第百八十四話 今日はこれをお食べになられて、もうおやすみくださいませ
すかすか、、、やっぱり腰に鞘が差さってないのは、まるで下着を着けていないようでなんかしっくりしないよな。
ないものは仕方ないか。
「―――」
チャ―――、俺は『大地の剱』を正眼に構えた。
第百八十四話 今日はこれをお食べになられて、もうおやすみくださいませ
やっぱり一番イメージしやすいのは、剱を揮ったときの斬道に沿った斬撃を飛ばすことだ。森の、俺の目の前には一本の木。、、、おっと!!ミントは、魔法の民は植物を大切にするって言ってたっけ。
だったら他に代わりのものはっ、きょろきょろと俺は周りを見て、おっ、ちょうどいいものを見つけた、岩だ。どこの森の中でも転がっていそうな、二、三メートルほどの岩だ。それを俺は見つけた。この岩を相手するのなら、ミントもなにも思わないし、言わないだろう。
俺は再度、『大地の剱』を構えたまま、岩に向き直る。この岩を敵だと思って―――、
「っつ」
だったらこの剱から竜の姿の土竜を斬撃として顕現させたり、鋩が尖った円錐形の岩柱の雨霰を飛ばすことができればいいのになぁ・・・―――なんて。
でも、やっぱり斬撃が一番しっくりとくる。俺がこの『大地の剱』から砂刃を飛ばすことができたなら―――、例えば金剛石や研磨材のような細かい堅い砂が固まったような刃の斬撃だ。
この目の前の岩に飛んでいく砂刃の斬撃のその形状は、三日月型をした砂の刃。薄氷のような薄い厚みで、俺が『大地の剱』を揮うことによって遠くまで砂刃の斬撃を飛来させ、そこのこの岩=敵を征す。
祖父ちゃんの夜話で、祖父ちゃんが第六感社のヘリコプターをその氣の斬撃で墜落させたように。俺だってそういうことができるはずだ。
これから第六感社と戦うことがあったとして、俺が『大地の剱』から飛ばした砂刃の斬撃で、まるで射たかのように敵機を撃ち落とすことができるはずだっ―――!!
俺がそれを想像するだけで、それが視得る。
「『大地の剱』」
ミントが精製し、鍛え上げた魔法剣―――、そこに渦巻く黄金色に輝くミントの魔力が、な!! 俺が氣を高めるだけで、しじまの状態にあった魔法剣『大地の剱』が振るえる。俺が『大地の剱』に自分の氣を籠めるだけで。
ミントの魔力と俺の氣―――二つのアニムスが『大地の剱』の魔導回路の中で混じり合い共振し、『大地の剱』がざわめき、打ち震える!!
目の前の岩なんかが日下 修孝や魁斗と同じなんて到底思えないけど―――、お前を倒せばいいんだろ・・・ッ!!俺の氣をたらふく喰わせてやるから、それを魔法の力に換えてくれ―――『大地の剱』ッ!!
その瞬間だ、魔法剣『大地の剱』の剣身から黄金色に輝く眩いほどの魔力の光が溢れ出し、煌めいたのはっ!!
「小剱殲式―――」
斬ッ―――、思い切り袈裟懸けに、上から下へと『大地の剱』を切り下ろす・・・ッツ。めいいっぱい『大地の剱』を切り下ろしたところで、俺は腰を捻って剣身を水平にやや身体を左に傾ける。
「―――二連刃ッ!!」
右脚を僅かに前に、柄を握る右手の甲が見える。疾ッ―――、そして、そのまま切り返す刃で『大地の剱』を切り揚げる―――!!
ドォンッ、ドォンッ―――っと。『大地の剱』より出でた眩い黄金色の魔力の輝きと共に三日月型の砂刃が目の前の岩を『X』に切り裂く―――!!
バタバタバタバタっ―――、この森の中から逃げるべく飛び立つ鳥達の慌ただしく羽ばたく音が聴こえた気がする・・・。
「っ・・・、、、く―――」
俺は、力を加減した覚えはない。全精神力、全力を出し切ったはずだ。だからかな、こんなにも身体に力が入らなくて、身体がだるくて重いのは。
「はぁ―――っ、はぁっ、はぁっ、はぁ―――っつ」
ざく―――っ、っと取りこぼした『大地の剱』は、森の中の地面に衝き立つ。それを支えに、俺は肩で息をする。
この草木の匂いの充満した森の中で、その地面で倒れてしまうほどの疲労ではない、、、ものの―――身体に力が入らなくて、重くて、疲れていて。まるでごっそりと体力と気力を持っていかれたみたいだ。
でも俺は倒れねぇからっ!! 倒れてしまうのはなんかダサいし、古風かもしれないけど、単なるやせ我慢かもしれないけど、、、全力で戦ってもいないのに力尽きてその場で寝てしまうのは、剱士にとって恥ずかしいことだとそう俺は思うんだ。
「くすくす・・・っ」
愉しいのかな?ミントは。剱を支えに俺がそちらへ視線をもっていくと、
「―――くすくすっ、ふふふっ♪」
「・・・」
ミントは俺を見ながら、くすくすっ、っと愉しそうな顔をして愉快そうに、満ち足りたように、そんな顔で笑っていたんだ。
「さすがはケンタさまっ、このような―――。ほら貴方さまが四つに切り裂いた岩を見てくださいな・・・っ」
くいっ、っとミントは顎でそれを指し示す。ほんとミントちゃんってば、給仕であることを忘れているのかもしれない。給仕、アスミナさんの侍女のような礼儀正しさを、今のミントから侍女感はすっかりと鳴りを潜めているように俺には思えるんだけど?
ま、いっか、と俺は、力なく視線をミントの言う岩、俺が小剱の業で切り裂いた岩だったものに視線を向けた。
「―――っ」
竹を割ったように岩が割け、その前に二つになった岩が転がっていた。転がった大小二つの岩は、俺が二斬目に切り上げたほうの斬撃でそうなったんだろう。大小の岩の塊がその前に落ちているんだ。
「さっケンタさま」
すたすた、とミントは疲労困憊の俺に近づく。
「っ」
ミントはその自身が着ている白い給仕服の中に右手を入れた。給仕服の内ポケットか? ミントはごそごそ、っと自身の給仕服の中をまさぐる。なにか出すのか?
ミントはお目当てのものを探り当てたようで、、、もそもそ、と給仕服の上から見える右手の動きが止まる。
「今日はこれをお食べになられて、もうおやすみくださいませケンタさま」
さっ、っとミントが給仕服の中から先ほどまでの右手を抜き出す。
なんだろう?ミントがその手に握っているのものは―――。
「この小瓶は?」
栄養ドリンクかエナジードリンク、または漢方の丸薬が入った瓶のように茶色い色をしたやや細長い小瓶だ。ガラス瓶か? その材質はガラスのように見えた。
「くすくすっ♪さて、なんでしょうケンタさま、ふふふっ」
ったくミントちゃん。
「っつ」
笑ってもったいぶって、さ。まぁすぐに判ることだろうから、別にいいけど。
「さ、手を出してください、ケンタさま」
「・・・」
す、っと俺はミントに言われるままにこの手を出した。『大地の剱』の柄に置いていない左手のほうだ。
俺が手を出したのを見止めたミントは、かるかる、っと小瓶の蓋を回して開けた。その下にあるのはコルク栓のような中栓だ。それを、ぽんっ、っという小気味のいい音を立てて抜き取り、、、。
「・・・」
うわっ、まだその下に蓋があるよ? やけに厳重に封がしてあるよな、この小瓶。
にこにこっ、っとミントちゃん。
「~~~っ♪」
ミントは楽しそうにこの下の蓋を、キュッキュッキュッ、ぽんっ、っと、中栓のさらに下にあった蓋を捩じりながら、最後は引き抜くようにして茶色い小瓶を開封。
やっと空いた茶色い小瓶を、俺の左手の手の平の上で傾ける。ちょんちょんちょんっ、っとまるでラーメンに胡椒を掛けるような仕草で、茶色いガラス瓶のような小瓶を俺の手の平の上で小さく振った。
茶色い小瓶の口から、ころころころっ、っと俺の手の平に転がる紫色をした、、、小さい丸い果物? それが五つほど。その大きさは小さなブドウほどの大きさだ。一、二センチくらいかな。
その果物はまるでブルーベリーのような、、、その紫色の表面はつるっとしている。ううん紫色よりももうちょっと青味が強い色に見える。なんだろ、紺色?って言えばいいのかもしれない。
「ベリー?」
くんくんくん、、、それに、なにこの甘い匂い。カカオのような甘い匂いとも違うし、キンモクセイの、道で歩いていたらすぐにそれだと判るあの甘い匂いとも違う種類の甘さの匂いだ。もちろんブドウともリンゴとも違う匂いだ。
でもこの匂いどこかで嗅いだことのある匂いだ。―――どこで、だったかな?
「マナ=アフィーナの新鮮な果実ですよ、ケンタさま・・・っ♪」
「マナ=アフィーナ!?」
そっかあのときのジャムの匂いだ!! そしてこれが!!このブルーベリーみたいな実がマナ=アフィーナ!? もちろん俺は実物を初めて見るぜ!!マナ=アフィーナを。
「はい、『新鮮な』」
わざわざミントは『新鮮な』というところを強調して言ったような気がする。確かマナ=アフィーナは採り立ての新鮮な果実だと『氣』を多く含んでいるんだっけ?アターシャが前に言ってた。
でも小瓶に入っているよな、このマナ=アフィーナ。
「、、、」
新鮮?どこが?
「ケンタさま困惑って感じの顔ですねっ?」
「あ、うん、まぁそうかな。小瓶に入っていたし」
ミントは右手に持った小瓶を親指と人差し指で挟むように縦に持つ。
「くすくすっ、ケンタさまこの小瓶は魔力、氣を封じる細工がされているんですよっ♪つまり魔導具ってやつですね・・・っ」
「魔導具?」
氣導具なら聞いたことはある、もちろん夜話で。
「はい。魔導具でっす♪ そして、この小瓶の使用者、つまり私のアニムスがこの瓶の開閉の鍵となっています」
「氣導具と一緒かな?」
どうやら俺の答えで正解みたい、ミントがにこりと笑ったから。