第二百十五話 「この冴えないツンツン頭」、、、だ、と・・・?
トンっ、っと小気味のいい音を響かせ、彼女は道場の木の床に片脚をつけ、黒髪の少女は静かに舞い降りる天使のように、この場へと降り立つ。
ぴたり、っとレンカお兄さんのもとへと向かっていたアターシャはその脚を止める。
「お帰りなさいませ、アイナ様」
すっ、すっ、っとよどみないその腰を折る動作、戻す動作でアターシャは礼を行なう。
「おかえりアイナ」
俺も、にこり、とアイナに声を掛ける。
第二百十五話 「この冴えないツンツン頭」、、、だ、と・・・?
俺はアターシャみたいには、その腰を折るような挨拶はアイナにはしないけどな。
「はい、ただいまですっ、二人とも。ところでケンタ」
アイナは俺、アターシャに目配せをしたのち、ふたたび俺にその視線を合わせ、
「ん?俺」
「はい。貴方に紹介したい人がいるのですっ・・・♪」
にこり、とアイナは極上のいい笑みを浮かべた。俺に紹介したい人?
「俺に紹介したい人?って?」
まさか前に、寝る前だってけ? そこでアイナが言っていたアイナ達の知己の人のこと?
トン、っともう一人降り立つ。
「・・・♪」
あ、ミントだ。アイナと一緒にいたのか。もちろんアイナの次に出てきたこのミントちゃんではないだろう、アイナが俺に紹介したい人っていうのは。
俺はミントから視線をアイナに戻す。
「ケンタ貴方に紹介したい人とは―――、」
くるり、っとアイナは後ろを振り返り、まだその空間がさざ波立つ自身の後ろを示す。そのときだ―――、
タンっ、っと軽快な足音を立てて、この場に飛び降りたのはもう一人。その人物が、道場の木の床に降り立った瞬間に、アイナがその異能で造り出していた空間の歪みが、凪ぐように、ふっ、っと消失した。
「っつ」
そのアイナの背後に降り立った人物は―――、少女。たぶん、俺と同じくらいの齢だ、と思う。痩せているのでもなく、肥えているのでもなく、標準的な体格だ。背格好はアイナと同じぐらい。
目鼻立ちの整ったきれいな顔立ちで、でもアイナやアターシャ以上に、以上って言うのはちょい御幣があるかな? まぁ、強い意志を感じるその目つき、、、というか意志の籠った強い眼差しをしている。
でも、この少女の一番特徴的なところは、その色の着いた赤い髪だ。髪を薬剤を使って赤に染めているような自然ではない色艶生え際ではなく、おそらく地毛の赤だろう。その髪の赤色はアターシャのそれに似ている。そのここに降り立った女の子の髪の長さは、その髪は赤色でおろした長い髪の毛だ。背中?まであるのかな、その綺麗な髪は。
その子は単純に赤い髪を伸ばしておろしているのではなく、なんていう名前の髪型かは俺はちょっと分からないけれど、その赤い髪の女の子は両目の斜め下、頬の辺りで段になるように切り揃えている。
「っ」
あ、思い出した。日本史の資料集に写真で載っている昔の、日本の平安時代の貴族の女の人の髪型に似ている、、、気がする。
そしてその髪の『赤色』。レンカお兄さんの髪の『赤』はどちらかと言えば、茶髪寄りの赤茶色に近い。だけど、アターシャとこの子の髪の色は鮮やかな赤だ。
それから、、、学生服? この赤い髪の女の子の服装はなぜか、俺が見慣れた学生服だ。そう、普通に街で見かけるようなそんな学生服なんだ。
その少女は、、、静かにアイナに歩み寄り、、、
「―――、―――、」
ひそひそ、っと内緒話をしよう、という素振りでアイナの耳元に顔を寄せる。
『この、ぱっと見普通そうな人が、アイナの婚約者なの?』
―――って。
「―――」
おい、聞こえているぞ。
「はい、私の大切な人ですよ、ホノカ」
「この冴えないツンツン頭が、、、?」
ツンツン頭言うな。声色はかわいらしいものだけどちょっと棘を含んでいるような。それに今俺がツンツン頭なのは、レンカお兄さんとの手合わせで汗を掻いたから、汗を拭うように頭髪を下からかき上げたからだ。
それよりも、
「火乃香!?」
思わず口から出てしまったわ。じゃこの、こいつがレンカお兄さんとアターシャの実妹!?
「はい、ケンタ♪ 私が従姉さん同様に懇意にしている従姉妹のホノカになります」
にこり、とアイナは微笑んで、俺を見る。
つかつか―――、
「お?」
ホノカは俺に近づいてきて、でも、手が届く位置ほどまでに寄ってくるわけじゃない。二、三メートル離れた位置で立ち止まり、、、
「へぇ、、、まぁ顔は及第点かな?」
じろじろ、じろじろ―――。
「っつ」
俺の顔が及第点だと? まるで、俺を値踏みするような視線。ぶしつけな奴だな、おい。
「ホノカ」
ぴしゃり、っと―――。
そんなアターシャの凛とした声。そのアターシャの顔も、その声色も俺が普段のアターシャを見ている限り、今のアターシャは幾分か普段より厳しいものに見えた。
「お、お姉ちゃん・・・?」
姉の態度に当惑しているような素振りのホノカ。
ややアターシャはその表情を柔らかくしたものの、
「ごきげんよう、ホノカ」
「は、はい、、、ごきげんようですお姉ちゃん」
「ホノカ。ケンタさまにご挨拶はしましたか?」
でも、アターシャはすぐにその顔を先ほどの厳しいものに戻す。ホノカは姉であるアターシャに促されるように。
「・・・っ、ご、ごきげんよう、、、ございます・・・、ですわ、小剱さん」
すっげー嫌そう。その口調も、ピキピキっ、としたそのホノカの頬が引き攣ったのような笑顔の表情も。しかも微妙に言い回しが違うし、。
「っ」
それを見て俺は。ホノカにはよく思われていないな、俺たぶん。でもホノカに、そこは付き合う必要はないか。俺が世話になっているレンカお兄さんとアターシャの実妹で、アイナの仲好しの女の子なんだから。嫌う理由はない、はずだ。
「うん、おはよう―――じゃなくて初めましてホノカ。あ、ホノカって呼んでもいいかな? 津嘉山さんだといろいろとややこしいし?」
レンカお兄さんもアターシャも『津嘉山さん』だ。
「、、、・・・えぇ、まぁ。でも私しかいないときは津嘉山と呼んでください、小剱さん」
手厳しいな。その俺へと向ける目つきとか。口調とか。
「あぁ、うん分かったホノカ」
複雑そうな顔。もちろんそれはホノカだ。
「・・・、、、っ///」
「、、、」
たぶん俺、この一番下の妹のホノカに嫌われるんだろうな、、、。なんでだろ? 俺べつにこのホノカになにもしてないよな?
「ホノカ・・・?」
ほら、アイナも困惑したようにホノカを見ている。きっとアイナが知っているホノカの態度じゃないんだろう。
「申し訳ありません、ケンタさま」
ぺこりっ、っとアターシャが俺に。
「え?なんで?」
いや、ほんとは解っているさ。アターシャは実妹の非礼に、俺へと頭を下げたんだろう。
そんなちょっとこじれかけたときだ。
そのとき―――、
「あーっレンカさまが倒れておられますっ♪」
あ、これワザとだ。ミントの楽しそうな、いたずらっ気を含んだその声色で解る。しかも、わざとらしく、とととととっ、っとミントは小走りで倒れているレンカお兄さんに駆け寄っていく。ミントのやつ、、、空気を呼んでくれたんだな、ありがとう。
「大丈夫ですか、レンカさまっ♪」
ととととっ、ぱたぱたぱたっ、っとかわいく小走りで倒れているレンカお兄さんのところへ駆けていったミント。
「―――」
ダメだ、レンカお兄さんはぴくりとも動かない。ゆすゆす、ゆすゆすっ。ミントにゆすられても全く動かないレンカお兄さん。
「しっかり、しっかりしてくださいなレンカさまっ♪」
うわー楽しそうな声を出しちゃってミントちゃん。
「・・・」
ミントに関して俺は不思議に思っていたことがある。俺はミント本人から、アスミナさんの給仕だと俺はそう聞いていたのに、なんでミントは『レンカお兄さんの従者』それはアイナに対するアターシャのような立場になっているんだろう、と。
少なくとも、アイナやアターシャのミントへの認識はそうなっている。俺はミント本人からアスミナさんの数多くいる給仕係の一人と聞かされていたのに。
しかもアイナやアターシャの前では完全に猫かぶりしてるしミントちゃん。
ま、それも含めておいおいな。おいおいそれとなく探ってみよう。
「っつ」
タタタタっ。レンカお兄さんのところへ元気よく走っていくホノカ。ホノカは倒れているレンカお兄さんを抱きかかえる。
「お兄ちゃん!!」
あっ、レンカお兄さんのこと『お兄ちゃん』って言うんだ、ホノカは。
「大丈夫っお兄ちゃん!? しっかりして」
「ホノカさま、お耳を♪ ―――、」
そんなミントはホノカの耳元で、、、ひそひそ、と。ときおり振り向いて俺を見ながら。うわー、楽しそうな、ミントのその顔だ。これは、ミントのやつ、あることないことをホノカに吹き込んで、ホノカのやつを焚き付けてんな。
「っ」
たぶん、ホノカを。そして俺とホノカを強引に手合わせさせてしまおう、のような。そんな恣意的なものだ、きっと。いいさ、やってやる。俺もいろんな人と手合わせしてみたいもんな。ただし、ホノカを本気で打ちのめすようなことはしない。あくまで手合わせと同じ感覚だ、俺としては。
すっくと―――。ホノカはレンカお兄さんを元に寝かせて、静かにその場で立ち上がる。そのとき―――、
「ふぅ、、、あぁ~、利いたぁ~」
ようやっと気が付いたレンカお兄さんはよろよろと身体を起こす。復活遅ぇな、もう。ったく、どうせレンカお兄さんとっくに気が付いていたんでしょっ。
「お兄ちゃんっ!?ちょっ、お兄ちゃん動いて大丈夫なのっ!?」
ホノカは、またしゃがみ身体を起こしたレンカお兄さんと同じ目線に。
「おおぅ!!ホノカたんじゃないか!! 来てくれたのかな?お兄ちゃんのところへ」
「うんっお兄ちゃん。お兄ちゃんは剣術の試合をしていたんだよね!?」
「試合?」
「だってほらお兄ちゃん―――」
ホノカは振り返り俺を見る。その、やや目を細めてのホノカの視線は俺に対して、猜疑心でもあるかのようなそんな眼差しだった。
「―――あの人木刀を持っているから」




