の背中に回され、アイナの手の指は俺の背中で結ばれ、手の平が俺の背中に置かれていた。その両手の手の平のぬくもりを俺は自身の背中で感じたんだ。
あの街での事、アイナにだけ謝らせるなんて俺、そんなの絶対違う気がするって。
「ご、ごめん、アイナ。俺、勝手に動いて」
「・・・、・・・、・・・」
アイナは俺の胸に顔をつけたままその頭をふるふると横に振った。あ、俺、なんかダメかも・・・。アイナかわいす。
「―――」
確かにアイナと出会ってから今までの時間はとても短いものだ。『恋人として付き合った』という時間なんてものはないに等しい。でも、アイナは初めから一貫して俺のことを信じてくれて、全幅の信頼を置いている自身の侍女アターシャさえも俺を疑ってかかってくるのに、アイナは俺をまるで庇うように信じてくれたんだ。
「・・・えっと俺―――あの街でさ」
吐いて出た言葉は照れ隠しと気持ち隠しだ、たぶん。でも口に出してしまった手前、アイナとの約束を破って勝手に動いてしまった理由を、アイナ本人に告げようと俺は思い。
「謝るのは、・・・私のほうです、ケンタ。私はあの街に、貴方を置いていってしまった。ケンタ貴方を全て信じることができずに、ごめん、なさい・・・」
『全て信じることができずに』・・・そんなことは仕方ないよ、当たり前だ。誰だって初対面の人を全て信じようとする人なんかほとんどいないってば。だからアイナきみは間違っていないよ。
「いいんだ、アイナ」
俺は『いいよ』とアイナの背中を数回撫でた。
「―――ケンタ・・・っ」
「―――・・・」
そして、俺が優しくアイナの背中をよしよしといった様子で数回撫でているとそんな中―――
「私は愚か者です。あの惨劇が起きた街に、私の愛する人を置いていってしまった・・・」
「―――」
そんな。そこまで思い詰めなくてもいいのに・・・。自身を罵るほど責めてほしくないよ、アイナ、俺は。俺はアイナの独白のような言葉をすぐ間近で聞いた。
俺は、こんなにも自分自身を責め、自身の行ないを悔いるアイナの哀しい顔は見たくない。俺はアイナをふたたび笑顔にしてあげたいんだ。
そのアイナは俺の胸にこつんと頭を当て、その哀しそうな顔を俯かせていた。だから俺はアイナの顔を見ることはできなかった。―――ひょっとして泣いてるのか? アイナは自身が涙ぐんでいるから俺にはその顔を見られたくないのかもしれないな。
「―――・・・」
正直、俺はアイナなんてただの、『利害や信条で俺に寄ってくる女の子』か、『押しかけ女房』ぐらいにしか見ていなかった。
でも、今のアイナのその言葉や行動、態度を見て俺は思うよ―――、アイナきみは。きみは本当に俺のことを―――
「・・・」
今もなお、アイナは俺の胸にその顔を埋め―――、無防備なアイナのその様子。俺に全幅の信頼をおいてくれているからこそ、アイナはこうしてくれている。
「―――」
再会してからのアイナの言葉やその行動、また今の様子から『アイナは本気で俺のことを想ってくれているんだ』と、そう俺は強く感じ取り―――。
―――きっとアイナは俺を真剣に想ってくれているんだ。俺はアイナの気持ちに今ようやっと気が付いたんだ。
「・・・―――」
そして、俺は『アイナ』を理解した途端―――俺は心の中で俺自身の明らかで確かな心境の変化が起きていた。
やばい、俺。俺の中で、俺が見てきたアイナがめちゃくちゃかわいくなってる。あぁ、初めて会ったときの凛々しいアイナも、動揺して頬を紅らめているアイナも―――
もういいだろ、俺。認めろよ。認めちゃえよ―――俺はアイナのことが―――、
「―――」
―――好きになっ―――ううん、好きだ。
『利害や信条で俺に寄ってくる女の子』、『押しかけ女房』―――最初は確かにそう思ってたかもしれないけど、俺自身に対してのアイナのこの、ここまでの献身的で、『恋は盲目』的なその言動と態度を見て―――俺は明らかな、確かな自身の心境の変化を感じ取り、俺はついに自分の心の中に不確かにもやっと曖昧に在った『その感情』を認めた。
認めてしまえば早いものだ。不確かな形だった『その感情』は俺の心の中でしっかりと固まり、はっきりとしたかたちのものになったんだ。
だめだ、俺。凛々しいアイナ、微笑むアイナ、恥ずかしがるアイナ、その思い出したどのアイナもめちゃくちゃかわいくみえてきて、なんだよこれ・・・愛おしいよ、アイナのことが。
「アイナ・・・」
苦しい―――・・・くるしいよ。泣きそうな顔のアイナを見れば、俺は急に胸が激しくぎゅうっと締め付けられるような感覚を覚えた。それはざわざわと俺の心を忙しく焦らせ、またざわざわと俺の心を揺さぶった。だから俺は、そのアイナが抱えるその自身の哀しい心を、俺は和ませてあげたくなったんだ。気分が落ち込み、自身の行ないを悔いるアイナの重く苦しむ心を俺が少しでも軽くしてやれることはできるだろうか。
アイナをこの腕で抱きしめたい―――。
「―――」
俺は無言で何も言わず、ただゆっくりと自身の両腕を伸ばし、両手をアイナの背中に持っていった。小剱流剣術に一筋で彼女なんていない俺は、自分と同じ歳の頃の女の子をこの両腕で抱き留めるように、優しく抱きしめるなんてことは今までやったことはない。でも、様々な媒体を見て覚えたことを見様見真似でやってみることにしたというわけだ。
アイナの耳って形、綺麗だよな・・・。
「アイナ―――・・・」
―――きみが愛おしい。
「っつ―――///」
うん。小声だったけど、アイナの耳にはちゃんと俺の声は届いたみたい。誰にも聴こえないような小さな声で囁いたから、ちゃんとアイナに届いているか心配だったけど、杞憂だったな。
俺の腕の抱き締める動きに気が付いたアイナが恥ずかしそうに頬を紅らめて顔を上げ、その藍玉のような眼から放たれる視線は恥ずかしそうなものと、どこか浮かされうっとりとしたものが同居している。そのようなアイナの視線と俺の視線がかち合ったわけだ。
くっ・・・。
「っ」
自分がアイナに行なった行為の結果だ、これは。俺は自分の行為の意味を悟り、急に照れくさくなってしまう。なにやってたんだ俺―――こんな緊迫した場面でするような行為じゃないだろっ鎧男も見てるんだぞって、でも俺は自分の意志でやったんだ。俺は自分の行動を後悔はしていないよ。
俺がそんなことを考えているのと、ほぼ同時にアイナは俺の背中に回す自身の腕にぎゅっとさらに力を籠めた。
「っつ、ケンタ・・・っ!!」
アイナはあたたくて、それに・・・これ、この―――
「っ・・・!!」
その、アイナが俺に、自身の身体を押し付けるようにぎゅっと抱き着いてきたせいで俺は分かってしまった、俺の鼻元のすぐ下、アイナから漂ってくるいい匂いとアイナ自身の柔らかいものの温かさを。俺は自身の胸からお腹側の正面でその、アイナ自身を温かく感じ取れた。―――こんなさなかに不謹慎かもしれないけど、そんなことを思ってしまったんだ、俺は。
「ア・・・アイナ―――その―――」
やっぱ言えない俺にはっ。アイナと面と向かって言えないっ恥ずかしくてっ。アイナにそんなことを思ってるんだと思われたくなくて、嫌われたくなくて!!
そのアイナの『それ』が俺の胸に当たっていると、アイナ本人にはっきりと指摘する勇気は俺にはなくて―――、恥ずかしくて気まずそうに俺が視線を明後日のほうに向けたとき、たまたま俺の視線は、アイナが出てきた漣立つ空間に向いた。
「っ!!」
と、そんなおり、アイナが作り出した漣立つ空間からさらに赤い髪をしたアターシャも静かに現れたんだ。
「っ!!」
あ、アターシャだ・・・。そんなアターシャは無駄な動きを一切せず、静かに地に降り立てば、その漣立つものは消えて普通の空間に戻った。
「―――・・・」
あ、アターシャと視線が合った・・・。俺がアターシャを見ていたことをアターシャ本人に気づかれ、アターシャはその表情を改めて、俺に向き直る。あ、俺アターシャの主人と抱き締めあってる・・・、なんか気まずいな、そんなとこをアターシャに見られるのは・・・。
「っつ・・・」
さすがにアターシャから見て主人のアイナと抱擁し合っているところを従者であるアターシャに見られるのはちょっと気まずかった。