第二百三十二話 顕現せし剱聖
そうかよ、っと俺は吐き捨てるように言ったあと―――、さっ、っと俺は開いた左手を自身の眼前に翳す。じくりっ、っと眼が痛くなるほど瞼を見開き、その『先』を凝視する。その『先』というのは。
「―――、、、」
―――それは現実的な俺自身の目の前の対象者、今はサンドレッタ=カルナスのその姿。彼女が自身の『氣』を解放したその金色に光り輝くその姿だ。
―――そして俺が準え成るその対象者、今俺が準え成ろうとしている祖父小剱 愿造のその姿。祖父がその異能『剱聖』を発動させたその姿だ。
第二百三十二話 顕現せし剱聖
「―――」
『剱聖』という異能を発動しているときは、常に鋭い剱氣を纏う、纏っていた祖父ちゃん。その剱氣で祖父ちゃんは全ての身体能力を大幅に上げ、また鋭い剱氣を全身とその得物に通わすことで、自身とその得物を氣で纏い強化させ、体躯と得物の耐久性を大幅に上げる。
祖父ちゃんが俺につけてくれた修業。俺がこの瞼の裏に焼き付けた祖父『剱聖』小剱 愿造を呼び覚ませ、―――。
「『あまねく視通す剱王』―――」
『顕現の眼』―――。
心の中で、誰にも聞かれないように、俺は―――『顕現の眼』と呟いた。それが転機となりて、『俺』は『祖父小剱 愿造』を準え、成り代わる。
ズズズ―――、ズアっ、っとその瞬間。俺から鋭い剱氣が溢れ出す。俺は『祖父』に引っ張られるかのように―――、、、。
そうさな、剱氣は祖父の鋭い『剱氣』を準えしものよ―――
「―――のうサンドレッタよ、お主―――」
―――サンドレッタよ、お主は『イデアル』と繋がっておるのかのう? だが、俺は最後までは言わぬ。
ぞり―――っ。ぞく―――っ。
「な―――っ」
びくっ、っと身体を震わせたサンドレッタ。どうやら俺の剱氣に中てられたようだ。だが、まだまだこれからよ。
「はて?そのように驚いてどうしたのかのう?サンドレッタよ」
「な、なんという鋭い、、、まるで斬られそうな氣、、、。ケ、ケンタ殿、、、貴方は本当にさきほどまでのケンタ殿かっ!?どう見ても、、、雰囲気が違いすぎます・・・。貴方は誰だっ!?貴方はいったい何者ですかっ?!」
俺が先ほどまでとは違うとな? 俺は俺だ。意識もはっきりとしているし、さきほどまでの記憶も意識も意志もしっかりと今まで繋がっておる。
「異なことを言う。俺は俺で、はて儂だったかのう、ほほっお主はどう思うかのうサンドレッタよ♪」
「・・・ま、まさか、ひょっとして己に憑依させる異能?まさかケンタ殿貴方は古の剱聖の英霊をおろせる、とか―――? 、、、」
古の英霊を降ろしたとな?ほっほう、悩んでおるわい、サンドレッタは。
だが、まぁそう考えるのは仕方ないことかもしれぬ、サンドレッタよ。『顕現の眼』というものは、己以外の者を寸分違わず準えるということだしのう。お主がそう思うのも無理はないわい。だが、降霊と『顕現の眼』は、似て非なるものよ、サンドレッタよ。
俺がそこまでサンドレッタに教えてやる必要はなし。自ら自身の手の内を見せるほど、俺はお人好しではないわい。
「ほっほっほ、サンドレッタよ、はてさて。さて、、、では、そろそろ征こうかのう」
ヒュンっ、っと俺は音もなく駆けた。
「ッツ!!」
俺が突如消えて驚いとる、サンドレッタは。
なに種明かしは易いこと。剱氣を操り、その足場を作り駆けたのよ、ただそれだけのこと。あのとき俺が竹藪で定連重陽に見せた『黯影』と同じことよ。それをこの場でやって見せただけだ。
剱氣を操る俺はみるみるうちに、棒立ちのサンドレッタに肉薄。
「ほほっ、サンドレッタよ」
「ッ」
タンっ、タタタタっ、っと俺は剱氣を操る軽快な足取りで―――、然しものサンドレッタも今の俺の動きを追い切れぬと視る。
「―――ほれ、背ががら空きよ」
背中より声―――。俺はサンドレッタの背を取り、回り込み背後より彼女に声をかけたのよ。
「な―――ッ」
ぎょっ、びくっと。サンドレッタが驚きに身体を震わしたのが見て取れたのだ。
すっ―――、っと俺は手を伸ばす。俺に背を向けてがら空きで、無防備なそのサンドレッタの背に、道着姿のその背筋に俺は手を伸ばしたのだ。
トンっ。
「ほほっ♪」
指を伸ばしトンっ、っと俺は。だが俺は指衝するのではなく、本当に軽く背をつついたのだ。
「・・・っ!!」
びくぅっ!!
俺は右手の人差し指でサンドレッタの背中を軽く圧したのだ。するとサンドレッタは跳び上がるほど驚きおったのだよ。
ダッタタタタッ―――トット、、、っ!!
「ふむ・・・」
俺の間合いの外に逃げられてしまったわい。サンドレッタはすぐに前へと避け飛び、タタタタッ、っと空中で、その最中に姿勢を正す。つまり俺に対して真正面を向いたわけだ。
「わ、私の後ろを、、、。私が背後を易々と、取られ、た―――っ・・・?!」
驚愕に目を見開くサンドレッタよ。ふむ、もしかすれば彼女サンドレッタは、誰かに背を取られることなど、初めてのことだったのやもしれぬな。
修練の際、俺はこのように祖父に幾度となく背中を叩かれたがな。
「相手をしてやろう。いつでもどこからでも、かかってきなさいサンドレッタよ」
「ケンタ殿~~~っ」
はて?俺のどこに不服はあったのかのう。俺の言葉にサンドレッタの顔が不満げな、含みのあるものに変わったのよ。
ダンッ、っとサンドレッタは足を踏み鳴らし、ぜいっ、っと俺に向かって跳びかかってくる。
「―――ッ」
「やれやれ、、、」
いかん。いかんのう。ダンッ、っなどと踏み鳴らすような歩法。氣の使い方、練り方が全くなっとらんわ、サンドレッタは。
「はぁああああっ・・・!!」
サンドレッタの雄叫びにも似たその咆哮。
「ほう」
ほほっ、サンドレッタはもう目の前。木刀を思い切り振り上げおってからに。こやつすっかり頭に血が上って、練習試合ということをとうに忘れておるわい―――。
ふむ―――、もう一つ気掛かりができたわい。意識を目の前のサンドレッタに向けつつ、俺はそちらにも視線を送る。そちらとは、この道場の端よ。
ふるふる、っと俺は端におる二人を見遣って首を左右に振った。サンドレッタを制止するべく動こうとしておった二人アイナとアターシャのその行動を俺は断ったというわけだ。
その瞬間―――、金色に輝く氣を纏ったサンドレッタの恐ろしい一刀が俺に向かって揮われるのだよ。だが、視得視えよ。お主の真っ直ぐな、正直すぎるほどのその太刀筋はのう。
俺は両腕に、脚に、腹に、背に、いや、全身全霊あまねく剱氣を巡らし点し、
「ふむ・・・」
ふっ、っと俺はその恐ろしく速うて重い一斬を軽くこの剱氣を纏った素手で往なし、そして躱すのだ。
「ッツ・・・!!」
続けざまにサンドレッタは二斬を。振り抜いた木刀を今度は、斬り返すのよ。下段から上段へと斬り上げるのだ。
「―――」
ふっ、っと俺は身体を僅かに逸らしてその斬撃を躱す。むろん俺から見れば、そのようなサンドレッタの実直な太刀筋など、まるで児戯のようだわい。
「なぜだっ!?なぜ貴方に当たらない!! 私の剣筋は確実に貴方を捉えているというのにっ!! なぜこう掠りもせず、易々と私の剣筋が避けられるのだ・・・っケンタ殿っ貴殿はどうして私の剣を、そうそう易々と避けられるのだッ!?」
それはのうサンドレッタよ。お主のその太刀筋が俺には『解る』からよ。そのように金色に輝く派手な、しかも苛立ちや怒りといったものを含ませた闘氣は特に解り易く、読みやすく、視得易いのだよ。お主が力めば力むほど、俺はやり易いのよ、ほほっ。
そう『剱聖』を準え剱氣を纏った俺は、お主の金色に輝く氣をただ受け流すだけでよいのだよ。
「ほほっ、ほれほれ俺はこっちにおるぞ」
ひらひら、っと俺は開いた右手を軽く振ってやる。こうすると、お主は感情が昂ぶるかのう?
「このっ、、、ケンタ殿~~~っ」
ほほっ、思うたとおり。このぉ、っとサンドレッタのやつは相当悔しがっておるわい。
「サンドレッタ」
そこで声が掛かったのだ。その声の主は―――。
「アターシャどの―――」
「少し冷静になるべきです、サンドレッタ。今の貴女はむしろケンタさまにとって『好都合』の相手になっていますよ。、、、むしろそうされたというべきかもしれません」
ふむ、サンドレッタに助言かアターシャのやつめ。
「っつ」
ハタッと気づいたようにサンドレッタは。アターシャの助言を聞き、そのような顔になったのだよ。
すぐにそれから、ぱぁっ、っと顔を綻ばし笑みをこぼす。ふむ思いのほか切り替えが早くできるのう、この娘は。
「ありがとうございますっアターシャどの・・・!!」
「いえ、、、サンドレッタ」
ぱぁっ、っとアターシャより助言をもらったサンドレッタのその表情は、まるで憑き物が落ちたかのように明るい、よい表情に成ったのだ。
「ケンタさま、助言ぐらいはよろしいですよね?」
そう来たか。ふむ、、、ひょっとすればアターシャは『顕現の眼』のことを知っておる、聞いておるのやもしれぬな。思い浮かぶのはアイナしかいないのだが。そんなアイナは、アターシャの横にいるアイナにも視線を向ければ、アイナはややその藍玉のような眼を曇らせた。
ほう、やはり俺が定連重陽と戦ったときに、俺自身がアイナに語った出来事の顛末を、アイナはアターシャにも話していたようだ。俺はアイナから視線を切り、再びアターシャに。
俺としてはこのまま正常な判断を失したサンドレッタのほうがやり易かったのだかのう―――。
まぁ、―――こう言っておこうか。
「ふむ、よきかなその友情」
また仕切り直しか。はてさて―――。
「ありがとうございます、ケンタさま」
俺はお礼を言ったアターシャからも視線を切り、再び目の前のサンドレッタへこの視線を遣る。
「さて、征こうかのう―――」
長々と続けるのは頂けぬな。飽いてしまう者もいるかもしれぬ、と俺は。誰に言うとでもなく、独り心の中で呟いたのだよ。