第百七十六話 私は魔法の民にございます
「あの、外出されるのですか?ケンタさま」
っ!!
「っ!!」
後ろから声がかかったんだ。その声色は若い女性のものだ。俺の名前を呼んだってことは、俺の名前を知っているっていうことだ。
ゆっくりと俺は声がしたほうを振り返った。
「―――」
振り返って観てみれば、給仕服に身を包んだ女の子が一人立っていたんだ。
第百七十六話 私は魔法の民にございます
その服はアターシャが着ているような給仕服だ。でも俺を呼び止めたこの女の子の給仕服は真っ白で、デザインはちょっとシンプルな感じかな?
この子の髪は、アターシャの長い赤髪と違って、後ろでしっかりと結われている。
「え、えっときみは・・・?」
「こんにちは、ケンタさま―――」
すっ、っと俺の問いにこの女の子はよどみなくきれいに腰を折る。そして、また、すっ、っと顔を上げる。
「ケンタさま、私は使用人のミントという者でございます・・・っ。名前からお察しのとおり私はイルシオンの魔法の民にございます」
「・・・」
いや名前から察せって言われても、分かんねぇよ俺。でも魔法民イルシオンか。魔法観てみたいな―――。あ、そういえば、あの『屍術師ロベリア』の屍兵の魔法も同じ魔法か・・・、屍術っていう、、、。
「実は私ケンタさまと会うのはこれが二度目なのですが、、、」
憶えてませんよね、と彼女ミントは儚い笑みをこぼした。
「―――」
俺は何も言えなかった。だって実際に俺はこのミントっていう女の子を覚えてないから。ミントが言うには、以前俺がアイナ達とアンモナイトやベレムナイトを食べたときに、アスミナさんについてきた給仕係の中に自分もいたらしい。
俺は、初めて食べるこの異世界の料理に興味津々で、あのときアスミナさんの侍女達には全然気が回らなかった。
ま、軽く俺達はそんな雑談を交わしたあとだ。俺の印象ではミントちゃんは人当たりが良くてよくしゃべり、話しかけやすく、ころころと笑うような、かわいい笑みがよく似合う女の子、そんな印象を受けた。
くんくんっ、となんて俺は鼻をそうさせているわけじゃないよ?普通にしているだけでなんかなんとなくほのかないい匂いが。
「・・・///」
たぶんこの目の前にいるミントちゃんから漂う爽やかな、、、香水かな?そんな爽やかないい匂いがミントからしている。
「えっと外出されるのですねケンタさま。んー、そうですね、基本ケンタさまはご自由にしていただいてけっこうなんですが、ただ・・・」
ミントちゃんはちょっと言いよどみつつ、だ。ミントちゃんの齢の頃はどれくらいかな?俺よりも年下に見える気がするけど、実際はどうなんだろ。学校は?って感じだもん。この給仕服を着た様子は学校に通っているようには見えないし。
「ただ夕食どき、、、そうですね日が落ちる頃には屋敷に戻ってきてくださいね♪」
「うん、分かったよ、えっと・・・ミントさん?でいいのかな」
「もうっ、ふふっ、ケンタさま。私のことをミントさんなんて私はアスミナさまの使用人でございますよ? つまりアイナさまと結ばれるケンタさまにとってもそうなります」
アイナと結ばれるって、、、なんか未だに恥ずかしいよな。
「っ///」
「私のことはミント、でよろしいですよ、ふふっ」
なんかアイナ以外で呼び捨てにする女の子。『ミントって呼んでください』って本人に言われても、本当に言うのは、呼びかけるのはなんか気恥ずかしいな。
「わ、分かったよ、ミント」
「はい・・・っケンタさま。ところでケンタさま」
「ん?」
「あの、私ミントはケンタさまに訊きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
この子、自分のことをミントって名前で言ったよ、なんかかわいいな。
「いいよ、なんなりと―――」
行ってごらん、っとそこだけ俺は声なき声で呟いた。
「あの、ミント、、、いえ私は―――」
あ、ミントってば言い直したよ。
「っつ」
「私は、アイナさまの御婚約者のケンタさまは日之国にいると聞いていたのですが、、、その、なぜケンタさまはこのお屋敷にいらっしゃるのですか?」
「そういうことか」
「はい、ケンタさま。もう、先ほどケンタさまをここでお見かけしたときは本当に、それはもうびっくりしました、私・・・っ」
ころころと表情を変え、その口調にも感情を乗せながらミントは、、、別にアターシャが無表情とか、事務的だ―――とかは言わないよ?
「ははは・・・。実は―――」
―――って俺は口を開く。武者修行をしにイニーフィネに戻ってきたことや、天雷山、そこにあるという霊刀『雷切』を取りに行くという件を、このミントに話してあげたんだ。
「へぇ・・・『雷基理』ですかぁ。だから、アイナさまは皇都へと参られたのに、アイナさまの御婚約者のケンタさまはご一緒ではなかったのですねぇ・・・」
ミントは感心したように目をくりっと大きくさせながら、しみじみと呟くように言葉をこぼした。
「・・・・・・」
そういえば―――、と俺はミントを見詰めながら祖父ちゃんの言葉を思い出していた。その祖父ちゃんの言葉は夜話でのことだ。
「なぁミント―――」
俺は口を開いてミントに呼びかけた。
「はい、ケンタさま・・・?」
ミントはやや戸惑うように、そしてその彼女の今の表情から、『私になんだろう』って思っていることが、俺が普通に見ただけで彼女の気持ちが解った。
「ミントはイルシオンの人だったっけ」
「はいケンタさま。私の出身はレギーナ侯領になります」
レギーナ候領って言われても、、、
「レギーナ候領・・・」
転移者の俺にはいまいち土地勘がないから、そこがどこだか、どこにあるのかも検討がつかねぇ・・・。
ほら、あれだ友人とでもいい、そいつの会話の中で自分が住んでいる地域以外の他府県もしくは世界の国の地名を出されて、その場所がどこにあるのか分からないってやつと同じだ。っつ―――!! そっか俺には電話がある。電話でレギーナ候領がどこにあるのか調べればいいんだ。
「ケンタさま―――」
電話で調べようと俺は。俺が道着の衣嚢に手を入れて電話を取り出そうとしたときだ。
「っつ」
ミントがそのタイミングで口を開いたんだ。
「えっと、私の出身魔法王国イルシオンは五つの侯国領に別れていまして、魔法王国イルシオンは王領を含めて六つの領邦から成っているんです・・・っ♪」
にこにこっ、っとミントは楽しそうだ。故郷の話は盛り上がるって聞いたことがある、やっぱりミントもそうなのかな?
「へぇ・・・」
「王領を真ん中に五等分と言ったらいいのでしょうかぁ・・・、東に日之国と接するデスピナ候領、その反対西のイニーフィネ皇国に接するレギーナ候領がありましてぇ―――」
「うん」
ミントはちょっと苦笑いで、
「えへへ、ここからちょっとややこしいのですが・・・、東のデスピナ候領西のレギーナ候領その二つに挟まれる感じに、―――あの、時計回りでお考えくださいませ、ケンタさま」
時計回り?
「あ、うん」
時計回り?じゃあ時計の円盤どおりだと、、、東のデスピナが三時ぐらい?西のレギーナは九時ぐらいの位置関係か?
「そして、レギーナ候領の横がクイーナ候領です。そのクイーナ候領の横がタワンナ候領になります」
時計の円盤を思い浮かべながら、、、俺は。
「―――」
なるほど、時計の時間配置のように、、、真ん中を王領にしてそれを取り囲むように、だっけ。西の九時から時計回りにレギーナ候領、十時に向かってクイーナ候領、昼過ぎあたりの位置にタワンナ候領、それからえっと、東の三時くらいにデスピナ候領・・・か?
「最後になりますが、ケンタさま。真南の、デスピナ候領とレギーナ候領に挟まれるようにシャーナ候領がありますよ、ケンタさま」
「シャーナ候領・・・」
あれ?どこかで、、、聞いたことがあったような、、、。あっ思い出した。あのときの食事だっ。あのときアターシャが俺に説明をしてくれたっけ。
『ケンタ様がご所望のコンフィテューラは魔法王国イルシオンのシャーナ候領より取り寄せた『マナ=アフィーナ』という果実のコンフィテューラにございます』
って。そうか。あれだよコンフィテューラの、マナ=アフィーナの産地だ。
「ケンタさま?」
「っ」
ミントの呼びかけにふと俺は顔を上げた。ミントは興味深そうに俺を見ていたけれど、
「あぁいやなんでもないよ」
本当のなんでもないようなことだから俺はそう答えた。
「あっそう言えばケンタさま」
ん?なんだろうミント。
「ミント?」
「ケンタさま。先ほどケンタさまは、私になにかを訊こうとされてませんでしたか?なんの話だったんですか?」
あっ、そうそう。ミントのその言葉で思い出した。
「あ、ごめん忘れてた。ありがとうミント」
定連さんじゃないけれど、俺は軽く頭の後ろを指先で掻く。
「ふふっケンタさまてばっ忘れてたんですかぁ?」
ミントは人なつっこくかわいく微笑む。アイナやアターシャが笑ったり、微笑んだときとはまた違う種類の笑顔かも。
そうそう、それは置いておいて。えっとそう祖父ちゃんが夜話の中で話していたことだ。
「なぁ、ミント」
「はい、ケンタさま」
「ミントは『魔法剣』って知ってる?」
魔法剣って言うからには魔法つまり魔法王国イルシオンと何かしらの関係があるのかもしれない―――ってずっとそう思っていたんだ、祖父ちゃんの夜話を聞いてからさ。
すぅっ、っと。
「え?ケンタさま―――」
「・・・っ」
あれ?ミントの顔から楽しそうな雰囲気が、すぅっ、っと消えたぞ? 訊いちゃいけないことだったのか?魔法剣って。
///
つらつらつら・・・。
ミントの、
「くくっ―――土石魔法か」
っと、俺は思わず笑みを浮かべた。ミントのおかげで俺はさらに一段強くなれた、と信じている。ありがとうミント―――。
『イニーフィネファンタジア-剱聖記-「天雷山編-第十六ノ巻」』―――完。