第二百十三話 俺はお兄さんの胸を借り―――
その瞬間、
「っつ」
右手にしっくりとくる、まるで掌に吸い寄せられるような堅い感触が・・・!! 手に馴染んだ『その形』を俺が忘れることはない!!
幾度となく揮った『大地の剱』の柄の感触だった。
第二百十三話 俺はお兄さんの胸を借り―――
柄を握り、それを―――
「―――」
―――俺はゆっくりと引き抜くように―――、俺はそいつ『大地の剱』を取り出す。上腕から手首、そして握った右手。握られた右手には『大地の剱』の柄が。徐々に陶器の鞘が壺の中から顕わになり、すぅ―――、っと全ての剱身が。
俺がその柄を掴み取り、壺の中から出でたのは、俺が取り出したのは見紛うことなきミントの『大地の剱』だ。チャ―――っと、俺は鞘に納まった『大地の剱』を水平に持つ。間違いないこの剱は、先ほどまで俺の腰に差さっていた『大地の剱』だ。
「そうそんな感じさ健太くん。その感覚を忘れないでほしい。もし、誰かに『氣動式魔移送機関搭載保管輸送専用壺』で、その『大地の剱』や『雷基理』が取られそうに、盗られたらそうして取り返すんだ」
真剣な表情でレンカお兄さんは。きりっと引き締まったそのかっこいい表情で、まるでなにか預言めいたレンカお兄さんのその言葉に―――、俺は。
「っつ、はいレンカさん」
と、肯いた。
///
二日後―――。
俺は、アイナのルストレア宮殿の中庭に立っていた。レンカお兄さんとミントと俺の三人で、魔導具屋街を回った日から二日後のことだ。
きた―――、っつ
「っつ」
目の前の空間が、まるで水面が漣立つように、そこの空間が細かに、小刻みに揺れ始めた。アイナが帰ってくる。もちろんレンカお兄さんの妹のアターシャも。アイナからあった通信魔法で、今日の今の時間に帰ってくることが分かっていたから、お出迎えというわけだ。今はちょうど昼下がり、真昼間と夕方のちょうど間ぐらいの時間だ。
―――漣立つ空間の中からまず、その、アイナのきれいなスタイルのいい右脚がすぅっと一歩足を運ぶように現れる。おっ、スカートだ。その色は綺麗な淡い青色。酸性のアジサイのような綺麗な淡い青色の生地のスカートだ。裾はふりふりのレース。
その右脚がすぅっと歩くように中庭の緑萌える芝生についてその後はもう、アイナの全身が何もない漣立つ空間の中から現れた。
「アイナ・・・おかえりっつ」
「ケンタ―――、ただいま・・・ですっ」
また一歩アイナは左脚を前に出して歩み、完全にこの中庭の芝生に舞い降りるように降り立った。
タタっ、っと帰ってくるなりアイナは駆けて―――、きて。
「おっと・・・!!」
「ケンタっ」
俺は全身で愛しいアイナを受け止めた。俺はアイナの背中に手を回す。すると、彼女も同じように俺の背中にその両腕を、その両手を。
「うん、アイナ。っつ」
ふわっ―――。久しぶりに嗅ぐアイナのそのいい匂い。くっ、だめ、今は。
「「―――」」
数分間、俺達は抱擁してあっていた。アイナははにかんで、
「ケンタ―――、っ///」
「っつ」
頬を紅らめたアイナは名残惜しそうに、俺から離れ、、、あぁ―――アイナのそのあたかかい温もりが、熱が遠ざかっていく。アイナの体温は俺よりも高い、と思うたぶん。かといってアイナが汗を掻いている、というわけではないが。
「お出迎えありがとうございます、ケンタさま」
やや遅れてアターシャも俺の後ろから、しずしずと。もちろんそのかっこうは給仕服姿だ。アターシャの赤い髪の上、額の上には白いブリムが乗っている。
「あ、うんアターシャ」
「その、兄が、ケンタさまに、とてもお世話になったようで、私からもお礼を申し上げます・・・っ///」
やや、アターシャは、はずかしそうに頬を紅らめて。すぐに俺に言いたかったのかもしれない。
「あ、ううん。俺のほうこそアターシャさん。レンカお兄さんには、お世話になったんで―――」
なんか今までと違って思わずアターシャには丁寧語になってしまう。そのときだ、中庭の後方にそびえる館からこの中庭へ人がやってくる気配。
「やっ、我がかわいい妹よ、お兄さん登場だ。アイナ姫もお久しぶりです、もちろん我が麗しの妹もお久しぶりだ」
やってきたのはレンカお兄さん。その後方にはおとなしく一礼するかわいいミントちゃん。完全に猫被ってやがるぜ。猫かぶりだぜミントちゃん。
レンカお兄さんとミントへの挨拶と雑談。それが終わったときだ。
「ところでかれんちゃん。ぼくがね、お兄ちゃんがここに来た理由は分かるよね?妹のことを心配しない兄はいない。そうぼくがここに来たのは、久しぶりにかわいい妹のかわいい給仕服姿を一目見たかったのさ」
「っ」
うおっ、レンカお兄さんってば、かわいい、を二回も言ったよ!?『かわいい妹のかわいい給仕服姿』って。やべぇな、そこまでシスコンだったとはっ。
「っ、―――///」
ちら、アターシャさん一瞬レンカお兄さんを一瞥。ふっ、っとその変に、はにかんだような表情を柔らかくして、アイナに視線を移す。その次に俺。
「―――さ、アイナ様、ケンタさま館の中に参りましょう」
「あれ?ぼくかわいい妹に無視されたのかな?」
すん。
「・・・」
そんなアターシャの目の前に躍り出るレンカお兄さん。レンカお兄さん両腕をばさばさ。
「あれ?あれれ?おかしいよ?お兄ちゃんが見えてないのアーちゃん。おーいかれんちゃん?」
くるーりしゅた、くるーりしゅた、っとレンカお兄さんはアターシャの目の前を行ったり来たり。
すん。
「・・・、、、」
「従姉さん、レンカが貴女に話があるようですよ?」
アイナの促しにアターシャは、しぶしぶ・・・。
「・・・はい、アイナ様、、、それは解っているのですが・・・、」
アイナのその問いかけに、アターシャは不承不承と言った様子で、本当に仕方なく、という雰囲気を面に出しながら、実兄であるレンカお兄さんに振り向く。
アターシャはやや口を開き―――、
「兄さん」
凛としたアターシャの美声。へぇ、アターシャってレンカお兄さんのことを『兄さん』と呼ぶんだ。割と普通だ。
「おぉ・・・っ我が妹よ!!」
感、動・・・っ―――っというように目をきらきらとさせるレンカお兄さん。
「私に何の話ですか?兄さん」
「うん、火蓮。母さんや火乃香たんとも話し合ったんだけど、ぼくはしばらくこのルストレアの街に滞在しようかな、と思ってね」
「兄さん、、、それは・・・」
「うん。もちろんアイナ姫には許可は取ってある。・・・、」
まずはアイナに視線を送り、
「はい、レンカ」
そのあとに俺を見たレンカお兄さん。それは俺の稽古を見てくれるという、その件の事だ。ぺこり、っとだから俺は感謝の意をこめ、レンカお兄さんに頭を下げた。
「どうも」
ありがとうございます、レンカお兄さん。
いやいやいいよ、なんて気さくにレンカお兄さんは俺に。
取りあえず、館の中へと食堂へと誰が言うとなく移動しながら、話をしていた。
「、、、」
俺は一歩退くように、この兄妹の話を聞きながら歩いていた。つか、俺ってまだこの津嘉山三兄妹の一番下の火乃香には会ったことがないんだよな。
それにこの人レンカお兄さんは『おふざけ』していないときはとてもかっこいい人だ。声もかっこいいし、顔も、ピリッとした感じと優しい感じがミックスしたような端整な顔立ちのイケメンで、いやみなところも、鼻に掛けるようなところもない。
「兄さんがこの副都ルストレアに滞在など珍しいですね。いつもは津嘉山の本家や皇都宮殿にいるのに」
「ふっ、ぼくは興味が湧いて来たのさ、健太くんに。これは一度の手合わせだけじゃもったいないってね、火蓮。だから、だよ・・・っ」
レンカお兄さんはさりげに振り返って、後ろを歩く俺にもその、淡くふっ、っとしたイケメン顔を向けてくれる。会話のない俺にレンカお兄さんはさりげなく気を遣ってくれているに違いない。
「珍しいですね、兄さん。兄さんがそこまで誰かに興味を持つなんて―――」
「健太くんは、、、そうだね。それに彼はぼくにとっては恩人でもあるからね。ぼくの大切なかわいい妹や、従妹のアイナ姫を護ってくれたからね、あの『黯き天王カイト』から」
「っ/// そ、そうですか兄さん。ですが、くれぐれもアイナ様やケンタさまに迷惑をかけないようにお願いします」
「あぁ」
///
さらに数日後。俺はレンカお兄さんの胸を借りていた。
この人、全然隙が無い。さぁどうするべきか。どう俺は動くべきか。
「、、、」
まさか、このルストレア宮殿の一室に、こんな木の板張りの道場があるなんて知らなかったんだ。さっきアイナが言うには、自分自身が修練を行なえるようにわざわざ造らせた、いやアイナ自身も加わり造ったのだという。
「「―――」」
じりじり、じりじり―――、と。俺は、いや俺達は互いに得物を構えて向かい合っていた。今回はお互いの胸を借りての『受け手』と『攻め手』ではなく、俺達は実戦稽古を行なっている、ちょうどそれだった。
もちろん俺も、俺の相手になってくれているレンカお兄さんの得物も極々普通の木刀だ。『大地の剱』やレンカお兄さんの『得物』はこの手合わせでは使わない。
「健太くん、木刀の鋩がぶれているよ。なにか考え事でもしていたのかな?」
口調は優しい、でも厳しい。本当に凄い観察眼だな、レンカお兄さんは。俺が全くの考え事をしていなかったというのならそれは嘘になる。
俺は正眼の構えを崩さないまま、
「・・・、はいレンカさん」
「それはいただけないな、健太くん。ぼくに無心で集中してくれないと」
じゃどうすりゃいいんだよ。考え事、思考なくしてどう戦えって言うんだ?
「、、、すみませんレンカさん」
でも俺は形式的に頭を下げておいた。