第百六十二話 前に言っていた塩派のお兄さん・・・
『雷氣に満ち漲る霊刀』『選ばれし者しか扱えない』―――それだけで、
「いや、充分っす」
俺はそう野添さんに答えた。選ばれし者ってひょっとしてあの女神に選ばれた者のことだったりするのかもしれないしな―――。
第百六十二話 前に言っていた塩派のお兄さん・・・
「・・・そうか。小剱殿貴殿には大変世話になった、『雷切』は俺からの礼と思ってくだされ。では、拙者はそろそろお暇させていただき候―――」
「待ってください野添さん。もしよろしければ、俺の一本付き合ってもらえませんか?」
踵を返そうとした野添さんを俺は呼び止めたんだ。
「―――、いいだろう、小剱殿・・・。だが、一本だけですぞ・・・っ」
と、初めは逡巡した野添さんだったけど、にやっ、っとかっこいい笑みを浮かべ、そう俺に言ってくれたんだ―――。
///
そして、夜―――。アイナとアターシャで帰ってきて摂った夕食後のことだ、居間で年季の入った燻されたような焦げ茶色の丸いちゃぶ台を囲んでいた団欒時。夕食の空いた皿はアターシャによって下げられている。
「―――・・・」
野添さんと一本だけの手合わせを道場でやったあと、気づけばアイナとアターシャが帰ってきていたというわけだ。今はいわゆる食後のお茶の時間だ。
コトっ、っとアイナはその白い湯呑をちゃぶ台の上に置く。
「ところで、ケンタ。先ほど―――」
飲んでいるのは、紅茶やアイナの自宮で飲んだチャイじゃなくて、なぜか緑茶だ。しかも、この祖父ちゃんの庵に置いてあった、普通の茶葉を用いて急須で淹れる緑茶だ。
「お、おう・・・」
なぜか、アイナから無言の圧みたいなものを感じる。その顔は、穏やかなものだというのに。まさか、あれか? アイナに膝枕されていた俺が咄嗟にごまかした、俺が魁斗を準えて、、、って言うのを止めて咄嗟に取り繕った話。『顕現の眼で魁―――』→『あらわしのめでかい』アレか?やっぱ不自然だったか。
「先ほどはお一人で随分とお楽しみでしたね、っ」
にこっ、っとアイナは満面の笑みを浮かべた。しかもアイナの声色からして、アイナさんはちょっと不満があるみたい。
「え? お楽しみ?なんのことだ、アイナ」
俺がお一人でお楽しみ?いったい何を指してアイナは言ったんだ?
「ほら道場で。そこで相手をされていた方は誰なのですか?ケンタ」
道場で俺が相手、、、。ほっ、どうやら魁斗のことじゃなかったか、よかった。
「あ~あ、あの人か」
野添さんのことか。
「え、えぇ。庵に帰ってみれば貴方はいなくて、道場でケンタは楽しそうに木刀を揮っていて、、、その、、、なんか私・・・もやっとするのです」
アイナってば野添さんにちょっとやきもちなのかな。
「~~~っ」
にやにやっ、っと俺は。だったらちょっとかわいいかも、アイナのやつ。
「っ///」
アイナは照れてはにかむ。
俺が野添さんにお願いした手合わせ、、、と言う名の一本勝負。それを思い起こせば、、、。
「・・・たぶん手加減してくれたんじゃないかな、俺にあの人」
「手加減?私はそうは観えなかったのですが。ケンタの胴の一本が確実にあの殿方、、、確か野添という名の方でしたよね、あの方の胴を捉えたと思います」
『勝負ありっ』
の、アイナの凛とした一声で俺と野添さんの一本勝負は決したんだけど、、、。なんだかあの胴、しっくりこないんだよな。それとも真剣じゃなく木刀だったから、野添さん本調子じゃなかったのかな? それとも俺に気を遣ったのかな?
「う~ん」
しかもそのあと、しっかりとアイナは野添さんに彼(つまり俺のこと)の婚約者です、と挨拶をして。すると、野添さんは、
『これはこれは小剱殿の奥方となる方ですか』
なんて俺とアイナに深々と頭を下げたあと、もう一度俺に日下 修孝の件の礼を言って帰っていった。
う~ん、っと逡巡する俺にアイナが言う。
「しっくりとしませんか?」
「うん。でも、ま、いっか。ところでさ、アイナちょっと訊いてもいいかな」
と、俺は話を切り替えた。
「はい、ケンタ?」
アイナは伸ばしていた右手で小鉢に入った茶菓子の落雁を一つまみ、そのまま、すっ、っとその砂糖菓子の落雁を、血色のいいみずみずしい唇を開いて口の中へと持っていく。
「アイナの知り合いに、もしいたらでいいんだけど、、、誰かいい剣士を俺に紹介してくれないかな?」
もぐもぐ、でも上品にアイナは落雁を食べながら―――、俺の見た感じアイナの食べ方はばくばくとさせているのじゃなくて、口の中でその落雁を舌の上で転がすように食べている。そんなアイナに俺は続いて言う。
「できれば強い人で、あとアイナが信用している人がいいかな」
定連さんみたいな人だったらそれはそれで、おもしろいかもしれないけどな。あと、グランディフェルみたいな人。そういえばグランディフェルってどうなったんだろう?俺のあげたハンカチをちゃんと使ってくれているのかな? ま、いっか。
「っ」
ごくん、っと落雁を飲みこんだアイナの喉が動く。アイナは口を開き、
「それでしたら心当たりのある方が一人おりますよ、ケンタ」
「ほんとかっ!?」
こくん、っとアイナは頷き、
「えぇ、彼でしたら―――」
―――、『彼』ということは男なのかな。
アイナは頷き、それからなぜか思わせぶりに振り返って自身の背後に立つアターシャを見る。俺は視線をアイナの奥に向けるだけで静かに佇むアターシャを見れる。
「??」
でも、なんでアイナのやつ、わざわざ振り返ってアターシャを見たんだ?
ちなみにアターシャは従者然としていて、その給仕服姿で控え、静かに佇んでいる。
「ん?アターシャ・・・?」
俺の言葉にアイナは再び、俺に向き直り、、、にこりっ、っとアイナはいい表情。
「はい、ケンタ・・・っ」
「アイナ様―――」
そのアターシャの声に再びアイナは振り返り、俺は視線を奥に、アターシャのほうへ向ける。
「従姉さん?」
すっ、っと淀みなく『従姉さん』というアイナの声が居間に流れた。アイナのその声にアターシャはぺこりと一礼。そのまま彼女アターシャは口を開く。
「はいアイナ様。御言葉ですが『彼』をケンタさまに推薦されるのは如何なものかと思います」
「彼って、誰だろう」
彼? ぽつり、っと俺は呟いてしまった。
「えぇケンタ。その人物は私の従兄に当たります。私の心中とアターシャの想像している人物が同じだったならばですが、アターシャ貴女はどうですか?」
アターシャはなにやら納得のいかない様子だ。
「、、、はい、アイナ様。・・・『彼』とは、私の兄のことですね?」
「あぁ、あの、前に言ってた塩派のお兄さん・・・」
以前アイナとご飯を食べていたとき、アターシャと目玉焼きの話になって、あのときのアターシャが話していた自身のお兄さんのことだ。
そして確か、夜話の中でも祖父ちゃん曰く、、、津嘉山三兄妹の長兄・・・確か名前は煉火だったっけ。チェスター皇子の臣下だっていうエシャールに生命を奪われた津嘉山 正臣の子ども達の、、、。
「はい、ケンタさま。御恥ずかしながら私の、聞き手にとってはどうでもいい講釈をたらたらと述べるのが大好きなその私の兄にございます」
・・・煉火兄さん妹さんにすごい言われよう。それともほんとに語るのが好きな人なのかな、煉火っていう人、、、。
「―――」
「ケンタ―――」
その声に俺は、アターシャのお兄さんを想像するのをやめて、アイナへと視線を向ける。
「ん?」
「実はその彼は、ケンタ貴方と同じ剣士ですよ、イニーフィネの皇族でもありますが」
「へぇ・・・」
アターシャのお兄さんの煉火も剣士か、わりとすぐ近くに剣士っているんだなぁ・・・。
「アターシャのお兄さんってことは、えっとアイナの従兄ってことだよな」
アイナも刀を差していて剣士だし、、、今のアイナは刀を腰に差していないけどな。
「はい、そうなりますねケンタ」
「アターシャのお兄さんの煉火か。津嘉山 煉火は―――」
どれぐらい強いのかな、剣士として。でも強そうだ、そう思えるんだ俺には、煉火は。
「「っ!?」」
「アターシャきみのお兄さんの煉火さんは―――」
ふと、俺は視線を上げ、ちゃぶ台の真正面の二人を見た。アイナは手前で座り、その後ろにアターシャが立っている。
ん?
「どした・・・??」
二人ともアイナもアターシャもなぜか驚いたように目を見開いていたんだ。
「ケンタさまはどうして私の兄の名をご存知なのですか」
ぐいっ、っと。
「~~~っ」
アターシャのその芯に強い声色からそんな雰囲気を感じられる。その口調はほんとに叫んだり、激情を含ませたものじゃないのにな。それにアターシャの表情もいつもと変わらず、冷静な感情の面だ。
「えぇ、私もアターシャと同じ疑問を覚えます。従妹のホノカだけで、ケンタに私の従兄の名前がレンカであるとは言っていなかったと思いますが・・・?」
ぐ、ぐいっ―――とアイナまで。
ふ、二人して俺に・・・。
「っ」
「ケンタさま―――」
俺は顔には出さず。だってさ、きっとエシャールの件を話すと地雷踏んじゃうってば、俺が。あせあせっ。
「え、えっと、それは―――」
いや、それは祖父ちゃんの夜話の中で、エシャールっていう奴のことを祖父ちゃんが俺に話してくれたときに、そのことを、、、三兄妹の父君はもうすでにこの世にはいないのだよ、健太ってさ。三兄妹とは、つまりは上から順番に『煉火』『アターシャ』『火乃香』の三人兄妹だ。
実は祖父ちゃんから聞いて、『アターシャ』の日之国の名前のほうも俺は知っているんだけどな、今は黙っておこう。さらにややこしくなりそうだからな。