第百六十九話 つまるところ私は同じなのです、叔父と
「大丈夫か、アイナ?なんかとても気分悪そうだけど」
俺はアイナの肩を支えるように。
「え、えぇ、はい。大丈夫、ですケンタ」
「・・・」
本当か?その言葉。アイナの今の苦しそうな顔を見ている俺は、その大丈夫、というアイナ自身の言葉を盲目的に信じることはできなかった。
第百六十九話 つまるところ私は同じなのです、叔父と
でも辛そうなアイナは、
「俺にしっかり掴まって、あそこに行こうアイナ」
ついっ、っと両手がふさがっている俺は顎で道場の端っこを指差す。そこは紺色の座布団がいくつか積まれてあるところだ。取りあえずに今のアイナはなんかその様子がおかしい。安静に座らせる。
そんなアイナは俺の手を振り解こうとせず、俺を受け入れてくれる。俺はアイナを座布団のところまで連れていき、紺色の座布団の上に座らせた。アイナは正座じゃなくて脚を投げ出すような格好だ。
「・・・」
ほんとは椅子のようなところに座らせてあげたいんだけど。座布団を重ねてアイナを座らせるか?
「す、すみませんケンタ。私から頼んだことなのに、反対に貴方に気を遣わせてしまいまして」
ま、いっか。それよりも、、、だ。男の俺よりこんなときはやっぱりアターシャを呼んだほうがいいかな? 幸いにも俺の電話の中にはアターシャの連絡先が、電話番号が入っているし。
「ううん、それはいいんだけど。ほんとに大丈夫? アターシャを呼ぶ?」
ふるふる、っとアイナは力なく俺の言葉に、無言で答えて頭を横に振る。
「・・・」
それからアイナは自身の胸の上に握った握り拳を当てるように置き、
「―――、―――、―――」
すぅはぁ、すぅはぁ、すぁはぁ、っと自身の心と気持ちを落ち着かせるように、何度か息を吸って吐いて繰り返した。
「ふぅ」
アイナは顔を上げた。もうその顔には憂いや苦しいなどといった負のものは見えない、表面上は。
「―――うん。でもさ、アイナ」
でも、同時に俺はそこまで気にする必要はないんじゃないかな、って思う。アイナの、自身の異能を用いた戦術のことだ。
「そこまで嫌うものでもないんじゃないかな」
「え―――」
アイナは顔を上げてきょとん、とした顔で俺を見る。
「だってこのイニーフィネという世界では異能が有り触れたものなんだろ? だったら自分の異能と剣術を組み合わせて戦うのもあり、なんじゃないかな?」
俺の言葉にアイナはその視線を手元に下げる。
アイナは考え込むように・・・。
「―――、、、」
今のアイナはなにを考えているんだろう。アイナは伏し目がちになり、俺からゆっくりと視線を切った。
「・・・」
彼女の気分が優れないのを、、、俺の言葉で少しでも、アイナの心が軽くなればいいな、と俺は思う。
アイナは顔上げた。
「ありがとうございます、ケンタ」
「ん?」
「ケンタのそのお気遣い。貴方のお言葉は私の心に響きとても心地よく、私の心が温まるのを感じます・・・っ」
「っ、うん・・・っ///」
いい。なんかその、、、グッとくる。アイナのふわっとした穏やかで優しい笑みに俺の心が揺れ動く。
「ケンタ。少しばかり私の話を聞いてくださいますか?」
そう言ったアイナの表情から、すぅっ、っとその穏やかな優しい笑みが抜け落ちる。なにか俺は不安感のようなものを覚える。
「・・・っ。うん・・・」
でも、俺はアイナに肯くしかなかった。アイナが言いたいんだ、俺はそれを聞こう。
「ちょっと待ってな、アイナ」
てくてく、と俺は道場の隅っこに重ねて置いていた紺色の座布団を一枚取り、俺も座布団に腰を下ろした。
「ありがとうございますケンタ」
向かい合うアイナと俺―――、
「ううん、アイナ」
「あの廃砦でクロノスが私に言ったように・・・、やはり血は争えないということでしょうか」
「えっ―――アイナ?」
あの廃砦、、、アイナに言われて俺はあのときのことを思い出す。
「はい。私が、私の気分が悪くなってしまったのは―――」
と、アイナは切り出したんだ。
「っ」
アイナの言う廃砦―――あのときあの場には魁斗と日下 修孝ことクロノス、そしてグランディフェルの三人の『イデアル』の構成員がいた。クロノスはその太刀『霧雨』を抜いていきなり俺達に斬りかかってきたときのことだ。
『血筋か―――。なるほど、アイナ=イニーフィナ。お前の戦い方はチェスター=イニーフィネによく似ている』
あのときアイナは、強烈な不満を、眉間に皺を寄せていたっけ・・・。それほどまでに、アイナがチェスターに似ていると言われるのが嫌なことだって解ったんだ。
『私の戦い方がチェスターによく似ている? 甚だしく不愉快ですね。私はクロノス貴方のその言葉を聞いて甚だしく不快に感じます。どこをどう見れば、そのようなことが言えるのですか?』
「―――」
言われてアイナは不愉快と不快の二回もクロノスに冷たく言い放った。自分の身内を手に掛けた張本人のチェスターに激しい嫌悪感があって。あのときは解らなかった、クロノスが言った『血筋か』というアイナにあいつが掛けた言葉―――。でも、今の俺なら、祖父ちゃんの夜話を聞いた俺ならば解るよ。アイナの父君ルストロと兄リューステルクを殺めたチェスターはアイナの叔父さんで。
『そうか、お前は気づいていないようだな。だが、そっくりだぞ?お前とチェスターの戦い方は、な―――』
にやりっ、とクロノスは口角に笑みを浮かべ・・・て、さ。
あのときクロノスはアイナがチェスターの姪だと知っていてわざとアイナを揶揄ったに違いないんだ。
俺は考えるのをやめ、目の前のアイナに意識を持っていく。アイナは口を開いて切り出し、
「私が、私の気分が悪くなってしまったのは、私が叔父チェスターと同じであると気づいてしまったからなのです」
静かにアイナは淡々と言う。
チェスターと同じ?意味がよく分からない。
「叔父のチェスターと同じ?どういうこと?」
「私のつまらない話ですが、聞いてくださいケンタ」
こくりっ、っと俺は無言で、
「・・・」
真正面の紺色の座布団に座るアイナに肯く。そのアイナの両手は、正座をした道着の袴の上で固く握り締められていた。
「七年前のあの日、私がまだ子どものときでした―――」
ぽつりぽつり、とアイナは語り始める。
「っ」
七年前、叔父のチェスター、、、その単語だけでアイナがなにを語ろうとしているのか。それが俺にも解ったんだ。つまり、アイナは。
「―――父が主催する晩餐会でその惨劇が起きました」
惨劇、、、。
「っつ」
「そのとき私は父の傍におりまして、私の見上げるその父の嬉しそうな表情を今までも鮮明に憶えています」
アイナの親父さんのルストロさんのほうが子どものときのアイナより背が高くて、それを見上げるアイナ。なんとなく親父さんの横に立つアイナの立ち位置が想像できる。
「・・・?」
でも嬉しそう?アイナの親父さんが?
「叔父は物静かな人で、このような晩餐会にはあまり顔を出さないような人でしたから、父の誘いを受けて晩餐会に現れた叔父を父は大変喜んでいました。父がとても喜んでいたのを、、、私ははっきりと憶えています」
そうか、そういう理由でアイナの親父さんは喜んでいたのか。
「その、宴が最高潮に達しているとき、叔父は私が近くにいた父を呼び止め―――、」
斬りつけたのか?チェスターは・・・っ。
「っつ」
「叔父は父に和解の握手を求めました」
「?」
和解? でも結局ルストロさんは殺されたんだよな?チェスターに。
「私は嬉しかった。父と叔父が最近ピリピリとしていたものですから、私もとても嬉しくてですね。じぃっ、っと私はそれが嬉しくてそんな父と叔父を見詰めていました」
「そうなんだ、アイナ」
「はい。嬉しそうな顔で父はその右手を叔父に差し出し、叔父も照れた笑いを浮かべながらその右手を差し出そうとしたとき、、、その叔父の姿がすぅっ、っと消え―――」
その言葉を最後に同じように、語るアイナの表情からその感情が消え―――
「父の背後に現れるやいなや、叔父はその腰の剣『封殺剣』を鞘から抜き、父とそして兄を斬りつけたのです」
「っつ」
不意打ちだ。完全な不意打ちだってそれは。以前、廃砦でグランディフェルに向けて言い放ったアイナの言葉。
『では、グランディフェル答えてください、チェスターの居場所を。あのとき、私がまだ幼き日、『武装していなかった私の父と兄』を不意打ちのように殺めたチェスターは今、どこにいるのですか?』―――って。
それが俺の中で繋がったよ。
「今の、ケンタ貴方を背後から狙おうとした私は叔父チェスターと同じです・・・っ」
「!!」
だから―――それでアイナは気分が悪くなったのか・・・!!
「フっ―――」
フっ、っとアイナは自嘲じみた笑みをこぼした。
「―――つまるところ私は同じなのです、叔父のチェスターと考えることが」
アイナは自嘲気味にそう言うけれど。
「アイナとチェスターが同じ?それは違う。絶対に違うよ、アイナ」
「―――え・・・っ」
「アイナはアイナだし。それにアイナの異能は空間跳躍だよな?」
「・・・」
「他にも空間跳躍や転移の異能を持つ人がいたとしたらだよ? その空間転移で、死角に移動してからの相手への攻撃はごく普通のことだと俺は思うぞ?」
「―――っつ」
アイナは一瞬ちょっと驚くように目を見開く。それも僅かなことでふぅっ、っとアイナの目元は元に戻った。
でも、なんか空間系の異能は暗殺や急襲にも使いやすそうだ。ちょっと怖い異能だけどな。
「ケンタ。私―――実は、、、・・・」
ん?
「どした、アイナ?」
ちょっと変だ、アイナのその様子が。
「その・・・私―――、秘密を、、、。隠さなければ、ならないことを・・・もう貴方に黙っていることが、後ろめたくて、もう心苦しくて、、、」
まるで蚊の鳴くような小さな声でアイナは。