第百七十九話 くすくすっ、―――彼女はその口元を擡げて笑う
「風の花には触ってはダメです、ケンタさま」
ミントの真剣な声。
「!! ―――」
ぴたっ、と俺は赤い花に伸ばしかけた手を止めた。どうして?とばかりに俺はしゃがんだままミントを見上げる。
「その花には毒があるのですケンタさま」
毒!?
「っつ」
よかったぁ、ミントが言ってくれなかったら、俺絶対に風の花に触っていたわ―――。
第百七十九話 くすくすっ、―――彼女はその口元を擡げて笑う
「指で風の花を撫でる程度ではどうということありませんが、素手で強く触ったり、千切ったりしてその汁が手に付着くとかぶれるんです、ケンタさま」
赤白紫青ピンク―――
「そう、なんだ。こんな綺麗な花なのに、、、」
、、、毒があるなんて。毒のある草木はウルシや毒キノコなんていう割と地味な植物ばかりだと思ってたよ、俺。
「・・・」
せっかくアイナに似合う綺麗で鮮やかな赤い花だと思ったのに、、、。
「ほらケンタさまっ、綺麗なバラにも棘があると言いますし、血止め草など私達人間を助けてくれる薬草だったり、はらぺこお腹を満たしてくれる甘い果物、他にもえーっとあれですよケンタさまっ。爽やかな匂いでいやぁな虫をやっつけてくれる植物は偉大です。植物さまさまですケンタさま♪」
ミントってば、俺が気落ちしたと思ったのかな? ミントは明るく朗らかに俺を励まそうとしてくれてるみたいだ、俺はそう思った。
「あ、うんそうだね、ミント」
俺はその場に立ち上がった。
「ケンタさま、こちらへ」
くるりっ、っとミントは踵を返す。その給仕服のスカートの裾がふわりときれいに舞った。
「ミント?」
ミントはいったいどこへ? どこに俺を連れていくんだろう。
「はい。もうすぐ魔法剣をケンタさまにお見せします・・・っ♪」
っ!!
「分かった」
俺はミントのその言葉に誘われて、彼女についていく。
「「―――、―――、・・・」」
ミントと適当なとりとめがない話をしながら俺は、俺達は先ほどミントが風の花の花畑に行くために左に折れたところまで戻ってきた。
「こちらですケンタさま」
「うん」
ミントはその裏庭の石畳の道を今度は、アイナの館を背にして真っ直ぐ奥へと、森のほうへと向かう。やがて、石畳の道は土の山道のようになり、庭との境界を超えるように森の中へ。ミントとの話の話題を尽きかけて俺達の間に沈黙が混じるようになってきた。
ルストレア宮殿の裏手に広がる森だ。日の光が適度に差し込んで怖いような感覚は覚えない明るい森だけど―――、
「―――、、、」
大丈夫か、ほんとに。こんな若い女の子が、手入れされているとはいえ、、、こんな濃い木の、草の匂いの漂う森へと入っていって。ミントは普段から一人でこんな人っ子一人いないような森に行っているんじゃないだろうな?
周りの木々を見るかぎり、スギやヒノキといった針葉樹ではない。葉っぱの大きな広葉樹の森だ。
「~~~っ」
この森、、、おとぎ話に出て来るような山賊や魔獣なんて出ないだろうな・・・!? ま、それはないか、アイナが管理している森だろうし。
ミントのあとについて森の中の小径を進むこと、俺の体感ではちょっと距離のある十五分くらいかな?
「ケンタさま」
ぴたっ、っとミントはその足を止め、俺はミントに声を掛けられた。
「おっと・・・!!」
ミントの後ろ姿を見ていなかったら俺は足を止めたミントにつんのめり彼女の背中にぶつかっていたかもしれない。
ミントは前を向いたままだ、その彼女の白い給仕服の後ろ姿だけが見えている。
「・・・・・・―――」
こんなところで、、、。周りを見渡せばいっぱい木々が生えていて、それから緑の下草、あの植物はなんていうんだろう丸い形をした緑の葉っぱがいくつもあって、その草がところどころ群生している。また、違う地面に視線を持っていけば―――、あっあの薄紫色あれは判るたぶんパンジー、、、スミレかなそれが森の中でところどころ固まって生えている。
そんな森はチチチチ、ピーピー、ギャーギャー、、、なんて鳥の声も聴こえてくる。それと石畳の道は森の手前でとっくに終わっていて今足が着いている地面は茶色い土の地面だ。
「ケンタさまえぇ、解っていますわ―――、くすくすっ」
「っつ」
ミント? 今のはミントの笑いか? なんか今のミントの笑いはさっきまでのころころとしたかわいらしい笑いじゃなくて、、、もっとこう―――艶やかな・・・俺が妖しいとさえ思ってしまうような艶めかしい笑い声だったんだ。
「そこでお待ちになってくださいましね、ケンタさま」
「っ―――、わかった・・・」
俺の言葉を聞いてミントは一歩、二歩、三歩、数歩、、、と。ミントは前へと足を出す。俺と数メートルの距離を置き、くるり―――っ、っとミントは振り返る。
「やはり森の中はいいですねケンタさま。私の中に魔力が漲るのを感じます―――・・・っ」
にぃっ、っとミントはその口元を三日月のように擡げて妖艶な笑みを浮かべる。
「そう、なんだミントは・・・」
「えぇ、ケンタさま。レギーナ家生まれの私は『地属性』。このようなところへ来れば、自身の魔力の高まりを感じ嬉しくなるんですっ・・・♪」
擬音があれば『きゅぴーん』だな。ミント彼女はそんなふうに楽しそうに破顔一笑。もうさっきまでの妖しい雰囲気はミントからは感じない。
そして、ごそごそ―――、
ミントのやつなにを―――っつ。
「っつ」
ミントはその右手で自身の給仕服の胸の下、腹部を止める帯を緩める。まさかここで給仕服を脱いで着替えるとか?でもミントは替えの服を持っていない、よな?
「ふぅ・・・」
ミントは軽く息を吐き、緩めた給仕服の中へと、その下に着ている服との間に右手を入れ―――、ごそごそっ、っと。でも、すぐにその右手の動きは止まった。なにかを出すのか?
ミントの下着ではなく―――、ミントが何を取り出したのかすぐ分かった。
「本?」
すっ、っと―――。ミントがその白い給仕服の中から静かに取り出したものは一冊の本だった。見た感じソフトな本じゃなくて、どちらかと言えばハードカバーな一冊の書物のような本に見える。
本の外装は渋い茶色。なにやら紋章の意匠が刻まれていて、表紙にはイニーフィネの文字のような俺が見ても読めない文字が書かれている。
「その本は?ミント」
よく使い込んでいるみたいだ、新しい本って言われても、ちょっと新品には見えない。
「はい。へっへっへ、魔法の民にはなくてはならねぇ魔導書になりますぜケンタさま。くすくすっ・・・♪」
にこにこっ、くすくすっ、っとミントは芝居がかったような冗談めいた口調で話す。悪役でも演じたいのかも、ミントは。
「へぇ、イルシオンの魔導書か、、、初めて見るよ俺は」
初めて見る。俺が初めて見る―――。視る―――じぃっ、っと俺はミントの持つ彼女がその右手で持つ表紙が渋い茶色の魔導書を凝視した。
「―――」
視得る、視得た。あのミントの魔導書は氣のような力に満ち溢れている。もしミントのマナ・・・もしくは氣。それを可視化するとすれば表現できる彼女のアニムスの色は黄土色だろうか、そんな綺麗な黄金色ともいえるアニムスの輝きを放つミントの魔導書。その氣、、、いやイルシオンの人々はマナっていうんだったな、ミントの魔導書から感じるマナは力強く、でも時おり金色の光が柔らかくなってややその光が減じまた増えを繰り返す、、、。末期の恒星のごとく変光星のような、、、どこか儚く思えるような―――ミントはそんなマナの持ち主に俺は思えた。
「ケンタさまは初めて魔法の民が持つ魔導書を見られるのですね。ミントがケンタさまの初めてをいただきました・・・っ♪」
「―――っ。うん、それに関してはそうなるな。―――」
ミントと話しつつ俺は、、、―――。―――。でも、どうしても較べてしまうアイナの氣とミントの氣を。アイナの氣はしっかりと強く安定し、もし光に置き換えてみれば、どこまでも届き、遍く照らす浩々とした輝きだ。でも、街灯の白光LEDのようなギラギラとした眩しい感じはアイナの氣にはない。そうアイナの氣は日の光のようによく透き通り、そして暖かい。
ちなみアターシャ本人にもアイナにも言ったことはないけれど、アターシャは。アターシャのアニムスはアターシャの雰囲気と同じく氣も冷静を装っているだけだ。彼女アターシャから漏れ出る彼女の氣は激しく鋭く熱い、、、まるで燃ゆる烈火のような緋色をしている。アターシャきみが『氣』を隠していても、俺のこの『選眼』から逃れられないぜ、―――なぁんてな。
、っ、。心の中で咳払い。ま、今はアイナとアターシャのことは置いておいてだな。俺はふたたび意識をミントに向けた。
「さて、ケンタさま始めましょう・・・っ♪」
始める?なにを。
「始めるって?なにを、ミント」
むぅっ、っとミントは―――、
「もうっケンタさま忘れたんですかぁ―――」
ちょっとかわいい、やや不満げに頬を膨らませるミントが。
「っ―――///」
いやいやいや俺にはアイナがいるんだから、かわいく思うこそすれミントには靡かないし、乗り換えるつもりはないぞ。
すぅ、っとミントは左の人差し指を自身の口元に持っていく。人差し指を自分の口元に立てる、『静かに』の『しぃ』の仕草に近い。
ミントの笑みの種類が、ころころとしたかわいい笑みのものから違う種類の『にぃっ』っとした笑みに変わる。
「―――たのしいたのしいアレですよ、ケンタさま―――くすくすっ」
あれって、やけにもったいぶるじゃないか、ミントのやつ。ミントはくすくすっ、っといやらしい笑みを浮かべたんだ。