第二十四話 始まる朝。遅れてきた者は騎士
第二十四話 始まる朝。遅れてきた者は騎士
その『生ける屍』の件のほかにも、俺が腑に落ちなかったことはあるんだ。魁斗は教会から繋がる隠し通路の終点に至ったとき『着いたよ、健太』って俺に声をかけてきた。
今思えば―――それって。
「―――」
それって予め下見や下調べをしていないと、判らないことなんじゃねぇの? 魁斗は予めあの隠し通路を下見していて、通路の終わりを知っていたから『着いたよ、健太』って言ったんじゃねぇの?
いくらあの変わった青白く光るランタンで洞窟のような隠し通路がよく見えていたとしても―――『洞窟みたいな通路』の終わりなんて判るか、普通・・・?
「―――・・・!!」
ひたひた。ざわざわ。―――俺の心の中に・・・まるで這い寄るようにして魁斗への恐怖感と猜疑心がさぁっと忍び寄ってくる。それは俺の心を覆いつくし―――
///
「あれっ?クロノス義兄さん僕の話聞いてる?」
「・・・」
「ん? どうしたの?クロノス義兄さん? そんな無言で立ち上がったりして」
「あの小剱 健太という『転移者』が中々戻ってこないような気がしてな」
「あっそういえばそうだね、クロノス義兄さん。早く健太を連れて帰りたいのに」
///
「ッ」
ひぃッ―――!! 俺は心の中で情けない声を上げた。つまり俺は、聞こえてきた魁斗の、俺を連れて帰りたい、という言葉は俺自身に恐怖を植え付けたんだ―――。魁斗の言動は嘘だらけだったし、それに殺した人々を、『屍術』というもので生ける屍達に変えたらしいし。魁斗がいるのは、それらを使役する集団だ。恐ろしい奴らということ以外のなにものでもない。魁斗に対しては、俺は『裏切られた』というよりも『恐ろしい』『悍ましい』『怖い』ということのほうが俺の心の中では勝っていたんだ。
嫌だ。俺はそんな集団なんかに入りたくないし、魁斗の仲間になりたいなんて全くちっともこれっぽっちも思わないって。
「―――・・・」
恐怖と驚愕。驚倒するような魁斗達の秘密を俺は知ってしまい、またそれをさも常識のように平然と楽しそうに話す―――すっかりと変貌した幼馴染結城 魁斗の姿に愕然とした。
ふ、ふるえるなよっ俺の脚!! 小刻みに震えようとする自分の脚を、俺は必死に、力で抑えつけながら一歩、また一歩と後ろへ後ずさりしていた。
「ッ!!」
くそ・・・!!音を立ててしまった。やばいッ奴らに聞こえてしまったか!?
そのとき俺は激しく動揺していたせいか、自身の足運びがうまくいかず、地面にある砂と擦れてザリッという音を立ててしまう。その音が、ひょっとしたら魁斗とクロノスに聞こえてしまって、奴ら二人が俺のもとにやってくるかもしれない。
ふぅ・・・大丈夫だ。俺の立てた音は聴こえなかったみたいだ。
今がチャンスだって。俺は彼らが犯罪集団だったという正体、その本性、真相、その極悪非道な行為を偶然知ることができた。逃げ出すのは今しかないって!!
「―――」
俺は何も喋らず、音もできるだけ立てずに、一歩また一歩とそろりそろり後退していく。ある一定程度の距離が開くまで俺は眼前の魁斗達がいるほうに顔を向けたままで、そして距離が充分に開いたと思ったら、反転しダッシュで逃げるぞ。
・・・よし、そろそろいいだろう。それは、そろそろ身体を反転して走り出そうと思っていたときだった。もう廃砦の一室とは充分距離も取れ、俺は身体の向きを反転させようとしていたまさにそのときだったんだ。
ドンッ!!
「ッ!!」
ひぃッ!! せ、背中が、なにか固いものにぶつかったぞッ!?
でも、俺は背中から、なにか後ろにあった固いものにドンっとぶつかったんだ。そのとき俺は反射的に背筋をぴんっと伸ばしてしまい、心臓が止まるほど驚いた。だってこの道の道中に、木とか岩などの障害になるような物はなかったはずだ。
じゃ、じゃあなんなんだよ・・・俺が背中からぶつかったものってさぁ・・・―――
「―――」
俺はぶつかった拍子に反射的に脚を前に、数歩前へと距離を取り、恐る恐る首を、まるで擬音があれば、ぎぎぎぎっというような動作で後ろへ振り返った。
「!!」
え?こ、これは―――? すると、俺のすぐ後ろにあって俺が背中からぶつかったであろうもの。そこにあったのは、物ではなく―――誰だ、この人?―――いたのは銀色に輝く鎧に身を包んだ一人の大柄の男だったんだ。
つまり俺は、後ろ向きで後退中に背中から、この鎧に身を包む大柄の、たぶん男にぶつかったわけだ。この白銀の鎧に身を包んだ・・・あぁもう言いづらい。そうだ、この大柄の男は白銀の鎧に身を包んでいるからこの男のことを、名前が判るまで俺は『鎧男』と勝手に呼ばせてもらうか、心の中で・・・。
この鎧男の身長は確実にクロノスよりも高く、また鎧の形状から見るに、おそらくこの鎧男の首や肩もがっしりとしていて、きっと大胸筋もかなりあるんだろうな、と思う。いわゆる筋骨隆々のマッチョ体型。
その大柄の鎧男の鎧は日本の戦国時代の甲冑のようなものではなく、どちらかと言えば洋風の銀色に輝く鎧に近いものがあった。その銀色の兜を頭からすっぽりと被ってその顔を覆っているため、この鎧男の素顔は見えなかった。
またこの鎧男の胸部を守る鎧は一枚の湾曲した金属板のように見え、それ以外の関節部は複雑な造りになっているようだ。
「ふむ・・・」
鎧男は言葉少なに、自身の頭を覆うこれまた銀色の兜の顔部分に右手をやった。
「!!」
お!!なるほど、そんな感じで兜の正面がずれるのか。そして鎧男は兜の顔に当てたその右手を上下にさすることで、顔を覆う鎧部分だけが上にずれるようだ。鎧男が自身の兜にそうすることで、初めて俺はこの鎧男の素顔が見ることができた。
初めてこの大柄の鎧男の素顔を見た印象は、この無表情の人は―――厳しい顔をしたなんか厳格そうな性格の・・・そんな印象を受けたんだ。
「―――」
そんな内面的なこと以外に、この鎧男の素顔の顔つきはどうだろうか・・・。無表情だけど、均整のとれた顔立ちの男だとは思う。歳の頃は・・・どれくらいだろう。この鎧男の顔を見た感じでは俺よりも確実に年上だと思う。ひょっとすれば、俺の父さんよりも年上かもしれない。鎧男はそんな壮年を思わせる顔つきだった。
そして、この鎧男は立派な大剣のような長い直剣をその腰に差していたんだ。そうか、騎士だ。この大男の姿は世界史の授業で習ったヨーロッパの騎士に似ている。
そうか、この鎧男がっ!!・・・たぶん。そして俺は思い出したんだ、廃砦での魁斗とクロノスの話のやりとりを。
「―――ッ」
そうだ。きっとこの大柄の鎧男が、魁斗が『銀色の甲冑に身を包んだ人』、クロノスが言っていた、なんたら言う長ったらしい名前の奴に違いないって―――
と、取り敢えず関わりたくない連中の仲間だ、適当にごまかせ、俺・・・っ
「え、えっと・・・その、ぶつかってしまってすいません」
俺はぺこりと、ぶつかってしまった相手―――その白銀の鎧に身を包んだ騎士『鎧男』に俺は頭を下げた。
「うむ、俺は気にはしていない」
ふぅ・・・。この鎧男に突っ込まれて聞かれなくてよかったぜぇ・・・。もし、ぶつかった因縁や言いがかりを付けてこられたらどうしようかと、思ってしまったぜ。
俺は内心で安堵のため息を吐いた。そして、この鎧男のその深みのある低く重厚な、まるで腹の底まで響いてくるような厳つい声色にも俺は少し戸惑いながら、この廃砦からどこかへと繋がっている道の真ん中で、ぶつかった鎧男にぺこりと頭を下げ、その脇を通り過ぎたんだ。
「・・・」
えっと、・・・あんな銀色の鎧に身を包んだ騎士のような恰好をした人なんて、今の日本やヨーロッパのどこをどうさがしてもいやしない。やっぱここは地球とは違う異世界なんだな、なんて・・・。
俺は鎧男に呼び止められなかったことを内心でよろこび、心の中で安堵のため息をついた。今の俺はこの大柄の騎士の脇を通り過ぎ、数歩進んだ頃だ。
あとはどうやってアイナとアターシャに合流するかだよなぁ・・・
「はぁ・・・」
俺は小さくため息をついた。アイナ達とは簡単に再会できたらいいんだけどなぁ・・・。やっぱあの生ける屍達で溢れたあの街に戻らないといけないのかなぁ・・・。あそこあの街にはあんまり近づきたくないんだけどなぁ・・・。
と、俺がこれからのことを考えていたときだった―――
「貴公―――ッ」
「―――ッ!!」
声かかっちまったぁ―――っ!! うわぁ、どうしよう・・・。俺の背後から、たぶん俺にこの鎧男から声がかかったんだ。その声は野太く厚く深味のある声だ。
「っつ」
俺は努めて平常心を装い静かにしぜんを装って立ち止まった。
「あの?なにか・・・?」
い、いったい俺になんだってんだろう・・・。
「俺は人を捜しているのだが、貴公はこの先にある廃砦の近くで男達を見なかったかな?」
廃砦の近くに男達?そ、それってやっぱり魁斗とクロノスのこと、だよな・・・?
「男達ですか?」
俺はこの鎧男にゆっくりと、心の動揺を隠してしぜんな動きを装って振り返った。
「うむ、日之民の男達だ。一人は貴公と同じ歳の頃の男。もう一人は剣士で壮年だが、まだ若い男だ。見てないかね?」
っつ・・・俺と同じぐらいの歳の男と、もう一人は若い剣士って!!絶対、魁斗とクロノスのことだ―――!!この鎧男が言う日之民の男達ってさ・・・!!