第二百二十三話 貴女を正式に私の近衛騎士に叙任します 二
「―――」
アイナは指と手の平を動かして、右手に持った剣の持ち手を『斬る』のではなく、『叩く』という向きに変えたんだ。アイナの右手に持つ聖剣の鋩からものうちがサーニャの右肩にすぅっと伸びてきて―――、
第二百二十三話 貴女を正式に私の近衛騎士に叙任します 二
「っつ・・・!!」
アイナはトン、トン、トンっと三度サーニャの右肩を剣の横腹で叩く。ばしばしばしっ、っとサーニャの肩を叩くその剣の音が意外と大きくて、俺は少し衝撃的だった。
これが騎士の叙任式か。日本の武家の武士にはないものだった。というものの、武士には元服という儀式はある。
「―――サンドレッタ=カルナス貴女を正式に私の近衛騎士に叙任します」
礼拝堂にアイナの凛とした声が響き渡る。
「ひ、姫さ、まっァ、アイナ様―――っ、つ、謹んで御受け致しますっ・・・」
かたや感極まって少し噛んでしまったのようなサーニャ。その声色。
「ふふ・・・♪」
アイナはかわいく思わず吹き出すような笑みをこぼす。
「、、、うっ、く―――、、うぅ、ひめ、姫さまっ、、、うぁ、アイナ様ぁ・・・っ」
「サーニャ、いえサンドレッタ=カルナス」
「ぅっ―――スンスン、ぐしゅ、、、っ、はい、ひ、姫様ぁ。ぐす、、、ぅあ、、、ぅ、・・・ぁ、うぅ、姫・・・アイナさま―――」
「・・・」
自身の感情を外に出すようにサーニャは。やっぱりあの感じ父親のグランディフェルと同じかもしれない・・・。でもでも、あれだ、サーニャの声は父親のような野太いものじゃなくて、澄んだ声質の女性声だ。
それにしてもカルナス?
「・・・?」
サンドレッタ=カルナス。アイナはそうはっきりとサーニャの名前を宣言した。
俺の頭の中を、脳裏によみがえるのはあのときの。そう確かグランディフェルの名字は、姓はアードゥルだったはずだ―――。
以前、廃砦でアイナは、その場にいたグランディフェルに対して、
『それより―――グランディフェル=アードゥル、私は貴方に訊きたいことがあります』
と、アイナは廃砦であのときに確かにはっきりとそう『グランディフェル=アードゥル』と口にしていて。
続いてグランディフェルに、
『グランディフェル=アードゥル。貴方が未だイニーフィネ皇国の『騎士』としての矜持があるというのなら、この私の問いに答えられるはずですね? 貴方がた『イデアル』はあの街の住人達を惨殺し、その者達に禁忌の魔法である『屍術』をかけた。違いますか?炎騎士グランディフェル=アードゥル』
と静かに、でも厳しくアイナは詰問調で問いかけていた。カルナス、やっぱりグランディフェルが皇国のお尋ね者になったからアードゥルからカルナスに姓を変えたのか?
「―――」
ひょっとして―――、いや今はいい。今は目の前の騎士叙任式に集中しよう。
「っ」
アイナがサーニャの肩を剣で叩き終え、『聖剣パラサング』を退ける。そして、すっ、っとその聖剣を立てたとき、縦にしたとき、俺は再び、眼前に意識を戻す。
キンっカチっ、っとアイナは『聖剣パラサング』を鞘に納める。
「さ、私の手を取りなさいサーニャ―――」
すぅっとアイナは眼前のサーニャにその右手を伸ばし―――
「ひ、姫様―――」
サーニャもゆるゆると、サーニャは少し緊張しているのかもしれない。サーニャはアイナの右手を取り、サーニャはさらに自身の左手も添える。サーニャはまるでアイナに引っ張られるかのように、その片膝を付けた体勢が立ち上がった。
あ、サーニャのほうがアイナより背が高い。たぶんアターシャよりも、サーニャのほうが背は高いかも。そして、サーニャはアイナやアターシャより肩幅が少しだけ広い気がする。
俺がアイナとアターシャから聞いた話だが、アイナとアターシャとサーニャは子どもの頃から一緒だったそうだ。アターシャはお付きの世話係へ。
サーニャはアイナの近衛騎士になると決め、アイナの親父さんルストロ殿下の持臣から昇進し、彼女が近衛騎士見習いのときに、チェスター皇子、、、いやううん『イデアル』が企てたあの事件『大いなる悲しみ』が起きて―――、
「サーニャ貴女には大変な苦労と心労をかけましたね―――、私の力が及ばなかったせいで長らくこのフィーネ教会に。今まですみませんでしたサーニャ」
「そ、そんな、姫様っ!! もっ勿体なき御言葉―――っ。わ、私は姫様にも、うぅ、、、この教会の方々にも、とても、よく、、、して、いただいております―――・・・っつ」
「いいのですよ、サーニャ。さぁこの手を―――」
アイナは慈愛に満ちるその表情で両手をサーニャに伸ばす。
感極まるサーニャは、おずおず、っといった様子でアイナのその両手を、もちろん自身も両手を伸ばす。
ぎゅっ―――、アイナとサーニャは抱きしめ合う。
「ひ、姫様、、、っ―――」
アイナはその右手で白衣のサーニャをその場に立たせたあと―――
「サーニャ・・・っ」
アイナはゆっくりと、慈しむように、その両手両腕でサーニャを抱きすくめたんだ。―――、大事な人なんだと思う、アイナにとってはサーニャも。
「ひ、姫様ぁ―――っ、うっ、く、うぅ―――、、、」
感極まりますます涙を流すサーニャ。アイナはとても穏やかな優しい顔で。背中側からサーニャに、過去のこと、昔のこと、それから楽しいこと、嬉しいこと、懐かしいことえを語り掛けるんだ―――。
そしてサーニャが落ち着いてきたところ、そこを見計らうように、アイナは語り掛けるサーニャに。
「サーニャ・・・昨晩の貴女を私に教えてください」
「はい、姫様。誉れ高きアイナ様が私を近衛騎士に任命してくださるという報せを受け、私はその叙任に当たり、昨日沐浴し身を浄めて白き衣に身を包み、昨晩よりこの場にて女神フィーネ様に徹夜の祈りを捧げておりました」
「けっこう、申し分ありません」
「―――っ」
あの大事件『大いなる悲しみ』が起きて―――あとはあのときグランディフェルにアイナが話して聞かせた話と同じだ。アイナの計らいでサーニャはこの教会に預けられて、アイナとアターシャはサーニャと離れることになった。
俺が祖父ちゃんのところに行っている間に、アイナは公務の合間に自分の祖父でイニーフィネ皇国皇帝陛下に幾度となく直談判を行なっていたそうだ。
俺と魁斗との戦いでサーニャの父親グランディフェルが成したことを以てグランディフェルの罪は減刑された。
ようやっと今のこの近衛騎士叙任式により、その娘サンドレッタの留め置きは解かれたということだ。
ちょっとまだ俺は皇帝に対して、実は心の内では思うところが、、、まだもやもやしているんだが、アイナの祖父さんが言うには、体裁を保つためにはサンドレッタを冤罪することはできぬが、罪を洗い流すことはできよう、と―――そうアイナの祖父さんは言っていた、そうだ。
「サーニャ。これからはアターシャと貴女でこの私を公私ともに支えてくれますね?」
「はいっ、姫様。もったいなき御言葉このサンドレッタ痛み入ります。女神フィーネ様の御前にて、このサンドレッタ=カルナスはアターシャ=イニーフィナ=ツキヤマ殿と共にアイナ様に終生忠誠を誓うとことをお約束致します・・・!!」
「ありがとう、サーニャ」
「ハハっ姫様・・・っ」
アイナはややあってサーニャへの抱擁をとき、そしてそんなサーニャの背中越しに今度は俺とアイナの視線が合う。
「サーニャ貴女に紹介したきお方がいます」
アイナのその言葉を聞いて、、、。いよいよ、俺の番か。少し緊張する。
「姫様・・・?」
「こちらへサーニャ」
すぅっとアイナは、一歩前に進み出て、サーニャもアイナに付き従うようにくるりと身体を一回転。俺はそこで初めてこのグランディフェルの娘のサーニャを正面から見た。
「―――・・・」
俺を一目見て、声なき声というかそんな感じのサーニャだ。じっと凝視するのは、まるで値踏みをしているようでサーニャに失礼かな、と俺はそう思いサーニャに軽く頭を下げる。まずは自己紹介。いきなりサーニャって本人に言うのは、、、ないな。日本じゃ初対面の人に対していきなり愛称で語りかけるのはちょっと、あんまりしない。
「はじめまして。俺は小剱 健太といいます。よろしくサンドレッタさん―――」
うんサーニャにグランディフェルの面影は・・・ないかな? サーニャの面立ちからはあんまり父親とは似ていない、と思う・・・。こちらを振り向いたサーニャはむしろグランディフェルとはあまり似ていなくて、どちらかと言えばサーニャはすらっとした瓜実顔の女性だ。
「っつ」
ザッ、っと。ハッと気づいたような顔になったサーニャは、すぐにその場に片膝をついた。
グ、グランディフェルがアイナに行なったのと同じ行動だ。もちろんそれは廃砦での光景だ。そのときのグランディフェルの言動と今のサーニャの行動が重なる。
「、、、」
彼女サーニャの父親グランディフェルの面立ちはもっとこう―――そうだ、顔は濃ゆくて、眉毛もそう。顔や顎は幅広いというほどではなかったが、言動はアツさも感じさせるそんな端整な顔立ちのおっさんだった。でもサーニャは、瓜実顔の美人。その眉毛も、父親のとそれと違って、すっ、と細いかたちのいい眉毛だ。
ただ一つサーニャが父親のグランディフェルと確実に同じところは、そのサーニャの髪の質だ。サーニャの髪の色は、アイナの烏の濡れ場色の黒髪とも、アターシャやホノカの緋色の鮮やかな赤髪とも違う。
あのとき銀の甲冑の兜の隙間から見えていたグランディフェルの金色の髪の毛と同じ、もしくはよく似た髪の毛を、このサーニャはしている。つまりサーニャは映えるような金髪。そして目の色は澄んだ湖と同じ青色だ。そのサーニャの目の色も父親のグランディフェルに似ている。