第百六十七話 灰の子アッシュの都市伝説集 四
『聡明なる読者。貴殿は気づいているはずだ、イニーフィネ皇国内で起きた内紛と政争―――、兄ルストロ皇太子を亡き者とし、その座を簒奪し、取って代わった弟チェスター皇子。宮廷内で血の殺戮を行なったエシャール卿。親日之国派を粛清したチェスター皇子と彼率いるその一派は日之国との友好関係を完全に破綻させるべく突如電撃的に日下国へ侵攻―――。これらは予めチェスター皇子とイデアルなる組織によって仕組まれていたものだったのだ』
第百六十七話 灰の子アッシュの都市伝説集 四
そのチェスターやエシャールのくだらない理想の所為でアイナの親父さんとお兄さんは命を落とし、津嘉山三兄妹の父正臣も死んだ、いや、ううん殺されたんだ、エシャールって奴に・・・っ。
「っつ」
『第六感社経営陣は有事が起こる前から、このチェスター皇子率いるイニーフィネ皇国軍の電撃的な日下国大侵攻北西戦争が起こることを事前に知っていた。その動機も理由も理屈も何もかもを彼ら第六感社は知っていたのだ。なぜならば第六感社の奥ノ院。第六感社を総べる裏の者。その者もイデアルを構成する十二人の一人だからだ。その名は―――』
あいつだ。ぽつり、っと俺は祖父ちゃんから聞いたその名を口からこぼす。
「流転のクルシュ」
電話の画面に表示された文字も、
『流転のクルシュ』と記されている。クルシュ=イニーフィナ。アイナの直接の先祖ではないけれど、昔の古き大イニーフィネ時代の皇族の一人。
「・・・・・・」
俺は思いめぐらすことをやめ、次の記事へと視線を移す。
『イデアルがその自己理念『五世界の共存共栄』。それを達するために、イデアルが立てた恐るべき計画が『廃都市計画』。チェスター皇子よりイデアルに貸与された失われし七基の超兵器の一基『煉獄』。日之国政府の承認の下、北西戦争を終結させるべくイデアルは煉獄を持ち出し、日下府の戦場の最前線でその力を解放することにした。かくして星暦一九八八年八月十三日昼十二時十五分―――そのイデアルによって『廃都市計画』は実行に移された。イデアルは『古き大イニーフィネ』の時代のイニーフィネ人によって創造された七基の超兵器『禁忌の古代兵器』のうちの一基『煉獄』を持ち出し、生きた人間もろとも街を灰燼に帰したのだ』
いったいどれほどの、、、っ。
「―――ッツ」
どれほどの犠牲を出したんだよっ、出せば気が済むんだよっイデアルは!!
ぐっ、っと俺は枕に電話を置いて拳を握り締めた。
『日下市民と日之国の兵士達、そしてイニーフィネ兵達がいるのを顧みず、煉獄を行使させ、諸共全て灰燼に帰した日下の街。それを行なったのが日之国であるとイニーフィネ皇国側に示せば、侵略してくるイニーフィネ皇国に対しての大きな抑止力となる。日之国政府側にしてみれば、北西戦争に終止符を打つためには、日下で戦う自国の兵士の犠牲など僅かな代償だった』
「・・・っ」
『イニーフィネ皇国では、チェスター皇子ならびにその一派からすれば、『今まで友好的だと思っていた日之国及び日之民がこんな強大な自爆攻撃をしてくるなんて、なんて怖い恐ろしい連中だ』、と臣民がそう思うように、そう思わせることが目的だった。北西戦争後、チェスター皇子の目論見どおり一般のイニーフィネ人は日之民を警戒することとなり、イニーフィネ皇国の世論はチェスター皇子の狙い通りに進んだのだ』
「・・・」
ついついっ、っと俺は指を動かし、下へと画面をスクロールする。
『閑話休題。先述した廃都市計画において秘匿結社イデアルが用いた『煉獄』。我々が生きているこの五世界には―――』
「・・・」
閑話休題ってこれからが本番ってことか? もうなんか眠くなってきたぞ?目蓋が重くて目が眠くて痛い。
『―――そのような古き大イニーフィネ時代の遺産失われし『禁忌の古代兵器』が七基も存在るという』
今何時だ? 電話の上部に視線を持っていけば、3:42の表示。やば、もうそんな時間。あと一時間ほどすれば、この時期は空がもう白み始めるぞ。
それにしても、、、七基の『禁忌の古代兵器』、か・・・。
「―――」
煉獄も含めてそれが七つも存在している・・・って、そんなやばい超兵器が。もしあるとすれば、いったいどんな超兵器だ・・・。
『古き大イニーフィネ帝国の遺物失われし七基の超兵器。それを追い求め―――』
追い求め、、、?
・・・眠い。俺はうつらうつらと、光る電話の画面を、見つつ、、、
「―――、・・・、・・・」
アイナは・・・、それを、失われし七基を―――、、、全部、知っているの、かなぁ?
『―――探し続ける『九翼』と称する大イニーフィネの復古主義者の組織。イニーフィネではその組織と構成員を暗に示す羽根っ子と―――』
「―――、・・・・・・、・・・」
、、、すぅっと忍び寄る睡魔に勝てなくて、俺はそこで意識を手放したんだ、、、。もう、その、あとは、早い。俺は、ゆっくりと、、、まるで沈んでいく、ように、、、眠りに、就いたんだ・・・。
///
白い。眩しい。
「ん、、、うぅ―――」
半ば掛布団の中に潜り込んで、俺はゆっくりと寝返りを打つ。もう、朝かな、、、。今、何時だろ・・・。
「・・・、、、」
ま、いっか―――、祖父ちゃんもいねぇし―――、・・・、、、。俺はふたたびまどろみの中に沈んでいった・・・。
それからどのくらいの時間が経ったんだろう・・・。俺はふたたび目が覚めたんだ。
「・・・―――っ」
あぁ・・・眠い。でも、起きなきゃ、、、起きて・・・朝稽古、、、。
「うぅ・・・っ」
俺はぬぼーっとした頭で、なんとか手だけを伸ばし、、、確か枕元・・・。俺がいつも電話を置いて寝るその電話の定位置に右手を伸ばす。
「??」
すかすかっ、っと。あれ?いつもの位置に電話がないぞ? 手に馴染んだ長方形の少し重みを感じる、ちょっと冷たいいつもの感触がない・・・?
すかすかっ、っと相変わらず俺の右手はまるで空気を梳くように、一向に電話を掴めない。あれ?あれれ?
どこにいったんだ?俺の電話・・・。
「―――」
昨夜は超絶寝相が悪くてどこに電話を素っ飛ばしたとか? それとも布団の中に紛れ込んでいるのかな?
うん?ううん? あっ―――、違う。そうだった。俺昨日、、、というかもう日付がとっくに変わってて早朝だったっけ。
「っつ」
朝の四時前だったか。俺、寝落ちしたんだ、あの『灰の子アッシュ』のサイトを電話で閲覧していて―――。
だったらたぶん。俺は掛布団へと視線を持っていく。
「・・・」
ほら、あった。電話は俺の身体で山のようになっていた掛布団の頂上から滑り落ちるように、上半身を起こした俺から見て、右側の麓の辺りに落ちていた。
「よっ、、、と」
俺は電話に手を伸ばし―――、電話があったそこはちょうど掛布団と畳が接する辺りだ。俺は朝の固くなった身体を曲げ伸ばして電話を手に取った。
「・・・」
今は朝の何時かな?『灰の子アッシュの―――』、のなんだっけ、、、ま、いっかそれを確認するついでに時間も見よ。
指で電話の認証を解除し、その画面上部に出ている時間は―――『11:47』。
「げっ」
思わずそんな声が出たよ。だって今の、俺の起きた時間は昼の十一時四十七分だぜ?アイナと約束した時間まであと七時間ぐらいしかない・・・。
昨日の夜、アイナが帰る前にアイナと約束をしたんだ『では、明日は十九時に参ります』、と。
「・・・」
ごめん、アイナ。時差を考えると、アイナには早起きをさせてしまいそうだ・・・。それに―――。
学校が休みの日でもそんな昼前に起きたことがないってば。休みでも剱術の朝稽古はしていたし、こっちにきてからも祖父ちゃんがいるときは早寝早起きだったもん。
「・・・」
掛布団を捲り上げ、もそもそ、もそもそっ、っと俺は布団の中から這い出るように起きた。そうだなぁ、、、お腹も少し空いている。適当に軽く朝食?を済ませるか、もう昼だけどな。
俺は自分の布団を押入れに畳んで片づけたあと、いつものように居間に出て、炊事場に向かった。
俺は顔を洗いながら、、、―――、
「、、、」
―――昼飯はなににしようかな?なんて。凝った料理を作るのはめんどいし、、、じゃなかった。うん、遅起きだったから時間がないんだ、朝稽古の。
「卵かけご飯とてきとうにみそ汁でも作るか―――」
そんな感じでアイナとの約束の時間まではあっという間に過ぎていった。
橙赤色。日がすっかりと傾いて、そろそろ夕方となる時刻だ。
「・・・」
道場の木の床が朱に染まる。きれいな橙赤色だ。まだ初夏だからその日光は柔らかく温かい。俺が木刀を持ち、剱術の修練に打ち込んでいたら、もうそんな道場の時間になっていたんだ。
そんなとき―――
「っ!!」
―――タンっ、っと軽快な足音がした。その足音の違いでその主が誰だか俺には判る。俺はゆっくりと振り返り、
「おかえりアイナ」
なんて。ほらな、やっぱりアイナだった。
「はい。いま戻りましたよ、ケンタ」
彼女は満面の笑みを浮かべて―――、俺に駆け寄ってきたんだ。