第二百二十七話 待った。その日程は待ってほしい
二回目、アターシャと一緒に見たサンドレッタはその手に青白く光るランタンを持っていた。
きっと同じものだ、あいつのと同じ。あのとき屍者達が徘徊する街から逃げるときに隧道の中であいつ魁斗が持っていたのと同じ照明器具、氣で灯るランタンだ。
「はい。持ってたんっすよ、サーニャはランタンを」
「なるほど、、、」
レンカお兄さんは考え込むように、その視線を湯船の水面に落としたんだ。
第二百二十七話 待った。その日程は待ってほしい
「あの、レンカさん」
俺の問いに伏目だったレンカお兄さんは視線を俺へと戻す。
「ん?なんだい健太くん」
「氣で灯るランタンって、、、いっぱい出回っているものなんですか?」
もうそれを訊くのって俺自身が確信を持っているからじゃないか、俺。いや、決めつけるのはよくない。俺は、、、内心で自分自身の考えを振り戻す。
「う~ん。いろんなものがけっこう売られているかな。だからきみの知っている『幼馴染』の彼が持っていたというランタンとサンドレッタが持つ氣導具のランタンが同じものだったとしても、それはおかしいことじゃないよ」
そうなのか、、、。あれ?なんか残念がっているのか?俺は。俺はサーニャをそうだと決めつけたいわけじゃないのに、、、。
くそ・・・っ思い出せねぇっ魁斗が持っていたランタンをはっきりと。だいぶ以前のことだから、魁斗が持っていたランタンなんて細部まで詳しく覚えているわけじゃないし、サンドレッタのランタンも意識してじぃっと記憶するように見たわけでもない。そこが俺の安心できるところでもある、よな。きっとサンドレッタ=カルナスに二心はない、と。
「そう、ですか」
それを言うなら、アターシャだって持っていたじゃないか、あの氣導具の青白く光るランタンを。カーテンの裏に隠れていたとき、そのアターシャが持つランタンで俺は照らし出された。
「ぼくはいいことを思いついたんだけど、健太くん」
はっ、っと俺はレンカお兄さんを意識した。
「レンカさん?いいことっすか?」
俺は彼を見れば、
「あぁ。健太くんのその異能『選眼』で視得ることはできないのかな?」
「え?なにをですか?」
俺の質問返しに、にぃっ、っとレンカお兄さんは悪い笑みをその口角に浮かべる。
「くくっ『本心』さ。なに心を読めと言っているんじゃないよ? 人の本心を、感情を、白か黒か、はたまたその中間色といった具合で視得ることはできないのかなってさ。その健太くんの『選眼』の異能でさ」
白か黒か、で視る・・・!!
「ッツ・・・!!」
できるかもしれない!!視得るかもしれない、俺には・・・っ!!
「どうかな?健太くん。できそうかな?」
俺のこの『選眼』で・・・サンドレッタの本心を、感情を、視る、視透かすっ!!
「できるかもしれません、レンカさん!!」
「くくっいいねぇ健太くん。ぼくはアイナ姫や妹ほど『人』ができていない。ぼくも健太くんきみと同じでサンドレッタ=カルナスの本性が、本心が知りたいんだ。健太くんきみはアイナ姫を、そしてこの皇国を救う『力』をその身に宿している。ぼくからもお願いするよ、一肌脱いでほしい健太くん―――くくっ」
なんか、皇国を救う力を宿している、なんて―――、なんか照れるな。
「はい、、、レンカさん・・・っ///」
―――レンカお兄さんは俺を持ち上げすぎだ。
///
後日。今はちょうど夕食後の団欒時。
「―――」
そういう俺はというと、俺は三人の様子を観ていた―――。この夕食後の団欒時にアイナは明日の行動予定や公務に関することをアターシャとよく話す。
そこに一人加わった。その人物とは。
アイナはそのみずみずしい唇から、その口元からティーカップを放し、音も静かに食卓の上にその白磁の杯を置いた。
「従姉さん、サーニャ。これからの打合せをしましょう、楽にしてください」
アイナのその、楽にしてください、の命によりそれぞれアイナの両隣にいた二人が動く。
右のアターシャ。
「はいアイナ様」
左のサーニャ。
「はっ姫様」
二人はそれぞれの椅子に腰をかける。
「けっこう。貴女方も準備はいいですね?」
俺とアイナは円卓の対面に座し、俺から見て左の椅子にアターシャが、右の椅子にサーニャがそれぞれ座った、ということだ。
結論から言えば俺はこの『選眼』で、普通に、普通の状態の人の本心を白黒視覚化して視るということはできなかった。でも、俺は―――
『腹減ったっ』『寝たいっ』『したいっ』
の、ような人として普遍的で根源的な三つの欲求に飢えているときや、もしくは―――すなわち心が沈んでいる状態や、くよくよと不安定な状態のときは、例えば試合で負けて落ち込んでいるときなど、俺はこの選眼でなんとなくその対象者のそれが、その気持ちが色覚化されて視得ることできることが判ったんだ。
だが、はっきりと心中を寸分違わず、文字を可視化して、その対象者の心を読めるというわけではない。『感情』や『気持ち』が視得、解る、ただそれだけだ。
『あぁこの人、嘘ついてるなぁ』とか、話していて、
『言っていることは建前で、ほんとは心がここにあらず、なんだなぁ』
など。新たなる『選眼』を発動させている状態では、そういった具合で人の心情が視得るんだ、視得るようになったんだ俺は。
「―――、・・・」
修練の末、、、ありがとうレンカお兄さん、ミント。その二人が、俺の新たなる『選眼』の開眼を手伝ってくれたんだ。
そのレンカお兄さん、ミント二人のおかげで、俺が新たに手にした『選眼』。その異能は『美しいものと醜いものを視別けることのできる異能の眼』その名は―――。
「っ」
ふっ、っと俺は考えを切り、あまりに心に此処に有らずの態度では、聡明なアイナのことだ。彼女アイナは俺の考え込む様子から、なにかしら感づく可能性がある。だから俺は、考えを切り、俺は目の前の三人の様子に意識を向けた、というわけだ。
「―――、、、」
この俺達三人の輪の中に新たに加わった者近衛騎士サンドレッタ=カルナス。アイナの右にはアターシャ、左にはそのサーニャがそれぞれ座す。
「、、、」
そう新たに俺達のこの陣営に加わった者は元・皇国近衛騎士団団長炎騎士グランディフェルの一人娘だというサンドレッタ=カルナスだ。彼女の父親グランディフェルとはあの廃砦での戦い以降一回も会っていない。もちろんその場にいた日下修孝=『先見のクロノス』も同じく。魁斗の『黒輪指弾』にやられた日下修孝、ならびに操られたアイナの一刀からアターシャを庇い重傷を負ったグランディフェル。俺は『慈眼』でこの両名を癒したから、その両名こと日下修孝とグランディフェルは生命を落としていないはずだ。
俺は上座のアイナの言葉に耳を傾けつつ、
アターシャとサーニャの意志の籠った眼差しの沈黙を、了承の返答と捉えたアイナはいよいよその口を開く。
「我々はいよいよ天雷山へと、この歩みを進めることになるでしょう。その日程と行程ですが、来週より―――」
「待ったアイナ」
そこで俺はアイナに物申す。
「ケンタ・・・?」
「その日程は待ってほしい」
「・・・え」
まさか当の本人の俺がそれを進言するとは、思っていなかったようで、アイナはその顔をきょとんとさせて、その藍玉のような視線を俺へと向ける。
「もちろん俺が天雷山へ行くのを恐れているわけじゃない。俺はまだやり残したことがあるんだ―――」
そう俺は確かめなければならない、サンドレッタに二心があるかないのか、それをな。適当な理由をつけて試合をし、サーニャを負かして、そしてこの眼で視得るんだ、彼女の心の内を、な。
///
なるほど。確かにサーニャは強い。きっと勝利まで一筋縄ではいかないだろう。だが、俺はやらなければならない―――。
「―――、、、」
―――俺は道着姿のサーニャと向かい合っていた。もちろん俺も道着姿だ。サーニャとの向き合いは平和的なものではなく、勝ち負けを決する試合。俺とサーニャは道場で向き合い、互いに得物である木刀を構えていた。
すぅっ、っと作法に則ってサーニャはまずその木刀を縦に構える。木刀のその鋩は上を向く。鎬はサーニャ自身を、その刃のほうは俺を向く。
肩幅を活かし、木刀の柄を持つ両手に対して、両腕はその肘で直角に曲げ、左右に肘を張り出す独特の構えだ。
サーニャは木刀の柄を順手で持ち、その鋩は天を向く。そのまま肘を伸ばし、木刀を前に出す。つまり握った木刀を前へ、それを俺へと向ける正眼の構えに移行する。
「いかさせていただきます、ケンタ殿―――っ」
ダンッ、っと木の床を蹴り、ずえやああああっ―――!! 物凄く勢いがあり、とても重そうなサーニャの斬撃だ。
「くっ・・・」
それでいてサーニャの剣筋は早い。そして、何よりも俺にとって危ないものは、その脚力によりさらに増し、叩き切るような途轍もなく重い斬撃だろう。
だが―――、甘いぞサーニャ!! ふっ、っと俺は上体を逸らして、その恐ろしい破壊力の斬撃を紙一重で避け、、、その風圧を肌で感じる。
「なっなんと・・・ケンタ殿!!私の渾身の斬撃を避けられるとは・・・さすがですっ」
サーニャのそのうつくしい金髪がさらさらとまるで絹のように流れるということはなく、なぜかって?今のサーニャは、アイナと同じようにその後頭部でシニヨンに、髪を結っているからだ。見ていて思うことだが、サーニャのシニヨンは、アイナのそれとは少し違う。あの廃砦で見たアイナのシニヨンは後頭部で結われた髪を巻き込むようにして仕上げられていた。
一方の、今のサーニャのシニヨンは後頭部に長い金髪を集め、そこをふっくらとお団子のように一つ盛り、その盛られた周りに編まれた一条の髪が、その盛られた髪を一周している、そんなシニヨンだ。