第百九十九話 皇家と皇女と彼女の秘密
「風呂、飯、寝る、これが欲しい、あれも欲しい。―――それらはすぐに用意してくれる。ケンタさまいつもそう思っていませんか?」
「!!」
そうだ、俺は常々そう思っていたんだ。この疑問。俺の心のどこかで、奥底で、小さなしこりのように―――、、、。
「・・・、、、」
俺の要望は簡単に通るし、電話も与えられ、なによりも衣食住が簡単に貰えたんだ、こんな五世界の人々からすれば、俺なんてどこの馬の骨とも知れぬ男で、別世界からやってきた『転移者』で、俺なんて五世界の人からすれば、身元不詳の異世界からやってきた人間なのに、、、。
第百九十九話 皇家と皇女と彼女の秘密
それなのに俺は厚遇されて、俺の機嫌を損なわないよう、皇国の人達はまるで壊れ物を取り扱うかのように、俺を、、、。
「―――・・・」
俺に与えられたのは、皇都ではないが、副都ルストレアの宮殿にある一室。そこのルストレア宮殿の大浴場も自由に使っていい。飯は一日三食。しかも、俺はいつも皇族の面々と同じ席で食を摂る、いや摂らされているということか。
そして、この五世界の支配者であるイニーフィネ皇国の、その皇女であるアイナとの婚約も簡単に認められて・・・。確かにアイナが俺を好いてくれているのもあるにはあるだろうけど・・・。
「―――っつ」
思えば思うほど、考えれば考えるほど―――、『どこかがおかしい』。イニーフィネ皇家はよっぽどのお人好しか、それともなにか、、、俺に対してなにか、、、その、『裏』があるというのか―――。
ざわざわ、ざわざわ。ぞわぞわ、ぞわぞわ―――、身体が震え、、、いや怯えによる身体的な震えではない。俺の、俺の中の氣が昂まり、氣が震えるんだ。
まさか、、、民話でよくあるような『太らせて後から食べてしまおう』なんて、、、そんなバカな。俺なんか『食ったって』、、、たとえば利用しようとしたとして、俺なんかをどう利用するんだ?俺は一介の、―――いやまだだ、まだ剱士には至っていない―――、そう、俺なんてただの剱士(志望)の学生だぞ?
「ケンタさまは『転移者』です」
ミントの発言。悶々と考えていた俺は顔を上げた。
「っ、転移者・・・?」
それがどうしたんだ?
「はい、ケンタさま転移者です♪ですですっ♪」
「??」
転移者―――、確かにそうだけど。でもただそれだけで、、、?いまいち納得がいかないし、それに『白き禍』のときに集団で別世界から現れたって言っているぐらいだから、転移者って皇国の人達にはあんまりよく見られていない気もする。アイナが言うには、四種の異人達―――『災厄の日々』って。イニーフィネ皇国ではそう呼んでいるみたいだし。
「それもケンタさまは、この星の女神に選ばれた『祝福者』っ♪」
にこり、とミントは笑う。にぃっ、っとした粘着質の笑いとは正反対のきれいな笑みだ。そもそも『祝福者』ってなに?俺が?
「『祝福者?』」
「はいっ『祝福者』でっすっ♪ そもそも『転移者』という存在は須らく異能の『能力』が高いんです。それはこの『五世界』の真理。解りやすく言いますと、『転移者』は『力』が強く稀有な『異能』を持っていることが普通なんです」
「っ」
ミントの言わんとするそれ―――、この『眼』の力。ミントが語るのは事実だ、おそらく。
「ケンタさまの『選眼』の強大なる力―――。概念も司り、事象をも改変するその『あまねく視通す異能』。そのような強大な異能を持つ者はこの五世界にはおりませんわ。ケンタさまの異能は『唯一無二の異能』なんですっ♪」
唯一無二の異能―――、この目、俺の眼、、、『選眼』が・・・っつ!! そこまで凄い異能だったのかっ俺の『選眼』は!!
「っつ・・・!!」
「ケンタさまは『女神の声』を聴いたことはありますよね」
っ!! 女神の声っ!! それを確信したようなミントの一言。
「っ!!」
あのとき、、、『女神フィーネの御加護』を。『聖剣』を握り、いや握る前から聴こえていたんだ、俺は。直接耳で聞くような声ではない頭の中に直接響いてくるように、静かな声で『貴方の友人を救ってあげて』、と。
でもミントはどうして俺が女神フィーネの声を聴けたことを知っているんだ。俺はミントにそのことを話した覚えはない。
なぁ、ミントどうしてきみは誰かにそれを聞いたのか?―――、
「なぁ、、、―――」
―――と、俺が口を開こうとしたときだ。
「この豊かな大地の―――、」
声を出したのはミントのほうが僅かに速く、俺は声を止めた。一瞬ミントもきょとんとしたような顔になったが、俺はミントの発言を促した。
すると、こくりっ、っと。ミントもそれを解ってくれて彼女は言葉を紡ぎ出す。
「っ、―――星の『女神フィーネ』により選ばれし、女神の声が聴こえる『転移者』。そのような存在のことを皇国は『祝福の転移者』と密かに呼んでいます。しかもアイナさまも『女神フィーネ』と交信できる当代きっての秀でた審神者であり、巫女姫―――」
審神者?巫女姫?アイナが?
「??」
まぁ、その疑問はミントの話が終わってからでも、もしくはアイナに直接訊いてもいいか。
「そのような皇国の審神者であり巫女姫のアイナさまが、ケンタさま貴方さまを将来の伴侶にと選んだというわけです・・・っ♪ ―――」
じぃっ、っとミントはまるで、解っていますよねケンタさま、と言っているような表情で俺を見つめる。
「~~~っ、んっ、、」
咳払い。俺は仕切り直した。審神者、巫女姫というのは、つまり神の声が聴こえる、という人達のことで、、、いやこの五世界では女神フィーネの声か。そういえば、、、アイナは前に―――。
『なんかうん、そうそう。あのとき俺―――魁斗を殺すなんてそんなこと絶対にしたくなくて、そんなとき女神さまの声が聴こえたんだよな』
俺が女神フィーネの声が聴こえたってアイナに話したときだ。
『えっ!?ほっ本当ですかっ!!それはケンタっ』
ってアイナは俺に対してとても驚いていたっけ。
それからアイナは俺の問いに、
『アイナも聴こえてたんだろ?女神フィーネの声が。俺はもう聴こえないけど』
『は、はい・・・聴こえていました』
ってちょっと言いにくそうに言ってから、
『私の場合は、ケンタ貴方のそれと違っていまして・・・』
『ん?ひょっとしてアイナってふつうに女神様と話ができるとか?』
『・・・はい。実は―――・・・』
「―――っつ」
ついにアイナは観念したようにそれを認めたんだよ。ひょっとして、さっきミントが言ったように、それが秘密のことであって、、、俺は、俺が知らずに発した言葉はアイナを追い詰めたのかもしれない、、、っ。
そんな巫女姫のアイナと俺は婚約した、ということはつまり・・・?
「つまり?」
「ふふっ、くすくすっ―――♪」
またか。
「―――」
またミントはあやしく笑う。
「アイナさまは、、、私がある筋より聞いた話によりますと、アイナさまは、敷かれた鉄路に素直に乗るのをよしとせず、と言いますか、『決められた未来』に必死に抗っていたそうですよ、ケンタさま。例えば親が決めた、いえ皇帝が決めたアイナさまの一生―――それに抗いですね、、、」
アイナ―――、きみは・・・っ
「―――っ」
アイナが、か。初めて、、、俺達が初めて出会ったとき、俺が気づいたあの街で出会ったアイナは、、、
『剣士となった私は、祖父母によって決められるような政略的な伴侶よりも、自分の征く道で、真っ当な手段で私に完勝した善き者を伴侶にすると決めていました―――』
って。
いつもの修行の場、森へと続く道。『雷切』から始まった深い話を喋りながら歩いていた俺達。ぴたり、とそこで俺の脇を歩くミントはその足を止めた。
「ミント?」
ミントは、立ち止まり、、、
「―――私は、、、―――」
すっ、っとミントは視線を自身の足元に落とす。しかもその表情はどこか寂しそうで儚げだ。
「―――私もアイナさまのお気持ちが解るんです。私の真名はアネモネ、アネモネ=レギーナ・ディ・イルシオン。イルシオン五侯家の一つレギーナ侯爵家の跡取りでした。でも私は自由が欲しかった、だから私はそんなお堅い家を飛び出したのです」
ミント、、、。ミントにはそんな理由が、あったのか―――。
「ミント、、、」
ミントは落としていた視線を、顔を上げた。もうその顔に憂いはない。ないように俺には見えた。
「ふふっ、、、私は妹のイーリスに全てを押し付けましてね♪ きっと妹は私を恨んでいるに違いないんですっふふっくすくすっ♪」
「―――」
そうかな、ほんとに妹さんは、ミントをきみを恨んでいるのかな、なんてなにも知らない俺はそんな軽々しくその言葉を吐けない、吐けなかった。
ミントは再び歩みを進め、俺もそんな彼女に合わせる。
「ま、私の話はそこらへんに、ぽいっと置いときましょう♪ケンタさま。ぽいっとです♪」
努めて明るく、ミントはそう振る舞ったのかもしれない。
「・・・うん」
「ですが皮肉なことに、アイナさまは私とは違って宿命を背負った皇女だったとしか言えません」
皮肉なこと? 宿命?
「宿命を背負った皇女?アイナが?」
「はい、ケンタさま。アイナが好きになった、愛するケンタさま、貴方さまは『祝福の転移者』だったから♪」
「俺?」
ミントの言うことはいまいち分からないよな。俺が女神フィーネの声が聴こえる『祝福の転移者』だったから?どういうことだ?
「強い異能の力を持つ『転移者』。その中でもさらに偉大な力を持つ『祝福の転移者』」
「『祝福の転移者』―――俺が、、、」
俺は反芻する、、、。俺は『祝福の転移者』と、そうミントは言っている。この唯一無二の異能。『選眼』の能力。この能力―――、、、。
「はい、ケンタさま♪ 貴方さまは『祝福の転移者』でございますっ♪」
女神フィーネの声が聴こえた、、、だけで―――。否、女神フィーネ彼女の声が聴こえる存在が『祝福の転移者』だ・・・。俺がそうと言われても、そんな実感なんて全くない。
「っ」
女神フィーネの声が聴こえるという存在。―――つまり、俺だ。