第二百四十一話 私達は護衛官を出し抜いて、一端この邸宅へと舞い戻ります
季訓氏は一度タメを置き、
「―――、部屋に荷物でも置かせてほしいのかな、火蓮?」
「いいえ。いえ、お祖父さま、まぁそれもありますが」
「では・・・?ん?」
「真意は別の所に在ります。―――アイナ様」
アターシャはアイナへと視線を送る。地ならしをしておきました。そこから先はアイナ様お願いします、といったアターシャのアイナへの視線だ。
「・・・?」
一方の季訓氏は、まだ俺達の真意を掴みきれないようだった―――。
第二百四十一話 私達は護衛官を出し抜いて、一端この邸宅へと舞い戻ります
「―――」
季訓氏の首を傾げる様子それは当然の反応だと、見ていて俺はそう思う。天雷山に挑むために、俺達がこの邸宅を出て行ったあとも、まだこの邸宅を自分達に使わせてほしいとな?それはいったいどういうことだ、と。
「おじさま―――」
「なにかねアイナ姫?」
そこへ満を持して声を発したのはアイナだ。
俺は知っている、アイナが季訓氏に話そうとしている話の内容を。アイナは事前に、俺達四人の間で煮詰めたあの話をするんだな。勿論、アイナが話そうしている『話』は日之国の警備局には話してはいない。入境許可証さえ出れば、日之国内をほぼ自由に動けるからだ。
「―――天雷山へ挑む私達は、警備局が手配する護衛官と、日月の都で別れたあと、護衛官を出し抜いて一端このツキヤマ邸へと舞い戻ります」
「舞い戻ってくるとな?アイナ姫」
「はい、おじさま」
「アイナ姫がどのような考えを持っておられるのか、その深意までこの私には推し量ることはできませんがな」
やや棘のある言い方で季訓氏は。
ひょっとして俺達が日府に日之国になにか、良からぬことを企んでいるとでも、季訓氏は勝手に邪推しているのかもしれない。
違うんだ、アイナの真意は。季訓氏へ話した内容の真意は、俺達にとってとても都合がいいことだ。
「「「「―――」」」」
俺達は一様に季訓氏を見詰める。彼が何を言い出そうとしているのか。
「しかし、御言葉ですがなアイナ姫。此度の護衛官は警備局の精鋭ですぞ?その護衛官達を出し抜いてここに舞い戻るなど。しかも、日月と日府では高速鉄道を使っても丸―――」
「おじさま―――っ」
アイナはにこりと微笑んで哂う。ゆらゆらゆら、みわみわみわっ、っとその瞬間にアイナの姿形が、そのアイナを中心にして僅かな周りの空間が歪む。
「―――っ」
気づいたんだろう、季訓氏は。
アイナは怪しく哂う。
「ふふっ―――」
さらさらさら、っと風に吹かれた砂漠の砂のように、ゆらゆらゆら、っと鏡のような湖面を揺らす小さな波のように―――。アイナの姿は、上座より掻き消え―――、
だが、俺の背後で気配がした。
「っ、―――」
アイナだ、この気配の主は。
「―――ただいま、ケンタ」
「―――おかえり、アイナ」
―――、俺は振り返る。声がしたほう、自分の背中側、背後を、だ。
ぎし―――っ、っと小さく軽く。俺が背凭れにしている木の椅子が僅かに、アイナの体重で軋んだ。アイナが、俺の背中にややその、暖かみのある身体を押し付けたからだ。
俺へと微笑むその藍玉のような、きれいなアイナの眼。
俺へと向けた微笑みを解き、すっ、っとその眼差しで、アイナはその状態で季訓氏を見詰める。
「おじさま。即ちこういうことです。我々は設営と撤営を繰り返しながら天雷山踏破へ向けて挑むわけではありません。私は、この私の『力』を以って、愛するケンタや慕ってくれる腹心達を護ります。愛する者達を護る、それが、皇女たる『私』の責務であると思っております」
「そのような真意が―――、アイナ姫」
「はい、おじさま。だから、引き続きこの迎賓館を使わせてほしいとお願いしたのです。それに、ふふっ登山後の汗は流しておきたいですからね」
「―――、、、」
などと言いながら、アイナは。『登山→設営、撤営』⇒『登山→設営、撤営』を繰り返すよりも、『登山→進んだ場所→空間跳躍で迎賓館へ帰投』⇒『進んだ場所まで空間跳躍→登山→進んだ場所→空間跳躍で迎賓館へ帰投』にする、という俺達の天雷山踏破作戦を語った。
せめて登山後は毎日汗を流したいから、風呂に入りに帰りたいのです、とも言っていた。
アイナが行使している『空間跳躍』の異能は、アイナ自身が訪れたことのない場所には行くことができない、そうだ。アイナは皇国の聖地ではあるものの、『天雷山』には行ったことがない、らしい。よって、アイナの自邸から『天雷山』へと直接『空間跳躍』では行けない。
よって天雷山への登り口がある日之国日月地方にまず行かないといけない。日月地方に行くには、日之国に入境する必要があり、そのためには日之国国家警備局へ入境許可証を求めないといけない、正規の手段で入境する場合は、な。
アイナは、後々のことを考え正規の手段で『入境』することを選んだ。日之国国家警備局はアイナが要人であることを考慮し、(本当のところは日之国へと入境してくるアイナ達イニーフィネ人の監視だ)警備局から精鋭を選抜して、その者達を護衛官として俺達に就けた。護衛官達は日月まで俺達に同行し、天雷山の麓まで俺達を送り届ける。
そして、俺達は麓町で、日之国の護衛官達に見送られる。護衛官と別れた俺達は、その護衛官達を出し抜いて、アイナの異能『空間跳躍』で一気に津嘉山邸へと戻る。そして、休息を取ったあと、次の日、再び天雷山へと登頂を開始し、一日経けて踏破した地点から、ここ拠点とした津嘉山邸へと『空間跳躍』で帰投する。
それの繰り返し、だ。
未知の天雷山。そこで、何が出るか起きるか分からないのような暗夜を、天雷山の樹海の中でキャンプしなくてもいい―――、それがアイナの考えだ。
あー、でも俺は―――、
「ほんとはさ、アイナ。一日二日ぐらいは、キャンプしたかったかもな、俺は」
あのときの昔の、愉しかったキャンプをもう一度してみたい、かな。
「そうだったのですね、ケンタ・・・っ」
「あれ?意外そう?アイナ」
「えぇ、はい。なるほど―――」
「あぁ、もちろん俺はアイナの案に賛成だよ? でも一夜ぐらいなら、ぐらい?」
「―――、、、」
なにかを考えているような、アイナの表情。ひょっとして俺の意見を少しぐらいは汲んでくれるのかもしれない。
「うむ。ところで、小剱殿―――」
季訓氏はそこで、アイナが黙ったのを好機と捉えたのかもしれない。実孫であるアターシャやアイナから視線を切り、俺にその興味深そうな視線を向けながら口を開いたんだ。
「私はこの日之国で『小剱』という姓を聞いたことはないのだが、貴殿は皇国の方になるのかな? もしよろしければ小剱殿の出身を教えてもらってもよいかな?」
「―――」
出身か、、、俺の。なるほど小剱という姓はこの日之国にはないのか。
言う。俺は言うぞ。
「俺は―――」
俺は季訓氏に言ったんだ、俺の正体を。
「なっ、なんと。そ、そのような―――」
すると、俺が実は『転移者』であることに驚愕した季訓氏は今までよりもずっと俺を丁重に扱うようになったのは言うまでもない。
「えぇ、俺は―――」
さらに―――、
「事象をも改変できる能力者、、、だと・・・いうのか―――」
俺が自分のことを語るまで、季訓氏は俺のことを『アイナの付属品』程度としか見ていなかったんだろうな。
「小剱くん、、、君ならばきっと、我が息子正臣が成し得なかった『雷切』をその頂より抜けることができるはず、、、っ。私は小剱くんきみを末永く応援したいっさせてくれ・・・っ!!」
「、、、はい―――」
「末永く我が孫煉火や火蓮、火乃香とも仲良くしてやってくだされぃ・・・っ」
「それは、はい、俺のほうこそとてもお世話になったんで」
がしっ、っと俺は、季訓氏に半ば強引に、力強く握手を求められる。
「おぉうそれはありがたい・・・っ、日之国に来て下さったときには、いつでもこの私を、津嘉山 季訓を頼ってくだされっ」
ぶんぶんぶん・・・っ。思いっきりの握手な、それ。振り回されすぎて手が痛いってば。
「は、はい、、、っ」
いやいや変わり身速すぎだろう、この人。レンカお兄さんやアターシャ、ホノカの祖父である津嘉山 季訓氏を悪く言うつもりは俺にないがな―――。
「、、、」
アターシャだけは、恥ずかしそうな、居心地の悪そうな、ばつの悪そうな、いたたまれないような顔をしていたんだ。でも、どこか割り切っているみたいな、アターシャでもあった―――。