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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
序文
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第二話 遠い祖父の背中を追って 二

第二話 遠い祖父の背中を追って 二


「―――う・・・うわっ・・・!!」

 俺は祖父ちゃんの背中に担がれるように―――、そして俺の視界は反転していった。

「―――!!」

 でも畳の上に俺がズダンっと背中から叩き付けられるようなことはなかった。祖父ちゃんがゆっくりと、まるで寝かしつけてくれるかのようにゆっくりと俺を置くように投げてくれたからだ。

「あぁ―――・・・」

 やられた―――、道場の畳の上で祖父ちゃんを仰向けに見上げている俺の完敗だった―――。やっぱり俺があの小学生の頃より成長していたとしても祖父ちゃんにとって俺はまだまだ未熟なんだな。仰向けに寝転ぶ俺を見降ろす祖父ちゃんの顔は相変わらず真剣そのものだ。

「健太よ。子どもだったお主には教えることはなかったが、我が小剱流剣術にはこういう無刀の技もあるのだ。よく覚えておきなさい」

 俺は仰向けのまま、祖父ちゃんの姿を下から見上げていた。

「は、はい」

「今日の儂の稽古はここまで。己で復習したのち、ゆっくりと休息しなさい、健太―――」

 その言葉を最後に祖父ちゃんの顔が優しくなった。だから俺も―――

「う、うん。今日の稽古ありがとう、祖父ちゃん」

「うむ」

「うん、ありがとう」

「奢ることなく精進しなさい、健太。そうすれば、お主は(わし)を越えてゆくだろう」

 そう言い残して祖父ちゃんは、畳の上に落としていた自身の木刀を拾い上げた。そうして上座にある神棚に一礼すると、俺を道場に残したまま出ていったんだ。

 一人になった俺は、相変わらず畳の上で寝転がったままだ。やっぱ強ぇな祖父ちゃん・・・。祖父ちゃんに稚児のようにあしらわれ―――でも、俺は祖父ちゃんに完敗したというのに、俺は思ったほど悔しくはなかった。

「―――」

 本当に悔しいことは、大会や試合のときに対戦相手に負けることのほうだ。それのほうがよっぽど俺にとっては悔しいことなんだ。俺は小学生の頃から剣術をやっていて、毎年出場する剣術大会があったんだ。その試合の決勝戦で毎回相対する相手がいた。その相手『次元(じげん) 終夜(しゅうや)』っていう奴に俺は一回も勝てなかった。俺がこのイニーフィネという異世界にやって来てしまったせいで俺はもう、あの次元 終夜って奴にもう会うことはないけどな―――。そんな俺の、毎年当たっていた決勝の対戦相手なんかよりも、俺の祖父ちゃんのほうが遥かに強いんだ。

 俺はふぅっとため息をついた。祖父ちゃんは『お主は儂を越えてゆくだろう』って言ってたけど―――。

「―――」

 『お主は儂を越えてゆくだろう』―――という、俺は祖父ちゃんが去り際に、俺に言い残した言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。そんな俺は道場の畳上で大の字で寝転んだまま、ぼうっと木目の天井を見つめていた。

 祖父ちゃんは『お主は儂を越えてゆくだろう』って言ってたけどほんとに、俺が小さい頃にはすでに『剣聖』と呼ばれていた人を、俺は越えることなんてできるのかな・・・。

「―――・・・」

 祖父ちゃんが去っていった道場の中で俺はまだ、仰向けに大の字になったまま俺は天井を見つめていた。そこでふと神棚に視線を移す。そこには祖父ちゃんの失踪とともに日本にある実家から消え失せた小剱家に伝わる名刀が供えられていた。つまり六年前に祖父ちゃんは小剱家に伝わる名刀と一緒に地球からこの惑星イニーフィネという星にある異世界に転移したということだ。

 祖父ちゃんと名刀の失踪―――それは子どもの頃の俺にとってとても悲しいことだったんだ。そんなはずないのに、親戚のおじさんやおばさん達は『あのじじいが持ち逃げした』とか、伝家の名刀が転売された形跡もないのに『耄碌(もうろく)転売じじい』とか言いたい放題の誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)ばかりだった。

「祖父ちゃんが、名刀の価値なんかに目が眩むわけないだろ」

 小学生だった俺がこんな感じに言っても、あの人達は悪口で返してきて全く意に介さなかった。

「ふわっ」

 いかんいかん、考え事をしていたら、なんか眠くなってきたぞ。俺はぶんぶんと首を左右に振った。仕方ない俺はゆっくりと上体を起こした。脚を投げ出したまま、両腕を開いて後ろに出し、手の平は畳につけた姿勢だ。

「あっやべ・・・」

 まだ電話を録画モードにしたままだった。俺は祖父ちゃんに稽古をつけてもらっているときは、それを電話のカメラで録画しているようにしている。あとでその祖父ちゃんにつけたもらった稽古を見返すためだ。これが意外と役に立っていて、体感では覚えていないこととか、祖父ちゃんに相対するときに必死すぎていまいち実感がなく解らなかったことが、録画した映像を見返すことで知ることができるんだ。

「よっと・・・―――ん?」

 俺が投げ出している脚を屈めて、起き上がろうとしたときだった。この俺が今いる道場に近づいてくる誰かの足音と気配を俺は感じとったんだ。

 俺が物心ついたときにはもうすでに祖父ちゃんは、その道の人達からは剣聖と云われているような人だった。失踪するまで日本では数多くの門弟が俺の実家の道場に教えを乞うために通っていた。俺がこの異世界イニーフィネで祖父ちゃんと再会したとき、俺はきっと祖父ちゃんには数多くの門弟や弟子、門下生がいると思っていた。でも、そんなことはなくて―――なぜだか解らないけど、この異世界イニーフィネでは祖父ちゃんは日本にいるときとは違って弟子や門弟を取っていなかった。こっちの異世界じゃあ祖父ちゃんは『剣聖』として知られていないせいかも。それに祖父ちゃんは自分が『剣聖』なんてひけらかすような人ではないし。むしろ日本でも祖父ちゃんは自ら『剣聖』なんて言いふらすようなことはしていなかった。むしろ経理を担当する親戚のおじさんやおばさんが祖父ちゃんのことを『現代によみがえった剣聖』って言いまくっていた気がする。ホームページとかで、小剱の名刀を奉じる神事のときの白装束の祖父ちゃんの写真をでかでかと載せてさ。だからかな、教えを乞いたいという門下生が多かったのは。

 でもこの異世界イニーフィネにおいての祖父ちゃんは唯一人だけ弟子をとっていた。そのことも、俺はこの異世界イニーフィネの片田舎に居を構える祖父ちゃんに再会して知ったことだけども。だから今は、俺とその人だけが祖父ちゃんの正式な弟子だ。

 ほら、やっぱりその足音と気配の正体は、そのもう一人のお弟子さんだった。

「ケンタ。もう夕食時だというのに、貴方が中々現れないので迎えにきましたよ」

 その黒髪の彼女は長いストレートの髪を(なび)かせ、道場の入り口に立ったまま、相変わらず道場の畳の上で座り込んでいる俺にそう声をかけてくれたんだ。

 その長い黒髪の彼女こそ、この異世界イニーフィネで祖父ちゃんが弟子にとっていた女の子だ。

「あ、うん。ごめん、すぐ行くよ」

 俺は、初めて祖父ちゃんとこの黒髪の彼女が一つ屋根の下ってことを知ったときは、祖父ちゃんがこの異世界イニーフィネで再婚した若い後妻かと思ってしまった。けどそういうことじゃなかった。

「はい。もう夕飯はできていますから冷めないうちに、ケンタ」

 黒髪の彼女は俺にふぅっと優しい笑みをこぼす。

「あ、う、うん」

 そんなとき俺はこの黒髪の彼女に笑みを向けられると、なんかそのとても―――言葉には言い表しにくいんだけど・・・なんか照れてしまうんだ。

「さぁ、行きましょうケンタ」

 黒髪の彼女は立ったまま、にこりと微笑んでそして俺にその右手を差し出す。

「そう、だな・・・」

 最初、俺がこの黒髪の彼女に会ったときとは考えられないほどの友好的な彼女だ。俺とこの黒髪の彼女が初めてこの異世界で出会ったときは今とまるで正反対の態度だった。でも、いろいろあって―――うん。きっとこの黒髪の彼女にはなにかの信条があったみたいって言うか―――『それ』を俺は、この黒髪の彼女と、彼女の近習長に直接聞かされたから、もちろん『彼女の信条』を俺は識ってはいる。

「―――」

 ―――とにかく今俺はとても緊張していた。というか黒髪の彼女の正体を知ってからというもの、彼女のその手を取るときはしぜんと身構えてしまうんだ。

「さ、貴方の手を私の右手に重ねてください―――」

 きっと黒髪の彼女は俺と手を握りたいと思っているに違いない。いつも俺と二人きりのときは外での仮面を脱ぎ捨て、この黒髪の彼女は普通の女の子になる。

「うん」

 俺は起き上がって、黒髪の彼女に近づきその手を取ると見せかけて―――さっと彼女の前に膝を付き、親愛の情である手の甲に接吻を―――

「っつ・・・ケ、ケンタ・・・っ―――そのっ///」

「っ」

 俺は膝をついているため、頬を紅らめてかわいく照れているであろうこの黒髪の彼女の表情を見ることはできない。

 そして、なんで『転移者』で一般人の俺が、異世界のこんな高貴でうつくしい彼女と知り合ったのか、それは一年近く前まで遡ることだ―――それを記し語ろうと思う。


//////


 ―――俺は、自身が剣術の修練を行なうときに着ている和装姿でふと首をかしげた。

「こ、ここは、どこだ―――?」

 俺は剣術修練用の硬い本赤樫でできた鞘付き木刀を握ったまま、この変わった洋風の街中で茫然と立ち尽くしていたんだ。

「―――・・・」

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