第二百十一話 魔導具の壺アンフォラ
「・・・」
なんだかレンカお兄さんは忙し楽しそうだな。などと俺がレンカお兄さんを眺めているときだった。
「ケンタさま」
俺は俺に声をかけてきたその人物、ミントを意識したんだ―――。
第二百十一話 魔導具の壺アンフォラ
「ミント?」
「あぁなったレンカさまはとてもやべぇですぜ、ケンタさま。オタク談義に勤しむレンカさまは、一刻は動きませんぞっふふ♪」
そっかぁレンカお兄さんってオタクの人だったのか。俺はレンカお兄さんのオタク談義にはなぜか、ふしぎと不快感を覚えない。
いやむしろ―――、
俺がふしぎとレンカお兄さんのそのオタク趣味に不快感を覚えないのは、俺もどこか別の世界で、、、ひょっとしたら、そこの俺にはその気質があって―――。俺もレンカお兄さんと同じのオタクで、もしもそうだったとしたら―――
「そうなんだ、、、ミント。動かなくなるのか、レンカお兄さんは」
きっとその俺はレンカお兄さんと気が合ったことだろう。ううん詮無いことだ、と俺は心の中で首を横に振った。
「はい♪ ですので今からミントが代わりにケンタさまをご案内いたします♪」
―――ミントが俺を案内?
「分かった、よろしくミント」
よし、ミントについていこう。
「まずはこちらへ、ケンタさま―――」
「おう」
俺はミントについてレンカお兄さんとかりんさんがいるところを離れた。
カウンター席に沿って。ミントの案内で足の踏み場に気を付けながら歩く。ふとミントはガラス製のショーケースの前でその足を止めた。
そのガラス製のショーケースに視をやれば、綺麗な、まるで水晶のような形をした色とりどりの結晶が、そのショーケースの中に並んでいる。
「、、、」
赤、青、緑、黄、水色―――。それらの中間色もある。
「マナ結晶ですね、ケンタさま」
ミントの言葉に俺は、それらの結晶を見詰める視線を切り、ミントを見る。
「マナ結晶?」
「はい、ケンタさま♪ 主に自身の行使した魔法の強化や持続に用いますっ♪」
っ!!
「なるほど!!」
「このミントも―――」
―――ちょうど切らしているものがあるにはあるのですが、っと彼女は続けた。ミントは悩ましげな視線でそれら色とりどりの結晶を見詰めて、、、。う~ん、っとそれから悩むように注文券を一枚、また一枚とその手に取った。
なにか、俺の読めない文字がその注文券には書かれていて、たぶん注文の内容なんだろうと想像がつく。
「少し待っていてくださいね、ケンタさま」
「ん、分かった」
ぱたぱたぱた、っとミントはかわいく小走りで、店主の元へ。店主のかりんさんとレンカお兄さんはまだ、『終夜とその仲間達』の話で盛り上がっているみたいだ。楽しそうな二人の話し声が聞こえてくるから。
ミントが一時いなくなり、俺はマナ結晶から視線を外した。そして横に振り向けば、、、つまりこのマナ結晶が陳列されているショーケースの向かいには壺が並んでいる。
「壺・・・」
でもそれらの壺は日本の、、、例えばお酒を入れる壺や漬物壺のような普通の丸い壺の形をしていない。ここに居並ぶそれらの壺は胴体が縦長で、首の部分が長い。そして、持ち手が首と胴体を繋ぐ場所に二つ付いている。
胴体に、ジグザグ模様や幾何学的な紋様の装飾が為されている壺や、スカートを履いていると思われる人物像が描かれている壺もある。他にも香水瓶のように細くなっている口に蓋がある壺や、大口を開けた魚の口のように蓋のない壺もある。
「水瓶、、、―――」
か、もしくはワインでも入れておくための壺。それかもしれない、洋風の。
材質はなんだろう?表面がつやつやしているところから見て、陶器製に思う。でも、丸、三角、ジグザグ模様・・・、不思議な幾何学的な紋様のある壺や、女の人の絵が描かれている壺、、、いろいろな壺、、、。芸術的な壺、、、。
ツーっと不思議な感じ、、、なんて言えばいいんだろう・・・。なぜか見てしまう、見入ってしまう。言い得て妙だが、この壺達に視線を引き寄せられるような、、、そんな感覚を覚える。
「ケンタさま?」
ミント、戻ってきたみたいだ。その店主かりんさんのところに行っていたミントが戻ってきて、壺を観ている俺に声を掛けた。
「なぁ、ミント―――」
俺は横にいるミントに、壺から視線を外さずに問うてみた。
「―――あの壺って・・・? ほらたくさんあるやつ?不思議な紋様の壺とか、女神?天使?あの羽の生えた女の人達が描かれた壺とか―――」
他にももっとたくさん並んである。たとえば黒い顔料で、だろう。直剣を手に持つ女の人が描かれた壺や地を反転にするように黒く塗って、人物像だけ元の陶器の色にしてある絵が描かれた壺。今俺が視ているのは、半袖の上衣にロングスカートのような下衣を身に纏う女の人の絵が描かれた壺だ。
なんの壺だろう? なにに使うんだろう。どうしてこれらの壺を視ているだけで、
「なんかこう見てるだけで―――、視線が吸い寄せられるような、、、そんな変な感覚に陥るんだ、俺」
俺が変なのか? でも壺をじぃっと見入ってしまう。もちろんその絵が、人物画や模様が美しいということもあるが、、、。
「へぇ、ほう、、、。ケンタさまはそのような感覚になるのですか♪」
「ミント?」
「それでしたら、あまり強く凝視するのはおやめになったほうがいいかもですねケンタ様。壺に吸い込まれてしまうかもですっ、ふふっくすくすっ♪」
冗談とも、冗談とも取れないような口調と、その顔でミントは言った。
「壺に吸い込まれる?」
そんなバカなことが。壺に吸い込まれる?人が? まさか、なにを言ってるんだミントちゃん。
「はいっケンタさまっふふっ♪」
「いやいやっミントちゃんこんな小さな壺に人間が吸い込まれるわけがないってば」
「はい冗談ですよ、ケンタさま♪」
やっぱミントの冗談か。
「だよな」
「ですが、この壺は―――」
てくてくてく、っと足音が近づいてくる。だから俺は壺から視線を外し、その奥からやってきた人物、レンカお兄さんにさりげなく、今話をしているミントにも気を遣いながら、この視線をレンカお兄さんに向ける。
ミントも、こちらに歩いてくるレンカお兄さんに気づいているみたいな、そんなそぶりだ。
「ミントさん。続きはぼくに説明させてください」
店主かりんさんとの話は終わったみたいだ。やってきたレンカお兄さんはそう言った。
「レンカさん?」
「分かりましたぁレンカさま♪」
軽く一礼。すすっ、っとさがるようにミントは。
「説明しよう!!健太くんっ」
ふんっす、っとレンカお兄さんは自信満々に鼻息荒く。、、、あ、また―――つまりアターシャが呆れたかのようにぼやく、実兄のうだうだうんちく講釈垂れる長話が―――。
「っつ」
お、俺は断じて決して、アターシャのように、そうはオモっていないよ? レンカお兄さんのこと・・・あせあせっ。
「この取っ手の着いた縦長の壺は『アンフォラ』という種類の壺だ」
壺ということは、誰が見ても分かる。でも、
「アンフォラ?っすか?」
アンフォラなんていう名前の壺は今まで見たこともないし、聞いたこともない。
「あぁ、そうさ」
レンカお兄さんは首を縦に大きく肯いた。
「えっと・・・?」
そしてそのまま俺の疑問に答えてレンカお兄さんは口を開く。
「確かに日之国の取っ手のないずんぐりとした丸い壺とはだいぶ形状が違う」
確かに。壺の表面に西洋風の絵が描かれたものや、まるで迷路のような幾何学紋様が描かれているもの。俺が良く知る、、、祖父ちゃん家の納屋にある丸い壺とや茶壺と違って、目の前にあるこの縦長の壺の頸のところには取っ手がついている。
底辺には壺の足もついている。足と言うか、壺が水平に立つようにするための台座と言ったほうがいいな。
「・・・そうっすね」
「健太くん。本来ならば、この『壺』は水やお酒、油を入れておくためのものだ。食べ物も保管する場合もある」
日本でも、、、梅干しや漬物を仕上げるために昔は各家庭で漬物壺を使っていた、って子どもの頃、祖母ちゃんが俺に。でも祖母ちゃんはそうやって仕上げた漬物が一番美味しいとも言っていたっけ。
「納得」
「だけどね健太くん。『魔導具の壺』となると話が変わってくるんだ」
『魔導具の壺』? それだと話が変わってくる? あ、そうかもしれない。
「たとえば、アレっすか?魔法の効果で壺の中に入れた食べ物がおいしくなるとか、っすか?」
あとは永久に鮮度が保たれる魔法の壺ぐらいか。あのマナ=アフィーナが入っていた茶色い小瓶のような。
でも、俺の発言に―――
「??」
―――きょとんっ、っと。一瞬だけきょとんとするレンカお兄さん。
「あれ?」
「あぁ~あ、そういう発想もあるよね、健太くん」
でもレンカお兄さんはすぐにその表情を素に戻す。
「さすがですね、ケンタさま♪やってみる価値はあるかもですっふふ♪」
ミントまで。
「でも違うんだ、健太くん。『魔導具の壺』というものは、普通の壺と違い『魔移送機関』の魔導回路がその壺の内部に組み込まれていて―――」
「っ!?」
魔移送機関!? さっきレンカお兄さんがちょこっと言っていた、話しかけてそのまま有耶無耶になった、そのそれ『魔移送機関』!!
俺がその、なんだそれ、なんかかっこいいぞ、と思ったその『魔移送機関』という名前だ。
「あぁ、そうさ健太くん。ふ・・・っ」
ふっ、っとレンカお兄さんは淡い、なにか悟ったようで、かっこいい達観したような不敵な笑みを浮かべる―――。