第百五十五話 準えし『天王黒呪』。発動―――呪われし領域『黯黒呪界』
第百五十五話 準えし『天王黒呪』。発動―――呪われし領域『黯黒呪界』
祖父ちゃんの異能『剱聖』―――。それは、それを修練中に体験した俺は。
「―――」
『刃一閃』『漣の初月』、、、といった数々の小剱の業だけではない。それらの使い手である祖父ちゃん自身の動きはまさに神がかっていた。
竹が林立する竹林の中をまるで獣のように跳び回り、否―――サルやムササビ、モモンガなんてものもびっくりの素早い動きだったんだ、祖父ちゃんは。撓る竹を利用し、僅かな取っ掛かりである竹の節を取っ掛かりにして勢いよくそこを蹴る。
「っつ」
修練で相対した俺から見れば、縦に横に斜めに、縦横無尽に跳び回る―――祖父ちゃん。だけど、俺にしてみれば人外の『怪異』のようなものを相手にしている感覚だった。
祖父ちゃんの異能『剱聖』は疾すぎて、俺の僅かな刹那の先を視る『先眼』の異能を完全に凌駕していた―――。なにせ、俺の『先眼』でも祖父ちゃんの動きを追い切ることができなかったのだから。
愿造祖父ちゃん。小剱 愿造。剱聖。まるであのとき視た視得た愿造祖父ちゃんを、己にこの『顕現の眼』で視通し、投影するかのように―――俺は。
あまねく視通せ、顕現の眼―――
ッツ―――!! 明滅する視界。紅と黒と白に。
「うぐっ・・・ッツ」
鋭い眼の痛みに俺は思わず、バッ、っと木刀を持っていないほうの左手で。その魁斗を準えて黯に染まった左手で、俺は激しい痛みが走った両目を手の平で覆うように押さえた。
熱い。熱い。眼が熱い―――、眼を閉じれば、、、明滅する目蓋の裏。赤に、白に、黒に、目蓋の裏がまるで小宇宙になったかのように、星が飛び、赤白にオーロラのように光が乱舞する。
「あ゛ぁああああああぁああッ!!」
ずきずきずきずき、きりきりきりきり―――っと鋭い痛みが両目に走る。まるで千枚通しの鋩を目に衝きたてられているかのように、まるで錐のその鋭い先で目をぐりぐりされているかのように―――。
ぴたり、っと俺は動きを止めた。もういい。もういいんだ。
「・・・」
そんな痛みはもういいんだ。祖父ちゃんに聞いた夜話の話、それと実際に祖父ちゃんに稽古をつけてもらって初めて視得て、、、俺は祖父ちゃんの『剱聖』を理解できたのだから。
『剱聖』という異能を発動しているときは、常に鋭い剱氣を纏う、纏っていた祖父ちゃん。その剱氣で祖父ちゃんは全ての身体能力を大幅に上げ、また剱氣を全身とその得物に通わすことで、自身とその得物を氣で纏い強化させ、得物の耐久性を上げる。
「―――」
目蓋の裏に焼き付けた祖父『剱聖』小剱 愿造を呼び覚ませ、―――。
ダンッ、っと―――。
「ふっ―――」
定連さんは俺の様子に痺れを切らしたのか、ふっ、っと乾いた声を漏らす。そこからは早かった。その錘を引っ提げ、跳びかかるのように俺に肉薄―――。
「、、、ははっ」
だが、今の俺にしてみれば定連さんの動きなんて遅いというものよ。ふぅ・・・っと俺はその錘が身体に当たる前に―――俺は右腕を上げる。その黯く染めた木刀の柄を掴む右手で、それを下から斬り上げるように―――、
ガッ―――!!
「「ッツ」」
木刀と定連さんがその右手で握り締める錘が交錯する。
パパパッ―――っと、お互いの得物を斬り結んだ瞬間に飛び散る真っ黯な液体。その様はまるで、墨汁をひたひたまでに含ませた雑巾で堅い柱を殴ったときのようだ。
否、墨汁でもイカやタコのスミでもない。あのとき魁斗が『天王黒呪』で真っ黯に染めた『黯い聖剣』、今度は俺が『それ』を準えて設えた黯い木刀から飛び散る俺の黯い氣だ。
ぎゃりんっ―――。互いの得物をいなして俺達は、ばっタタっ―――っと距離を取る。
「っつ、俺の錘に変な黒いもんを付着けやがって―――」
すぅ―――っと定連さんは錘を持っていないほうの空いた左手を上げ、つぅっとその人差し指で錘に着いた俺の黯い液体のような氣を拭こうと、なすくろうと。
いいよ、その指で早くなすくりなよ、俺の黯剱氣を♪ ざまぁ、たちどころに黯で侵してあげるよっ♪
「ははっ♪」
おっと思わず笑みがこぼれた。だってさ、定連さんは黯い氣を指で直で触れようというんだよ? それは『顕現の眼』で魁斗の異能『天王黒呪』を準え、造り上げしもの。この魁斗の黯い氣を模し、準えた黯剱氣に触れれば、たちどころに穢れのようなものに侵されるのだ。思わず顔が笑みで歪んでしまうわい。
ハッ、っとして俺は―――、なにを、俺はなにを。
「ッツ」
『黒印』くそったれな魁斗がアイナとアターシャにやったように、やったようなことが癪だけどできてしまうんだ―――、あぁ思い出すだけでムカついてくるっ、結城 魁斗ッツ。
「定連殿ッその液状の黒いアニムスに触れてはならんッ!!」
「野添・・・?」
ぴくっ、っと野添さんの言葉で、定連さんの指が止まる。っつ惜しいなぁ、もう。
「まさかっ、まさかだとは思うが、、、」
「何か知っているのか?野添」
「うむ、定連殿。この『五世界』には『黒い呪い』を操る者がいると、以前俺の師に聞いたことがあるのだ」
「黒い呪いだとっ!?」
「うむ。囚われれば最後、その者は黒い穢れのようなもので侵されて廃人となる、と俺の師はそう言ってましたぞ」
「ッツ、―――」
定連さんは顔を顰めて、顔を歪めての定連さんの舌打ち―――。
「―――だとしたらなんだ、小剱がその『黒い呪い』の使い手ってことか?」
「それは、、、おそらく・・・」
「黒い呪い、穢れの異能・・・、だとしたら、あの若さで相当やべぇ奴だな、小剱は」
じり、じりっ、っと定連さんは俺からさらに距離を取るように、半歩、半歩と退く。
相当やべぇ奴だなって定連さん、、、。俺じゃないよ。まるで俺が危険人物みたいに言うじゃないか、、、黯い呪いのそいつ俺じゃないってば。たぶん野添さんが言ったのは、野添さんが師匠から聞いたってのは魁斗のことだってばっ。なに間違えてんのさ♪ あいつ魁斗はもう俺が消したよっははっこの五世界からっ♪
「・・・・・・」
それにしても、魁斗って『イデアル』になって、、、あいつそんなに有名人だったのか、あいつが!? あの、俺や敦司の後をちょこちょこついてくるようなやつだったあいつが。そして、こけたりしたらすぐに泣いてしまうあいつが、この『五世界』では『黯き天王カイト』―――。もう俺が『転眼』で地球に送り返したけどな。そのときもあいつは泣いていたっけ、、、ははっ♪
「ははっ♪」
にぃっ、っと俺は口角を吊り上げて。いやのう、そのなんだかのう俺はおかしくて笑ってしまったのよ。
もう遅いよ、定連さん・・・ははっ♪ だってなんたって俺のその黯い氣があんたのその錘に、黒服から少しはみ出る白いカッターシャツの袖口にも俺の黯い氣が、その黯い染みが点いているんだからさ。
「楽しいか小剱?そんなにへらへら笑いやがって」
俺が笑っている?しかもへらへら?
「??」
そうだったかのう?俺は楽しいのかのう?俺は楽しくて笑っているのか?
「なにきょとんしてんだ、小剱。戦いってのは楽しいに決まってんだろ。戦えば戦うほど、経験を積めば積むほど、自分自身が強くなれるんだぜ?」
「―――」
そうか。確かにそれはこの人定連さんの言うとおりだ。
「お前も楽しいよな?こんなすげぇ異能を隠し持っていてよ。それで全力で戦えてよ」
全力での戦い。お互いに力を振り絞って、強い奴と全力でぶつかって―――より高みへ。
「・・・全力で戦えてか、そうだのう。俺も、俺も楽しいよ、ははっ♪」
そうだ、だから全力で戦う俺は、定連さんと。
この眼で視たものを思い出せ、もっと準えろ。そうすれば俺はより強くさらに強くなれるんだ。愿造祖父ちゃん―――それと・・・。
「魁斗」
「かいと?」
言葉が意味が分からない。一瞬その表情をきょとん、っとさせた定連さんを後目に俺は魁斗をもっと、より思い出していく。現し、顕現させ、馴染ませるように、投影するように、俺は。
「結城 魁斗『イデアル十二人会』の一人―――『黯き天王カイト』、、、」
結城 魁斗。俺の友達だったやつ、、、むかし、俺が子どもの頃、敦司や真に美咲や天音、己理―――そして、魁斗。俺は小学生の頃、真夏のキャンプ場で、、、みんなと、そして逸れたように違う班になってしまった魁斗。その魁斗が夏キャンプの最終日の夜に、肝試しの最中に行方不明になって、、、そして、この五世界で俺達は再会した。最悪の再会。嫌な思い出。黯い呪いのような異能でアイナとアターシャを殺されそうになって、、、。悔しい。なんてことしやがるッくっそぉおおおッ、ちくしょうっ―――!!
あのくそくらえな思いを今この『顕現の眼』で準え呼び覚ませ。
「『天王黒呪「黯黒呪界」』―――」
ぎゅっ。じわっ、ツツーっ、ぽたっポタタっ・・・。
木刀の柄を握り締める右拳からじわりとまるで墨汁のような黯い氣が。それは柄を握り締める指の間を濡らすように漏れ、そのまま、木刀の刀身を伝い、鋩からぽたぽた、ぽとぽとと竹林の地面に落ちて黯い染みを作る。
黒い漆黒の墨汁のような水滴がポタっポタタっと何滴か、数滴地面に落ちて黒く染め拡がり―――、