第百四十八話 自分に足りていないもの・・・
「いくぜ・・・小剱っ!!」
ダンっ、っと定連さんの踏み込む足が道場の床を蹴る、―――それは予想通りだった。
「―――っ」
っつ!!
「ッ!!」
定連さんの開いた眼、血走った眼、愉悦に笑うその口元―――鬼のような形相。剣鬼かよ、あんた。定連さんは剣士じゃなくて錘使いだけど。
第百四十八話 自分に足りていないもの・・・
「―――」
右腕とは反対方向横に伸びる右腕。殴打、その錘を横に薙ぐつもりか? 木刀で受けるか―――、それとも薙がれる錘を避けてから木刀で衝くか叩くか―――。
「らぁ・・・ッ!!」
定連さんの気合の入った一声!! 一撃目の殴打を躱すのは簡単そうだ、でもそうしたら俺の間合いの中には錘が入り込んでくる。定連さんに貼り付かれた状態であの錘撃を避け続けるのは至難の業。
だったらここは避ける―――、と見せかけて。
「っつ」
思考は一瞬。俺は木刀を構える。納刀する時間があれば、抜刀式をお見舞いできたんだが。だったら、それができないのなら―――、横薙ぎに迫る重量級の錘をまともに受けるのではなく、、、小手先を叩くように、その殴道を逸らした後が勝負だ!!
「「ッ!!」」
バチンッ、っと俺の木刀のものうちと定連の錘が交錯する・・・!!
「~~~っつ」
痛っ―――その衝撃だけで木刀の柄を握る俺の両手が痺れる。横薙ぎに定連さんから見て左から右に、薙ぎ殴られる俺から見て右から左ちょうど俺の肩口から上腕にかけてが、その錘撃が飛んでくる。
つまり俺は下から掬い上げるように木刀を切り上げたわけだ。その切り上げた木刀で錘の軌道を掬い上げるように木刀を揮った。それだけなのに、手が痺れるような重い衝撃だった。
だけど、そのおかげでできた定連さんの隙―――。その錘を握る手首、貰う。
「ッ」
その隙、活用させてもらうぞ・・・!! 衝くようなあれだ。ばっ、っと俺は木刀を手元に引き寄せ―――、左と右二つの腕を交差させる。
「小剱流霞ノ構―――」
そうここ―――拳そこから一直線に伸びる鎬と鋩そこに照準を合わせ、木刀の鋩からものうちを手首の動きに合わせるように捻って、、、
「ッ―――」
目を見開いた定連さんの顔が、俺の剣技を避けようとするその動作と仕草がよく視得る・・・。だけど俺の剣技のほうが速い!!
「―――月閃」
、、、三日月のような刃道を描いて、刃を己に引きながら、払い落すような斬撃の小剱の剱技よ、っと祖父ちゃんに教わった『月閃』。
「くっ」
さすがとしかいいようがない。たぶん真剣だったら俺の勝ちだったに違いない。この定連さんは、定連っていう人は俺の木刀がその右手首に当たる瞬間に、当たるか当たらないかのところで、くるんっ、っとその錘を握る右手の力を抜いたんだ。
自由落下で前部の重い錘の動きを利用し、さらに右手首のスナップも利用し、錘を右手首に沿えたんだ。俺の木刀のものうちが当たる瞬間だけ、その錘の固い金属で俺の木刀の斬撃から自分の右手首を守ったというわけだ。
「っ」
悔しいぜ。きっと俺とは戦った場数が違うんだ、この定連っていう人は。俺が稽古や試合以外で戦ったのは、この『五世界』でだけだ。先ずは廃砦でアイナと、それから魁斗だけだもんな。
きっと定連さんはいろんな奴と戦っていて・・・。くそっきっと俺は戦いの場数で、経験値で負けているんだ。
「は、ははっ。効いたぜお前の木刀の一撃―――受け切れても身体が浮きそうだったぜ・・・!!」
にやりっ、っと定連さんは笑みをこぼす。その右腕を左手で摩りながら。
「―――っ」
どこかだよ、こっちは敗北感でいっぱいだ。
「小剱お前―――。・・・お前の打ち込みは上等、さらに力量も咄嗟の判断力もある。だが、そんなお前の一撃を俺は防いだ。小剱お前自分に足りてねぇのがなにか解るか?」
定連さんはやけに真剣な面持ちになり、まるで俺の先生か師匠のように俺に問いかけたんだよ。俺に足りてないもの・・・、、、それはなんとなく解る。俺はたぶん・・・『実戦』というか、試合しかやったことがないんだ。
「それは・・・経験―――っすか?」
「あぁ」
にやりっ、っと。定連さんは、解ってるじゃねぇか、なんてその口角にかっこいい笑みをこぼす。
「お前は今のままでも強ぇ。だが、この道場でくすぶっていればそこまでだ」
「―――・・・」
「そこまでの剣技を持っているお前だ。小剱お前にも師はいるんだろ?お前の師はなにか言っていなかったか?」
祖父ちゃん・・・。
「あ、いえ―――」
ううん、祖父ちゃんはそんなことを俺には言わなかった。元々俺がここにいるのはアイナの公務が終わるまでの、合宿のようなものだし。
「そっか。ま、俺はお前の生き方も、お前の師匠の考えも否定はしねぇけどな。お前がそれで満足してるのならそれでいいけどよ」
ばりばりばりっ、っと定連さんは錘を持っていない左手でそのスポーツ刈りの頭を掻いた。
「・・・」
現状で満足・・・か。いや、俺は全然満足はしていない。
「小剱お前はもっと強くなりてぇか? だったら経験を積め。お前がもっと強くなるにはいろんなやつと戦い、経験を増やすことだ。戦いの場数を多く踏めばそれだけ強くなれる」
「・・・戦いの場数」
そうだ、そうだよ。祖父ちゃんや、夜話の中に出てきた人達だっていろいろ戦ってきて―――っ。
「それに小剱―――」
「っつ」
俺は、定連さんに自分の名前を呼ばれて顔を上げた。
「―――お前は型がしっかりしてるから、基本が成っているから、きっとまだまだもっと強くなれる。磨けば光る。それは俺が保障してやるっ」
びしっ、っと強い口調だ。お、おいってばいきなり褒め殺しか?定連さん。
「・・・っ///」
そんなに褒められると、ちょっと恥ずかしい。
「俺と一緒に来ねぇか?小剱。俺ならお前をイカしてやることができるっ、より高みへとな!!」
俺はもっと強くなれる!?しかもより高みへ―――。
「―――っつ」
自分と来いと、俺を誘ってくれるのか?この定連っていう人は。だけど―――、俺の視線が定連さんからすぅっと横に逸れる。
「・・・・・・」
祖父ちゃんは、それからアイナは。なんて言うだろう、俺が勝手に出て行って。
「ま、今すぐ決めろって言うのは無茶か―――」
定連さんはその黒いスーツの上着の中に右手を突っ込む。その錘は左手に持ち替えて、な。
「定連さん?」
「おう、ちょっと待ってくれや」
ごそごそごそっ、っと左胸の内ポケットに手を入れ、なにかを探っている。
「・・・あ、はい」
それからすぐに内ポケットから手を出す。その右手にはなにか白い長方形の、、、カードほどの大きさの白いものを掴んでいる。
「ほらよ、小剱―――」
俺に差し出された白くてカードほどの大きさのものを、俺は木刀を持っていない左手を伸ばす―――。
「名刺っすか」
あぁ、っと定連さんは肯いた。―――、すぅっ、っと俺はそれに、俺の視線は白い名刺に流れ―――、そこに書かれている『第六―――』。指がじゃまして全部の文字は見えない。
「第六―――」
定連さんの名刺を掴む指のせいで『第六―――』と続く文字がちゃんと、定連さんの肩書かな?それが記された文字が見えなかった。第六課まである大きな企業か役所に勤めているのかな?定連さんは。
「っつ。おっと間違えたこっちだ、小剱」
サっ。定連さんはサっ、っと右手を引っ込め、その右手を再び内ポケットに。魁斗の―――、あいつが隠し持っていた氣導銃。唐突に俺は『あのとき』のことを思い出した―――。
だから俺は『透視眼』を使う。
「―――」
定連さんはそのさっきの名刺を左の内ポケットに仕舞う。視得ている、俺には。その名刺には『第六感社』、、、の文字と、定連さんが所属する部も書かれている。
「すまねぇ、こっちだ小剱」
その後は尻のポケットを同じようにまさぐると今度こそ俺にその名刺を渡す。
「え?あ、はい」
その、そっちの尻ポケットからの名刺には―――、『警備局境界警備隊』、と記されていて、、、少しちょっとつついてみるか。
「警備局境界警備隊隊長―――、、、定連さん凄い人じゃないっすか!!」
俺の言葉に定連さんは目を少し大きくさせた。
「そうか?」
確か祖父ちゃんが夜話の中で言っていたあの『眼鏡の御仁』と同じだ。同じ警備局の人かこの定連さんと、野添さんは。建前は、な。
「はい、確か俺の祖父の知り合いのえっと塚本っていう人と同じだ、って」
「っ!!」
「―――」
あっ、定連さん驚いている。少し定連さんの目が開いたから。やっぱり定連さんは、祖父ちゃんが話してくれた塚本っていう人のことを知っているみたいだ。
「役所勤めだったんすね。どおりで定連さんも野添さんも、かっちりとした黒いスーツ姿なわけだ」
「まぁな。それより、小剱お前塚本さんのことを知っているのか?」
「えっと名前だけ。祖父から聞いたことがあるだけですけど」
「・・・そうか」
「ところで小剱殿―――」
そこで、そのときちょうど定連さんとの会話が途切れたときだ、野添さんが俺に話しかけてきた。
「っ、あ、はい。えっと野添さん」
「つかぬ事を伺うが、小剱殿貴殿はなぜこの道場にいたのかね?ここの主の門下生かなにかかな?」
え?
「いや、俺ここで祖父と一緒に住んでいるんすよ?」
そこまでは知らなかったのかな、野添さんも定連さんも。そういえば―――、なんでこの野添さんは、この道場で。定連さんは納屋の中で、がさがさこそこそ、と泥棒みたいなことをしていたんだろう。