第二百五十話 では、征くとしましょう―――。我が皇国の聖地『天雷山』へ
そのハイヤーの運転手は、なんと塚本さんだった。先頭の車の導きで、後続の車に挟まれつつ、俺達一行はその月光町という名の小さな町に至ったのだった。
第二百五十話 では、征くとしましょう―――。我が皇国の聖地『天雷山』へ
ぶろろろぉ、っと三台の黒塗りの車は、俺達をここに残して去っていく。最後に、塚本さんが『お気を付けて行ってください』と俺達を見送ってくれた。一之瀬さんや羽坂さん、定連さんは、口数も少なく、しかも互いにお喋りをしていたという印象さえなかった。
俺とも、頭を下げるような挨拶程度だった。あくまで護衛官として派遣されてきているから、諏訪局長や塚本さんに、口を噤むように言われていたのかもしれない。
俺やアイナが考えていた、日月に着いたそこのどこかの時点で、警備局の護衛官達を出し抜く必要もなく、彼ら警備局の塚本特別監察官率いる護衛官達は、俺達をここへと車で運んでくれた。
「―――、、、」
ここは月光という名の町のはずれ―――、途切れた舗装道路の果てに、俺の眼前には鬱蒼とした霧に煙る薄暗い森が拡がっていた。この先は地元住民でも、近づこうとは思わないらしい。なぜだろう?なぜかは解らない。
そして、ここは気温は高い。汗ばむほどだ。日之国の南の果て、だからだろうか。
「ここが―――」
眼前の鬱蒼した森は、、、まるで樹海で。深緑色の樹海は、遠くに行くにしたがって高度を増し、その遠くに、薄く霞がったように、、、。地平の向こうに、視界の左右を、ほぼ埋めるような形で、山塊が東西に見える。
「―――天雷山脈、、、あれが・・・」
「はい、ケンタ」
「っ。―――、、、っ」
今から俺達は、この、怖いぐらいに、深い緑色の森に、険しい嶽に挑むのか。ぶるっ、っと身震いしてしまいそうなる。
もし、道中で何か起きたり、、、。そして、この山の頂では、奴ら『イデアル』の実行部隊『十二人会』が俺達を待ち受けているんだ―――。
すっ、っと―――、そんな俺にアイナの右手が伸びてくる。
ぎゅっ、っとアイナは、そんな感傷に浸っていた俺の強張った手を握ってくれる。
「アイナ―――」
「大丈夫ですよ、ケンタ。貴方は一人ではありません。私が傍にいますし、それに、従姉さんやサーニャだって。それに・・・その気になれば、いつでもすぐに津嘉山の家や、ルストレアの私の宮殿にだって戻ることもできますし、、、」
そっか。アイナは俺を元気づけようと。その気持ちが心地いい。
「そうだな・・・アイナ。―――」
アイナは、自身が用いているその異能『空間跳躍』で、いつでもすぐに、きっと危険が迫れば、すぐに逃げ―――、いや、戦略的撤退ができるから安心して、と俺に言ってくれているんだ。
「はい、ケンタ」
「ありがとう・・・アイナ。俺が怖じ気づいてどうするんだよ」
改めて、俺はアイナを見詰めるように見る。
、、、。今から俺達は、天雷山へ登ろうとしているんだ、そんなアイナの格好は、いつものドレス姿でも、自邸にいるときの普段着でも、道着姿でもない。
アイナは、皇国の動きやすい衣裳だ。つまり一番上に外套を羽織り、その下は動きやすそうな貫頭衣。その貫頭衣のさらに下の服は見えない。
アイナの下半身は、その細い腰をベルトで締め、下衣は露出の少ないズボンだ。羽織られたブレザーコートのような外套の裾で、後ろからアイナを見れば、その後ろ姿は、その外套の裾で下衣のズボンを腰まで隠している。アイナが履く靴は、革製のように見え、その靴の丈は、アイナの脛までを隠している。そして、そんなアイナの腰には刀。
「ケンタ?どうしました。そのように熱い視線で、私をじぃっと、見詰められますと・・・っ」
よじっ、っとアイナは身を捩る。その仕草もちょっとかわいい。
「あーいや、その皇国の服も似合っているなぁ、と。かっこいいよな、その服」
「あっありがとうございます、ケンタっ///」
頬を紅らめて、照れくさそうにするアイナがかわいい。
「はは」
「し、しかし、それを言うならばケンタっ、貴方のお召し物もとてもよく似合っていますわ、ふふ」
「そうか?」
「はい、この私が断言しますわ、ケンタ」
俺はアイナにそう褒めてもらって―――、
「ん~―――」
視線を真下に、今の自身の格好を見てみた。地面に着く足下から―――今が履いているその靴。合成皮革ではなく、靴底は固く丈夫な革製の登山靴のような靴で、脛の下まで履く仕様になっており、革製のブーツか、安全靴のような靴にも見える。
なんでもアイナが言うには、皇国の奥地に生息する幻獣が脱皮した皮を鞣して、作っているそうな。
幻獣て、、、。グリフォンやコカトリスでも棲息しているのか? それと、脱皮って、脱皮。大抵の幻獣は哺乳類に見えるから、脱皮するのだろうか? いやでも、爬虫類系、特に竜蛇だったら脱皮するのだろうか?
「、、、」
その幻獣の革の靴の見た目は、本当に普通の、こげ茶色のごつごつとした普通の登山靴のような靴にしか見えない。
次に、俺が穿いているズボンは、見た目は派手な色ではなく、学生服のような暗い色をしており、摘まんでみると、これもまた丈夫そうな生地に思う。ズボンの感じはすらっとしていて、学生服か礼服もしくは軍服に近い、と思う。そのズボンを、俺は腰のベルトで締めている。
ちなみにそのズボンの裾は、幻獣の革靴に収納している。道中の木の枝や、小石で怪我を避けるためだ。
次に俺が着ている上衣。上衣は、下衣のズボンとお揃いの暗い色で、丈は長く、俺の膝を覆い隠すほどの長さだ。肩にフィットする学生服や礼服のような仕様であり、その部分は、不思議なことに、手を挙げたり、肩を動かすときは、普通に抵抗なく柔らかくて、その動作を行なえるのに、外からトントンと叩くと硬い。外からの物理的な力には、アニムス装甲が働くそうだ。
前はファスナー式で、開けたり閉めたり、それは自由に行なえる。
頸筋はまるで、爪入りのような、、、でも、そこまで窮屈な仕様ではなくて、頸の周りの襟が立っているような、そのような上衣の作りになっている。俺はその上に外套を、そしてその下に、シャツと長袖を着込んでいた。もちろんパンツも穿いているし、靴下も履いている。前にミントちゃんが言っていた一週間脱げなくなる魔法の靴下ではない。
手には、両手にその上衣と下衣と同じ素材生地の手袋を嵌めている。岩や樹木、草木を掴んだりしながら、険しい天雷山を登っていくためだ。
そして、腰の左に、ベルトと連なるように、やや重みを感じる『大地の剱』を、俺は腰に差している。
「―――、、、」
まるで戦闘服だな。あっ、戦闘だ。まぁ天雷山の頂上で『イデアル』の戦闘部隊あいつら『イデアル十二人会』の奴らと戦うもんな。今日一気に頂上まで登れるとは、とても思っていないが、この服を着て動くことに慣れておくことも大事だな。
俺は視線を自身から切り、アイナにこの視線を持っていく。
「―――っ」
きっとアイナの装いも、その服も俺と同じような機能が備わっているんだろうな。
「ケンタっお似合いですよ、その恰好―――、えぇその皇衣」
「そうかな?」
「えぇ、とてもお似合いですわ」
皇衣。それは、イニーフィネ皇国皇家の正装であり盛装だ。正式名称は『皇家の装衣』。通称は『皇衣』と言うようで、つまり俺が今着ているのは、今のアイナと対になるような服装だ。
初めて着た、着せられた皇衣。かっこよくて?ちょっと照れくさく恥ずかしい。
「、、、っ///」
コスプレじゃないんだから。
「アイナ様、ケンタさま。御準備のほどは?」
「えぇ、従姉さん。私はいつでも」
「あぁ・・・、俺は、準備も、覚悟も、出来ている・・・っ」
「失礼致しました」
そんなアターシャは、相変わらずの給仕服姿だ。だが、実は、その給仕服は、俺やアイナと同じ機能が備わっているそうだ。
「姫様っ殿は、この私にお任せ下さいませっ」
サーニャは銀色の甲冑姿だ。皇国近衛騎士の装いだ。もちろんその腰には、皇国の聖なる剣『パラサング』を差している。
「では、征くとしましょう従姉さん、サーニャ。そして、ケンタ―――。我が皇国の聖地『天雷山』へ」
そして、俺は、いや俺達は皇国の聖地『天雷山脈』へ、その最高峰『天雷山』へと至る長い旅路の始まりとなったのだ―――。