第百四十六話 招かれざる二人組
少しずつ開いてその隙間からそろぉっと中を覗き込むように、、、
「っ!?」
―――はいっ!?
「―――」
誰だ? 中にいたのは毛がもじゃもじゃした動物なんかじゃなくて―――、道場の中にいたのは、、、俺の目に飛び込んできたのはお尻だ。正確に言えば、人の後ろ姿だ。道場の端に置いてある木製の物入れを覗き込んでいる奴の後ろ姿だった。
第百四十六話 招かれざる二人組
「泥棒?」
―――いや、祖父ちゃんの言っていた客人か。泥棒にしてはなんか場違いな格好だしさ。だってそいつ上下ともスーツ姿だぜ?しかも真っ黒の。たぶん男だ。
「っ」
ぴた―――。物入れの中を物色していた男の動きがぴたりと止まる。
「―――っ」
し、しまった聞こえてしまったみたいだ。俺の、泥棒っていう呟きがこの全身黒ずくめのスーツを着た男に。
むくりっ、っと起き上がるように物入れの中を物色していた黒スーツの男が起き上がるように、物入れの中から顔を出す。そして、物置の前で俺に振り返った。
物置の中を物色していた泥棒?は黒服を着た強面のおっさんで、しかも暗色のサングラスまで掛けているせいかその目元は見えない。
「おや、俺・・・いや私は怪しい者ではありませんよ」
『俺』から『私』に言い直したぞ、この泥棒。強面のおっさんは黒いサングラスのおかげでその目元は見えないけれど、ナイスミドルという言葉がぴったり当てはまる長身のかっこいい人だった。
「・・・」
『怪しい者じゃない』?―――いやいや、いくら丁寧な言葉遣いでも、人ん家の道場に勝手に上り込んで物置の中を物色していた奴なんて―――、めちゃくちゃ怪しいんだけど?
「ふむ、その顔はどうやら信じてもらえていないようだ、哀しいな私は」
哀しいな私は、ってあれは・・・ッ!!
「ッ」
俺の視線はこの黒服の男の一点に釘づけになったんだ。あれ―――、この黒服の男ってば、その腰には一振りの見事な業物の刀を差していたから。
「―――っ」
腰に差している刀の向きでそれが打ち刀だと言うことが判る。前にクロノスがその腰に差していた刀は刃を下向きに差す長大な『太刀』だった。でも、この黒服の男はアイナと同じ刀と同じ向きに差している。
「そこで何やってるんすか?」
意を決し俺はこの強面の黒服の男に聞いてみた。
「ふむ。俺、、、いや私はここの道場の主に頼まれて道場の修理に来た者です」
道場の修理だって?俺は祖父ちゃんにそんなことなんて一言も聞いてないんだけど?
「はい?」
「そういう貴殿こそ何者ですかな? ―――私はここには貴殿のような若人が居るとは聞いていませんが?」
しれっと何言ってんだ、この黒ずくめの人。
「あぁ・・・、いや―――」
余計にこの人が怪しい奴になったぜ。まぁ人ん家の道場の中で物色している時点でめちゃくちゃ怪しい人物だけどな。しかも黒いサングラスに全身黒ずくめのスーツ姿で。
「―――えっとここ俺ん家ですけど?」
正確には祖父ちゃんの家な。
「―――!!」
あっ、驚いたっていう顔になったよ、この黒ずくめのおっさん。
「・・・」
俺は靴を脱いで道場に上がる。つかつかつかっ、っと俺は黒ずくめでサングラス姿のおっさんに歩みを進める。―――、あの腰に差している刀・・・、あの刀の間合いに入るのはやばいよな。だから俺は黒ずくめのおっさんから二、三メートルほどの距離を置いて、足を止めた。
ごめん、こんな客人にはあんまり優しくできそうにないわ、俺。
「そういう貴方は誰っすか?人ん家に勝手に上り込んで」
じぃ―――っと、俺はその黒いサングラスを見詰めた。たぶん、相手もそのサングラスの下の見えない視線で俺を見詰めていることだろう。
だんまりか。黒ずくめのおっさんは、
「「―――」」
もし、その腰の刀を居合で抜いてきたら、俺だってこの腰の木刀で迎え撃つけどな。
「―――っ」
え―――っ!? 見えたんだ、俺―――。でも『選眼』の異能で視えたわけじゃない。その、この黒ずくめのおっさんがかけている黒いサングラスがまるで鏡のようになっていて、そこに映る人影を、だ。その人物が、おっさんの黒いサングラスに反射して俺の目に見えたというわけだ。
その人影は俺の後ろから、己の気配を殺して俺に忍び寄ってきている・・・!! 正面のおっさんの鏡のようなサングラスに映り込むもう一人の人物は、スキンヘッドのおっさんっぽい。その頭に毛が生えていないからよく映って見えている。しかも、映り込む姿からして、相当に鍛えられていそうな体格だ。逆三角形の分厚い胸板と野太い腕は相当の鍛錬を積んでいるという証に違いない。
「・・・」
俺の背後より忍び寄るそのもう一人のスキンヘッドのおっさんの手には・・・―――なにかマラカスのようなものを、、、まさか錘? 錘というのは武器の一種だ。棍棒や桴と同じく打撃系の武器だ。
その手が俺の背後で、ゆるゆる、っと持ち上がる―――!!
「ッ・・・!!」
まずいッ後ろの奴は、俺を後ろからその錘で殴りつけるつもりだ―――!!
「―――ッ!!」
ダッタタタ―――っ、っと俺は右に横跳び―――!! その瞬間だ、ぶぅんっ、っという激しく空を切る音。金属バットを空振りさせる音と同じ音。その錘が当たっていたら本当に致命傷になっただろう。
スキンヘッドの野郎・・・不意打ちかよ!!
「いきなりなにすんだ、あんた・・・っ!!」
俺は顔を上げ、スキンヘッドのおっさんを睨み付けるように―――、、、フゥ―――っと俺の視界がぶれる、相手の姿がぶれる。
「え・・・っ」
―――こいつっ・・・、この俺に向かって錘という武器を上から下へと振り落したこの錘を持つ黒ずくめでスキンヘッドのおっさんが一瞬、まるでピンボケのようにぶれて―――、ううん、ぶれるように視得たんだ。
「避けたか・・・」
ぽつり、錘使いの男は呟く。
「・・・っ」
今やこの錘使いの男は、いや、さっきまではこの錘を持つ・・・錘使いの人物はスキンヘッドで逆三角形の分厚い胸板と野太い腕をした筋骨隆々の姿で見えていたのに・・・。その姿でサングラスに映っていたというのに。
フゥっ、っと俺の視界が一瞬ぶれたんだ。すると、そこにいたのは先ほど見た姿とは程遠い奴の姿だった。
俺・・・いったいなにを見ていたんだ? ひょっとして幻でも見ていた・・・のか?
「―――」
いや、ううん本当は解っている。あの魁斗の、魁斗が『黒輪』を放とうとしたときにもこれだった。『視通す』これが、俺の異能『選眼』の力だ。
俺が顔を上げた先―――、もう一人の刀を差している男の近くに立っていたのは俺より少しばかり年上―――三十代くらい?と思える一人の男だったんだ。先ほどの錘使いの大柄スキンヘッドで筋骨隆々の姿とはまるで違うその容姿だ。
「っ」
錘使いの男の髪は短く、典型的なスポーツをやる人の髪型で、体格は大きくはなく中肉中背。でもこの錘使いの体型はがっちりとしていてかなり肉体を鍛えている人物だということは俺でも解った。
「こいつ避けやがったぞ、俺の攻撃を―――。ふっ、中々おもしろくなりそうだな」
にやり、っと錘使いの男はその口角を吊り上げた。
「ふむ、確かにそうですな」
刀のおっさんも。
「あんたら―――っ」
その声はかっこいいし、その錘の腕もいいと思う。でも、やろうとしたことは最悪だ。剣士のほうの奴が俺の注意を引きつけている間に、背後からの錘使いの不意打ちだ。
「おい小僧―――」
タン、ざっ、っと錘使いのほうが居住まいを正すように俺に向く。そして―――ダンっ、っと錘使いの男は道場の木の床を蹴る・・・!!
「・・・ッ」
どうでもいいけど、・・・いや良くない。その黒い革靴ぐらい脱げよ。ここは神聖な道場だぞ・・・!!
「―――この俺が少しお前に稽古をつけてやろうか?」
「―――」
稽古をつけてやる、だと?こいつが?
「いくぜ・・・!!」
「ッツ・・・!!」
とにかくいきなり有無を言わさずこの錘使いは木の床を蹴り、錘を振り上げて―――俺に跳びかかってきたんだ。
っつ、鋭い横薙ぎの一撃―――、それを見て思い出す前に見た魁斗はあの黯き魔剣と化した『聖剣』の重みと遠心力に負けてその身体が持っていかれていた。でも、この錘使いの横薙ぎの一撃にはそのような無駄な動きは一つもない。
こいつっつ―――相当な手練れだ・・・!! 錘は鈍器だ、刀や剣とは違って身体へ当たる部分が大きい。刃物の一斬で身体の部位が切り取られることはないけれど―――、、、この錘という武器は当たれば筋肉を、そして骨まで砕かれる―――。
「くっ・・・!!」
ぶぅんっ、っと空を切る錘の横薙ぎの一撃を間一髪、身体を後ろに反らして避ける俺―――。ダンっタタっ―――っと俺が距離を取るように錘使いの横薙ぎの一撃を避け―――、
「おっと・・・!! なかなか筋がいいなお前、だがよ―――」
にやりっ、っなんてこの錘使いの男が楽しそうに笑う・・・!!
「―――この打撃がお前に避けられるか?」
「っ」
くっ、言うが早いか、錘使いのその錘が次の動作に移っていく。ダンッ、っと錘使いの男は道場の床を右脚で蹴るように踏み込み、俺への距離を詰めてくるんだ
「・・・?」
錘使いの男の錘を持つ右手の肩口が上へ? 上から下への殴打か・・・ううん、いや違う。錘使いは肩を転がすように上腕部を引き絞り、、、っやっぱり―――この腕の動きは突きだっ!!
「いくぜ・・・!!」
ダンっ、っと再び錘使いの男は床を踏み。
「っ」
やっぱり。その証拠にびゅっ、っと錘使いの右脚が俺へと伸びてくる―――。その衝きの威力を、反対に俺が使う・・・!! 見切ったっ、俺はひゅっ、っと上半身を傾けてその錘の衝撃を避け―――。
「なに・・・っ!?」
錘使いの驚く顔。
もらった。俺は―――、左手を鞘付木刀の鞘に―――。右手で木刀の柄を握る。腰を落としてふるふると力を溜めこんだ状態で放つ俺の抜刀式を受けてみろ―――っ!!