第二十話 追想のキャンプファイア
第二十話 追想のキャンプファイア
「川か湖に落ちた僕はそれ以上先のことを覚えていないんだけど、その地球からこの惑星イニーフィネに広がる異世界に突然、神隠しのようにやって来た僕はまだ子どもだった」
「・・・」
俺は魁斗の話すことになにも答えたり、問い返すことは止め、静かに相槌を打つだけに留めて魁斗の独白のような話を聞くことにした。
「そんな子どもだった僕はベッドの上で目が覚め、そして、僕はしばらくして自分が助かったことを知った、ううん―――」
そこで魁斗はそのときのことを思い出すかのように、静かに目を閉じ―――
「溺れて瀕死の状態で、この異世界で倒れていた子どもの僕を拾ってくれた人達がいたんだ。僕はそのいい人達のおかげで一命を取り留めることができた、というわけなんだ」
そして、目をもう一度開けば、魁斗はその瞳に力を込め、力強い眼差しになっていた。
「・・・よかったな、魁斗。いい人と出会えて」
「うん!! 健太ありがとう」
「・・・」
一方俺は―――。この異世界に来て、俺が初めて会ったアイナとアターシャ・・・あの二人は本当に、魁斗が出逢ったような『いい人』と同じ部類の人達なんだろうか・・・。
「・・・」
俺は頭を振って、俺が頭の中で考えた『悪い想像』を追い払った。
「健太?左右に頭なんか振ってどうかしたのかい?」
「ううん。いや、なんでもない」
俺はアイナとアターシャのことは魁斗に相談せず、その場を濁したんだ。だってもし、もしかしてだけど・・・そんなことを思うのはアイナとアターシャ二人には失礼なことだけど、もしアイナとアターシャが人を陥れるような人間だったとしたら、魁斗を巻き込んでしまうかもしれないから―――・・・。
「その僕を拾ってくれた人達はね、身体中傷だらけで瀕死の状態だった僕を献身的に介抱してくれてさ」
「・・・」
「うん。その人達のおかげで僕は一命を取り留め、元気になった僕にその人達はこの異世界イニーフィネのことをいろいろと教えてくれたんだ。さっき僕が健太にも話したようなことを教えてくれたんだけどさ」
魁斗はその眼に懐古の色を浮かべながら俺に話してくれる。
「その人達は、日に日に回復していく僕に、その都度ご飯の種類まで変えてくれてさ。最初は蜂蜜酒やたまご酒―――って言っても度数もないからねっ健太。そんな感じ食べものをね、それから徐々に僕が食べられるようになってからはオートミールとかコーンスープみたいなご飯を食べさせてくれたんだ。僕はこの異世界では身寄りもないような、しかもこの世界の住人ですらないのに、あの人達は僕をここまで育ててくれた―――」
「―――・・・」
魁斗は得意げに、行方不明になってからこれまでのいきさつを語る。その様子を観て俺は、魁斗にはもはや元の世界つまり地球にある日本への愛着はすでになく、彼魁斗はすでにもうこの異世界イニーフィネという五世界の住人なんだなぁっと、魁斗に訊くまでもなく俺は彼の心情を理解したんだ。
「僕は、僕の生命を救ってくれたその人達になにか恩返しがしたくなった―――ううん違うね、その人達と行動を共にするようになった僕は、なにか彼らの役に立ちたいと思うようになったんだよ、健太」
「まぁ、恩義を感じるなら当然だよな・・・」
「うん、健太。僕はこの自分の一生をその人達・・・ううん養父さんや養母さん、義兄さん、義姉さんのために使いたいんだ」
「養父さん?魁斗お前、そのお前を助けてくれた人の養子になったのか?」
得意げに語る魁斗の話の中で出てきた言葉を、ふと疑問に思った俺は焚火の中に木切れを入れながら魁斗に訊いてみた。
「ははっ養子って言うか。あれなんだ―――」
魁斗は照れ笑いのような人懐っこい笑みを浮かべて、また口を開く。
「―――実はさ、健太。その僕を救ってくれた養父さん、養母さん達はこの惑星イニーフィネにある五つの世界を渡り歩いて、僕らみたいなか弱い『転移者』を捜して出して保護したり、五世界各地で迫害を受けたりして行き場のなくなった人達を支援する仕事をしているんだぁ。彼らは僕がこの五世界でできた自慢の家族さ!!」
魁斗は、まるで童心に返ったような、きらきらとした眩しい笑顔を浮かべたんだ。
「へぇ、この異世界にもそんな奇特な人っているんだな・・・」
「きとく?」
魁斗はきょとんした顔をして俺を見つめた。そっか魁斗のやつは失踪したのが、子どもの頃だったから、『奇特』という言葉の意味や機微を知らないのかもしれないな。
「えっとつまり『優れている』とか『感心できる』とかって意味だよ、魁斗。少なくとも俺は魁斗から聞いた話ではお前の養父さんに対してそう思ったってことだよ」
「ありがとう、健太。僕はきみにそう言ってもらってとてもうれしいよ」
「いや、まぁ俺は―――」
俺をそんなにもきらきらとした眼で見られても、俺はそんなに立派な人間でもないってば・・・魁斗。
「そうそう『転移者』を保護したり、迫害されている人達を支援するばかりが僕達の仕事じゃないよ、健太」
「へぇ・・・、―――、・・・」
俺は適当に相槌を打つ。実は焚火を囲って話し出してから、夜も更けてずいぶんと話し込んでいたと思う。煉瓦を敷くお尻も痛くなってきたり、痺れてきたりもする。
「・・・、・・・、・・・」
アイナとの決闘―――そのあとのあの生ける屍達から逃げ回ったこと、それらの所為で疲れていた俺はすでにもう眠くなっていて、魁斗の話に付き合うのがしんどくなっていたというか、だれてきているというか、俺はあくびをかみ殺すというか、そんな状態だったんだ、実は。でも、そんな俺に魁斗は気づいてくれる様子もなかった。
「その仕事以外にもさ、養父さんや養母さん、義兄さんも義姉さん達、そして僕も、あっちで誰かが泣いていたら、すっ飛んで行って泣かした奴を叱りつけ、今度は向こうで誰かが喧嘩をしていたら、すっ飛んで行って両成敗。僕達は争いのない理想的な五世界を造るために、『理想を成すために僕達は在る』んだ。とにかくほんとにみんなとてもいい人達ばかりなんだっ。健太、僕の五世界でできた家族に会ってくれないか?」
「へぇ・・・そうなんだ・・・、・・・、・・・」
「って健太聞いてる? ひょっとして眠くなってきたのかい?」
「あ、あぁすまん、魁斗。ちょっととんでた―――」
すでに俺はもう眠くなっていて魁斗の話は左耳から入って右耳に抜けていくという状態で、少しばかり舟を漕いでいたみたいだ。たぶん、魁斗が俺に声をかけなかったら、寝落ちしていたと思う。
「あ、いや、いいよ。そこ焚火の周りで雑魚寝しよう」
「・・・おう、ごめん魁斗。先に寝かせて・・・もらうわ・・・俺―――」
俺は睡魔には勝てず、腰を掛けていた煉瓦から降りた。
「うん、おやすみ健太。見張りは僕に任せて健太はぐっすりと寝ててよ」
「・・・おう、・・・魁斗―――すまん・・・な」
そして、その焚火のぬくもりと明かりに照らされながら、俺はその場で横になったんだ。ちょっと煉瓦造りの床が冷たくて固かったけど、意識を手放せばそのようなことは些細なことだったんだ―――。
「おやすみ、健太―――・・・」
「―――・・・」
俺は魁斗のその優しい口調の言葉を最後に、俺の意識はすぅっと沈んでいった―――。
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俺がこの五世界に来て魁斗と出会ったばかりの頃の部分を書いていると、そこでちょうど切りがいいところになった。
「ふぅ」
っと俺はちょうど筆を置いたいいところで―――俺が今いる道場へと向かってくる誰かの足音が聞こえてきたというわけだ。
「ん?」
どうやらその足音の主は本格的に俺がいる道場に向かってきているようだった。うん、殺気は感じない。ということは、この足音と気配の主は―――
「―――・・・」
つまり、俺は、俺の筆を置いた俺のもとへ向かってくる殺気のない人の気配を感じたわけだ。よしそれじゃあ、と俺はその人を迎えるために筆を持つ手を止め、椅子から立ち上がったんだ―――・・・。
続きはまた何日か日にちを開けて、息抜きをしてから書いていけばいいか。
『イニーフィネファンタジア「-剱聖記-第二ノ巻」』―――完。