第百七十話 彼女の告白
「ケンタ。私―――実は、、、・・・」
ん?
「どした、アイナ?」
ちょっと変だ、アイナのその様子が。
「その・・・私―――、秘密を、、、。隠さなければ、ならないことを・・・もう貴方に黙っていることが、後ろめたくて、もう心苦しくて、、、」
まるで蚊の鳴くような小さな声でアイナは。
第百七十話 彼女の告白
「?」
でも、そのアイナの言葉は尻すぼみになっていって俺には聴こえなかったんだ。ただ、そのアイナの表情はとても真剣なもので、ただのおふざけのようなものや演技には俺は見えなくて。
「聞いてくださいケンタ。実は、、、その、・・・私は空間を跳躍して様々な場所へと移動をしていますが―――」
アイナはまるで言葉を選ぶように、慎重な口調で、
「―――実は私の真の異能は、『空間跳躍』では・・・ないのです」
違う!?『空間跳躍』じゃない?
「えっ・・・!?」
現に俺はアイナにくっついてイニーフィネのアイナの自宮からここ、日之国にある祖父ちゃんの庵に来たぞ?それは間違いない事実だ
じゃあアイナの本当の異能って―――。
「、、、今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
まぁ、でも空間跳躍とか空間転移っていう異能だけでもすごいものだと俺は思う。
「―――え、でも俺アイナが空間転移をしてくるところを見たし、祖父ちゃんの件でも世話になったよな? じゃ、あれって?」
「ごもっとも。確かに今の私は『空間跳躍』の異能を使えます。ですが、あれは仮初の異能でして私自身の本当の異能はそれではありません、それに空間跳躍はなにかと便利な異能ですしね」
便利ですしね、とアイナは言う。
「確かに」
遠いところにいくときに飛行機や電車に乗らずに、一瞬で行けるってすごいことだと思うし、便利だし、交通費も掛からないのがなによりもいい。
「実はチェスターを追う必要のためだけに私は『空間跳躍』の異能を使っているだけなのです」
その、まるで藍玉のようなきれいな瞳でアイナは俺を見詰める。その表情はとても真剣なもので、本当にただのおふざけのようなものではなく。
「・・・」
初めからアイナは俺に自分自身のことを言おうとしていたのかもしれない。なんとなく俺はそんなことを思う。
「本懐を果たすそのときまで私は、この『空間跳躍』の異能を手放すつもりはありません、、、」
本懐を果たす、っていうのは父の仇チェスターを討つということだ。アイナの行動原理。アイナをアイナとたらしめているものだ。
「―――」
それが終わったときアイナは―――、
「私を嫌わないでくださいケンタ―――」
嫌う? 唐突にアイナはそんなことを言った。
「嫌うなんて、それはないよアイナ」
「ケンタ・・・っ」
アイナは俺の言葉に、にこっ、っと儚い笑みを浮かべた。
「日之国では『名は体をあらわす』という言葉がありますが、皇国でもそう。私の異能は『空間跳躍』ではなく、本当の、、、私の真なる異能は―――」
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アイナの告白を聞いて、彼女が俺に語ってくれた数日後のことだ―――。
「こっち祖父ちゃん―――」
俺は定連さんに、派手に壊されて穴が開けられた納屋に祖父ちゃんを案内していた。
「ほほっ、これはまた盛大な壊れ方よのう」
「うん。こんな感じかな、祖父ちゃん」
俺がアイナに、自身の本当の真の異能の能力を道場で聞いてから正確には二日後のことだった。俺がアイナと手合せした日の次の日、俺の祖父ちゃんはその日の夕方頃にひょっこりと帰って来たんだ。出ていったときと変わらない服装で、その出で立ちで、だ。
眼鏡の御仁こと塚本さんに会いに行くと言っていた祖父ちゃん。でも、祖父ちゃんが日府に行っていたのは本当みたいだ。日府の有名なお菓子をお土産に買って帰ってきたからだ。
そのお菓子とは俺が、ううん祖父ちゃんも含めて俺達が元々住んでいた、日本の、、、そこの首都の有名な、あのバナナを模したお菓子のようなものに近いかもしれない。
昨日帰ってきたのが、夕方頃と言うことで明くる日の朝飯を食べた後、今になって祖父ちゃんを納屋に連れてきたわけだけど―――。
まずは外から祖父ちゃんに納屋の壁に空いた大穴と見てもらって、今は錠を開けて納屋の中に入ったところだ。
「ムッ―――これは儂のッ!!」
カッ、っと目を見開いた祖父ちゃん。あわわわっひえっ、、、目が怖すぎるよ祖父ちゃん・・・。納屋の中に入った瞬間だ。祖父ちゃんはその鋭い目つきを納屋の床に向けた。
「・・・」
これは・・・、あのときの―――
『納屋の鍵を壊したのか?あんた』
の俺の問いに定連さんはふてぶてしく―――、
『いんや。納屋の壁をぶっ潰した。あー、なんか手が滑って派手に壺も割れたけどよ』
と答えていたあのときのあれだ。
「つ、壺だけならともかく―――なんということをしよる・・・ッ!!」
ふるふるっ、っとしゃがんだ祖父ちゃんの身体が小刻みに震える。祖父ちゃんの震えは、病的な震えや寒さや恐怖による震えじゃないと思うんだ、俺。
「―――」
足元を見れば、納屋の床に散らばる壺の破片。それと落ちて倒れたのか、祖父ちゃんの、可愛がっていたんだろう、表面を青い釉薬で設えた一杯の鉢に植えられていた木瓜の木。それが無惨にも床に転がっていた。その鉢はちょうど半分くらいのところで二つに割れて、木瓜の木は横倒しになっていた。鉢の大きさは大きくはない、う~ん、どれくらいの大きさかな、、、牛丼や豚丼を入れるどんぶりよりは大きいけれど、その上から見た鉢の広さは家族用の土鍋よりは小さい。
「お、おふぅ―――、儂のかわいい紅小桜ちゃん、、、まで―――」
「祖父ちゃん、、、」
木瓜なのに紅小桜っていうんだ・・その木瓜。ま、木瓜も桜もバラの仲間だからいいのかな? 俺が子どもの頃から祖父ちゃんは、鉢に木瓜や、あとは盆栽なのかは分からないけれど、小さな植物を集め、育てるのがもう一つの時代劇以外の趣味だった。
日本の実家でも、この五世界に来てこの庵でも天気のいい日には納屋からお気に入りの鉢植え植物を日の当たる外に出して、手入れや水、ときどき肥料をやっていたりする。
祖父ちゃんはふるふると両手を伸ばし、その両手で鉢の割れた木瓜を大切に持って、、、
ふるふるふる―――、病的な熱からくる震えじゃないよ、祖父ちゃんのその震えは。
「、、、ゆ、赦すまじ―――ッ」
ぽつり、っと祖父ちゃんはその口からこぼす。
ひっ、ひぃッ―――!!
「ッ!!」
め、目が据わってる。こ、こわすぎるよ祖父ちゃんその顔!! 定連さんを納屋の中に閉じ込めないほうがよかったかも!!
「戦じゃ―――」
「い、戦っ!?」
「うむ。刀を持てい健太。討ち入りじゃあッ第六感社などこの儂が、この鉢や壺ように粉々に、いや灰燼に帰してくれるわ―――っ!!」
うぉおおいっ!! 一颯を持って第六感社の社屋を襲撃する祖父ちゃんを想像しちゃったよ、俺!! 第六感社の戦闘ヘリ十五機を撃墜させた祖父ちゃん。そんな祖父ちゃんが第六感社の本社に討ち入れば、、、斃れ伏す警備員、諜報員達・・・死屍累々の第六感社のビル内―――。ずぞぞぞぞ―――っ、っと俺の背中に嫌な汗が滲む。
「ちょっ・・・祖父ちゃん落ち着いて―――っ!!」
「ええいッこれが落ち着いておられるか健太よっ!! 第六感社の彼奴らは儂のこのかわいい紅小桜ちゃんを蔑ろにしたのよッ!!」
ふんすっ、っと鼻息荒く納屋から出て行こうと祖父ちゃんの道着の裾を手で掴み、引っ張ってなんとかっ―――祖父ちゃん力が強いからまじでつかれるぜ。
「いやいやいやっ確かにそうだけど」
「健太よっ紅小桜ちゃんは本当にかわいいのじゃっ!! 毎年春になると小さく丸い紅い花を咲かせてのうっ。そんな紅小桜ちゃんの紅い花を覗きこめば、これまたかわいい黄色い雄蕊と雌蕊がのう。それを第六感社の連中は蔑ろに扱ったのじゃっ!! 台の上から鉢ごと床に叩き落とすという非道な行為をのうっ!!」
なんだろう、『のじゃっ!!』って。まぁ、この感じなら祖父ちゃんも冗談で、めちゃくちゃ怒ったふりをしているんだろうけど、、、。
ま、でも怒っているのは確かだよな。ん、、、なら。
「わかったわかったってば祖父ちゃん。俺が『慈眼』でその紅小桜ちゃんを治すからさっだから落ち着いて、ね祖父ちゃんってば」
ぴたり。祖父ちゃんの道着の裾を掴む手に力を感じなくなる。
「本当かな、健太よ」
「うん、大丈夫。俺なら治せるからだから落ち着いてよ」
「ふむ、お主がそこまで言うのなら」
「・・・」
たぶん治せるはずだ。人間に行使して治らなかったことはない。ほら魁斗にやられたクロノスとグランディフェルな、植物に『慈眼』をかけるのは初めてだ。でも、人間も植物も生き物だし、たぶんできるだろう、って。
俺の『選眼』の一つ『慈眼』で、あの木瓜騒動もなんとか納まり次の日だ。俺としてはまさか『慈眼』が植物にも効くとは思わなかったけど、それは祖父ちゃんには内緒だ。むしろ祖父ちゃんは俺の『慈眼』にすこぶる感心していたっけ。なんか祖父ちゃんは『先眼』以外の俺の『眼』を見たかっただけなんじゃあっていう気もしたけどな。
まぁ、ともかく定連さんが開けた大穴は応急処置の青いシートで被い、そんな騒動があったの次の日だよ。俺は祖父ちゃんに話があると、祖父ちゃんに時間に作ってもらったんだ。
「祖父ちゃん、俺イニーフィネ皇国に武者修行に行きたいんだ」
居間の丸いちゃぶ台に就き、上座に座る祖父ちゃんを、その顔を、その目をしっかりと見据えて俺は言ったんだ。