第二百五十三話 行ったり帰ったり
「ケンタ」
俺はアイナに話を振られ、
「ん?」
「ケンタもこの辺りでよろしいですか?」
「そう、だな」
だいぶ、それもけっこう歩いたしな。昼前から樹海の中を歩き始めて、今はもう夕方前だ。だいたい五、六時間ほど歩いたかな。
第二百五十三話 行ったり帰ったり
「分かりましたケンタ。では、続きは明日ということで」
「あぁ・・・っ」
これが、知っている山道や、開けた明るい林の中だったら、もっと気楽に歩けただろうけど。危ない虫や獣が、いるんじゃないか?や、毒草や蔓のようで蔓ではないが、全草が細くよく撓る刺刺しいキイチゴなどが生えているんじゃないかって?注意しながら歩いていた。
ちなみに祖父ちゃんが、黄色や赤色のキイチゴの実は、甘くてぷるぷるで美味しいって言っていた。キイチゴの実は、山で迷ったときの非常食になるそうだ。
まぁ、それはともなく、テンライムカデやら、雷取草などの所為で、気が張っていたみたいで、今日はなんだか気疲れした。
一方でサーニャを見遣れば―――、彼女の表情に疲れの色は全く現れていない。タフだ。
「―――」
―――列の殿のサーニャも足を止め、真剣な表情で辺りで見回し、周囲を警戒しているようだった。その左手は、聖剣『パラサング』の鞘に、柄に右手を掛けていた。
「この場の『座標の記憶』を済ませました」
「っ。いつの間に」
「えぇ、つい先ほどちょちょいっと♪ さ、ケンタ、従姉さん、サーニャ、私に掴まってください」
「失礼致します、アイナ様」
『ちょちょいっと♪』って言ったアイナかわいい。だったら俺も。そうだ、アイナになにかしよう。
「アイナ・・・っ」
ぎゅっ。
「、!! ・・・っ///」
俺はアイナの対面になり、その右手を握った。俺は、にこりっ、っと。すると、アイナは照れくさそうにする。もうっかわいいなぁ、アイナは。
「サーニャ・・・はやくっ」
ちょうどいいところに、っと言いたげでアイナは。恥ずかしまぎれだろう、アイナの声が上ずっていた。
そんなサーニャは最後まで周囲を警戒中だ。
はた、っと。アイナの言葉に―――、
「っ!! はッ、姫様」
―――サーニャは警戒態勢を解いた。
「帰りますよ、サーニャ。私に掴まってください」
「はッ・・・!! 失礼致します姫様っ」
「では、ツキヤマの家に帰りましょう―――」
アイナのその言葉を最後に―――、
「―――っ」
―――木々の、森の、深い樹海の、地面も、苔むした岩も、緑の草木も、朱に染まる木々の枝から、草の葉から漏れる夕焼け木漏れ日の空も、全ての景色が、空間が歪んで見える。
それが、漣立つ湖面に映る景色のように見え、それが歪んで見えなくなる。―――、俺達は長大な空間を跳躍し、天雷樹海を後にした。
「着きましたよ」
「早っ・・・!!」
アイナの異能『空間跳躍』は本当に凄い!!本人は仮初の異能と言ってはいたが。
「ふふっ・・・♪」
そして、俺達が気づけば、津嘉山邸だった。
時刻は午後の十七時。樹海の中を歩き続けて汗を掻いた所為で、身体は汗でべたべたする。
日之国では今は夏だ、だというのに日本の盛夏ほど暑くはならないみたいで、不思議だよな。
「アイナ様」
「はい、従姉さん」
「湯浴みの支度が、できているそうです」
「ありがとうございます、従姉さん。では、さっそく―――もちろん従姉さんもサーニャも、一緒に入りましょう♪」
「はい。アイナ様」
「はッ。姫様」
「、、、」
俺はアイナ達とは、一緒に入れない、、、。いつものことだ、残念なんて・・・思っていない、さ。
「ケンタ。また後ほど―――、、、い、いえ。もしよろしければ、その、私を待っていただいて、私が貴方のお背中を流させて―――。や、やっぱりっその―――っ、なんでもありません・・・っ」
「・・・っ///」
たぶん、、、俺の背中をアイナは流したい、と。俺のことを誘っているのか?でも、途中から照れてしまった、と。そんな感じだ。
「お、おう・・・っ」
「あ、その、ではケンタ、、、」
そそくさとアイナは、アターシャとサーニャを引き連れて津嘉山の迎賓館の浴場へと去って行く。湯浴みか、アイナ達はみんなで。
さて、、、っと
「―――」
俺は男湯だな。汗で首回りも胸の辺りも、腕もべたべたするし。俺は一人で男湯に向かったんだ。一人さびしく、、、。
次の日―――。昨日帰った地点に、アイナの『空間跳躍』で飛んで、またそこから天雷山踏破へと俺達は歩み出した。空は、緑の一面の濃い木々の葉っぱ。
まだまだ、この深きじめじめした樹海は抜けないみたいだ。
俺が背負っているナップザックの中には、昼弁当と飲み物が入っている。一番先頭を歩くアターシャも、給仕服と同じ色の小さな鞄を背負い、サーニャもそうだ。
アイナは、腰のベルトに結んだ革製の水筒袋に、自身の水筒をぶら下げている。
「―――」
ぴたっ―――、っと先頭を征くアターシャがその歩みを止めた。アターシャの次を、二番手を歩くアイナも、それにつられて足を止める。
「どうしました、従姉さん?」
「はい、アイナ様。川です。おそらくこの先に」
「川?」
「?」
目の前に、川は見えない。でも、昨日は潺の音が、風に乗って聴こえてきた。
「皆さま聞えませんか?川の、水が流れる音がします」
「「「―――」」」
ザーっ、っと確かに。遠くから川の流れの、その水の潺の音が聞こえてくる。
「えぇ従姉さん」
アイナは聴こえたみたい。
「確かに」
俺も聴こえた。
「然らば川を超えていきましょう、アターシャどの」
サーニャは川を渡る気満々だ。
おぉ、本当に川だ。川が目の前に見えてきた。
「おぉ―――っ」
歩くこと十数分。確かに川だ。綺麗な澄んだ水。その川の川幅はまぁまぁある、どれくらいの幅か・・・、だいたい片側一車線の道路ほどの幅だ。
川は、水飛沫が巻き上がるほどの、速い水の流れではないものの、でも川底ははっきりとは見えない。
そして、流れは意外に速い、足が掬われるほどの、水の流れだと、俺は思う。
水自体に、濁りや臭いはない。綺麗な透明な水だ。
ほら、あそこ、川底の石同士が重なり合って、流れが緩くなっている箇所。そこの水は透明だ。
ぐぅ、きゅるるる・・・。、っとそのとき。
いまの時間は、確かにお腹が空いてくる昼頃だけど。誰のお腹の空腹アピールだ?誰だ?サーニャか?
「サンドレッタお腹が空いたのですか?」
「ァ、アターシャどのっこ、これは・・・」
やはり空腹アピールは、サーニャだった。
「ふふっ♪ ではお昼ご飯にしましょうか」
アイナの鶴の一声で、ぱぁっ、っと。
「はッ、姫様っ♪」
サーニャ嬉しさ分かりすぎ。
「っつ」
そうだっ。俺はレンカお兄さんが言っていた謎のアイテム、、、眼鏡の形をしたアイテムを掛け、、、。
「はい、サーニャ。サーニャも掛けてみて」
俺はサーニャに言った。
「ケンタ殿? ややっ、この眼鏡はもしや」
俺はナップザックからそのアイテムを取り出すと、俺がその眼鏡を掛け、もう一方のその『眼鏡』をサーニャに渡した。
「・・・っ」
おっ。眼鏡を掛けたサーニャって新鮮だ。
サーニャの澄んだ湖のような碧眼で、さらにサーニャは、金髪シニヨンの髪型の眼鏡の美人さん。銀色の甲冑も映える。
「っつ」
、、っと、―――さて、サーニャが、俺の視線をじろじろと感じないうちに、俺は視線を川に、その水面に、水底へとこの視線を移す。
「、、、」
魚はいるかな?祖父ちゃんが振る舞ってくれた川魚の料理は美味かったなぁ。じぃ―――、俺は眼を眇め、、、川の流れを視た。視得る―――。
おぉ、けっこういるっ川魚だ。鮎か、岩魚のように見える魚が・・・、川の中でいっぱい泳いでいる。けっこう大きな川魚で、脂がのっていそうで美味しそう。
この、レンカお兄さんに貰った、視覚共有ができる魔導具の眼鏡おかげで、俺が視た視得たものは、同じ眼鏡を掛けているサーニャにも視得ているはずだ。
じゅるりっ、っと。
「むむっ・・・ケンタ殿。私の腹減りスキルが発動したでござる」
ござる、ってサーニャって、そんなキャラだったっけ。そんな言葉遣いどこで覚えたんだ?サーニャのやつは。日府の津嘉山邸で覚えたのかな?まぁいいけど。それにサーニャの、腹減りスキルってなんなんだろう?
「・・・っ」
「姫様っ川魚が見えまするっ。さっそく獲ってもよろしいですかっ!!」
「えぇ、かまいませんよサーニャ。しかし、獲りすぎることのなきよう心がけなさい。サーニャ」
「はッ。姫様っ畏まりましたっ」
ゴアっ、っとその黄金の氣を解放したサーニャは―――、
その腰に帯びた聖剣『パラサング』を抜き放ち―――、
「はぁあああああっ!!」
バスバスバスバスっ―――っと、ザザンッ!!っと見事に、見事な川魚を四尾獲った。
「姫様っ皆様方。見事獲りましたよっ!!」