第百五十三話 二殴打
「『刃一閃』ッ・・・!!」
「『二殴打』ッ・・・!!」
バチィィィンッ―――っと交錯する、斬り結ぶ。俺の木刀と定連さんの錘。斬り結び、静止する。
「ッツ」
さっき視得たことが起こり得るのなら、すぐに離脱だ。
第百五十三話 二殴打
俺は両脚に力を籠めて、、、俺が両脚に力を入れて後ろに跳び退こうとしたときだ。
どすっ、定連さんの右手の錘が竹林の地面に落ちる。
ぎゅっ、っと。さっき俺が避けたほうの錘を握っていた定連さんの右手だ。錘を落とし、その空いた定連さんの右手が俺の木刀のものうちを握り締める。代わりに手持無沙汰となる左の錘。
う、うそだろ?まさかあの右手の黒手袋か!?
「っ!?」
ぎりぎり、、、みしみしっ、っとどんな握力だよ。定連さんの右手に掴まれた俺の木刀が軋んでいる!?
「小剱お前の敗因を俺が教えてやるよ」
ぐいぐいっ、っと引き抜けない。木刀が動かねぇ―――、この人なんて握力だ。
「な・・・っ」
「お前の戦闘経験の少なさともう一つ、それは得物の脆弱性だ。きっとこれが真剣だったなら、俺にこんなふうに得物を掴まれることはなかったろうよ。あばよ―――小剱」
「・・・っつ」
あ~あ、さっさと、父さんがくれた木刀を離せばいいのに俺は。一瞬の躊躇いが仇となるんだ。ほんとによく視得る。
定連さんは一歩距離を詰めて、手持無沙汰となった左の錘で思い切り俺のみぞおちを衝くんだよ。
どんッ、っとみぞおちに走る鈍い痛み―――、
「・・・ぐ、は―――ッ」
めりめりめりっ、、、その丸い金属の先端が俺のみぞおちにめり込む。めり込んでいく、、、。
「ゲハっ、ゴホッ、オゲェ・・・ッ!!」
その吐き気を催す不快感と言ったら、半端ねぇ。すっ、っと俺は木刀を握る手をその柄から離し、、、みぞおちを掻き毟りながら、くの字になって蹲った。
「そしてこうなる、しっかりとその味を覚えておけ小剱」
なにを・・・、倒れた俺は視線だけを定連さんの声がする上へと持っていく。黒いスーツを履いた右脚が伸び、ひゅっ、っと。
「―――」
どすッ―――っ。
「ガ、、、ハッ―――」
一瞬、息が詰まった。追い打ちの定連さんの蹴りが、蹲る俺の腹に入ったんだ。酸っぱいものがお腹から喉、口へと上がってくる。胃酸だ。
ぐしゃ―――っ。
「うぐ・・・っ」
さらに定連さんは堅い革靴を履いたその右足で俺の脇腹を踏む。
くそ―――、ここまでいいようにやられて、、、俺。
「いいか、よく聴け小剱」
「―――・・・?」
その地面に倒れた姿勢のまま俺は視線だけを定連さんに持っていく。
す―――っ、とすると定連さんは俺の脇腹を踏みつけていた右足を上げ、退けてくれた。
ざり―――仁王立ちのように定連さんは竹林の中で倒れる俺の前に立つ。
「小剱、敗けの経験は重要だ」
しゃがみ、俺の視線と同じ高さになった定連さんが―――、
「っつ」
俺の頭の髪を握る。そしてややっとそのまま俺の髪の毛を握り、俺は定連さんに頭を持ち上げられた。
「悔しいだろ小剱。磨き上げた自分が折られるのは」
「―――っ」
悔しいどころじゃねぇ。くそっ―――、俺の異能『選眼』はちゃんと発動していて、ちゃんと視得たのに。俺の剱技が、経験が不足してたんだ・・・っ。くっ―――悔しい・・・。
「敗北の苦しさも苦さも、屈辱感も、悔しさも無駄じゃねぇんだ、小剱。悔しさを覚えねぇ奴は伸びねぇ」
「―――っ」
くそっ。どうして俺の『選眼』は直接、俺自身の強大な力に成らないんだろう。『先眼』『透視眼』『慧眼』『慈眼』『祓眼』『縛眼』『鎖眼』『封眼』『転眼』―――その全ては強大だけど直接俺の異能で繰り出す『力』にはならない。
この小剱の剱技。そして『選眼』にもっと『力』があれば俺はもっと高みへと行けそうなのに・・・!!
「どうだ、小剱。俺ならお前をより高みへ―――・・・、お前を―――・・・、イカして―――、・・・、やる」
「―――」
定連さんはなにか言っている、たぶん俺と一緒に来い、と。だけど俺はあんたと行くつもりはないし、あんたと歩む道は視得ない。
「―――泣くのは悪いことじゃねぇ。きっとその悔しさはお前の糧になるそれを忘れるな、小剱」
定連さんに、武術だけで敗けた、、、。
「・・・く、、、っ」
悔しいよ、俺・・・っ、うぅ、くっ、うぐ・・・。
「・・・そっか。解ったぜ小剱。やっとお前の気持ちがよ。この俺がお前に稽古をつけてやる、なに心配すんな」
にやりっと楽しそうに笑う定連さん。
「、、、」
解ってねぇよ。『この俺がお前に稽古をつけてやる?』それは違うんだよ定連さん。
今の俺は、俺には。この人定連さんが言うように、きっと俺は経験値不足なんだろう。俺はいろんな人と戦って経験を積む。この小剱の業をもっと磨いて。だったらこれより俺が最初に手合せを願うのはアイナだ。
カノジョのアイナと一回手合せをしてみたい、俺は。なんで好きなカノジョがいるのに、こんなごわごわな定連さんについて行かなくちゃいけないんだ・・・!!
それにくらべると、あぁアイナ、、、あたたかいよなぁ。やわやわだよなぁ。はにかむ笑みがかわいいんだよなぁアイナ。それにあの綺麗な藍玉のような眼。
あのとき魁斗から奪い返したアイナ。魁斗か―――、強かったなあいつの『異能』の力。もうなんか懐かしいな、あいつ。俺が『選眼』の、概念づけた『転眼』で日本に還した魁斗。
「―――」
魁斗―――。唐突に思い出したのは黯氣を使う魁斗だ。あいつは今の俺とは真逆だ。あいつの異能『天王黒呪』は強大で、でも『聖剣』を振るう魁斗自身の剣技はてんでダメで成ってなかった。自惚れるつもりはないけれど、今の俺の剱技は魁斗よりも熟練れていると思う。
でも、俺の剱技は祖父ちゃんの剱技の実力には程遠い。この竹林で手合せしたときに視た視得た祖父小剱 愿造の異能『剱聖』―――、あんなあれ程までの剱技が今、俺にあればきっと定連さんには敗北けることはなかったのに・・・っ。
「俺は強くなる・・・もっとッ!! だけどアイナを棄てるつもりはさらさらねぇ・・・っ!!」
「あいな? 小剱お前・・・ひょっとして彼女でもいるのか?」
もう吐き気も、苦しさも、苦しみも、そんな彼女アイナを思い出すだけで、それは上書きされてどこかに昇華ってしまった。
「いくぜ、、、定連さん。見せてやる―――俺の異能の真の能力を・・・!!」
ゆらぁり・・・俺は立ち上がった。俺がこれまでに視た、視てきた異能を、、、瞼の裏に焼き付けた異能を呼び覚ませ―――!!
相対している定連さんは驚いたような顔をして―――、
「ッツ―――!!」
バッ、定連さんは地面に置いた自身の二つの錘を引っ掴む。ザッザザっ、っと錘を掴み取った定連さんは驚いた顔をして後ろに跳びずさった。
俺は左手を開いてその掌を眼前に翳す。左手指の半影を通して定連さんが視得る。
「『あまねく視通す剱王』―――『顕現の眼』」
俺が見ているのは、目の前に立つ定連さん。定連さんは驚きに満ちたその見開いた目の顔で俺を見る。そして、
俺が視ているのは、あのときのかつての旧友『結城 魁斗』。それから稽古を付けてくれた大好きな祖父ちゃん『小剱 愿造』。
『こ、―――小剱・・・っう、うろたえるなっ。小剱 健太・・・聞けっお前は・・・大切な者を・・・護りたいのだろう? ならば・・・既存の・・・概念は棄てろ・・・。きっと、お前は・・・『眼』を、『媒体』にして―――異能を・・・発現させることができる・・・無限の可能性を持った能力者だ。既存の概念を棄て―――、見事『天王カイト』に・・・勝って見せろ―――!! ・・・お前なら、小剱 健太なら・・・それが・・・できると・・・俺は、信じ――――――』
あのときのあいつの言葉を思い出す。あいつの本名は確か―――、
「『既存の概念は棄てろ』か、日下 修孝―――いや『先見のクロノス』」
「っ―――!!」
なんだ?一瞬驚いたように目を開いた野添さん。野添さんも剣士だ。俺と同じで『先見のクロノス』のことを知っているのかもしれない、まっそれは今はいいか。
・・・それよりも、、、クロノスだ。クロノス自身が言っていたその言葉―――。
「・・・」
かつて日下 修孝という名を名乗っていたクロノスも言っていただろう?俺ならば、それができると信じ、俺が俺を、自分自身を信じなくてどうする!!
そう思えばきっとできる、それを使った代償は大きいかもしれないけれど、あっという間に自身の氣を喰い尽くしてしまうかもしれないけれど、長く『行使させる』ことは、長く保たないだろうけど、でも俺はやるっ。やってやるっ!!
思い出せ、、、あのときのあいつを―――。すぅ―――っと俺は眼を瞑り、『それ』を顕眼させる。
「、、、」
ゆらゆら、ゆらゆら、、、っとまるで靄のように、俺は。ほらできた。ありがとよ、結城。今どこにいてなにしてんだお前―――、、、あのときはけっこうムカついたけど、結城のおかげで俺はここまできた、お礼は言っといてやる。
あのときかつて、子どものとき俺の大切だった友達の一人。成長して、この『五世界』にやってきて、あいつ結城 魁斗と再会し、共に屍の街で窮地を脱し、でも本当は、俺を騙していて、最後に、愛しのアイナとアターシャを奪われかけた。
「ぐ―――っ」
両目はごろごろするなんていう痛みどころの痛みじゃない―――。
ずきずき、と鈍痛。じくじく、と疼痛。ぐりぐり、と鋭痛。―――だが、こんな眼の痛みなんてなんともねぇよっ!!
「あ゛ぁッ・・・ぐうっ―――ッッツ」
その旧友結城 魁斗が俺に視せてくれた『天王黒呪』とその異能の特性。魁斗のそれを『あまねく視通せ』―――。
あのときの、ように、それを、そのときを、思い出し、思い出させ、、、あの感じ、眼に、肌に、ひりひり痛い、息苦しくて、重くて、禍々しくて、あの嫌な、厭な、黒く、仄暗く、いや、もっと黯い、黯靄で、危なげな、『もの』を。