第二百三十五話 月之国から入山しない理由は
「『皇国創建記「あまねく視通す剱王の詩」―――かの剱の王は、天に向かって聳え立つ滔々たる雷氣漲る雷の嶽の、その頂にて―――』」
第二百三十五話 月之国から入山しない理由は
アイナの感情の籠った言葉、躍動する身振り手振り。それは過去の出来事、そして、これから起こるとされる未来が記された英雄叙事詩を情熱的に語る。戯曲といっても差支えない。アイナはこれから起こるであろう『天雷山』での出来事を抒情詩のように熱く語る―――。
「私の心がこんなにも躍りわくわくするのは、きっとその偉業を成すのが私の愛するケンタだからですっ」
いきなりこっちに俺に話が来た。
「お、おう・・・っ///」
「ふふっ♪」
直球すぎて恥ずかしいぞ、、、アイナのやつ。しかも俺が好きなアイナのその優しい微笑み・・・っ///
「っ」
「ところでケンタ―――」
アイナはそれに続いて俺に話を振る。
「ん?」
「既にご存知かとは思いますが、ケンタ」
ん?ご存知?俺がすでに知っていることとは? 俺は適当にアイナに相槌を打ちつつ。アイナは、俺がなにを知っているかだって?なんて思った。
「うん」
「皇国の聖地たる『天雷山』それを成す雷氣に満ちた天雷山脈は日之国と月之国の境界に。天雷山脈を以って二つの世界は区切られています」
俺はアイナに肯く。
「―――」
そうだ。日之国は『現在』、月之国は『中世』と聞いた。
「えぇ、ですから我が皇国の聖地たる『天雷山』に至るためには、日之国か月之国に入境する必要があります」
アイナの順序立てる説明。アイナは俺に語りかけるように、俺が解りやすいように順序立てて話してくれる。
「あぁ」
イニーフィネ皇国本土ではなく、『イニーフィネ』から伸びる回廊のように伸び、日之国と月之国の境界となっている天雷山脈。雷氣漲る標高の高い長い尾根を、回廊を皇国から突っ切って行くより、そりゃそうだ、登るなら最短となる日之国か月之国、いずれかから行くほうがいい。
日之国と月之国、、、か。そっか確かにじゃあ二つ登山口があるよな。じゃあ、日之国か月之国、そのどちらから登るんだ?アイナは。たとえば両県の境界になっている富士山だって、両方の県から登山道がある。
アイナはにこりと優しく微笑み、―――それはまるで俺の疑問に応えるかのような。アイナは再び口を開く。
「ケンタ。私は日之国のほうから登ろうと思っています」
俺はアイナに適当に相槌を打ちつつも一つの疑問が湧く。日之国のほうから?
「なぁ、月之国からはなんで登らないんだ?なにか理由でも?」
―――月之国から登らない理由でもあるのか?
「私の気分ですっ♪」
アイナの気分、、、って。
「気分て」
にこり、とアイナは。
「ふふ、冗談ですケンタっ♪」
冗談ねぇ。じゃアイナにはなにがしかの理由はあるということだよな。
「っ」
「月之国は、私の知る限り諸勢力が乱立していて紛争や諍いが絶えません。ですので治安があまりよろしくないのです」
紛争状態?治安が悪い、だと?月之国は。
「従姉さん。月之国にはどのような勢力がありましたっけ?」
ざっ、っと話を振られたアターシャは椅子から立ち上がる。さっ、っと。その給仕服のどこに仕舞っていたんだろう? アターシャはどこからともなくタブレット端末を取り出す。
アターシャは、そのタブレット端末を見ながら口を開く。
「はい。月之国のですね、アイナ様。先ずは最大勢力であり月之国筆頭とされる『ルメリア帝国』。その帝都バシレイアの人口はゆうに五百万を超えているとされ、十五の軍団、九つの親衛隊を擁する月之国の超大国であります。次にルメリア帝国の北方に位置するノルディニア王国。ノルディニア王国は王制ではありますが、事実上はノルディニア王の信任を受けた諸侯家による領邦国家です」
領邦国家?ノルディニア王国は江戸時代の日本のような感じかな?ふと、日本史の授業で習ったことが頭をよぎった。
「・・・」
俺はアターシャの説明に耳を傾けた。
「ノルディニア王家を盟主とし、その他にヴェストリア大侯国やバルディア大候国などの侯国が。さらに天雷山脈麓までをその版図に治めるマルクバルド辺境伯国などの辺境伯、伯爵家が治める伯国などにより、統治されております。ノルディニア王国は騎士団戦士団を擁し、ルメリア帝国に次ぐ勢力として、北からノルディニア王国がルメリア帝国を抑えております。次に―――」
一通りアターシャの長い説明が終わる。
ルメリア帝国、ノルディニア王国、アリアナ王国などの強国以外に、月之国には国家間の隙間を縫うように、様々な勢力が入り乱れているそうだ。
そのような小勢力は強国に、あるときは従い、またあるときは離れるそうだ。そのような小勢力とは小国や候領、騎士団領、教団、遊牧勢力また盗賊や匪賊などの勢力らしい。
なんかややこしいな、月之国は。
「各勢力が月之国を制覇したいがために、常に紛争状態なのか、、、」
「はい、ケンタさま。ですが、最近の情勢ではルメリア帝国が月之国の諸勢力の中で一つ抜き出ておりまして、月之国を統一するであろう最有力候補となってきております」
「そう、なんだルメリア帝国は、、、」
ルメリア帝国―――、あのバカ魁斗が言っていた『ラルグス義兄さん』。祖父ちゃんの、祖父ちゃんの話で出てきたラルグス。確か、ラルグスはルメリア帝国最高軍司令官、、、って言っていた。
『実はケンタさまに討ち取ってほしい者がいるのです』
ひそひそ、っとミントは。あのとき俺に、俺の耳元で嬉しそうに言ったんだ―――。ミントの討伐依頼。
『はい、ケンタさま♪ 私が遺恨に思っているその者達の名は『屍術師ロベリア』と『不死身のラルグス』―――、、、』
「っつ」
あいつだ、あの男ラルグス。
「ケンタ?どうしました? 顔がこわいですよ?」
ッ。ハッと俺はアイナに指摘されて気がついた。アイナがじぃ、っと目敏く俺を見詰めていた。
「あ、いや。ルメリア帝国、、、じゃなくて月之国は、確かにもし行ったとしたら、ややこしそうだなぁって」
タブレット端末を仕舞い、その後のアターシャの余談だと、月之国には盗賊団や、騎士団とは名ばかりの強盗騎士の集団もいるらしい。
これは、月之国は、なんかややこしいな、と思っていたことは本当のことだ。天雷山の頂でラルグスと戦うことになる、かもしれないとも思ってはいたが。
「えぇ、ですので私達は日之国より登頂を目指しましょう」
それがいい、と俺も思う
「おうっ」
「従姉さん、サーニャ。貴女方の意見も聞かせてください」
もちろん二つ返事でアターシャとサーニャはアイナに同意。サーニャの盲目的にアイナに従うところなんかは、彼女の父親グランディフェルがチェスター皇子にするような、、、それと同じようなところがサーニャにはある、と俺はそう思った。
でも、なぜアイナが日之国側から天雷山脈に挑む案を出したのか、治安面以外にも、一応ちゃんとした理由があるようだ。
「従姉さん。天雷山への登頂中の私達の拠点は、日府にある津嘉山邸にします」
「畏まりました、アイナ様」
「従姉さん。ツキヤマの本家との折衝をお願いしてもいいですか?」
「、え?私が、ですか?アイナ様。兄ではなく」
意外そうなアターシャ。
「えぇ。私は従姉さんが適任だとそう思います」
アターシャはやや及び腰といった風で。
「、、、」
お、おふぅ・・・、っと聞こえちゃうよ?アターシャ。どうやらアターシャは不服を通り越して、嫌なようだ。それはアターシャの気持ちがその無表情の顔に出ていて、俺が傍から見ていても、アターシャ自身の気持ちが分かってしまう。
「聞けば従姉さん。最近、いえここ数年日府のツキヤマの本家に顔を出されていないとか。これはちょうどいい機会です。ツキヤマのおじさまに顔を見せてあげてください。きっとおじさまもお喜びになると私はそう思います」
おふぅ~~~・・・。
「~~~、、、」
とても嫌そうな顔。それはアターシャにしては珍しい感情を露わにした表情だった―――。