第二百二十五話 なんで、あいつが、、、。なぁ、俺達でちょっと調べてみないか?
「ッツ」
サッ、っと俺は、焦らず騒がず、音も立てずに、冷静に窓枠から掛けられたカーテンに入り、その隙間から外の様子を窺う。
サーニャならたぶんこの踊り場を越え、、、昨夜と同じくきっと角を折れて向こうの反対側に行くはずだ。でも、その足音の主は反対側には行かず、、、こっち側に!? こっちに来るぞっ!!
スっ、っと俺はカーテンの細い隙間を隠し、ますます息遣いを殺す。
第二百二十五話 なんで、あいつが、、、。なぁ、俺達でちょっと調べてみないか?
『―――』
絨毯の上を歩く足音。その主が無言で俺のすぐ脇を通り過ぎ―――、、、
「、、、」
ふぅ、、、っと俺は内心で安堵の息を漏らす。通り過ぎたら、時間を稼いでサーニャの尾行を再開だ。
ぴたり、っと。
「・・・っ」
ばれた!! 俺がカーテンの裏に隠れているのが、その気配の主に悟られたようだ。その者の気配がそこで止まる。
だが、この気配は、、、確証は持てないが、たぶんサーニャのものではない、と思う。でも、どちらしても俺の思い通りにはいかないようだ。
「出て来てください。そこにあなたが隠れているのはすでに分かっています―――」
抑え込んでいるが、紅く燀えるような氣。そして、雰囲気から察しがついていた。やっぱりアターシャの声だ。
きっと彼女は宮殿内を見回りでもしていたのだろう。
「俺だよ、アターシャ」
すっ、っと俺はカーテンの裏から出た。うっ、まぶしい。俺は顔を顰める。そのアターシャが手に持つランタンから放たれる光が俺を照らす。
「ケンタさま?」
「うん」
さっ、っとアターシャはその灯りを俺の顔から下してくれる。
「ケンタさま、なぜこのようなカーテンの裏に?」
う~ん、素直に答えていいものか? アターシャに話すとアイナまで筒抜けになりそうだからな。そのアイナはサーニャを信頼しているんだ。
「ぼくの一人かくれんぼさ、かれんちゃん♪」
だから俺は、本心を隠すように、ややおふざけをしながら、まるでレンカお兄さんがするようにアターシャにそう答えた。
「、、、その言い方、兄ですかケンタさまは」
アターシャのその目が一瞬しらける。
「―――で、本当のところはどういった事情なのですか?ケンタさま」
じぃ―――っと俺は、アターシャの真剣な眼差しで見つめられ、、、。
「、、、・・・」
うっ、く―――もうアターシャから言い逃れできそうにない。
でも、アターシャなら、、、アイナのことを本心から慕っているし、、、彼女になら話してみてもいいかもしれない。
「なぁ、アターシャ。言ってもいいけど怒らない?」
きっとアターシャだってサーニャを悪く言われる、というかサーニャの立場を不利にするようなことを俺の口から聞きたくないだろうし。
「ケンタさま。言われてもいないのに、まず『怒らない?』とそのように私に申されましても」
「そうだよな。えっと昨夜のことなんだけど―――」
と、俺は昨夜、だいたい今と同じ時間にトイレに行ったとき、館内を徘徊するサーニャを見かけたことをアターシャに話したんだ。
「サンドレッタが、、、っ」
アターシャの表情を見るに、彼女はなんの動揺もしていないように思える。でも内心では、アターシャはどう思っているのかは俺には分からなかった。
「うん、真夜中に見たんだよ俺、サーニャを。でも尾行するか迷っているうちにどこかに行ってしまってさ」
「貴重な情報をありがとうございます、ケンタさま」
こういうときでもアターシャはその侍女服姿で、律儀に俺に頭を下げた。
俺は言葉を濁しつつ、、、きっとアイナに知らせると、アイナは直球で言葉を濁さず、すぐにサーニャに訊くに決まっている。そんな性格だ、アイナという女の子は。
「なぁアターシャ、アイナに言うと、、、たぶんアレだから先に俺達でちょっと調べてみないか?」
アレというのは、俺が言葉を濁したのは、アイナは直でサーニャに訊いてしまう、といったものを含ませたものだ。きっとアターシャなら解ってくれるだろう、という俺の希望的観測。
アターシャはちょっと目を泳がせ、逡巡。
「―――、、、」
もうちょい押そう。
「たぶん、でも。証拠を掴んでからアイナに、そうじゃないとさ。でも、きっとサーニャは確実になにかを―――」
している、こんな真夜中に。
「―――その証拠をさ、アターシャ。先に俺達が掴んでいたら、もしサーニャがアイナの質問に、、、質問をはぐらかしても―――」
―――すぐに判るだろう?と俺は言葉を濁しつつアターシャに眼で訴えかけた。
「ふぅ、、、」
アターシャは観念したように納得してくれた。それにややあのレンカお兄さんの薄い柔らかい笑みと似ているような笑みをアターシャはこぼす。
「ケンタさま。いつの間にかずいぶんと深慮遠謀な方になられましたね」
そのアターシャの俺への言動はいやみなものではない、と思う。
「レンカお兄さんの影響かな」
レンカお兄さんに、少し憧れているというのも俺の事実だ。あの人は単身『イデアル』に、一矢報いるために。
「ふっ、私の兄ですか」
アターシャのその笑みに誇らしげな感情が混じっているのは、俺の気の所為ではないと思うんだ。
///
「「、、、」」
次の日の夜、俺とアターシャは真夜中に出張っても、特になにもなく、起こらず、サーニャも来なかった。
「「―――」」
その次の日の夜、消灯後、俺とアターシャは密かに合流して二人で『目的の人物』を張っていたが、日付を過ぎてもその人物は現れず、今夜も徒労に終わりそうだ。ふわっ、っと俺は欠伸をかみ殺し、ちょっと眠い。
「、、、」
夜な夜なアターシャと二人で出張って、こうも成果が芳しくなければ、もう一つの問題が起きそうな気がする。それはこの俺達の企てが、アイナに、、、そしてサーニャに見つかってしまうということだ。もし見つかったら―――、かなりまずい、と俺はそう思う―――、、、ッツ!! そのときだ。
びくっ、っと俺と、そしてアターシャに緊張が走る。
来た―――っつ!! 近づいてくる気配。ますます俺達の緊張感が高まる!! サッ、っと反射的に俺達は、まるで敵の存在を先にこちら側が感知したかのように、反射的に壁を背にする。
「「っつ」」
俺が、かなりまずい、と、そんなことを考えていたときだった、やっと向こうからその答えが歩いてきたんだ。歩いて、近づいてくる足音―――、その人影。どう見てもサーニャだ。
「ケンタさま・・・っ」
「―――っ」
うん、っと俺は無言でアターシャに肯いた。
ごきゅ、、、っと俺は唾液を嚥下する。とんとんとん、っと階段を降りる足音―――、もうすぐサーニャが、俺達が隠れている真上の階段に至る―――。
「ケンタさま―――」
ぎゅっ、っと。奥に身を縮める俺は、ぎゅっとアターシャに押されるように、くっつかれ、、、―――っ///
「っつ」
そして、とてもものすごく小さな、まるで蚊が鳴くような声で、
「もう少し奥へお願いします。、、、見つかってしまいます」
「っ」
ハッとする・・・っ/// そのアターシャの息遣いと、彼女との密着具合に、だ。
『―――』
とんとんとんっ、ぎしぎしぎし―――っと、っとサーニャは真上の木の階段を下りていく。
「「―――、、、」」
青白い柔らかい光を放つランタンを片手にサーニャは、俺達が身を潜めている、階上から降りてくる。サーニャは階段を降りて、俺達から見れば天井になるところを、通り過ぎ―――、、、
くっ・・・、ある意味で俺はつらい。つらかった。
「っ・・・///」
階段の裏は狭い。こんな閉所で密なところに俺はアターシャと二人でくっついているものだから、、、その押し付けられる、アターシャの身体の、そこの、温かな柔らかさと、肌の温もりまでも感じてしまう。こんなにも近くにくっつくように隠れていれば、いくらアターシャが息を殺していても、その息遣いというものも感じてしまうものだ、、、っ///。
それくらい俺とアターシャは密な状態で身を寄せ合って隠れていた。
―――そして、サーニャは先日俺が見かけたのと同じ方へと、夜の薄暗い常夜灯が点る廊下に消えていく。
俺の耳元でアターシャは、
「ケンタさま後を追いましょう」
と呟き、その耳朶に当たる彼女の息遣いがこそばゆい。ふぅ、、、やっと終わった・・・。あぁ終わるのか、、、あーあ終わってしまうのか、、、この状況。
ハッと俺は心を入れ替え、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「―――(こくり)」
俺は『うん』っと無言で肯き、宵闇に一歩踏み出す。こんな薄暗い夜の洋館で逸れて一人になってしまうはなんか嫌だな。俺は右手をアターシャに伸ばす。
―――、ぎゅっ、っと俺はその手を握る。
「ケ、ケンタさま・・・っ///」
「ん?」
「その、私の、手を、、、っ///」
アターシャのその表情は夜の闇のせいでよくは見えなかった。
「悪ぃ。暗くてなんか反射的に、嫌だったか?」
「いえ、、、っ。さ、早く参りましょうケンタさま」
「「―――」」
俺達は気配を殺しつつ、慎重な足取りでサーニャの後を追い、、、そんなサーニャが向かった先は。俺達はお互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
パタン、っとサーニャは扉を閉め、その部屋の中へ。俺達はその前で息を殺して佇む。
サーニャは一人この部屋の中に入って行ったんだ。こんな時間に中で何をしているんだろう?サーニャのやつは。
「ここは、、、なんで?」
俺は小声で呟いた。中で何をしているんだ?
「食堂でございますね?ケンタさま、、、」
そうその部屋とは食堂だ。ここはご飯を食べるところなんだが、、、。アターシャのそんな口調から、彼女アターシャも少々戸惑っているのが解った。
今は深夜。草木も眠る丑三つ時だ。
「夜食でも食ってんのかな?」
「ふ。まさか、ケンタさま」
そのようなものは用意してはいない、とアターシャは吹きだすように小さく笑ったんだ―――。