第二十二話 始まる朝。駆けてきた者は幼馴染
第二十二話 始まる朝。駆けてきた者は幼馴染
「『斬らないでくれ』?ふむ、魁斗お前はなにか勘違いしているようだ。まぁ、よいか。それより遅かったな、魁斗。いつの間にか俺のほうがお前の脚を抜かしていたようだ」
すぅっと鞘に。そう言いながら、佇む男はその鞘に太刀を納めた。
「ッ!?」
って人を斬るような人なのかっ!?この佇む男って!! 魁斗の―――
『ちょっ・・・っ!! クロノス義兄さんっ、ダメだってっ、健太は僕の友達だよっ、斬らないでねっ・・・!!』
―――っていうその魁斗の叫び声の内容にビビったよ、俺は。この佇む男って人を待ち伏せして斬る辻斬りみたいな人なのっ!?ってさ。
「『抜かしていたようだ』って・・・、クロノス義兄さんっ、僕を置いていくために、夢中で走ってたでしょっ!!」
どうどう落ち着いて喋れよ、魁斗。肩で息をしながらだとつらいだろ。
「ふむ、そうだったか? お前のほうの脚が鈍ったのだろう?違うか魁斗よ」
「もう―――って、ふぅ・・・やっと落ち着いた。そうそう紹介するよ、健太。彼は僕の義兄さんに当たるクロノスさんだよっ」
お前テンション高いなぁ・・・そんなに、ずいっと身体を乗り出さなくても大丈夫だ、魁斗。でも、俺はそれをこの目の前の魁斗には言わなかった。なんか嬉しそうだしな、魁斗のやつ、水を差す必要はないって。そして名前がクロノスか・・・。魁斗の義兄さんクロノスってちょっとこわそうな人だよな。って、まぁ魁斗の言った辻斬りみたいなことがほんとだったとしたらだけどさ。
「お、おう魁斗・・・」
『健太は僕の友達だよっ、斬らないでねっ・・・!!』って魁斗のその言葉がしつこく俺の心に残り、だからかな、ちょっとどもってしまったぜ。―――それってその魁斗の言葉はたぶん冗談だよな?そんな辻斬りみたいに・・・あるわけないよな、ふつうさ。
魁斗はこの佇む男改めクロノスという名前の男に向けていた視線を、俺に移して彼佇む男の名前を改めて教えてくれた。
「え、えっと俺は小剱 健太です、よろしくお願いします。その、クロノスさん・・・」
俺は姿勢を改めてぺこりと、魁斗が言ったそのクロノスという男に頭を下げた。このクロノスという人の見た目は俺や魁斗と同じ、黒髪黒目の日之民の容貌なのに、その名前が『クロノス』って言うのか?たぶんクロノスは日之民だよな。でも、ここは異世界のイニーフィネという世界らしいからきっと俺の考えが及ばないこともあるんだろう。
「ふむ、俺の名はクロノスだ。俺のほうこそ、よろしく。小剱 健太よ」
「あ、はい」
あっ・・・。俺が下げていた頭を上げると、クロノスのほうはフッと少しその口元を緩めてくれた。
「―――」
俺はそのときのクロノスの様子を見て、クロノスはとてもかっこいい人だと思った。うん。俺もこんなクロノスのようなかっこがいい剣士になりたいと思ったんだ。
「あのね、健太。もう一人銀色の甲冑に身を包んだ人もこっちに向かっているんだけど、別に甲冑を着ているからって他意はないんだ、その人。その人は大柄な人だけど、優しいいい人だから萎縮しないで気軽に話しかけてあげてね、健太」
「お、おう魁斗―――」
取りあえずその銀色の甲冑に身を包んでいる、という魁斗からの前情報だけで、俺はその銀色の甲冑に身を包む大柄な男は厳つい男だろう、と勝手に想像した。『やあやあ、我こそは』なんて口走る武者のような古風な人だったらどうしよう、と。
でも俺はその気持ちを面に出さず、俺に話しかけてきた魁斗に俺は頷いた。なんか、魁斗のやつほんとに楽しそうだからな。分かるんだ、俺には、だってとても表情豊かに笑みを浮かべ、ころころと表情を変えながら話してるんだもんな、魁斗のやつ。そんな魁斗のテンションに俺はついていくのがやっとだ。
「―――」
そういえば昨夜、なんとなく眠かったら、覚えていることはおぼろげだけど、魁斗のやつ、今の家族に会ってくれとかって言っていたような気がするなぁ。
「魁斗よ」
「なに?クロノス義兄さん?」
「銀の甲冑ということは、グランディフェルもこの廃砦へ向かっているのか?」
「うん、そうだよクロノス義兄さん。だってクロノス義兄さんってすぐに刀を抜くでしょ? 健太を斬りそうでちょっと心配だったからね、僕がさっき呼んでおいたんだよ、グラン義兄さんも」
「魁斗よ、一つ言っておく。俺は『仲間』には刀は抜かん」
「それ冗談だってば、クロノス義兄さん」
なんか俺、蚊帳の外って感じだなぁ。俺この二人の間に入っていけそうにないわぁ。
「―――」
それにしても魁斗とクロノスが言った銀の甲冑?にグランディフェル?この廃砦で合流するらしいその人はほんとに日之民なのかなぁ?だってグランディフェルっていう名前だろ?
まぁ、そのことは置いておいて、でも俺は失踪したと思っていた魁斗がこんなにも楽しそうで元気よく明るく、今の家族と喋っていて俺個人としては安心できたよ。
「・・・」
そのときふと尿意を催した俺は―――というか、朝、目が覚めてからずっとトイレに行きたかったっていうのもある。でも、このクロノスが持つ日之太刀に目を奪われていて尿意が少し散漫になっていただけだったんだ。
「魁斗、俺ちょっと用を足してくるわ」
俺は右手を軽く挙げて、クロノスと楽しそうに喋っていた魁斗に合図を送る。
「あ、うんっ健太!!」
すると魁斗は、クロノスと楽しそうに話していた会話を打ち切ってくれて、俺がその楽しそうな会話の腰を折ったというのに、俺にその朗らかな顔を向けてくれた。俺が話の邪魔をしたというのに、クロノスのほうも別段嫌そうな顔はしていなかった。
「そういえば健太、トイレどこにあるのか分かる?」
「いや、えっと・・・」
俺は首をかしげた。そういえば、この廃砦のトイレがどこにあるのか、俺は知らなかった。そもそも俺は男だからそんなに深いことを考えていなかったっていうのもある。
「ここから出て右にずっといった小路の突き当りにある小さな『塔』が用を足すところだからね」
魁斗は身振り手振りで、トイレらしいその小さな塔のある位置や外観を俺に示してくれた。
「おう、ありがとう魁斗」
小さな塔で用を足すって・・・、そういえば、日本とは違う世界だったな・・・ここ。俺は一宿したこの煉瓦造り廃砦の一室を出て、俺は右に曲がった。確かに煉瓦畳の細い道が点々と奥のほうへと繋がっていた。
///
「―――」
俺は小さな塔で用を足して煉瓦が所々敷かれたその細い道を俺は元の廃砦の一室、みんながいるところへと戻っていた。ちなみに魁斗が言っていた『小さな塔』は日本で暮らした俺が思うに、本当に粗末なトイレだった。ただ、城下って言えばいいんだろうか、便座のような台から真下に向かって直径三十センチメートルほどの暗い穴が開いているだけのものだったんだ。水は流れていなかった。用を足したあとの尿や便はいったいどこへと行くのか、まぁ、そんなことはあんまり深く想像しなくてもいいか。
「・・・・・・」
と、そろそろ俺が戻るべきところが見えてきたとき、魁斗とクロノスの声が俺の耳にも聞こえてきたんだ。ここは煉瓦と石材、木材造りの廃砦だから、本当によく二人の、魁斗とクロノスの話し声がよく通る。それは魁斗が楽しそうに一方的に話し、クロノスがそれに淡々と答えるようなやり取りの会話だった。
「やれやれ・・・」
俺の口からぽろり漏れたその言葉は、その二人の魁斗とクロノスに言ったんじゃなくて、己自身に言ったものだ。このまままっすぐ二人の元に戻ってもいいけど、あんなに仲良く楽しそうに喋っている魁斗の邪魔を俺はしたくないよなぁ。どうせ、俺が戻ったところであの二人の会話には入れないだろうしさ。・・・つまり魁斗とクロノスは強い絆で結ばれているわけで。
「ふぅ」
立ったままだとしんどいし、適当に座るか・・・。と、俺は短い息を吐くと、近くに転がっていた煉瓦の上に腰かけた。まぁ、しばらく―――魁斗の楽しそうな会話が終わるまでここで休憩でもしていよう。日が昇り日光が当たってきたら、また魁斗のところへ戻ればいい、と俺はぼうっと二人の話に耳を傾けることにした。
///
「はぁ・・・一時はどうなることと思って焦ったけど、上手くいってよかったよぉ、クロノス義兄さん」
「ほう?あの転移者の件か?」
「うん。健太ってば、てっきりあの女の子に負けると思ってたんだ、僕。でも、健太ってば勝っちゃうんだもんっあの女の子に。もう僕それで焦っちゃってっ」
「ふむ。魁斗お前や導師は、きっとあの小剱 健太はアイナ=イニーフィナに負けると予測していたな、確か」
「そうそうその女の子。うん、そうだね。だって僕が予測していた健太の予測戦闘能力値はあの当時の十歳のときのままだったんだもんっ。それが今の健太ってば、あんなにも強くなってるなんて僕のうれしい誤算だったよっクロノス義兄さんっ」
「うむ、近い将来小剱 健太と任務を共にするであろう俺としても、それは喜ばしいことだ」
「だよねっクロノス義兄さんっ。でも、アイナ=イニーフィナに殺されそうになる健太を助けるために颯爽と僕が現れる見せ場はなくなっちゃって、それが僕の残念なところだよ、クロノス義兄さん・・・」
///
ん? 俺がアイナと闘り合ったことを知ってたのか?魁斗のやつ?
「??」
魁斗のやつ、それにまるで、俺とアイナのいきさつを始めから見ていたみたいに・・・うーん・・・?
・・・しかも魁斗のやつ・・・―――、まさか魁斗はアイナのことも知っているのか・・・? その逆も・・・えっとアイナ達も魁斗のことを知っているとか?
話がよく見えないな、魁斗とクロノスの話すことは・・・。
「・・・」
魁斗とクロノスの会話は聞いていて俺には解らないことだらけだった。でも俺はまだそこを動く気にはなれず、しばらく魁斗とクロノスの話を、まるで立ち聞きしているようにはなってしまうけど、自分の興味のほうが勝った俺は二人の話を少し聞いてみることにしたんだ。