第二百十四話 ぼくは変態じゃない。ぼくはオタクだ
俺は正眼の構えを崩さないまま、
「・・・、はいレンカさん」
「それはいただけないな、健太くん。ぼくに無心で集中してくれないと」
じゃどうすりゃいいんだよ。考え事、思考なくしてどう戦えって言うんだ?
「、、、すみませんレンカさん」
でも俺は形式的に頭を下げておいた。
第二百十四話 ぼくは変態じゃない。ぼくはオタクだ
そうレンカお兄さんには全くの隙が無い。俺が打ち込んでいっても、透かさず俺の太刀筋をいなしてくる。
「いや、うんそこまでかしこまらなくていいんだ。確かに考えながら、考えを巡らしつつ闘うというのは、理性的でとてもすばらしい戦い方さ。だけどね、健太くん―――」
ひゅん―――、レンカお兄さんの姿がぶれる。
「ッツ・・・!!」
もちろんレンカお兄さんがそんな異能を使ったというわけではない。ただ、レンカお兄さんの足捌きが凄まじく素早かっただけだ。
「イクよ、健太くん」
シャ―――っ、っとレンカお兄さんの得物の鋩が迫る!! 下から掬うように唸りを上げる弧を描く斬撃―――、
「ッ!!」
咄嗟に俺は木刀を下段に降ろし、レンカお兄さんのそれをその斬撃を受け止め―――、
「―――」
にやり、と笑みをこぼすレンカお兄さん。
消えた!? 俺の目の前から木刀が、その鋩が消えた。
「ッ―――!?」
否。違う。レンカお兄さんは―――、
その直前で柄を持つ左手だけを、その柄から解き、右手だけで、その右手首のスナップを活かして、クンッ、っとレンカお兄さんはその得物の角度を変えたんだ。
ダンッ、っと一歩踏み出されるレンカお兄さんの右足!! 斬撃じゃない!! その得物の柄頭での打突か―――っ!!
「―――っ」
ダン、タタタタッ―――、っと俺は両脚に力を籠めてその場を離脱―――。
くそ―――!!バッ、っと改めて前方へと顔を向けた。
そこには、くるっと半回転するレンカお兄さんのその姿。木刀を右手に持ったまま、その柄頭を振り抜いたその姿だ。そんなレンカお兄さんと視線が合う。
タンッ、っと再び流れるような足捌きでレンカお兄さんは軽くステップ♪まるで道場の木の床を踏み抜かんとするように、左足を衝き立てる。
「哈ッ―――!!」
くるりっ、っとレンカお兄さんは身体を捻る!!
「ッツ」
回し蹴りかッツ!! この人、体術もできるのか!!
グンッ、っと俺は精一杯、上半身を後ろに反らし、、、くっ、腰が痛い。痛いのは、一瞬―――、タンッ、っと俺は両脚に力を入れて、タタっとさらに後退。レンカお兄さんの間合いから離脱―――、その直後だ。
ブゥンッツ、っとレンカお兄さんの回し蹴りが唸る。その空気を切り裂く回し蹴りの一撃が俺の顎ぎりぎり前で止まる。きっとレンカお兄さんは俺に対して寸止めしようとしていたに違いない。
でもこわすぎる。あの一撃、もし振り抜かれて、もしもらっていたらきっと俺は顎を砕かれていただろう。
「やるねっ健太くん・・・!! ぼくの足刀が躱されるなんて久しぶりだよっ」
レンカお兄さんは嬉々として。
「っつ」
こっちは風圧をもろに顎で感じて、本当に顎を砕かれたと思ったのに・・・!!
「―――ふぅ、、、」
ゆらぁ、すっ、とん、っとレンカお兄さんは蹴り上げていた右脚を元に、静かにその足を床に着ける。その仕草だけでレンカお兄さんは、体術も相当な熟練者であることが俺には解った。
「っつ」
くっ、ちょっと俺は不満。剣術だけだと思っていたから。俺が剣術だけだと思い込んでいたのがよくなかったんだけど・・・っ。やっぱりこの人、只者じゃない!!普段はおちゃらけたところもあるのに―――、っつ。
「―――っ」
じくり、っと眼が。そのときじくり、っと俺は。感情の高ぶりと共に、俺は自身の眼に力をこめ、眇め―――っ。
「いいねぇ―――健太くん、そのこわい目、ぼくの全てを見透かしそうなそのこわい眼。嗚呼そそられるなぁ、ぼく」
いけね!!言わせてしまったっ。俺はレンカお兄さんにそう言われて初めて、しぜんと異能が発動しかかったことに気づく。
「!!」
今は異能は互いに使わない約束だ。俺の剱技を見てもらっているのだから。すぅ、っと俺はその露出しかけていた異能を引っ込めた。
「その言い方変態ですか、兄さんは。もっといい表現はあると思いますのに、、、」
外野からの声。むしろアターシャのその声のトーンは思わず出てしまった、のような呆れが混じった声色だ。
「ん。火蓮、ぼくは変態じゃない。ぼくはオタクだ。ぼくの推しは『純白の姫ユリアちゃん』だよ火蓮。だが、魔法使いのミラちゃんも、麗しの騎士シャインちゃんもとても捨て難い。毎夜毎夜、代わるがわる麗しのヒロイン達の抱き枕で添い寝がしたいねぇぼくは・・・っ」
「―――」
すっ、っとアターシャは、レンカお兄さんのその答えた発言に無言で眉を顰める。なんなんだろうこの人?と、そう思っているかのような目だ。
「っつ」
すげぇ。まじか。イケメンすぎるぜ、レンカお兄さん。実妹に『毎夜ヒロインの抱き枕で添い寝がしたいね』なんて、、、そんなことが言えちゃうなんて。
「ばかですか兄は。実の妹にそのような、、、は、破廉恥なことを言うなど、兄さんは馬鹿なのですか?」
実妹のアターシャの発言を聞いたレンカお兄さんはその木刀を持っていないほうの、左手を開いて出し、その手を顔面に翳す。
「『ばかですか兄は』・・・だと? もう一度ぼくに言ってみろ、火蓮・・・!!」
低い迫力のある声、その口調。さすがのレンカお兄さんも妹のアターシャの返す言葉に怒ったのかもしれない。
兄妹で喧嘩はやめて・・・、っつ
「ばかですか兄さんは」
「はう・・・っつ」
「ばかですか兄上は」
「きゅん・・・っつ」
「ば、ばかですかお兄ちゃんは・・・っ///」
「い゛ふ・・・っつ」
ついにアターシャさんは肩をやや落とし、
「~~~っ///。も、もう私は付き合い切れません、兄さん。―――ほ、ほんとに、お兄ちゃんは、ば、ばかなんだから―――っ///」
彼女は、赤面しつつも、はぁ~っ、という呆れたような大きなため息。これは微動だにしないレンカお兄さんに軍配が上がったな、とそう俺は見ていた。でも、、、
「ぐふ―――っ」
ビターン―――っ
「っ!!」
だが、レンカお兄さんはその場に頽れるように倒れた。動かない。すでに気を失っているようだ、レンカお兄さんは。カランコロン、っと木刀が固い木の床に何度か跳ねて転がっていった。
「ふぅ、これは私の勝ちというやつですね。私も、、、その、、、はずかしい、ですが、っ///」
彼女は恥ずかしさを、羞恥を堪えていると俺は思う。
「うん、そうなる、かな?アターシャさん」
俺は道場の入り口付近にいるアターシャを見ていて、、、ん? そういえば、さっきまでそこにいたアイナがいない。
「??」
確かにさっきまでアイナはアターシャと一緒にいて、俺とレンカお兄さんの手合わせを見に来ていたのに。ちなみにミントもいない。
「あれ?アイナは」
ぽろり。俺は口にした。
ひょっとしてトイレにでも?でもアターシャを置いていくなんて。それは俺が信じられない。そんなことを考えていたときだ、そのとき―――、
すっ、っとアターシャのその視線が俺に向いたのが分かった。
「アイナ様はすぐに戻られると思いますよ、ケンタさま」
「え?」
なんてアターシャは、やや視線を伏せ。すっ、っとふたたび彼女は視線を上げ―――、
「私にここに残るようにとアイナ様はそう私に言われたのです。ケンタさまと兄、二人の様子を看ておくように、と。私が思うに、兄がケンタさまに非礼を働かないか、監視する意味合いがあったのだ、とそう考えています」
レンカお兄さんが俺に非礼を?
いやいやレンカお兄さんは礼儀正しいし、真剣なときはかなりのイケメンだし―――、そんな俺がレンカお兄さんに『ムッと』したことは一度もない。
しかもフェアな人だ。俺が不利になって、例えば俺が体勢を崩したときに追撃を仕掛けてくるような人じゃない。
にこりっ、っと爽やかな笑顔で手を伸ばし、体勢を崩した俺を起こしてくれるようなそんな紳士的な人だ。
「―――俺に非礼? それは考え過ぎじゃない?レンカお兄さんには何度か手合わせをしてもらったことがあるけど、とても強いし、礼儀正しいし、とてもできた素晴らしい人だと思うけど? とても妹想いだし」
「―――あ、兄信者ですか、ケンタさまは、、、・・・っ///」
ややアターシャは頬を紅らめて、、、。はにかんだアターシャのその顔はちょっとかわいく思ってしまうのは俺だけか?
アターシャは足を出し、一歩、二歩、三歩、つかつかつか―――っと倒れているレンカお兄さんに向かって歩き出す。
なんでだろう、俺には道場の床に倒れているレンカお兄さんのその横顔が幸せそうな、そんな様子に見える。
「兄さん、ふざけるのはやめてそろそろ起きてください」
と、アターシャさんが言いながらレンカお兄さんに近づこうとしたときだ。
「っ!!」
空間がさざ波立つ―――!! アイナだ。アイナが帰ってくるんだ。
それはその空間にできたさざ波は、道場の中で徐々に拡がり、やっ、いくらか大きいさざ波、、、つまり大きな空間の歪みだ。これはアイナ一人じゃないな。誰かが一緒にいるんだろう。
トンっ、っと小気味のいい音を響かせ、彼女は道場の木の床に片脚をつけ、黒髪の少女は静かに舞い降りる天使のように、この場へと降り立つ。
ぴたり、っとレンカお兄さんのもとへと向かっていたアターシャはその脚を止める。
「お帰りなさいませ、アイナ様」
すっ、すっ、っとよどみないその腰を折る動作、戻す動作でアターシャは礼を行なう。
「おかえりアイナ」
俺も、にこり、とアイナに声を掛ける。