第二十五話 騎士の信条
第二十五話 騎士の信条
「男達ですか?」
俺はこの鎧男にゆっくりと、心の動揺を隠してしぜんな動きを装って振り返った。
「うむ、日之民の男達だ。一人は貴公と同じ歳の頃の男。もう一人は剣士で壮年だが、まだ若い男だ。見てないかね?」
っつ・・・俺と同じぐらいの歳の男と、もう一人は若い剣士って!!絶対、魁斗とクロノスのことだ―――!!この鎧男が言う日之民の男達ってさ・・・!!
「あ、い、いえ。俺・・・し、知らないです」
鎧男の、俺と同じくらいの歳の男、そしてもう一人は若い男の剣士―――その言葉だけで、俺はこの鎧男が『誰』と『誰』を捜しているのかが解った。鎧男が捜しているという男達とはきっと『魁斗』と『クロノス』で・・・。俺はそう確信した。だから、俺は咄嗟に嘘を吐いてしまったんだ。
「・・・そうか、すまぬな―――世話をかけたな、少年よ」
鎧男は困ったように、右手を顎下に当てて俯いた。
「・・・」
俺は嘘を吐いて―――。でも、今にして、たとえ彼らであろうと嘘を吐いてしまったことに罪悪感を覚えていた。
そして同時に、この鎧男こそが、魁斗が言っていたこちらに向かっているもう一人の男であることの確証を得た。名前はえっとなんて言ってたかな? ちょっと長くて思い出せない。
鎧男は周りをきょろきょろと。
「・・・うむ、確かこの辺りのはずだ。俺の仲間が待っているのは・・・」
―――やっぱダサいよなぁ、俺。こんなんじゃ・・・
「―――」
でもやっぱりここで俺が逃げても後味が悪くなるだけで、魁斗にもこの鎧男を通じて俺が逃げたことも分かってしまう。それに、なによりも俺自身がかっこ悪くてダサい―――。こんな俺じゃ、剣士であるアイナの心証も悪くなってしまうかも、合流した後でのな―――。決意した俺は両つの拳を握り締める。
「―――!!」
うん。やっぱ俺は腹を括るよ、アイナ―――
「いや。やっぱ魁斗に伝えてほしい。俺はお前の仲間にはならない、と」
でも、なんか鎧男に気まずい。俺は初めに嘘を吐いた所為で後味が悪く、その後ろめたさから鎧男の顔をじぃっと直視できず、さっさと鎧男の顔から目を逸らすと、踵を返し―――
「もしや、貴公がカイトの言っていた『転移者』かな?」
くそっバレてる。それに魁斗が言ってただって?魁斗早手回ししてたのか!! ―――俺が踵を返そうと、身体を捻ったときにこの鎧男から俺にそう声がかかったんだ。
返答する必要もないか。それよりも、
「―――・・・」
さっさとここから立ち去ろう・・・。早くアイナと合流できればいいんだけど・・・。俺は鎧男に否定も肯定もせず、わずか三秒ほどこの鎧男に視線を合わせた後、踵を返す。
「貴公は『転移者』だ。ここで去って当てはあるのかね? 我々『イデアル』と共に歩むのが、貴公にとって得策だと思うがな、俺は。それに貴公の友人のカイトもいるのだ」
イ、『イデアル』だって・・・ッ!?えぇッほんとにッ!?まじかよッ!! 鎧男が発したその言葉に俺は思わず驚きで目を剥く。だって、その『イデアル』という言葉は―――
「ッ―――!!」
―――『イデアル』・・・俺の脳裏に、初めてアイナと会ったときに彼女アイナが俺に言った『―――この街の住人達をこのように惨たらしく皆殺しにしたのは、貴方がた『イデアル』ではありませんか?』。―――『イデアル』・・・アイナが言ったその『イデアル』という言葉がアイナの凛とした声のまま、俺の頭の中で何度かぐるぐるとめぐる。
アイナ、アターシャ疑ってごめん。屍術の術者、怪しい二人組(=アイナ達)がいたっていう魁斗の言葉を鵜呑みに、勝手に鵜呑みにしてさぁ、俺・・・。アイナの言葉を信じれば、生ける屍達の真犯人こそが魁斗達『イデアル』で―――魁斗とクロノスの話していた話の内容と繋がったんだ。
「―――ごめん」
ごめんアイナ、アターシャ。俺はこの目の前に立つ鎧男には聞こえないような小さな声で謝罪の言葉を呟いた。謝罪の相手は他でもないアイナだ。俺は魁斗といる間に少しでもアイナとアターシャあの二人を疑ったことを恥じたんだ。
「―――」
『イデアル』という、この鎧男の口から出たその言葉を聞いて。そして、俺は確信する。魁斗がクロノスに冗談めいたように楽しく話していたことは正しく真実だったんだ、と。つまり魁斗はあの惨劇を引き起こしたという『イデアル』の一員だったということだ―――。
いやううん、魁斗以外にもあのクロノスや、そして俺の目の前にいる騎士に見えるこの鎧男と、アイナが捜している男、それと俺が魁斗とクロノスの会話を立ち聞きしていたときに出た何人かの名前の人物、それら全てが『イデアル』という犯罪集団の構成員だったんだ。
「っつ」
このことを一刻も早く『イデアル』を追うアイナに知らせてあげたい・・・!! 俺がそう思っていたそんなとき、この鎧男が口を開く。
「もし、貴公が思い悩んでいるのであれば、我々と共に歩もう」
「―――・・・?」
『共に歩もう』?いやいや意味が解らない。冗談じゃない!! 俺はあんな嘘ばかり吹き込む魁斗の仲間になりたくないぞ!!
「我々と共に歩む貴公の未来にはきっと光が輝くことだろう」
光が輝く?人生が闇に覆われる、の間違いだろ、こいつ。
「それに導師も一目置くカイトの策に失策はない。貴公はそのカイトの友人と聞く。我々と貴公はきっとこの五世界をより良い理想的な未来へ導けるだろう。『理想を成すために我々は在る』のだ」
理想的な未来だって!? 魁斗がへらへら笑いながら話してた『あれ』が!? あれが理想的な未来!? あの街の住人達を惨殺し、生ける屍に変えたんだよな?それのどこか理想的な未来だよッ!!人生と生命を一方的に奪われた街の住民達の気持ちはこれっぽちも考えていないのかよッ!!
「ッツ!!」
それに、くそっ魁斗の奴。俺のことを友達友達幼馴染とかきれいな言葉を使ってよくも俺を騙しやがってッ!! 裏切られたんだよ、俺は、魁斗になッ。
そう思えば思うほど、俺の心の中に魁斗達に対しての憤りといったものがじわじわと込み上げてきて、俺は眼前に立つこの白銀の鎧を着込んだ男を、キッとまるで睨むように見つめた。
「ッ、あんたに訊きたいことがある」
「ほう。なにかね『転移者』の少年よ」
さっきまでの俺は、きっとおどおどとこの鎧男から視線を逸らしたりしていたはずだ。でも、今は違う。俺はまるで睨みつけるように眼に力を籠め、この騎士のようないでたちの鎧男を見つめた。俺は鎧男に訊かないと、問いたださないといけないことができたんだ。
ッ震えるなよ、俺の脚!! 俺の脳裏に、街の中心広場でたくさんの傷を負って斃れていた人達の様子が思い浮かぶ。俺は言ってやるッ!!
魁斗がへらへら楽しそうに愉快に話していたことが真実だとすれば、殺した街の人々を生ける屍に変え、屍兵とかいうものにした。さらに街の秘宝がとか、屍兵の補充がとか―――そんな自分達の目的のためにさぁッ。
「その『目的』のためなら、街の人間を、なんの罪もない人々をいっぱい殺すのか?・・・おかしいだろ、そんなの!!」
「―――俺にはそのようなことなど関係ないのだ」
はい?なんだって!? 鎧男は視線を逸らしたり、下げたりすることもなく、さも当然のことのように俺に言い切ったんだ。
「街の人々をたくさん亡き者にしておいて関係ない、だと?」
俺はこの鎧男の言うこと、その言動が全く理解できない。
「そうだ、俺にとっては些末な事なのだ、そんなものは。『転移者』の少年よ」
―――ッこいつ・・・!!俺が訊きたかったのは、そんな言葉じゃない。
「―――」
俺はこの鎧男の言葉を聞いてぎゅっと拳を握り締め、腕まで力を籠めた。
「転移者の少年よ。俺にとってはそのようなこと些末な事に等しいのだ。俺は『殿下』に忠誠を誓う一振りの剣であり、そして楯なのだ。『殿下』が是と思われることは俺にとっての『是』であり、非と思われることがあれば、俺にとっての『非』なのだ」
はぁ?なに言ってんだ?こいつ。
「はぁ、なんだそれ―――!?」
鎧男自身の意思はどこにあるんだ、それ?―――いやいや。例えば酷いことをやれ、と主君に命じられても自分の意志でそれをやめたり、主君にやめるように進言しないのか?この鎧男は? 主君に何も言いたいことを言えずにただ黙って粛清するとか、おかしすぎるだろ、そんなの。人としての心がないのと同然だ。
「じゃあ、あんたはその『殿下』に『熔岩に突っ込め』とでも言われたら突っ込むのか?自ら熔けた熔岩の中に突っ込むなんてそんなわけ―――」
「否ッ」
うわっ!? なんて大声だっびっくりさせんなよ。
「ッ!!」
思わずこっちがビクっとなってしまうような大声だった。この鎧男は『そんなわけないだろ?』と続く俺の声を、『否ッ』ってさらに大きなその大声でもって掻き消したんだ。
「『殿下』より俺に下賜された御言葉は絶対であり、道理なのだ。若かりし頃、『殿下』に近衛騎士として拝命された俺の心と身体は既に『殿下のもの』だ。『殿下』は俺にとっては太陽であり、何を以ても、何を措いても俺は近衛騎士として『殿下』のために殉じなければならないのだッ」
そんな鎧男の若い頃の話なんて俺にとっては知ったこっちゃない。話をすり替えんなよ、そもそもの論点はそこじゃねぇ!!鎧男あんたの意思を訊いているんだ、俺はッ。