第百八十五話 この秘密の特訓は明日も続きますが―――、・・・
「魔導具?」
氣導具なら聞いたことはある、もちろん夜話で。
「はい。魔導具でっす♪ そして、この小瓶の使用者、つまり私のアニムスがこの瓶の開閉の鍵となっています」
「氣導具と一緒かな?」
どうやら俺の答えで正解みたい、ミントがにこりと笑ったから。
第百八十五話 この秘密の特訓は明日も続きますが―――、・・・
「はい。ささっ、そんな些細なことは置いておいてマナ=アフィーナの果実が新鮮なうちに食べてくださいな、ケンタさま。早くしないと氣が抜けてしまいます、っ♪」
!!
「っつ」
そうだった。
・・・俺は左手の手の平の上にあるマナ=アフィーナを、右手の指を使って一つまみ。それを、だ、大丈夫だよな、初めて食うマナ=アフィーナ。
ミツツボアリの丸いおしり(お腹)の蜜、、、じゃないよ。なんでだろうハチミツは全然抵抗感がないのに、、、アリの蜜だと・・・そう感じるのは俺だけか? ふとそんなことを思ってしまった。
マナ=アフィーナは丸いけどミツツボアリじゃないってば。でも、初めて食べる珍しい料理みたいに、俺はおそるおそるそれマナ=アフィーナを口に運ぶ。
「・・・」
ぱくっ、っとマナ=アフィーナを一噛み。あっ、食感はベリーで、甘酸っぱくておいしい。マナ=アフィーナのジャムを食べたことはあるけれど、あんなに甘々じゃなくて、生の実はほんと甘酸っぱくておいしい。
「~♪」
もう一つまみ。俺は口に運んだ。
「ケンタさまっ、ミントを見てくださいな♪」
俺は彼女に言われたように、左手の手元から顔を上げてミントにこの視線を移した。
「どしたミント?」
「えい―――っ♪」
バッ、パンッ、っと突然ミントは―――、突然自身の右手を出す!! その右手には紺色のマナ=アフィーナが大盛りだ。
「ふごッ―――!!」
いきなりミントちゃん俺の口を手の平で叩いたよ、この子っ? おいこの子、マジで!?マジか!? なにいきなり人の唇を手の平で叩いてんの!?
ッツ、っ―――。おわっ!! とっと―――ッ!! 俺はたたらを踏むように後ろへ、、、―――!!
「ほれほれ、時間がないので早く食べて回復してくださいますか?ケンタさま、くすくすっ♪」
ぐりぐり、ぐりぐり。俺の口元を抑えるミントの手の平が捏ね繰り返される。
「~~~、~~~゛」
ふごっ、ぐはっ、ぐえぇ―――。ぐりぐりごろごろ、、、俺の口内に侵入してくる多量のマナ=アフィーナの実。
ちょっなんなのこの子っ、俺の口の中が甘酸っぱさに支配される。もぐもぐ―――、ごくんっ、と俺は多量のマナ=アフィーナを飲み込んでいく。
「―――ちょっ、ミント・・・!!待っ、、、げほっ、ごほっごほごほ―――っ!!」
うおっ、、、多量の果実だとすげー青い匂いが口の中に拡がるんですけど!!
ぐりぐり、ぐりぐり―――、
「ほらほらどうですかケンタさま?おいしいですよねっ、くすくすっ♪」
ぐりぐり―――・・・。ぱっ、、、―――っとミントの手が退く。
「お゛っ、おいしい?ってミント―――、ごほごほっ!!」
ぱっ、っと俺の口元から手を離したミントは一転真面目な顔になる。ミントはころころと表情が変わる人だ。
「ミントは失礼をしてしまいましたケンタさま。ところでケンタさま?お身体の調子はいかがでしょうか?」
口調が給仕調に戻ってる、うぉおおいっほんとに変わり身早いな、おい。
「―――」
でも、今更殊勝な態度をされてももうミントきみの性格はだいたい解ってるってば。ほらなっ。
「ふっふっふっふ、ケンタさま―――」
ドヤ顔のミントちゃんはその右人差し指を自分の口元で立てた。
策謀溢れているでしょ私?って言っているのかもしれないけれど、その右手はマナ=アフィーナの紺色と、ぐちゃって潰れた果実の一部も付いているし、紺色で右手も染まっているし、、、。だから全然かっこいい様になっていないよ?ミントちゃん。
「―――身体の奥底から漲るような氣の高まりを感じませんか?ケンタさま」
あっ、、、
「―――、、、っ」
そういえばさっきの、『大地の剱』で『小剱殲式』を放ち終えたときに覚えた途轍もない疲労感がきれいさっぱり消えている。
むしろ、砂刃の業を放つ前よりも心身の状態がいい、充実しているって言ってもいいのかもしれない。それほどまでに身体が軽くて、この身体の奥底から湧くように溢れてくる剱氣、俺のアニムス・・・っ!!
「これが魔法王国イルシオンの、私達魔法の民の秘伝の魔法植物マナ=アフィーナの力の神髄でございますよ、ケンタさまっ」
そうだ―――、
「これ、、、アイナにも」
このマナ=アフィーナを。たぶんアイナの異能がすごいことになると俺は思うんだ。
「あっ、それダメですケンタさま。この事はですね、ケンタさま。このミントの秘密の特訓は明日も続きますが―――」
明日も? ミントは明日もこの特訓を俺に?
「・・・」
まじか―――、この『大地の剱』を使った特訓を・・・!! 俺は『大地の剱』に視線を向けた。
「―――っ」
にやり―――、自分の口角が吊り上がるのが分かった。
「―――でもでもこの事はアスミナさまにもアイナさまにも、、、もちろんアターシャさまにも他言無用でございますよ、ケンタさまっ♪ くすくす・・・っ」
なんでだ? なんでアイナやアターシャに言ってはいけないんだ? 俺は顔を上げた。
「え?」
もちろん、俺の視線の先にはうすく笑うミントの顔がある。
「もしケンタさまが口を滑らすことがあったならぁ―――、見てくださいケンタさま」
パッ、っとミントはそのマナ=アフィーナの紺色の果汁に塗れた手を、その手の平を俺の目の前に広げた。
ミントのその手の平は紺色もしくは紫色の果汁でべとべとだ。でも、それがどうしたんだ?わざわざ俺に見せる必要はあるか?ミントの手が果汁で汚れていることは、もう知っていることなのに。
「・・・?」
「このミントぉ、ケンタさまに汚されたー、ってアスミナさまやアイナさま皆さまの前で大泣きしちゃうんで―――くすくすっ♪」
げッなにこの子・・・!? その余裕さえ浮かべたようなそんな笑みのミントちゃん。
「い゛ッツ!?」
『俺に汚された』?在らぬ事をでっち上げるのにもほどがあるんですけどッ!? それに先に口元を紫の果汁で汚されたのは俺のほうなのに? そんなにこの特訓を秘密にしたいのか!?ミントちゃんは。
「そこんとこよろしくお願いしますねっケンタさま・・・っ♪」
にこりっ、最後にミントは極上の笑みをこぼしたんだ。
///
「・・・」
この宮殿の裏口でミントと別れた俺は、自分に宛がわれた部屋に戻ってきていた。自室の寝台の端に腰掛けて俺は考えていた。
ミントの狙いはなんだ? どうして俺にこの、ちらり、と俺は『大地の剱』に視線をやる。『大地の剱』には鞘はない。だから、抜身のままこの部屋の机の上に寝かせておいた。
「―――」
さすがに抜身の剣を持ったまま、この宮殿内をうろつくのはまずいから適当な布、タオルか何かで包んでから明日持っていこう。
秘密の特訓、、、修行。うん、むしろアイナやアターシャに黙っていたほうが、なんかそっちのほうがかっこいいかもしれないな。
「っつ」
ぎゅっ、っと俺は拳を握り締めたんだ。俺はさらにもう一段階強くなってみせる・・・っ!!
そして次の日だ。俺は、ううんいや俺達はまた昨日のあの森に来ていた。ミントはなにやら白い給仕服に似合う、これまた白い手提げかばんを持っていた。そのかばんの大きさは旅行鞄よりは小さいものの、通学用の鞄よりは大きいものだ。
「ケンタさま」
「ん?」
もう『大地の剱』に意識がいっていた俺は、それから意識を離してミントに移した。
「ミントは今から着替えますんで、振り返らないでくださいねっ♪ケンタさま」
「着替えっ!?」
「―――」
えぇ、とミントははにかむように笑った。もうその笑みの裏は解っているから、特段意識はしないよ?俺。でも、たぶん、今のミントを誰が見ても、かわいい、と思うんじゃないかな。
くるりっ、っと俺はミントに背を向けてミントの『大地の剱』の正眼に構えた。う、後ろを意識するな、俺。
「、、、っ///」
すっ、さらっ、ぱさっ、しゅら、―――おいミントっ、///。ミントのやつワザと衣ずれの音を立てているんじゃないだろうな?俺の後ろで。
ミントの着がえは数分ほどだったと思う。
「くすくすっ、もう振り向いてもミントを見てもけっこうですよケンタさま」
ほんとだろうな?騙すのはなしだぞミント、っと俺はそう思いつつ、、、振り返った。
「―――っ!!」
給仕服姿ではない、当たり前かミントは着替えていたんだから。
「これが私達魔法の民の正装にございますっ」
「すげぇ、なんかまじでファンタジー」
ミントの今の格好を観れば、まず一番目につくのはその頭、頭に被った帽子だ。鍔が大きくてその円錐形の頭頂部が尖った三角帽だ。たぶんウィッチ帽って呼べばいいのかもしれない、俺は電話でゲームをしないからあまり詳しくはないけれど。
ミントの三角帽の色は深い黄土色。その三角帽と同じ色合いの服は、胸元をボタンと紐で止める様式の洋服だ。だからミントのその胸元は、黄土色か黄金色と言っていい色合いのタイ?紐で結ばれている。
べ、別に、ミントの胸元をじろじろと視ているわけじゃなくてだな、、、俺は。
「っ///」
その燻された黄金色のような色の服が下になり、その上には外套のようなマントを羽織っている。そのマントの色だけは、黄土色をしていなくて、鮮やかな紺色だ。
「―――」
それからその下、下衣だ。ミントが履いているのはズボンじゃなくてスカートだ。スカートは上衣と一緒になっているような、、、なのかな。普通に見ているだけじゃどうなっているのか分からない。だってその深い黄金色の服のさらにその下の服から繋がっているっぽく見えるから。スカートの長さは膝ほどの位置で、太腿までなにか白い、長い靴下のようなものを履いている。
「・・・」
なんて言うのかな、あれ?ニーソだったっけ?そのようなものをミントは履いている。またミントが履いている靴は、給仕用の白い靴じゃなくて茶色い革靴に見える。