第二十一話 始まる朝。太刀を抜く者は剣士
第二十一話 始まる朝。太刀を抜く者は剣士
うぅ・・・明るいよぉ・・・。
「んっ・・・う・・・」
目蓋越しに白い光を感じていた俺は目蓋の上に右腕を持っていって、目蓋越しにその白い光を遮る。うぅ・・・もう朝・・・か?
・・・その明るい光は徐々に、目を閉じる俺の寝ぼけまなこに沁みていくのを感じ、俺はうっすらと眼を開けた。あれ・・・?青い空が見えるぞ・・・?
「―――・・・」
あ、そっか、俺―――昨日この違う世界に。あ、うん、昨夜は魁斗の話を聞いているうちに、いつの間にか寝落ちしたんだっけ・・・。俺が寝ぼけまなこで目を覚ましてその青い空の次に視界に入ったのは、燃えるものもなくなって燃え滓だけになった昨日の焚火だ。
あれ?この毛布―――・・・? そして、俺の身体には茶色の毛布が掛けられていた。この茶色い毛布は魁斗が俺に掛けてくれたのかな? 魁斗のやつどこからこの毛布を持ってきたんだろう?ま、いっか、そんなことは・・・。
「・・・」
俺は毛布を横に避け、煉瓦造りの固い床から上体を起こした。ダメだ、まだ頭がぼうっとしている。
「―――・・・」
俺は煉瓦造りの固い床に、脚を投げ出すようにして、長座でしばしぼうっとしていたが、ややあって眠気もすっかりなくなり、意識も思考も完全に目覚めた。
ここに来たときは夜中だったから真っ暗で何も見えなかったけど・・・今は朝だ。周りの廃砦の様子もよく見える。
「ほんとに天蓋は抜け落ちてるんだな・・・」
廃砦の抜け落ちた天蓋から空を見上げれば、青い空と白い雲が見えたんだ。そう、目覚めれば自分の周りのことも目に入ってくるもので、電池切れした電話では時間は分からないものの、この朝の太陽の位置の感じだと、今の時間は日本の朝の七時から八時の間ぐらいだと思えた。
「あれ?」
あいつどこに行ったんだろう?そういえば、昨夜まで一緒に焚火に当たっていた魁斗の姿が見えなかった。
確かに夜は一緒にだったのに・・・―――ほんとにあいつどこに行ったんだろう。こんな見知らぬ土地で俺一人にしないでくれよ。されたら、どことなく不安になってくるじゃないか・・・。
「ん?」
そこで俺が何気なく視線を少し前に移したとき、ふとそれに気が付いたんだ。夜、焚火に当たっていた魁斗が椅子代わりにしていた赤茶けた煉瓦の上に一枚の白い紙が置かれているのを。風に飛ばないように、ご丁寧にも小さな煉瓦の破片が重石代わりに白い紙の上に置かれている。
「・・・」
魁斗から俺へ当てたメッセージでも書かれているのかな? 俺は腰を上げると、焚火の燃え滓の向こう側にあった魁斗の煉瓦の席へ回り込み、煉瓦片を退けてからその白い紙を右手で抜き取った。
なになに?四つ折りに折り畳まれた紙を開き、それを読んでみる。
『おはよう、健太。きみが目覚めてこれを読んでいるときには僕はもういないだろう。そのときの僕がどこにいるのか分からない。林の中か、森の中か、川の中か―――』
僕はもういないって、おいおいまじかよッ!!
「!!」
『でも僕は食料と水を探しに出ているだけだから、安心してくれていいよ。すぐに戻るからその野営地?う~ん夜営地?どっちでもいいか。そこで少し待っていてくれるかい、健太』
ちょっ驚かせるなよ、サバイバル魁斗・・・。まじで独りになってしまったと思っただろったく・・・。こんな見知らぬ異世界の廃墟でさ。
「・・・」
なんのことはない。魁斗のやつ前置きは込み入って長いけど、ようは俺に留守番を頼んだわけだ。俺は魁斗の置手紙をまた元の四つ折りに折り畳むと、魁斗の席に煉瓦片を上に載せて戻しておいた。
魁斗が帰ってくるまでのんびり待ってよ。
「ふぅ~」
焚火の燃え滓を挟んで魁斗の向かいにある自分の煉瓦で作った即席椅子に座りなおした俺は取りあえずすることがなにもなくて、なんとなしにもう一度、この異世界イニーフィネでも地球と同じ青い空を見上げた。だって俺の電話の電池はなくなってるし、暇つぶしにゲームとかできないもんなぁ。
俺はぼうっと空を見上げながら―――でも、昔の、電話がなかった頃の人々はなにをして暇つぶしをしてたんだろ?
「空は青い、・・・なんてな」
ところどころに白い雲が浮かんでいるのも、俺が昨日までいた地球となんら変わることはない。―――本当にここは、アイナや魁斗が言うような惑星イニーフィネなんだろうか?青い空や廃砦の見た目じゃ、ここが五つの異世界が同居しているらしい?『惑星イニーフィネ』なんて思えないんだよな。あ、でもあのときアイナが消えたときの様子は不思議な光景だったっけ・・・。
「そういえば―――」
アイナ―――。俺はアイナのことを思い出す。アイナは俺に、あの街で待っているように言った。そして、そのあと俺の前に現れた生ける屍達の群れ―――アイナとアターシャのことを思い出したり、考えたりすれば、否応なしに俺は『それ』とアイナ達を関連付けてしまうんだ。魁斗の言った『怪しい二人組を見た』というその言葉―――と『屍術』の術者―――。
「―――」
今の自分は、このまま魁斗についていくか、もしか今あの街に戻ってきているかもしれないアイナのところへ、あの街までもう一回戻るか―――その二択を・・・つまり自分は選択をしなければならない、ということだ。
「っ」
と、そのとき突然のざりっという足音が聞こえたんだ。ひょっとしてここに魁斗が帰ってきたのかもしれない―――
「魁斗・・・?」
と俺はそのざりっという砂や小石を踏んだときに出る音がしたところを振り向いたんだ。
ううん、魁斗じゃない―――。誰だ?この人。俺が振り向くと、廃砦の床をざりっとさせた足音の主は魁斗じゃなかった。
「―――?」
・・・この人、誰だろう? でも、そこにその場に立っていたのは、俺の知らない男だった。名前は分からないから取りあえず『佇む男』とでもするか。
ひょっとして佇む男はこの廃砦の本当の持ち主だろうか。その男は中肉中背の、背は低くもなく高すぎることもなく身長は百七十五センチから百八十センチくらいだろうか。背丈は俺より少し高いと思われる黒髪の男だった。髪の長さもいたって普通だが、いわゆるロン毛という髪型ではないことは確かだ。服装はなんていうんだろう、暗色のモノクロに近い色をした長ズボンに、上の服装も下衣に合わせるような色合いをしており、裾の長い羽織るような上着は、その下に着込んでいるくすんだ紺色の服を外に見せていた。この佇む男の着ている上衣も下衣も丈夫そうな布生地で作られているように俺の目には見えた。そしてその佇む男の容貌は二十代後半から三十代中頃を思わせ、ごくごく普通の中肉中背の体格だった。佇む男の顔は端正な顔立ちでイケメンだけど、眼差しは厳しくどこかピリッとしたものを漂わせているような雰囲気を感じる。
「―――」
鋭い眼差しでそんなに俺をじぃっと観られてもさ―――、ちょっとこわい。
「~~~」
佇む男からは俺への『殺気』は感じない。むしろ、この佇む男は俺のことを観察しているように思えた。
「―――・・・」
佇む男の眼差しは確かに鋭いよ?でも俺へと向けられる鋭い殺気のようなものは感じない。つまりこの佇む男は俺を殺しにここに現れたんじゃない。それは解ってるんだけど、でも俺は、口の中でじわりと溢れてきた唾液を思わず、ごきゅっと呑みこんだんだ。
「ほう・・・」
佇む男がその短い言葉を静かに呟いた。その声は重厚な野太い声に分類される男声ではなく、低くはあるが、どちらかといえばかっこいい声だ。
つ、強いきっと―――っ・・・俺よりも。
「―――・・・」
その佇む男の剣氣と言えばいいのかな?その佇む男の雰囲気を観ていて解ったことは、きっとこの佇む男は俺よりも強い。ひょっとすると俺が抜刀術でやっと勝つことができたアイナよりも数段強いかもしれない・・・俺の目の前に佇むこの男は。
わっすごい刀っ・・・!!
「!!」
そして、なによりも思わず俺の目が惹かれたのは、この佇む男の腰に差している一振りの日本刀のような刀だ。俺の見立てが正しければ、その刀はとても名だたる部類に入る古刀に見える。なぜ古刀に分類される刀だと俺が思ったかというと、佇む男がその刀の刃の向きを『下』にして腰に差していたからだ。
アイナもそうだったように、新しい刀は刃を上にして腰に差す『打ち刀』だからだ。よく日本の江戸時代を舞台にした時代劇でも役者は、己の刀の刃を上にして腰に差している。
でもこの俺の目の前に佇む男は、自身の刀の刃を下にして腰に差していた。いわゆる日本では室町時代より以前の古刀になる『太刀』だ。この五世界において室町時代なんてものがあったのかどうかは俺には分からないけどな。この佇む男が『打ち刀』よりも長い刀身の『太刀』を、馬に乗らず徒戦で使いこなせるというんだったら、それはかなりの、相当な使い手であるに違いないって・・・。
「俺の日之刀に興味があるのか?少年よ」
ん・・・?『ひのとう』??
「『ひのとう』?っすか?」
佇む男は『ひのとう』と言う。でも、『ひのとう』ってなんだろう?
「そうだ、日之刀だ。なるほどそうだったな、お前は魁斗と同じ世界からの『転移者』か。ならば、お前に教えてやろう。この刀は『日之国』の太刀、つまりは『日之太刀』だ、よく覚えておけ」
あぁっなるほど。日之国では刀のことを『ひのとう』って、つまり―――だから太刀は『日之太刀』で・・・。
「あ、はい・・・」
つまりはそうか。昨夜魁斗が言っていた異世界イニーフィネの『五世界』の一つ『日之国』。そこの刀ということで『日之刀』か。なるほどね。
「いいだろう、なら見せてやる。俺の日之太刀『霧雨』をな」
まじかっ。そんな古刀をこの眼で見ることができるなんて―――ちょっとうれしいぞ。
「―――っつ」
すげぇ―――、佇む男はそんな俺の目の前ですぅっと音も静かにその鞘から太刀を引き抜いていく。太刀は打ち刀より長大だからかな?佇む男は、左手は鞘の鯉口のぎりぎり際で鞘を握り、右手は鍔に近いところを握っていた。
「―――」
―――。鞘より抜かれたその抜身の太刀の威容を見て俺は言葉を失った。素晴らしい反りは打ち刀の比じゃない。またその刃文は、刀身を水辺に例えるならそこから次から次へと這い出てくるような御玉杓子のように見える。そしてまるで鏡のように光を反射する銀色の刀身やっぱりこの『霧雨』という太刀は本物の業物の刀だ。
「どうだ?『転移者』よ。素晴らしい『日之太刀』だろう?この『霧雨』は」
「は、はい・・・」
俺はその刀『霧雨』とそれの使い手であるこの佇む男の気迫にすっかりと中てられていたんだ―――。
「ちょっ・・・っ!! クロノス義兄さんっ、ダメだってっ、健太は僕の友達だよっ、斬らないでねっ・・・!!」
「「!!」」
そこへ、俺のよく知るやつが息を切らせながら大慌てで駆け込んできたんだ、この焚火の燃え滓が残る砦の一室にな。