第百四十七話 錘使いの男
「っ」
やっぱり。その証拠にびゅっ、っと錘使いの右脚が俺へと伸びてくる―――。その衝きの威力を、反対に俺が使う・・・!! 見切ったっ、俺はひゅっ、っと上半身を傾けてその錘の衝撃を避け―――。
「なに・・・っ!?」
錘使いの驚く顔。
もらった。俺は―――、左手を鞘付木刀の鞘に―――。右手で木刀の柄を握る。腰を落としてふるふると力を溜めこんだ状態で放つ俺の抜刀式を受けてみろ―――っ!!
第百四十七話 錘使いの男
「小剱流抜刀式刃一閃―――ッ」
弧を描く俺の木刀の斬撃。錘使いの驚く顔がやけに緩慢に視えた。目を見開いていてそんな錘使いの表情が見て取れたんだ。
「ッツ―――」
タンっ、っと錘使いは俺の斬撃を躱すように―――、疾―――ッ
「―――っつ」
―――でも錘使いに木刀の一斬を与えた手応えはあった。でも、浅い・・・!!
タンっタタっタタタタ、っと錘使いはその勢いを殺しつつ、俺の間合いの外にジャンプして退いたんだ―――。そう簡単にはいかないか、、、やっぱり俺の思い通りにはいかないよな。
「いい、鍛えっぷりだなお前」
にやりっと錘使いは笑みをこぼす。にたにたしたような粘着質の怖い笑みじゃなくて、どちらかといえばその笑みは清々しい笑みだ。
「いや、俺なんてまだまだだ」
祖父ちゃんに比べれば俺なんてまだまだひよっこだ。それにこの五世界には祖父ちゃん以外にも、ものすごい剣聖みたいなやつなんてたくさんいるだろうし。
「そうかよ」
そして、錘使いの男は錘を持っていないほうの左手で俺の木刀の一撃が入った右脇腹を押さえるように。錘使いの男はその着ている黒服黒いスーツの上から左手の手の平でそこを何回か摩った。
「そうだお前―――・・・っと」
「?」
錘使いの男は言葉を切り、少し逡巡するように視線を落とすと、、、でもまた顔を上げた。
「さっきのお前の斬り返しは見事だったぞ。まさか俺の一撃が見切られると思わなかったぜ」
普通に、錘使いの腕の長さ、その右手が持つ錘の長さ・・・、俺は錘の間合いを考えて迎え撃っただけだ。
「あ、いや・・・」
錘使いの男は真面目な顔になり、その右手に持った錘もだらりと下段に降ろす。
「お前には俺の姿はどう見えている?」
「・・・え? ・・・・・・」
じろじろ・・・、錘使いの男に言われて俺は彼を今一度観てみた。うん、普通だ。さっきも見て思ったとおり、この錘使いの髪は短く、典型的なスポーツをやる人の髪型だ。体格は俺と同じで、大柄じゃないけれど、バランスのいい中肉中背。体型はがっちりとしていてかなり肉体を鍛えている人なんだろうな。錘使いだから身体を鍛えているのは当然か。
「えっと―――、こんな感じっす」
と、こんな印象を、俺はこの錘使いの男に観て思ったことを言ったんだ。
「ほう、、、なるほど、な―――・・・」
錘使いの男は意味深長そうに視線をやや落とし、またそのように何かを考えているような顔になった。
「・・・」
いったいなにを考えてんだ?この黒服の錘使い。今更だけど、この黒いスーツで錘を振り回すのって、そもそもスーツって運動しにくくないのかな?
「つまり―――」
「っつ」
俺はこの黒服の錘使いの男に意識を持っていった。だって、錘使いは『つまり』って話し始めたから。深く、でも低すぎることはないかっこいい男声だ。
「つまり、俺の異能『現身』はお前には通用していないってことか、、、なるほどおもしれぇな、お前」
「・・・っ」
また、にやりっ、ってこの錘使いの男がその口角に笑みをこぼしたんだ。大げさに笑ったんじゃない本当にかっこいい笑みをこぼしたんだ。
それより異能『現身』? 『俺の異能『現身』はお前には通用しないってことか』―――って言ったよな?この錘使いの男は。つまりこの人はすでに自身の異能を使っていたけど、俺には通じなかったってこと?それに『現身』っていったいどういう能力だ?
「誇っていいぞ?お前のように俺の『現身』を見破ったやつは初めてだぜ?」
見破った?変装みたいな異能か?
「は、はぁ・・・?」
それにこの人楽しそうに。なんか調子が狂うな。さっきまでは問答無用でその錘で俺を殴りかかってきたのに。しかも『現身』を見破ったって・・・、わざわざ自分の異能をばらすようなことまで言って、、、本当にこの人、いったいなんで。いったいなにをしたいんだろう?
「解らねぇか?お前には俺の異能がまるで効いてねぇってことだよ」
「・・・」
やっぱ楽しそうだな、この人・・・名前は知らないけど。
「あのマッチョ姿じゃねぇ、お前は最初から俺の本当の姿が見えてるってわけだ」
マッチョ姿って、、、あっ―――
「っ」
―――もう一人の黒服の剣士が掛けているあのサングラスに映った鏡像、、、スキンヘッドでがっちりした体格の大柄の男が最初に映っていたはずのに、その錘を躱し、見たときにはこのスポーツ刈りの人だったんだ。今は、今のこの人の姿は、スキンヘッドのおっさんとは似ても似つかないその姿だ。
そうか『現身』って―――・・・、外見を惑わす異能か。
魁斗と戦ったときと同じように、一瞬俺にはこの人がぶれて視えたし、俺の『選眼』の異能のおかげか。
「おっとお前お前って悪ぃな、俺の名前は定連、定連 重陽ってんだ。まぁ気軽に定連と呼んでくれや」
「『つくも』殿っなぜ本名を!?」
ん? 驚いたような声。もう一人の黒服の剣士の声だよな?
「っ」
俺は思わず黒服の剣士のほうへ視線を持っていく。やっぱりそうだ。『つくも殿!?』って驚いたようにその声を上げている。じゃあこれは、定連っていう人が俺に本名を言ったのは、この剣士にとっては想定外の出来事だったんだな。
『つくも』っていう名前がこの定連っていう錘使いの、・・・こっちの剣士が『なぜ本名を』言っているぐらいから『つくも』って?なにか、、、偽名?もしくは裏名義?ってことか?
俺が二人を注視する中、錘使いの定連さんが一歩、黒服の剣士に進み出る。
「『よんく』―――まぁ、黙って見てろって」
よんく?黒服の剣士のことか、なんかこっちも偽名っぽい。
「・・・」
こっちの黒服の剣士の偽名?裏名義?は『よんく』っていうみたいだ。
「定連殿」
『よんく』って呼ばれた黒服を着た剣士はやや困惑顔だった。
「おっと悪ぃ―――」
定連っていう錘使いは改めて俺を見る。
「―――俺の名前は定連 重陽ってさっき言ったよな。お前をお前お前っていうのもあれだろ?お前の名前を教えてくれねぇか?」
教えてもいいよな? 俺の名前を教えてくれって。この二人組は怪しいし、大丈夫だよな? ま、いっか。
「俺は・・・小剱 健太、、、っていいます」
一瞬迷ったけど、俺は正直に自分の名前をこの定連さんに教えてやった。
「おうっよろしくな小剱っ」
にかっ。って定連さんは白い前歯を見せて笑う。
「・・・は、はい」
なんでそんな清々しいいい顔をしてんだよ、あんた。定連さんは、そこの『よんく』って人も同じで、、、あんたらそもそも祖父ちゃんの家に勝手に入ってきた泥棒、、、祖父ちゃんが出る間際に言っていた『招かれざる客人』なんだぜ?
あんたらがそんな人達だから、俺も毒気を抜かれてしまうじゃないか。
「っ」
すっ、っと。そのときだ、『よんく』っていうもう一人の黒服の剣士が一歩、淀みのない脚の動きで一歩二歩数歩進み出た。
「小剱殿―――」
よくよく近くで観れば、この剣士のほうは強面のおっさんで身嗜みもきれいで、しかもかっこいい声だ。
「え、っと・・・?」
俺に何の要件だ?
「定連殿が名乗った手前、俺も武道を征く者ならば名乗らなければなりますまい。俺の名は野添 碓水という一介の剣士だ。以後お見知り置きを、小剱 健太殿」
「剣士・・・」
そういうことで名乗ったか。意外と礼儀正しく律儀なんだな、この野添っていう剣士は。
「―――・・・っ」
それにしても野添さんは剣士か―――、俺と同じ。この野添っていう剣士はどこまで強いのか。その強さは?流派は? 日之国の剣術にも流派とかはあるよな? 興味が尽きねぇよ―――。
「小剱、いい顔になったな」
「っ」
突然の声に俺はその声の主である定連さんに視線を持っていく。
「木刀を構えろ―――っ」
にやりっ、っと定連さんは勝気な笑みを零し、
「―――続きやろうぜ。小剱お前のその真剣な眼差しを見たら解る。お前もまだ戦り足りねぇんだろ?」
と俺に言ったんだ。
「はい・・・っ」
本当は剣士の、野添さんのほうを見ていたんだけどな。俺はいろんなやつと、刀だけじゃないいろんな得物が得意なやつと戦ってみたい。祖父ちゃんだって、祖父ちゃんが俺に語ってくれた夜話その中で―――、俺だって!!
「そうこなくっちゃな、小剱」
ゆるゆると定連さんはその右手にぶら下げた錘を上げる。
「―――」
顔には出すなよ、俺。ここで二人を相手にするのはちょっとやばいかもな。
「心配すんな、小剱。おい碓水―――これは俺らの戦いだ、サシの勝負に手ぇ出すんじゃねぇぞ」
定連さんは剣士の野添っていう剣士に視線は送っていない。俺を見ながら、見詰めながら、野添さんにそう言ったんだ。
「ふっ、解っているとも。それにしても定連殿いつになく楽しそうですな」
「あぁ。久しぶりの骨があるやつみたいだからな、小剱は―――っ」
ぐっ、っと定連さんの下肢に力が籠るのが解った。
「っ!!」
来る!!
「いくぜ・・・小剱っ!!」
ダンっ、っと定連さんの踏み込む足が道場の床を蹴る、―――それは予想通りだった。
「―――っ」
っつ!!
「ッ!!」
定連さんの開いた眼、血走った眼、愉悦に笑うその口元―――鬼のような形相。剣鬼かよ、あんた。定連さんは剣士じゃなくて錘使いだけど。