第二百三十三話 小剱殲式掌刃殲
まぁ、―――こう言っておこうか。
「ふむ、よきかなその友情」
また仕切り直しか。はてさて―――。
「ありがとうございます、ケンタさま」
俺はお礼を言ったアターシャからも視線を切り、再び目の前のサンドレッタへこの視線を遣る。
「さて、征こうかのう―――」
長々と続けるのは頂けぬな。飽いてしまう者もいるかもしれぬ、と俺は。誰に言うとでもなく、独り心の中で呟いたのだよ。
第二百三十三話 小剱殲式掌刃殲
俺の言葉に。俺は敢えて言葉に出してやったのだが、その俺の言葉を聞いたサンドレッタは。
「っつ」
ぎゅっ、っとサンドレッタは力を入れるかのように、やや身体を引き絞ったのが俺には判った。サンドレッタはやや緊張しているのやもしれぬ。
ふぅ、っと俺は一呼吸。それの後―――、
「、、、」
さっ、と俺は腰に木刀を差した。正確には鞘付木刀の鞘にこの木刀を納めたのだ。
「それは、、、木刀を納めるということは、一体どういうつもりですか、ケンタ殿・・・?」
「不服かのう?」
「はい。私自身が侮られていると、私はそう思ってしまいます」
「サンドレッタよ、それは異なことを。俺はお主を侮ってなどおらぬよ―――」
ざっ、っと俺は左脚を半歩前へ。そして、ややゆるりとした動きでこの腰を落とす。その動きと同時に俺は、両つの腕を前に張り出し、無刀のまま構える。
「それを、その行動が私を侮っていると、そう私は思うのです、ケンタ殿」
俺が本当にそなたを侮っているかどうか、それをお主本人で試させてやろう。
「違うのうサンドレッタよ。今は『戦』ではなく『試』ということは主にも解っていよう?」
サンドレッタは、己の中で無理に納得するように、しばし沈黙―――。
「、、、はい、ケンタ殿」
その後、ようやっとして俺の言葉に不承不承肯いたのだ。
「だからだよ、サンドレッタよ。よく見て、俺の氣を探ってみなさい」
「―――」
すっ、っとサンドレッタはその澄んだ湖と同じ青色の碧眼を細めて眇め、俺の状態を探るかのように、、、。
「俺に、そなたを侮っているというところはあるかのう?」
「いえ、解りました。その張り巡らされたケンタ殿貴方の鋭い剱氣に、抜かりはありませんでした」
「ほほっ、であろう?」
「はい」
「ならばよし―――」
俺が頭の中で思い浮かべる刀の構えは『正眼』でも『八相』でもなく、『霞ノ構』を崩したような―――いや違う。霞ノ構でもなく。
小剱殲式掌刃殲と、あの修練のとき、今俺が頭の中で思い出す小剱の業の一つを祖父は繰り出したのだ。
俺に『小剱殲式掌刃殲』と、示した祖父は。俺が視た祖父は、顎の下に持って来た左の二の腕を直角に曲げ、その右頬のすぐ脇で両つの腕は交差させずに、順手と逆に左手で柄を握り、右手の掌を柄頭に添えていたのだ。俺が今為すのは、その無刀である。
「・・・っ」
ふふっ、っと愉しく、俺は笑みが込み上げてくるのを自覚した。にぃっ、と俺は口角をやや吊り上げた。
俺のその様子を見て、怪訝な表情で俺を見つめるのよ、サンドレッタは。
「・・・ケンタ殿、なにがおかしいのですか?そのように笑ってみせて」
「なに詮無いことだよ、サンドレッタ。お主と闘うのが、愉しくなってのう」
ぽつり、っと俺は。
「、、、」
長い間語るのは飽くというもの、そろそろ頃合いかのう。
同時に足元で剱氣を練り―――、翔る、一歩二歩―――俺は。風のように、音のように速く、いやさらにその上をゆく光のように疾く。
サンドレッタにとってみれば、瞬く間よりも俺の動きのほうが速いものであったはずに違いないのだ。
「ッ・・・!!」
狙うはサンドレッタの鳩尾。人体の急所の一つである。そこを目掛けて、俺の剱氣を彼奴サンドレッタに叩きこんでやろう、この無刀なる掌で。本来ならば、『小剱殲式掌刃殲』とは、左手に持つ刀を、鋩から刃を柄頭に沿えた右掌で捻じ込むように、刀の鋩で心の臓を穿ち、断つ殲なる業なのだ。
此度は無刀であるからしてそれの応用よ。彼女サンドレッタを殲すわけではないのでな、優しくするのだっ・・・この俺が!!
この剱氣を帯びたこの手腕でサンドレッタの急所である鳩尾に剱氣を叩きこもうぞ。
タッ、っと脚を踏み込み、さらに勢いを載せるッ。ギュンッ、っと俺は勢いに乗ったまま、左の拳より越えて、右腕を突き出し掌底打ちの如く、この剱氣を纏うこの右掌でサンドレッタの鳩尾を討つのだ。それはまさしく、剱氣を帯びサンドレッタに肉薄する俺は、光り輝く流星のような一条の光に視得よう。
だが、ドンッ、と衝撃的にやるのではなく、とん―――っ、っと俺は優しく、掌でサンドレッタのその柔い胸に触れ、、、いや違うぞい?サンドレッタ彼女の胸の下部の鳩尾であるぞっ。
「なっ―――ケンタ殿っ!?」
俺は剱氣をサンドレッタの身体に、肉体に直に叩きこむのだ。身体の内から為す剱氣の功よ。概して勢いのあるものではない、寧ろ優しく掌を、サンドレッタのその胸の下に添えて―――、俺の剱氣だけを掌より。サンドレッタに向けて剱氣の塊を撃つのように、圧し出すっ。
「小剱殲式―――」
俺は若かりし時より修練の末に体得した剱氣。それは、たとえ鋼のような筋骨隆々の肉体を持つ者であっても、筋肉が厚くても、俺は剱氣を貫かせ透すことができるのだっ!!
「―――掌刃殲・・・むんっ」
もむ・・・っ、っと俺は剱氣を圧し出すときに、やや手掌に力を籠めてサンドレッタの胸を圧すのだ。
「ひゃっ!!私の、胸を・・・っ///」
「―――、、、」
それが、俺の掌底を打ち出す右掌が、サンドレッタの胸に触れてしまうのは仕方ないことであろう?この右手の手掌に氣と力を籠めるものであるからして・・・っ!! そして、それは今ぢゃっ、俺は剱氣を籠める。
ドン・・・ッ、っと。
手掌より鋭い剱氣の氣塊の一撃。俺は剱氣を右手掌から直接撃ち出し、剱氣はサンドレッタの胸より入り、身体を、骨肉を貫き通し、ズァッ、っと背中より抜ける。
「か、、、っハッ―――」
肺の空気を、吐き出すようにサンドレッタは―――、
その直後。ぶるぶる、、、サンドレッタの膝が笑い―――、がくんっ、っと彼女は立った状態より膝から崩れ落ちる、、、。
「おっと・・・!!」
俺は両手を出して、サンドレッタを抱き留めたのよ。板張りの床に崩れ落ちるのは、痛いのでな。
「ケ、ケンタ、、、どの―――」
「うむ、なにかなサンドレッタよ」
ほう?まだ喋る力が残っておるとは、中々にすごい娘だわい。
「―――つ、強いですね、、、貴方は」
「いや、お主もなかなか手ごわかったぞ?」
「そう、ですか・・・。光栄に、そう、思います」
サンドレッタは、その口調、その表情から俺が察するに、『この結果』を少々不服に思うておるのやもしれんな。
さて―――、、、
「―――、、、」
俺は一瞬目を瞑り、、、祖父の、準えていた祖父の意志を振り払う。『顕現の眼』を解き、それは、その祖父ちゃんを準え、顕現させ為り切っていた『俺』はそこで完全に消失した。
「ケンタ殿?あの・・・、えっと―――?」
俺からあの、あまねく斬り刻むような鋭い剱氣が、たちどころに消え失せたのが分かったのか、サーニャが怪訝そうに顔の色を変えた。
「―――」
サーニャのその疑問を、曖昧にして何も俺は『顕現の眼』のことは答えず、語らず、だが言う。それとは別のことは言わしてもらう。
さいわいにして、俺はまだこの腕でサーニャを受け止め、抱き留めたままだ。サーニャは意外と軽い。
「俺の眼を見ろサンドレッタ」
俺はまるで命じる口調で。だが、小声でいい、それで事足りる。俺の発する言葉の内容をさいわいにして、離れているアイナやアターシャに聞かれる可能性は低いだろう。ついにここで、俺が新たに体得した『審美眼』の発動だ。
つぅ―――っと俺を、眼に力を籠める。遠くのものを視ようとするときや、その『千里眼』を行使させるときとに眼に籠める、力の入れ具合が違う。この『審美眼』は、この『審美眼』を発動させるときは、上瞼に力と氣を籠めるようなイメージで、対象の相手を『覗き込む』のような具合で視得るんだ。
「・・・ケ、ケンタど、の、、、なんという綺麗な、それでいてこわい眼差し―――。空色の、縁取りの、眼に、、、きれい・・・」
ここからが大事だ。
「視線は逸らすなよ、俺を見ろ―――」
「―――は、い」
「っ」
よしっかかった。『審美眼』を相手に掛ける上で、一番の、最も大事な山場を越えた。その証拠に、サーニャの眼が瞳が、やや弛緩したかのように、とろん・・・、としたものになる。
そんなとろんとした様子で、まるで夢うつつにいるかのようなサーニャは、俺から一切視線を逸らさず、いや俺のこの『眼』から視線を外せなくなり、完全に俺のこの『審美眼』の虜になる。
サーニャに俺は『審美眼』の効果を掛けたのだ。俺の『審美眼』、、、いや俺の心に靡くと書いて『心靡眼』とでも呼んだほうがいいのかもしれない―――。
「問おうサンドレッタ=カルナス―――、」
「はい・・・、ケンタ殿」
サーニャになんと問うべきか。『父親のことはどう思う?』『お前はイデアルか?』―――ううん、そうではない、そのような質問はしない。
俺がサンドレッタを『心の内』から掌握し、色覚化して、俺が視得るように―――。
「―――お前のその生き死は誰に捧ぐものだ?」
「はい。それはアイナ姫です―――」
真っ白だ。こいつ、、、サーニャはほんとに真っ白だったんだ。
「っ」
もうこの時点で俺は解った、判ってしまった。サンドレッタ=カルナスは、本当に『イデアル』とは繋がりがないということに。
だが、なぜあの夜―――、そうだ今なら訊くことが叶う、訊いてみよう直接この場で今の状態のサーニャに。俺は眼に力を籠めたまま、サンドレッタを凝視しながら口を開く。
「問おうサンドレッタ=カルナス―――、」