第二百四十三話 来邸。日之国国家警備局局長以下数名
「その後で日之国国家警備局の局長がアイナ様へ謁見。アイナ様との会合を求めております」
「えぇ、従姉さん」
「また、当日一緒に来邸される日之国国家警備局第三席特別監察官ですが、その彼が護衛の統括官も兼ねているとのことです」
「・・・、―――、」
ふーむ―――、っとアイナは胸の下でその両腕を組む。
第二百四十三話 来邸。日之国国家警備局局長以下数名
「―――、なるほど、会合ですか。彼らは、その警備局局長や特別監察官は、なにを議題に。私に求めているのは、どのようなことなのでしょうか、従姉さん」
「はい、アイナ様―――」
「―――」
こうして、明日の、そして明日からの段取りが着々と煮詰められていく。アターシャ、サーニャこの両名に与えられる権限とその役割。
俺は、俺にもアイナより、アターシャやサーニャと同じように割り当てられた役はある。俺の為すべきこと、俺の役目は―――。
俺達四人の予定と作戦会議が終わろうとしていたとき、やや机に身を乗り出すような恰好でアイナは、
「従姉さん。サーニャ。そしてケンタ―――、私に近う寄ってください」
アイナは敢えて俺達全員の名前を口に出して言う。なにかたぶん大事なことだ。俺は一瞬二人を、そのアターシャとサーニャを見た。
二人とも真剣な真顔だ。俺も、、、っ真面目に。俺達はアイナに注目。
「「「―――っ」」」
「―――私は日之国を、日之国国家警備局を軽んじろとは決して言いません。あれはあれで敵に回すとやっかいです。ですが、我々の一番の大きな山場は日之国政府ではなく、警備局が我々に求めてくる会談だの、入境許可証だの、そのような小事ではありません―――」
アイナはやや自身の声の大きさを落とし、
「我々皇国の聖地『天雷山』の頂に刺さってあるという『雷基理』の回収。それに伴って生じる『かの者』との戦い―――、それこそが此度の、我々を待つ一番の大きな山場であると捉えなさい」
「ッ!!」
そうさアイナの言うとおりだ。俺は天雷山の頂で『雷基理』を回収するんだっ!! そして、ミントの手引きで現れるとされる『イデアル十二人会』の刺客達―――。そいつらと待っているであろう激しい戦闘―――っ。俺は奴らに勝つ、絶対勝ってやる!!
「アイナ様、畏まりました」
「ハっ姫様っ。御意にございます」
「あぁ・・・そう、だな、アイナ」
大局を見誤るな、ということだ。俺達は、日之国の警備局ばかりに気取られていてはいけないんだ、俺達の本丸は『イデアル』だ。『イデアル』を陥落すことだ。
翌日―――、ついにその時間は午前の九時半と言ったところだ。
「アイナ様、そろそろお時間でございます。アイナ様はこちらへ―――」
「えぇ、従姉さん。ケンタ―――、しばしの別れとなりますが、頑張ってきてくださいね、貴方の初公務♪」
しばしの別れと言うが、そんなに別れるわけじゃない。ちょっと出て行くだけだ。
「お、おう・・・」
少し緊張する、、、。
俺はてっきりアイナはドレスを着るような盛装姿になると思いきや、アイナは皇国の衣裳に身を包んだ。つまり一番上に外套を羽織り、その下は動きやすそうな貫頭衣。その貫頭衣のさらに下の服は見えない。
アイナは細い腰をベルトで締め、下衣は露出の少ないズボンだ。羽織られたブレザーコートのような外套の裾で、後ろからアイナを見れば後ろ姿は、その外套の裾で下衣のズボンを腰まで隠している。
かくいう俺だって今の格好はいつもの道着ではなく黒の燕尾服だ。その下の固いカッターシャツに袖を通すなんて、ずいぶんと昔のことのように思えた。制服を着て学校に通っていた日本にいたあの頃以来だった。
「ではケンタ。お出迎えよろしくお願いしますね、日之国を使節団を」
アイナが言った使節団というのは、この津嘉山邸に滞在する俺達を訪れる警備局の役人達のことだ。使節団の構成員は、その局長と第三席特別監察官。それとその特別監察官が率いてくる警備局精鋭の護衛役の上級警備官達だ。
「おうっ、アイナ」
アイナは、にこりと俺に―――、
「ふふ・・・っ」
―――微笑みかけた。続いてアターシャにも。
「従姉さんも」
「はい、アイナ様」
しばらくの間、俺とアイナは別行動だ。作戦会議・・・というほどのものではないけれど、こうし俺達四人は限られた人員を割いた。
「では、姫様こちらへ」
「えぇ、サーニャ」
アイナは、騎士姿のサーニャに導かれるように、津嘉山邸の迎賓館の奥へと消えていく。アターシャは、それをどこか羨ましそうな、また名残惜しそうにも見ていた。
「さ、行こうか火蓮」
そんなアターシャに季訓氏は声を掛けた。
「はい、お祖父さま」
くるり、っとアターシャは振り返り、その映えるえんじ色の着物の裾を翻す。その顔にはもう微塵の憂いもない。相変わらず切り替えが早いよな、アターシャって。
「、、、」
こういう場に対して素人の俺は。俺はこんな、要人を迎えるだなんてことはやったことも、経験したこともなく勝手が分からない。生徒会ですら入ったことはないんだぜ、俺。無駄に喋って、墓穴を掘ったりしないよう、せめて警備局に侮られるようなことはしないように心掛けないと。『沈黙は金雄弁は銀』と言うだろう?
だから俺は黙って、季訓氏とアターシャにくっつくように、二人についていったんだ。
「―――」
時刻は九時四十五分―――。俺は迎賓館の門扉の前に黒い燕尾服姿で立って待っていた。
待っていた、だって? もちろん俺が待っていたのは、日之国の国家警備局の要人達と俺達の護衛役となるであろうその警備官の到着を、だ。
たぶん俺一人だったら、緊張でどうにかなっていただろう。でも、この場にはアターシャと、もう一人―――、
「緊張しているのかな?小剱くん」
そう、レンカお兄さんやアターシャ、ホノカの実の祖父である季訓氏がいるから、その重圧と重責に潰されず大丈夫だった。
「、、、はい。そうですね、季訓さん」
「小剱くん」
俺は季訓氏に名前を呼ばれた。緊張している俺を気に掛けてくれているのかもしれない。
「はい、季訓さん」
前にも話したあいつだよ、という暗黙の意志を俺に向け、確かそうだ。季訓氏と一緒に大浴場に行ったとき、同氏の若い頃の話に出てきた友人。
「泰然という私の友人のあいつだが、あいつもしょっちゅう―――」
「はぁ、そうなんですね」
「うむ、泰然はいつも試合で緊張を―――」
「へぇ」
俺は適当に、、、なりすぎないように、ちゃんと話は聞いていますよ?という程度で相槌を打ちながら、季訓氏の話に耳を傾けていた。季訓氏は、その泰然という人物とは今でも連絡を取り合う仲らしい。昔からの、季訓氏の同窓生で、同い年の氏の友人だそうだ。
「お祖父さま、そろそろ―――」
「うむ、火蓮。すまぬが小剱くん、話またあとだ」
またあとがあるのか、季訓氏の話。
「・・・はい。そうですね」
き、きらいではないよ?季訓氏の長々話。
季訓氏が、嬉々としながら俺に喋っていた話をどうして切ったのか、俺にもその理由は分かる。津嘉山邸にまっすぐ向かってやって来る数台の黒塗りの車が見えてきたからだ。その黒塗りの車は、集団というほどの数ではないけれど、三台ほどの車列だ。
先頭車は、黒塗りの普通自動車で、最後尾もまたそれと同じ。先頭車と最後尾の車に挟まれた真ん中はハイヤーのような黒塗りの車だ。
ぶろろろ、っとそれらの黒塗りの車は重低音で。
「っつ」
見かけのボディーどおりの出力のエンジンじゃないよな、どう聞いてもその黒塗りの車の重低音なエンジン音は。きっと中身は高出力の特注エンジンだろう。きっと有事を考慮しての、そのようなエンジン搭載になっているんだろう。
それら日之国国家警備局の黒塗りの車は車列を成し、隊列を組むようにしてまっすぐに津嘉山邸の門扉の前に、
そして、キィっ―――っと静かに停車。乱暴な運転ではなく、とても、まるで慇懃無礼な運転で、俺達の前に静かに停車する。
三台の黒塗りの車は完全に停車し、エンジンも切られる。車のドアのロックを外す音―――、その次は・・・。
がちゃりっ、っという車の前の扉が開く音が聞こえ、黒塗りの先頭車の後部座席から一人の男が、ざりっ、っと地面に降り立つ―――。
黒いスーツ姿の脚に、黒い皮靴の足だった―――。