第二百五十一話 踏破天雷樹海。その初めの第一歩
「姫様っ殿は、この私にお任せ下さいませっ」
サーニャは銀色の甲冑姿だ。皇国近衛騎士の装いだ。もちろんその腰には、皇国の聖なる剣『パラサング』を差している。
「では、征くとしましょう従姉さん、サーニャ。そして、ケンタ―――。我が皇国の聖地『天雷山』へ」
そして、俺は、いや俺達は皇国の聖地『天雷山脈』へ、その最高峰『天雷山』へと至る長い旅路の始まりとなったのだ―――。
第二百五十一話 踏破天雷樹海。その初めの第一歩
「ん?アイナ・・・?」
「―――、―――・・・」
征きましょう、と言ったのに、アイナは天雷山へと、その樹海へと入る手前で立ち止まり、なにやら、ごにょごにょ、と、口を動かす。アイナは、どうやら小さな声で、何かを呟いているようだ。
そのときだっ。アイナとその周りの空間が、まるで漣立つかのように揺らめく。その空間自体が漣揺らめき歪んでいるから、そう見えるんだ。
「っ!?」
その様子は、アイナがいつも『空間跳躍』を、発動させるときと同じもの、同じ光景だ。
なんでアイナはここで、こんな樹海の入り口で『空間跳躍』をっ・・・!?
アイナのやつ、もう津嘉山邸に帰るつもりか!? 一歩も樹海を進んでもいないし、まだなにもしてもいないのに?
空間の歪み、、、漣のような空間の揺らぎは徐々に大きくなっていく。まさか本当に帰投するのか?アイナ。
「っ、―――」
アイナ―――?
「ふぅ・・・」
アイナはそこで優しく、ふぅっ、っと息を吐く。それは俺が、『アイナ―――?』と声を掛ける直前だった。
すぅ―――、ぴた。
「え?」
あれ?
その瞬間に、それで、アイナが発生させていた、『空間跳躍』の、空間の揺らぎは消えた。アイナは『空間跳躍』の異能の行使を止めたということだよな?
「・・・」
アイナの行動はいまいちよく分からない。このアイナの行動には、どんな意味があるんだろう。でもアイナは合理的な人だ。きっと無意味なことはしないから、この行動になにかの理由はあるのだろう。
「一応、この場の『座標』も『記憶』しておきました」
俺が思考を巡らせていたそんなときだ。アイナは、俺にそんなことを言った。
座標も記憶した?
「座標?記憶した?」
俺はアイナに訊いた。
「ケンタ。この樹海で、もし、なにか不測の事態が起きて、すぐに津嘉山邸に戻ったとしますね?」
不測の事態なんて考えたくないけどな。
「あぁ」
まぁ、取り敢えず俺は肯いた。
「そのときに、またツキヤマの家から、すぐに、ここの場所に『飛んで来られる』ように、というわけですっ♪」
空間跳躍で、かっ
「あっなるほど・・・っ、それで記憶をっ」
こういうふうに、このようにしてアイナは、空間跳躍を行なう場所の、座標を記憶しているのか。便利だよな、まじで。この『空間跳躍』って。
「はい。すぐに、この場所に戻ってこられるよう、この場所の座標を、記憶しておいたというわけです」
「そういうことかっ。おぉ、便利だよなー、それ。あれ?でも一回も行ったことはない所には、飛べなかったっけ?その『空間跳躍』」
「はい。便利は便利な異能なのですが、この『空間跳躍』には他にも制約があり、―――」
そう、その制約というのは、同時にアイナに触れて空間転移を共にできるのは、十人ほどまでらしい。そのことは、前に彼女の本人から聞いていた。
「―――『空間跳躍』を行使するときの、アニムスの消費量です、ケンタ。一緒に転移、つまり私が連れて行けるその人数、また物体だったときも、その体積を包み込むために使用する私自身のアニムス、その体積。それと、、、この惑星イニーフィネ中に、満ちて帯びる女神フィーネ様のアニムス。その『座標』を記憶して、任意の場所へ『空間跳躍』するのですが、その『座標の記憶』も、私のアニムスの絶対量と消費量からしたら、精々十箇所ほどでしょうか・・・」
「へぇ・・・、そうなんだ」
万能の異能でもないのか『空間跳躍』も。俺も、俺の『顕現の眼』と同じだ、あれも同時に複数の人物を準えると、氣=アニムスを使い切るようで、とても疲れて、、、疲労困憊―――最悪ぶっ倒れる。
「はい、、、」
アイナはやや浮かない顔。
それでも、アイナが使っている『空間跳躍』は、便利で絶大な力だ。瞬時に空間転移で肉薄、一撃必殺・離脱もできる攻撃性も秘めている異能だと、俺は思う。
「それでも俺は便利な異能だと思うけどなぁ、俺は」
それが、アイナの異能『空間跳躍』は、彼女にとっての仮初の異能でも―――、とは俺は言わなかった。
俺だけが、いやアターシャもか、ともかく俺達だけが、アイナの真の異能の力を知っている、アイナ本人に教えてもらっている。サーニャだって、アイナから教えられていると思う、俺は。
「座標を憶えれば、以前の『記憶』が上書きされる、と言いますか―――、まぁ、そのような感じですね―――、」
さて―――、っと、アイナはその視線を、緑いっぱいに、拡がる鬱蒼とした樹海へと向けた。薄らと遥か遠くに見える天雷山脈は、その樹海の向こうのそのまた向こうだ。
俺もアイナと同じように、そこへ。この今、俺達が立つ道路の、舗装された道路のその先。舗装道路は、途中でぶった切られたかのように途切れ、その先は獣道のような未舗装の道路が、薄暗く霧に煙る樹海の中へと通じている。
ピリっ―――、バチバチっ、、、ジジジ―――っ、っとまるでこれより先は、天雷山脈より漏れ出た雷氣に満ちている、、、というか、そのように俺の眼には視得る。
「っつ」
なにか、まるでこれより先は、雷氣の結界に覆われている、、、みたいに。
俺以外の、他の三人アイナやアターシャ、サーニャは、なにも感じないのだろうか? このピリっパチパチっバチバチっ、っとする、静電気のような、感覚を。
「ケンタ?」
先に、天雷樹海へと、足を踏み入れようとするアイナが、しばし佇む俺に振り返り、やや疑問があるかのようなそんな表情で俺の名を呼ぶ。
「ケンタさま?」
「ケンタ殿?」
アターシャもサーニャもアイナと同じように、振り返る。俺は―――、
「あぁ、いやなんでもない。今行くよ」
よっ、っと―――俺は舗装道路の地面に置いていたナップザックを手に取ると、アイナのところへと向かったんだ。
///
天雷山脈へと至るこの樹海に一歩足を踏み入れれば、、、―――
「うお・・・っ!!」
すっげーでかいムカデがいたっ!! あの大木の樹皮にっ。たぶんその大木の洞に入っていったんだろう。大木を一巻巻くほどの、長さと大きさの、深緑色のムカデだった!! 正直、アレに、あの大きさのムカデに這い付かれると思うと、その様子を想像するだけでめちゃくちゃ怖いっ。
アターシャは、給仕服の中から、一台のタブレットを、どこからともく取りだす。
そのタブレットの画面を見ながら、アターシャは―――、
「あのムカデは、テンライムカデという種類だそうです、ケンタさま」
一番先を進むアターシャさんは淡々と、俺に。淡々と語り、アターシャは、あのとんでもなく大きなムカデ―――テンライムカデというらしい―――を見かけて足がすくんだりしないのだろうか?
「はい?テンライムカデ」
そんな名前なのか、あの大きなムカデは。そして、そんなとんでもなく大きなムカデが、この天雷樹海には、うようよと棲息しているんだろうな。俺もこの目でしかと見たし。
「はい、ケンタさま。テンライムカデに咬まれると、デンキウナギのような高圧電流と、ジャイアントオオムカデのような猛毒を喰らう、そうです」
すっ、っとアターシャさんはその給仕服の中に、いつものタブレット端末を仕舞った。事典みたいに掲載されているんだな、そのタブレット端末に。
それよりも―――。
ずぞぞぞぞ~~~―――。怖ぇえええっ想像するだけで、ちょー怖ぇそのテンライムカデ。
「~~~」
「退治しましょうか?姫様」
サーニャのその言葉に、ふるふる、っとアイナは首を横に。
「いえ、やめておきましょうサーニャ。あのムカデは、実際に我々の誰かに、咬み付いたわけでもありませんし、それに自ら大木の洞に、去って行ったのですから、放っておきましょう」
「はッ姫様」
ザァァアアアっ―――。
「うわっ急に雨が・・・っ!!」
そんなっ!! 急に雲が湧き出るわけでもないのに、局地的に豪雨がっ・・・!!
もくもくっと、大量の湯気が、目の前の木々の向こうから。その様子は明らかに、樹海の中で、じめじめした霧に煙るような、その霧ではない。
もっと熱そうな、―――そう、温泉のような白い湯気だ。
ボンッ、っとまたっ!! それは強く激しい噴き上がる大きな音。白い蒸気が噴き上がる!?
噴出物は放物線で降って―――、ぱらぱらぱら、、、と雨のように降り注ぐ。いや、違うっ雨じゃない!!
「っ!?」
温かい!?お湯だ。木々の向こうから、お湯が湧き出している? 眼前―――、木々が生えていない開けた場所から濛々と湯気も上がっている―――。