第十六話 死線を越えろ
第十六話 死線を越えろ
「―――!!」
俺が教会へと駆けだした瞬間―――背後で大きなドンっという爆発音が数発聞こえた。きっと盛大な火柱が上がった音に違いない。彼は俺を先に逃がすために、必死に生ける屍達相手に必死に戦っているに違いないんだ。だから俺は彼を信じて振り返らない。振り返って速力を落としてはいけない。俺を先に逃がしてくれた彼のために死んではいけない。だから戸惑うな、躊躇うな―――一瞬の躊躇が、彼の作戦を台無しにしてしまう!!
「―――あ゛ぁ・・・うぅ・・・」
俺の進むべき行く手に、―――まるで怨嗟のような低い呻き声を上げる生ける屍が一体―――
「―――!!」
俺は覚悟を決め―――、右手に持っていた抜身の木刀を高く振り上げる―――。木刀で打つ相手は眼前にいる・・・!!
「くッ」
教会へと真っ直ぐ突き進む俺の前に立ち塞がるように現れた、血色の悪い土色の生ける屍に向かって木刀の一閃を繰り出す。
俺の繰り出した左から右に薙ぐような木刀の一閃をまともにくらった生ける屍は、どさっと石畳の上に転がるように倒れ伏す。その生ける屍が動かなくなったのか、またまだ立ち上がろうとしてもがいているのか、それを俺は確認することもできずに、次に俺は、自身の前に現れた生ける屍の相手をしなくてはならなくなった。
「せやッ!!」
俺に向かって伸ばされた、新手のものであるその血色の悪い土色の腕と手はまるで俺を掴みに来ているように見えた。そんな生ける屍の俺に向かって伸ばされた右腕と左腕を、その手に握る木刀で薙ぎ払った。
「うわ・・・!!」
そのときに木刀を伝わって感じたとても嫌な感触―――その生ける屍の右腕を木刀で払った瞬間に、右腕の関節部分から先が千切れて勢いよく飛んだんだ。パパパッと腐ったような赤茶色の液体も一緒に飛んだ。千切れたのは、たぶん腐っていたせいで腕の関節が緩くなっていたのかもしれない。
「ッ」
それでもなお、追撃してくれる両腕のなくなった生ける屍。俺は腰をかがめて脛切りの一閃を繰り出す・・・ッ。その木刀が激しく当たった瞬間に、その生ける屍の脛はぼきっという嫌な感触と共に折れて、その生ける屍は石畳の地面に崩れ落ちた。
「!!」
次に俺に襲いかかってくる生ける屍に対して、俺は払い退けるように木刀で斬り上げ、その進む勢いを削ぎ―――
「せやッ」
―――そして、その緩慢な両腕と、掴みかかってくる両手の攻撃を俺は掻い潜り、追い抜きざまに生ける屍の背中に向けて、俺のその両手に持った木刀で勢いよく打ち込んだ。木刀を打ち込んだその勢いで生ける屍は石畳の道に倒れ伏す。でも、生ける屍への痛打は有効ではないらしく、一度は石畳の地面に倒れたその生ける屍は立ち上がろうとして手足を動かし、もがいている。
今は生ける屍一人にかまっている暇はないはずだ。俺は起き上がろうともがいているそいつには目もくれず、さらにその先に建つ教会を目指した。
「くそ・・・ッもう目の前なのに・・・!!」
こんなにも遠い数十メートルほどの距離なんて俺にとっては初めてだ!! たったこれだけの距離なのに、今はなんて遠いんだろう。全力で走りながら、木刀で打ったり、払ったりを生ける屍達に繰り返しているせいで、俺の息も徐々にあがってくる・・・。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ―――」
教会へと向かう道中に、俺の邪魔となる生ける屍をその手に持つ木刀と、自分が今まで会得してきた剣術を使って打ち払い、打ち倒し、俺はようやっとその教会の扉の前に辿り着いた。
「はぁッ、はぁッ・・・、ふぅ長かった・・・この距離―――」
俺は上がった息を整えながらも、生ける屍への恐怖からか、この手からは木刀を放せなかった。それから俺は、俺を先に行くように―――ううん、俺を先に逃がしてくれた、あの名も知らない彼のことが気になり、俺はやっと後ろを振り返った。
「―――・・・」
すると、その彼は筒状の黒い火炎放射器のようなものを肩に担いだ格好で、その腰に差してあった銀色に輝く剣身の洋剣を右手に持っていた。彼は迫ってくる生ける屍に斬りつけつつ、徐々に俺がいるこの教会へとその位置を変えていく。そして、最後はダッシュで俺のもとへ。
「無事でなによりだよ、健太」
教会の扉の前で待っている俺と合流した彼はそんなことを言った。
「お、おう・・・なんとかな―――ってまたかよ!!」
そんな俺達の後を追うように、生ける屍の何人かが脚を引き摺るようなその緩慢な足取りでこの教会に向かってくる・・・!!
「ッつ」
彼は悔しそうに口元を歪めた。彼のベルトにはいくつかの革製品のような小さなバッグのような袋がぶら下がっている。そのうちの一つに彼は手を入れると、なにやらごそごそした。
「仕方ないね、もったいないけど、これでも喰らわすか」
そんな彼が腰袋から取り出したものは―――
「ってお前それ、やりすぎなんじゃねぇのっ―――!?」
俺は思わず突っ込んでしまった。彼はその手に、手の平に収まるほどの大きさで、黒くて表面がごつごつしたパイナップルを手のひらサイズまで小さくした形のようなものを握っていたんだ。それは、本当に日本では日常生活において、通常見ることも、触ることもできないような代物だ。俺だって画像やテレビでしか見たことがないものだった。
「健太。爆発の瞬間は眩しいから直視したらだめだよ・・・っ!!」
彼はピンっという小気味のいい音とともにその手に持った手榴弾の信管を外す。
「そらよっ喰らえっ!!」
彼は楽しそうな笑みをこぼし、腕を振りかぶって右手に握っていた手榴弾を投げた。
「まだまだあるよっ!!」
放物線を描いて飛んでいくそのいくつかの手榴弾はちょうど生ける屍達に当たるか当たらないで爆発音とともに盛大に破裂し、どうやらただの手榴弾じゃなかったみたいで、その紅蓮の炎も四散させた。その火柱と爆風を轟かせ、鼻を突くような臭いの黒煙が俺達のいるところまで届いたとき―――
「焼夷手榴弾をいっぱいお見舞いさ。さ、火が教会に回る前に、早く教会の中に、健太」
「お、おう―――・・・」
この教会までも燃やすつもりなのだろうか、彼は。でも俺は、生命を助けてもらった彼に諌めるような言葉も言いにくく、俺は彼に従ってその教会の中に入っていった。
「へぇ、こんな隠し通路みたいなのがあったのか・・・」
それは地下へと降りていく石の階段だった。
「うん、そうだね。僕もこの通路を知ったのは、最近のことでね」
「ふーん」
俺は、教会のような建物の司祭かが使う教壇の下の隠し通路を暴いた彼に続いてその洞窟のような隠しトンネルを歩いていた。そのトンネルの高さは二メートルほどで幅は自転車か単車がようやっと通れるほどしかない。
俺を先導するかのように名も知らぬ彼は不思議な燈火のようなものを前で翳しながら、その細いトンネルを歩く。
「その明かりってなんか変わった灯りだよな?」
「あ、これかい?」
前を進む彼は、俺に振り返り、その珠のような形で青白く光る灯りを見せてくれた。その青白く光る灯りは、透明なガラスのような球状の行燈?ううん、ランタン?のような不思議な容器の中にその青白く光る珠が入っている。掲げられたランタンのような灯りからは、熱も感じず、またぎらぎらとしたLEDライトの球のように光る感じでもない。その彼が持つ灯りの珠は淡い優しい光り方なのに、俺達の周囲を充分に青白く照らし出していた。
「この灯りはあれだよ、僕のアニムスを―――そのなんて言ったらいいのかな。アニムスを燃料にして明かりに変換する照明器具だよ。イニーフィネ皇国の魔法科学力と日之国日夲の技術を合わせて造られた照明器具って言った方がいいかな」
「イニーフィネ?日之国?」
そういえば、アイナやアターシャも俺と会ってそんな『日之国』なんていう俺には解らない言葉を言っていたような気がする・・・。
「って健太は、ついさっきここに来たばっかりだよね?」
「あ、うん。たぶん。気が付いたらさっきの街にいてさ」
って、お前さんの名前を教えてくれ、なんてとても言いにくいよなぁ。向こうは、俺が自分のことを覚えている、と思っているだろうしさ。などと俺が心中で思いを巡らせていたときだった。
「あのさ、健太―――」
「ん?」
俺は何気なくこの彼の言葉に相槌を打った。
「ううん、屍兵部隊の追撃がまだあるかもしれない。やっぱり話は後にしよう」
「―――、お、おう・・・」
その彼の言葉に改めて、あのおぞましい生ける屍に襲われたことをまざまざ思い出した俺は、ごきゅっと唾液を嚥下した。
「―――・・・」
彼はゆっくりと立ち止まった。立ち止まるときに彼が右手を横に出し、『止まる』の身振りをしてくれたから、俺はたたらを踏むように、彼の背中にぶつかるようなことはなかった。
「―――」
無言の彼がまるで耳を欹てているような様子だったから、俺もまた『どうした?』と彼に声をかけるのはやめた。
「うん、今のところこの隠し通路を屍兵達が追ってくることはないみたいだ」
そこで、彼は一回頷きそんなことを言った。
「ふぅ・・・」
俺はその彼の言葉を聞いて安心した。―――のも束の間のことだった。
「今のところはね。取りあえず、安全なとこに出るまでは後ろに気を配りながら行こう、健太」
「・・・あ、あぁ。解った」
後ろに気を配りながらかぁ。・・・もし、突然後ろから血色のない土色の腕と手が伸びてきたなら―――。俺は頸をその手に掴まれ、暗闇に―――そんな怖い想像をすると身震いするようなうすら寒いものがある。
俺がそんな想像をしつつ、また、もしアイナ達が術者真犯人だったなら、も想像しながら、彼のあとを歩いていたときのことだった。
「着いたよ、健太」
「ッ」
その彼の声で俺は現実に引き戻された。もし、彼の掛け声がなかったら、俺はたたらを踏むように、彼の後頭部に鼻先をぶつけていたかもしれない。