第百六十話 追う者と追われる者
「あの夜は―――」
パチパチ―――、しばらくして竹の薪で燃える焚火の火勢が安定仕出した頃だ。俺はぽつぽつと、あのときの廃砦で起きたことの話を切り出したんだ―――。
第百六十話 追う者と追われる者
「・・・ま、そんな感じっす、俺がクロノス―――いや日下 修孝っていうやつと出会った経緯は」
俺は廃砦でのいきさつ、魁斗とクロノスとの話を野添さんに話してあげたところだ。
「・・・『イデアル』、、、修、孝、殿が―――」
じぃっ、っと穏やかな目つきで野添さんが燃ゆる橙赤色の炎を見つめていた。初めこそは野添さんはぎらぎらとした目で俺の話を聞いていたけど、俺が話し終える頃には穏やかな目つきに、それと同じような顔つきになっていたんだ。どこか、その哀愁を漂わせるようなそんな表情だった。
「そうか修孝殿は、、、。っ全くあの人らしい」
ぽつり、と呟く。
俺としては、野添さんとクロノスとの関係のほうが気になる。
「ところで野添さんはなんで日下 修孝を捜しているんっすか?」
ちらっ、っと野添さんは俺に視線を上げ、また焚火に戻す。
「―――・・・」
逡巡するようにその視線を、薪を舐める焚火の炎に向けて―――、焚火のゆらゆらとした橙赤色が野添さんの顔を照らす。
「・・・日下 修孝殿は俺の師匠の御子息なのだ」
―――なにやら思い詰めたその表情で、野添さんはそう切り出したんだ。なんかちょっとだけうれしいかも、俺のことを少しでも信用してくれたってことだろ。
そして、
「っつ」
ここで祖父ちゃんが俺に語ってくれた夜話と繋がる、のか!? とも、内心で俺は驚いていた。
「俺は日下 修孝殿の行方を密かに追っている」
「行方を追う、、、」
「うむ。今となっては六年前の日下府陥落の前夜、八月十日のことだった」
「・・・北西戦争っすか?」
ぱちぱち、めらめらっ、っとその橙赤色の焚火の火が俺達を照らし出す。俺は下火にならないように、竹薪の炎の中に投じた。その拍子にきらきらとした火の粉が空に昇っていく。
「そうだ。よく知っているな、小剱殿。」
「えぇ、祖父ちゃんが、俺の祖父ちゃんが話してくれたから」
「ほう。・・・その日、八月十日あの暑い夏の日のことだったよ。日府より救援機が日下府に到着したのだ。これは俺の師日下 儀紹師範代が自国の日下国民を戦火に遭わせんと、国民を日下より脱出させるために、、、。小剱殿、実は俺の師は日下国民より御屋形様と言われて慕われるほどの人格者だったのだ。日府よりの輸送機派遣これは師が奔走し、日府首脳部と掛け合って日之国政府を動かした結果ですぞ」
この人、ほんとに師匠、、、日下 儀紹のことが好きなんだな。まぁ、好きというよりは尊敬しているのに近いのかも。
「―――」
にぃっ、っと嬉しそうに、自慢げに、まるで自分のことのように野添さんは頬を綻ばせたんだ。
「俺の崇敬する師が日之国政府首脳部より引き出した最大限の支援である救援機派遣により、多数の日下市民が戦火を逃れることができたのだ。そして、御屋形様日下 儀紹師範代は最終搭乗の市民を見届け、御子息である修孝殿や警備の任に就いていた拙者らを呼び寄せて最後の便に乗ろうとしたとき―――」
そこで野添さんは目をぎゅっと閉じ、その口を一文字に食い縛る。
「乗ろうとしたとき?」
俺の問いに野添さんはその苦渋の表情を改める。
「す、すまぬ小剱殿。うむ修孝殿は突如として我々、、、いや父君である儀紹師範代の前から忽然と姿を消していたのだ。ぎりぎりまで待ったのだが、御屋形様は修孝殿を捜し出すことを諦め、拙者らを乗せて最後の便に乗り、日府へと脱出したのだ・・・」
「・・・」
俺は静かに野添さんの話を聞いていた。
「日府に逃れ、その三日後日下府が陥落したという報せを聞き及び、、、そして、落ち着いた頃、俺は御屋形様日下 儀紹師範代より密命を受け、―――いや俺は自分の意志で日下 修孝殿の行方を追うことにしたのだ」
「だが、その結果は芳しくなかったのだ、情報が何も出てこなかった。ただ判ったのは、日之国政府及び警備局が日下 修孝殿に関する情報を統制しているということだけだった。俺が見てもそれは明白だったのだ」
「―――」
いやたぶん、クロノスいや日下 修孝の情報がなにも出てこなかったのは、日之国政府のせいだけじゃないと思う。きっとあいつが『イデアル』だからだ。『イデアル』になったから。
「俺はなりふり構わず、裏では非合法なことを行なっていると知りつつも、日之国の裏情報に精通する『第六感社』の扉を叩いたというわけだ」
「じゃあ、野添さんが『第六感社』に入っているのは師匠の息子日下 修孝を捜すために―――」
「うむ。こんな俺を拾ってくれた日下 儀紹師範代に、俺は感謝してもし切れない恩を感じているのでな。俺は師範のためならば―――」
そこで全部を言わずに、野添さんは口を一文字に食い縛った。
「―――」
野添さんはもしクロノスを見つけ出したらどうするんだろう。それにクロノスを追っているのは、この人だけじゃない―――あの氣導銃の持ち主の人だって。
「ま、俺の事情はざっとこんなものだ、小剱殿」
「・・・っ」
ざっ、っと野添さんは立ち上がる。
「忝い小剱殿、世話になった。貴殿の話はとても貴重なものだった。さっそくその廃砦とやらに向かってみようと思う」
いや待て。まだだ。俺は慌てて口を開く。
「あの野添さん・・・っ」
「なにかな、小剱殿」
あの氣導銃の持ち主だ。あの近角 信吾って人はクロノスのことを知っていたような感じだ、って祖父ちゃんも言っていたし。きっと魁斗の口ぶりからしても、話に聞いた近角さんは何回かクロノスとも会って戦っているはずだ。
「近角 信吾―――」
「っつ」
俺のその言葉に野添さんの顔が。自身も見知った人だ、であるかのように野添さんの目が見開いた。
「あの人ならクロノスの居場所を知っているかもしれないっす」
「・・・近角殿、か、、、」
でも、野添さんは立ったまま、その視線を自身の足元に落とす。まるで不承不承と言ったその様子で、もしくはなんだか後ろめたいことでもあるかのようなそんな様子だ。
―――。なにか野添さんと近角さんの間であるのかもしれない。でも、、、―――俺は彼近角さんに魁斗から取り返したあの『氣導銃』を返したいんだよな、―――と俺は口を開く。野添さんがその近角さんのことを知っているのなら―――。
「近角さんってどんな人なんすか?」
「―――、、、」
野添さんはちょっと渋そうな顔。やや逡巡してからその渋面の顔を改めて、口を開いた。
「―――近角 信吾殿は正義感が強く、篤い人で、仲間想いで、、、俺が見ていて思うに修孝殿と一番仲の良かったのが、近角殿だ。修孝殿は近角殿を兄のように慕い、近角殿もそれに応え、―――二人はまるで本当の兄弟のようでしたぞ。二人の齢は離れているが・・・」
「へぇ」
うん、祖父ちゃんの話を聞いて、俺もなんとなく近角さんにそんなイメージを抱いていたさ。
ふっ、っと野添さんは乾いた笑みを。
「っ。近角殿はその天賦の才で、日下流剣術十王對四面免許皆伝を若干十八歳で戴き、百年に一人の剣士と言われておりましたな」
なッ・・・!?
「免許皆伝っ!?」
免許皆伝ってっ、今の俺とほとんど変わらない歳で・・・っ!? そんなに強い人だったのか・・・近角 信吾っていう人は!! もしかして、祖父ちゃん以外に、近角さんも剣聖っていう人なのかもっ!?
「うむ」
野添さんははっきりと、首を縦に振った。そう、肯いたんだ・・・。
「・・・・・・」
うわぁ・・・やっぱり今の俺は全然だめだ。もっと強くなりたかったら、俺やっぱいろんな人と手合わせをしないといけないんだな、、、定連さんも言ってただろ?俺に足りていないのは、その場数、経験値だって。
「正義感の強かった近角殿は卒業とともに日府の警備局に入局し、、、」
うっ、くっ・・・、っと辛そうに、口元を一文字に縛り、そこから野添さんは言葉を詰まらせる。どうしたんだろ?
「??」
「だが、そんな近角 信吾殿はもういないのだ。北西戦争に出征した折、殉職したと俺はそう調べをつけている」
「いや、生きていると思いますよ、その近角さん」
「っ!?」
俺のその言葉に野添さんは、その焚火のゆらゆらと揺らめく炎を穏やかな目つきと視線を、まるで血相を変えたような顔で俺を見―――、見詰められた俺は。
「そう俺の祖父ちゃんが言ってましたけど?」
それに、と俺は続いて野添さんに、あのとき廃砦で魁斗が自慢げに俺に語ってきた―――
『ははっ―――♪思い出すよねぇ・・・』
『この『氣導銃』はそのときの戦利品さ。前持ってた奴の名前は知らないけど、銀髪の変な男だったよ。『燃え滓』の奴らはクロノス義兄さんも苦戦するような連中ばかりでさ―――』
―――って、ことを野添さんに、近角さんが生きている、という根拠を教えてあげたんだ。
最初は疑っていた野添さんだったが、今は俺がその氣導銃を預かっているということや、実は祖父ちゃんが今いないのは、近角さんの親友らしい塚本という人に会いに行っていることをこの野添さんに教えてあげたんだ。
ざりっ、っと野添さんが俺に向き直り、
「なっ、なんと小剱殿―――っ!!」
ぐいぐいっ、っと、
「・・・っ」
ちょ、ちょっとこわい。野添さんの顔が鬼気迫るものでそんな表情で、ぐいぐいと来られたからだ。