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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第二ノ巻
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第十五話 死地に赴く勇者の行進

第十五話 死地に赴く勇者の行進


「―――くるッ健太・・・!!」

 話の途中に彼は言葉を切って素早く身構えたんだ。

「ッ!!」

 なんで俺の前を歩く彼が急に身構え、厳しい表情になったのか、俺にもその理由は判った。それは教会の裏側からや、俺達から死角になっている路地などからぞろぞろと血色の悪い土色を集団がその姿を現したからだ―――

 生ける屍一人一人の呻き声は大したものじゃない。でも、それが数十人となると、それはまた違って聞こえてくる。『う゛ぅ・・・』『あ゛ぁ―――』といった、たくさんの生ける屍達の低い呻き声は重なり合い、混じり合い、その声はまるで腹の底へと直接響く地鳴りのようだ。

「う、うそだろ・・・」

 俺は思わず呟いた。次々から次へと、曲がった路地や道の向こうから姿を現す、血色の悪い元は生きていたこの街の住人達―――俺がざっと見ても集まった数は、数百人はくだらないと思う。

「くそッこのままじゃ、僕達完全に包囲されるよ、健太!!」

「―――」

 彼のその言葉を聞いて、また、その押し寄せる生ける屍達の様子を目の当たりして俺は言葉を失っていた。教会へと繋がる様々な道から、その血色の悪い土色の集団が群れを成してぞろぞろと緩慢な動作で、この教会を目指して―――ううん、きっと狙いは生者である俺達に違いない―――やってきていたんだ。しかも、その生ける屍の集団は一つだけじゃなくて、大小様々な生ける屍の集団が緩慢な動きで俺達が向かおうとしている教会を目指して集まってきているように見えた。

 その群れを成した生ける屍の集団は、教会へと続く東西の道から、それは教会へと続く南北の道から―――そして、最大の数を擁する集団は、俺達から見て向かって左奥からの斜めの小路の向こうから現れたんだ。

「先に術者を見つけて倒しておけばよかったよ・・・ッ!!」

 彼が筒状の炎を噴く武器を構えて悔しそうに『術者(じゅつしゃ)』とこぼした。

「術者?」

「うん。『屍術(しじゅつ)』の魔法だよ。イルシオン王国では禁忌の魔法に指定されててさ。たぶん、その術者―――屍術師がどこかでこの屍兵達を操っているに違いないよ・・・!!」

「―――」

 魔法とか屍術とか術者とかって―――彼は俺には解らないことばかり言う。でも、そんな俺でも確実に解ることがある。それは―――俺の人生最大の危機はまさに今ってことだ。

「実は僕、不安を煽りそうだったから健太には言ってなかったんだけど、健太と会う少し前に僕、二人組の、そのなんか怪しい奴らを見かけたんだ」

「ッ!!」

 彼が言った『屍術』や『イルシオン王国』などという固有の言葉よりも、俺にとって重要な言葉はそんな言葉じゃない。

 彼が言った『怪しい二人組』―――その言葉のほうが俺にとっては衝撃的だったんだ。そんな―――俺の心に暗い影を落とし、俺の脳裏によぎってしまった人物達は・・・二人のアイナとアターシャという彼女達の姿だ。

「―――・・・」

 いや、そんなまさか、な。アイナ達に限ってそんな人を殺し、それを生ける屍に変えるなんて―――そんなことは違う、と思いたい。

「――――――」

 それに俺が見たのはアイナとアターシャだけじゃない、あの尖塔にいた特徴的な大鎌を持った女性―――。うん、きっと彼が見たというあやしい奴らは、きっとアイナ達じゃない。その俺が見た女性のほうだ。そうに決まっている。

「―――・・・」

 でも、俺はアイナ達のことを信じたくて、彼にその『あやしい二人組』の詳細を訊きたくはなかった。

「ごめん、健太。ぼうっとせずにその木刀を構えてくれないか」

「!!」

 その彼に話しかけられて俺は我に返ったんだ。

「―――・・・」

 彼は無言で筒状の炎を噴く武器の引き金に指をかけ、一文字にした口元と厳しい目つきで生ける屍の群れを見つめていた。そんな俺も彼を見て、静かに鞘付き木刀から木刀をすぅっと引き抜いた。

「僕があいつらに炎を噴きかけたら、教会まで一気に走り抜けるよ、健太。そのときにもし、邪魔する屍兵がいれば、解ってるよね、健太」

 彼は両手で、刀の柄を握るような拳を作り、その両腕を上下に軽く振り下ろした。俺はその彼がやって見せた仕草を見て、彼が『解ってるよね』と念を押した事柄の意味を理解した。つまり、行く手に立ち塞がる生ける屍は、俺が持つこの木刀で薙ぎ払ってね、と言っているんだ。

「あぁ・・・」

 と、俺は短い言葉で、でもはっきりとした上下の首を動きで彼に頷いた。俺から見て、俺達は教会へと続く一直線の縦の筋道の手前五十メートル付近に立ち止まっていた。教会の前で左から斜め後ろに入っていく小路と前後の縦の筋、さらに左右真横に道が交わる。つまり教会は十字路と一つの斜めの小路が交わる、この街では交通の便がいい立地に建っているわけだ。きっと多くの人が集まりやすいように建てられているに違いない。

「―――」

 彼は、俺から見て左奥からの斜めの小路から姿を現した一際大きな生ける屍達の一団を睨むように凝視していた。

「喰らえ―――ッ・・・!!」

 筒状の火炎放射器?の引き金に掛けられた彼の指がぐぐっと引かれていったかと思うと、一直線に炎の尾を引く火球が放たれる!!

 それは、そのまま左奥から『う゛ぅ』『あ゛ぁ』と呻き声を上げながら、ぞろぞろと俺達へと向かっていた生ける屍達の一団に直撃し、盛大に激しい炎と熱を撒き散らした。

「ッ」

 切った爪や髪の毛を火に投じたとき、または焼き魚や焼き肉を間違えて真っ黒に焼き焦がしてしまったときに出るのと同じ嫌な臭いが鼻を衝く。さよなら―――と俺は燃え逝く彼らに対して心の中で合掌した。

「走れっ健太ッ教会だッ!!」

「―――ッ!!」

 彼のその必死な叫び声に弾かれるように、俺は石畳の地面をダンっと蹴って教会に向かって駆けだした。

「え? お前は?行かないのかっ一緒にッ!?」

 俺が彼と数メートルの距離を開けても、でもその当の本人の彼は俺と一緒に走りださずに、元の場所で筒状の火炎放射器を構えたまま、ただ佇んでいたんだ。

「僕はこいつら屍兵の大きな集団を炎で足止めする」

「―――え?」

 俺は彼が言った言葉をまるで理解できなかったんだ。

「それが終われば、僕もすぐに教会に向かうからさ・・・」

 彼は安らかな淡い笑みを浮かべていた。

「う、うそだろ?そ、そんなこと。それに俺はお前を置いて先に行くなんて・・・!!」

 俺に、先に行けって―――じゃあこいつは俺を先に逃がすために、身を挺して生ける屍を引き受けるってことだ。そんなことは俺にはできないし、彼にはさせられない。

「先に行ってくれ、健太。僕は必ず健太に追いつくから―――」

 やっぱりそうだ、彼は俺を先に行かせるために自分が犠牲になるということだ。

「で、でもお前を犠牲にするなんて俺には―――」

 そんなことはできない。一緒に死線を越えてきた仲間を見捨て、犠牲にして自分が助かるなんて―――!!

「ううん、それは違うよ、健太。健太は僕達の行く手の邪魔をする屍兵達を木刀で薙ぎ払いながら、先に教会に行ってそこで僕を待っててほしいだけだよ・・・」

「で、でも・・・それでも―――」

「・・・きみのそういうとこは昔とちっとも変わってないね」

 彼のぽつりと呟いた声は小さくて俺にはよく聞こえなかった。

「え?」

 だから、俺は表情をきょとんとさせ、彼に聞こえなかったよ、という意思表示を示してみたものの―――

「ううん、なんでもないよ」

 彼は淡い笑みをこぼすだけで、答えてくれなかった。

「つまり僕が考えた作戦はこうだ。僕がここで屍兵達を足止めする。僕がここで多勢を足止めしている間、健太きみが小勢をその木刀で薙ぎ払い、教会への道を作る―――これが僕達に残された最善の策だよ。そうは思わないかい、健太?」

「――――――。わ、分かった・・・!!」

 俺はしばし思いを巡らしたあと、苦渋の覚悟を滲ませて頷いた。彼のほうもきっと苦渋の決断だったに違いない。

「!!」

 そのときひゅうっと一陣の風が吹き、舞い上がるように彼がその身を包む白い外套をはたはたとはためかせた。その様を見て俺は、彼がとてもかっこよく見えたんだ。

「死ぬなよ・・・っ」

「―――」

 彼は俺の言葉に、無言で頷いた。彼の自信満々なその笑みはその口角を彩っていたんだ。

「健太もね・・・」

 そんな彼は左腕とその手を真横に出した格好でその握り締められた拳から親指だけを上に出したんだ。

「っつ」

 その彼の仕草はまるで―――誰かを庇うため逃がすために、死んでしまうのが解っているのに『死地に赴く勇者の行進』のようだった。

 ―――一瞬の判断違いが生死を分けてしまうようなこの危機的な状況の中で俺は、俺には少なくとも彼の行動が、そうまるで『死地に赴く勇者の行進』のように見えてしまったんだ。彼はくるりと前を向くと、俺にその白装束の背中を見せた。

「いいだろう。僕を斃せるものなら斃してみるんだな、屍兵達・・・!!」

 彼の堂々とした口上を聞き、俺は思った。きっと彼は前を向いても、その口角には不敵な笑みをこぼしていることだろう。彼はその自信たっぷりの表情とその仕草のままで眼前から迫ってくる生ける屍の群れに向かって一歩、また一歩と足を踏み鳴らすんだ―――


「ッ」

 そんな彼から俺は、彼へと向けていた視線を教会へと移した。今度は俺の番だ。彼の決意を無駄にするな、してはいけない。彼の決意を受け取った俺は、まるでバンっと爆ぜるように、弾けるようにその場から教会へと駆け出したッ。

「ッ」

 ダンッと俺は石畳の地面を蹴り、全速力で教会へと駆けるッ!! 目指す先はあの教会だ―――、普段だったら五十メートルほどの距離なんてなんてことのない距離なのに、今は、今だけはそれが遥かに長く感じる。

「―――!!」

 俺が教会へと駆けだした瞬間―――背後で大きなドンっという爆発音が数発聞こえた。きっと盛大な火柱が上がった音に違いない。彼は俺を先に逃がすために、必死に生ける屍達相手に必死に戦っているに違いないんだ。だから俺は彼を信じて振り返らない。振り返って速力を落としてはいけない。俺を先に逃がしてくれた彼のために死んではいけない。だから戸惑うな、躊躇うな―――一瞬の躊躇が、彼の作戦を台無しにしてしまう!!

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