第百七十三話 寝る前に、これからの立ち話
俺はアイナに言うのではなく、アターシャに言うのでもなく―――、はたまたアイナに訊いたのか、アターシャに訊いたのか。
でも、二人は聴こえようによっては自分に訊かれたとお互いに思ったのかもしれない。
「ふふっ」
ふふっ、っと突然に笑みを声にして出したのはアイナだ。てっきり俺はこのまま二人が自室に戻っていくものかと、そう思っていた。
第百七十三話 寝る前に、これからの立ち話
「アイナ様?」
アイナは嬉しそうに―――、
「従姉さん」
―――アイナはやや困惑顔のアターシャを一度見て、アイナは一歩前に進み、アターシャと同じ立ち位置に並んだ。
アイナはなにがそんなに楽しいんだろう?そんなに嬉しそうに上機嫌な顔をして。
「??」
たぶん今の俺の気持ちとアターシャの気持ちは一緒だ。
「やはりいいものですね。従姉さん、ケンタ―――ふふっ」
アイナは気持ちよく笑った。その笑顔にも裏はないように視得る。いわゆるそのあれだ、『褒め殺し』とか、心中と反転した『黒い笑み』もしくは『暗い笑み』―――そんな笑みはアイナの表情から微塵も感じない。ほんとにアイナが嬉しい楽しいと思っている『正の笑み』ということが俺には判ったんだよ。
でも、なにに対してアイナは嬉しいんだ?
判る?アターシャ。なんて、
「「―――?」」
俺とアターシャは『珍しく視線を合わせた』。アターシャと視線を合わせることなんてしょっちゅうのことだ、でも今の場合は違う。今の俺とアターシャのそれは意思を通わせた目混ぜだ。
そう今の俺とアターシャの目混ぜは、お互いに『アイナはどういうこと?』の意思確認だ。
「そろそろ頃合いかもしれませんね」
アイナが言う。
頃合い?どういうことだ、アイナのやつ。
「??」
でも、アイナの従者であるアターシャは、普通に、直だ。俺が見ていて解ったのは、アターシャは気持ちを隠すために言葉を濁すようなことはあんまりしない性格だ。だから、従妹のアイナに普通に訊けるんだ。アターシャはその赤い髪をさわっ、っと揺らしアイナへと振り向く。
「アイナ様、頃合いというのはどういった意味なのでしょう?」
「先ほど、ケンタの問いに私と従姉さんは自然体でしたね。それでいて私と従姉さんの、波長といいますか、まるでお互いの心が分かり合えたかのようなそのような錯覚を私は覚えました」
アターシャは軽く、ほんの軽く首を傾げる。
「はぁ?アイナ様」
アイナの言葉にアターシャは困惑気味だ。
「かつてケンタ貴方と出会い、そして、知り合い。貴方と従姉さんと私の三人で共に造り上げる未来を私が―――」
今度は俺?アイナの視線はアターシャからすでに俺を向いている。
「―――?」
「私がそれを想い描いたとき、、、。もう一人知己の者がいるのです」
「っつ」
アターシャの目が一瞬、見開いた。
「?」
アターシャは驚いた?室内灯の柔らかい加減の光でもアターシャの表情の変化が分かったんだ。
「ケンタ」
「うん?」
「貴方は強い者達と手合せがしたいと言っていましたよね?私に」
アイナの雰囲気が少し違うと思うのは俺だけだろうか? それとも数日前にアイナが俺に語った彼女自身の真の異能の能力が少しだけ、ほんの少しだけ今のアイナから漏れて、滲み出しているのかもしれない。
でも俺のほうは態度を変えずに、さ。
「おう、アイナ」
「ちょうどいい頃合いかと私は思いまして、レンカの他に、私はその知己の者もケンタ貴方に紹介したいと思います。楽しみにしておいてくださいね、ケンタ」
「うん、分かった。お願いするよ、アイナ」
彼女は極上の笑みを零す。
「はい・・・っ」
まるで自分の家族の誰かか、親友が、自身の恋人か別の親友が受け入れてくれたときの嬉しさのような、そんな気分を今のアイナは味わっているのかもしれないな。
「で、そのアイナの知り合いって強いのか? あ、ほらもし手合せになったら対策は大事かなって」
「ふむ。・・・そうですねケンタ。あの子には常々私から、研鑽を怠らないように、とは言っておりますので、ふふっ―――」
アイナはふふっと苦笑い。
「―――あの子は実直な性格でして、従兄のレンカと同程度か、もしくは純粋な戦闘力と言いますか突破力だけで見れば、あの子は既にレンカを越えているかもしれませんね」
「っ」
アイナが言うそいつは強いのか。
俺は―――。レンカお兄さんの他に、そいつとも俺は手合せができる―――っ。
「剱士の眼になりましたね、ケンタ」
「―――、そう、かな。うん」
アイナのその言葉に、内心自覚はあった。
「あの子の突破力は確かに高いですが、『戦闘力』だけではレンカにはまだまだ敵わないでしょう。レンカとあの子が本気でぶつかれば、あの子はおそらく初手で敗れるか、大打撃を受けることでしょう」
「アイナ様、私の兄を買いかぶりすぎです」
「いえ、従姉さん。『総合力』ではレンカのほうがまだまだ上だと思います。きっとレンカが本気を出せば、あの『先見のクロノス』や『炎騎士グランディフェル』ですら難い。さすがは従姉さん貴女がたの兄です」
「っ///」
アターシャはわずかに、むずがゆそうに、はにかんだ。
クロノスやグランディフェルと同等か、それ以上の強さなのか―――レンカお兄さんは。
「っ」
アイナが『総合力』って言ったのは、たぶんレンカお兄さんの異能の力や戦術を含めての意味かな? アターシャの話を聞いている限り、レンカお兄さんは中々に個性的な性格の人みたいだし。そんな強者のレンカと俺は手を合わすことができるんだぜっ、わくわくっ。
「へぇ・・・」
「どちらにせよ私は、―――ノゾエという方が言った『雷基理』を手に入れるためならば、こちらの戦力を―――、」
最後に別れ際に、もう一度野添さんが深々と頭を下げて言った日下 修孝の件の、そのお礼のことだ。あの場にアイナも居たから当然アイナも知っている。
「・・・『雷切』か―――」
ぽつり、と俺は口からその霊刀の銘をこぼした。
俺の呟きを聞いてアイナは自身を見るようにその視線を落とし、次にアターシャ、それから再び俺にその視線を合わせ、その藍玉のような眼の視線を俺に向けた。
「―――はい、ケンタ。私はこちらのこの三人の戦力で天雷山脈に挑むのは少々不安感を覚えます。えぇ、もう何人か、、、天雷山へ挑む人員を増やしたほうがいいかと思います」
やっぱアイナも来るんだな、俺と一緒に。
「・・・そっか、そんなにヤバい山なんだな」
「はい、そう聞いたことがあります、天雷山は・・・」
「アイナ様」
アターシャは挙手。わざわざアターシャが手を挙げて言いたいことってなんだろう?
「えぇ、アターシャ」
「そのケンタさまの天雷山の『雷基理』ですが、アイナ様。旅の一行の人選に兄を、選定には兄を―――」
「・・・」
アターシャってば、自分の兄貴のレンカを推薦したいのかな? なんだかんだ言って兄が好きなんだな、アターシャは。
「―――兄を戦力に加えないほうがよろしいかと存じ上げます」
「あれ?」
てっきりアターシャはお兄さんのレンカをパーティーに加えたいって言うと思っていたのに、俺は。
どうして?とばかりにアイナがアターシャを見る。
「従姉さん?」
「いえ、兄は、、、その、単純に人たらし?ですから、ケンタさまが兄に夢中になってしまわれてはアイナ様も私も困ります。それに私の兄の活躍?はケンタさまの武勇伝にとって不要なものかと存じます」
「~~~」
ふ~む、っとアイナは思案顔で腕を組む。
「いやいやいや、俺はレンカお兄さんには夢中にならないよっ!?」
レンカの強さがすごすぎて、レンカに手合せをお願いするのに夢中にはなるかもしれないけどな。
「そうですねアターシャ、解りました。ではやはり私の、私達の知己のあの子ですね」
「御意。ありがとうございますアイナ様、―――ほっ」
「・・・」
そのアターシャの『ほっ』っという胸をなで下ろしときの、安堵の声―――分かりすぎ。
「楽しみにしておいてくださいね、ケンタ。近々、その者をケンタ貴方に紹介すると約束します」
「うん、お願い」
「はい・・・っ。では、おやすみなさいケンタ。またあした」
「それでは、ケンタさまおやすみなさいませ」
「おう、二人ともおやすみ」
そうして、アイナは俺に柔らかい笑みを浮かべて、アターシャのほうは一礼をして踵を返したんだ。
///
アイナとアターシャにおやすみの別れを告げて、しばし俺は自分の寝台の上で
「―――・・・」
もそもそ・・・、ごそごそ―――と身体を動かしていた。
今の時間は夜の一時前だ。イニーフィネの時間な。日之国との時差を考えると、俺は全然眠くないぜ。
全然眠くならない・・・。
「ふぅ・・・」
仕方ない。俺は寝台から身体を起こして、行燈を手に取り招き寄せた。あの例のアニムスと電気の行燈な。
「・・・」
光量を少し落として、部屋が薄暗くしてっと・・・。あんまり普段通りに光を強くするとほんとに眠れなくなりそうだから。
上半身を起こした状態で左手を後ろの枕元に伸ばした。
「っ」
手に馴染む長方形の物体、それは俺の電話だ。左肩を寝床に当てて身体を九十度転がして横になり、枕に電話を置いた。
電話を弄りながら見る体勢になった俺は。俺がこの前、寝落ちした―――
「えっと『灰の子アッシュの都市伝説集』だったかな」
それと同じ文言を検索画面に打ち込み、、、灰の子―――と書き込んだだけで、検索画面に予測変換でそれが出た。
「・・・」
指でちょんっ、っと。
くるくるくる・・・。
「・・・・・・」
そろそろかな? 検索の待機時間―――。
「・・・あれ?」
祖父ちゃんの庵がある日之国からこっちにやってきて自動で切り替わったイニーフィネの表示時間。それが一分進む。
「―――う~ん」
時間が一分経過、ちょっとサイトに、とぶのが遅くないか?
検索画面は真っ白になり、三分経った。相変わらず待機を表す表示がくるくる、と回っている。