第百四十五話 儂がおらぬ間に客人が訪ねてくるやもしれん
第百四十五話 儂がおらぬ間に客人が訪ねてくるやもしれん
美味いな、この焼鮭。むしゃむしゃ―――、最近は、、、て言うかここが山奥だからか解らないけれど、最近はずっと川魚だったし・・・イワナとかアユとか。久しぶりに海の魚を食べた気がする。
「っ」
それは夕飯もほぼ食べ終わり、祖父ちゃんが漬物を嗜んでいるときだった。俺は俺で焼鮭にぱくついていたときだった。
「健太よ、儂はの明日明後日とちと家を空けるのでな、留守番よろしくな」
ぴたっ、っと俺は箸を止めて顔を上げた。
「え?」
「ふむ、留守番は頼んだぞ」
言い終えて祖父ちゃんは漬菜をかみかみもぐもぐ―――ごくん。
「―――」
家を空けるって祖父ちゃんどこかに行くのかな?用事?
「用事でもあるの?祖父ちゃん」
祖父ちゃんはちゃぶ台の上に茶碗を置いた。
「ふむ、ちと人と会うのでな」
「ふ~ん」
誰と会うんだろ・・・、ま、いっか。
「儂が一日二日居ないからと、剱、瞑想の修練をさぼるでないぞ?健太」
俺がさぼるって?
「・・・うん。それはいくら俺でも解ってるってば、祖父ちゃん」
「ほほっ、ならば良いよ健太」
「―――」
「しっかりと瞑想し、小剱の業を己のものとせよ。儂が帰ったらお主の修練の答え合わせをするのでな」
「・・・っ」
答え合わせだって?それはまじでほんとに手は抜けないな。
祖父ちゃんの夜話から半月ほど経ったある日のことだったんだ。まさか、留守番の日にこんなことになるなんて―――、、、このときの俺は全くつゆほどにも思わなかったんだよ―――。
「――――――」
//////
「・・・」
え?祖父ちゃんってば、外出するのにも和装の道着なの?って思った。祖父ちゃんは剣術の試合のときと同じ、和装の道着姿だ。つまりは剣士の正装姿だ。
祖父ちゃんが着ている和服は、下ろし立てらしくてピンっとした、まだ袖を通したことがなさそうな真っ新な道着だ。その祖父ちゃんの道着の色は映える藍色。その祖父ちゃんの腰には一振りの『刀』―――。
「―――っ」
まるであのときのようだった。子どもの頃ふらりと出かけ、そのまま家に帰ってくることはなかった祖父ちゃん。
「ではの健太。いい子にしてるのだぞ?」
「っ」
おっと。もうあんなことは起こらないさ。
「心配せずとも三日もあれば帰ってくるよ、健太。ただ儂は『眼鏡の御仁』に用があり、あの男に会いにいくだけよ」
「―――」
眼鏡の御仁、、、そうか夜話に出てきたあの人か。だったら安心かな。
「ほほ、そういうことだから健太よ、心配せずともよい」
「あー、うん―――」
それにしても祖父ちゃん、『いい子にしてるのだぞ?』って、俺はもう小さな子じゃないってば。ま、いいけど・・・。
「―――いってらっしゃい祖父ちゃん」
俺は苦笑いで祖父ちゃんに。
「うむ」
祖父ちゃんは玄関先で踵を返し―――返そうしたときだ。くるりっ、っと振り返った。
「ん?祖父ちゃん」
「そうだ、健太。儂がおらぬ間に客人が訪ねてくるやもしれん」
「はい。祖父ちゃん」
ぴしっ、っと俺はつい畏まって玄関先の土間で気を付けの姿勢をした。なぜかって?それは祖父ちゃんが、祖父ちゃんのその眼差しがなんでかな、俺が刀の稽古をつけてもらっているときと同じ目になったからだ。祖父ちゃんがとても大切なことを言うときと同じ雰囲気になったから。
「招かれざる客人よ。だからの健太―――、、、」
ほれほれ、っと祖父ちゃんは俺に傍に来るように手招き、
「はい」
「健太よ。お主が、、、―――そやつらを・・・」
俺が祖父ちゃんの傍に寄ると、その耳元で小さく口を開いた。
「―――、・・・」
それを言い終え、祖父ちゃんは俺から離れた。
「うむ。いってくるよ、健太」
ふぅっ、っとでも祖父ちゃんの表情が優しくなった。
「はい、祖父ちゃん」
そうして、祖父ちゃんは今度こそくるりっ、っと俺に背中を向けると、ざっざっざっ、っとどこかに出かけていったんだ。
道場にて午前の修練を終え、俺は母屋に戻り、
「~~~」
じゅーじゅーっ、っと俺は軽くご飯を炒めていた。そうだ、焼き飯にしようって思ってさ。シャカシャカ―――っと俺は菜箸で生卵をかき混ぜながら、
「―――」
もし、俺が剱術をやってなかったとして―――そうだな、例えば俺がアニメやゲームが好きなやつだったら、こんなとき家に誰もいない日には跳び上がるほどわくわくするんだろうな。
「っ」
でも、俺は剱士を目指すんだっ!!昼飯を食べたら稽古の続きだ。
「~♪」
かき混ぜた生卵を焼き飯の上からくるっと回るようにかけて、それが固まれば俺特製の焼き飯の出来上がりだ。まだまだ祖父ちゃんの腕前には劣るけどな・・・!!
焼き飯を盛ったお皿をいつもの居間のちゃぶ台にそろぉっと運び、それと麦茶もな。
「・・・」
ぱくぱく、ぱくぱくっ、と俺は自分で作った焼き飯を食べている。ちょっとご飯がべちゃっとしてる。このべちゃべちゃ感って、、、どうやったらご飯をぱらぱらにできるんだろう・・・。外食したときの焼き飯は炒飯であの旨味とご飯のぱらぱら感に中華風のスープ―――。
「あっ」
スープか汁物を作るのを忘れたよ・・・ま、いっか。
ぱくぱく、もぐもぐ―――。
「―――」
そういえば、祖父ちゃんって出先で、何を話すんだろう。出かけるときやたらと真面目な顔してたけど。
「『一颯』のことを気にしてたのかな?祖父ちゃん」
そういえば、『一颯』ってどこに置いてあるんだったかな・・・?
「・・・」
あの夜話の日、、、祖父ちゃんは『一颯』が入った白木の箱をどこの部屋から持って来たんだろう。俺は先に寝たから『一颯』があのあとどうなったかも知らない。祖父ちゃんの部屋にあるのかな『一颯』が入っていたあの白木の箱。あとで白木の箱だけを見に行ってみるか。
もぐもぐ―――、ごくんっ、っと俺はスプーンで掬った最後の焼き飯の一盛りを飲み込んだ。
「・・・」
炊事場でさっさと洗い物を終わらせ、俺は祖父ちゃんの部屋の襖の前にいる。この先にきっと『一颯』が納まっていた白木の箱がある。
「一颯か」
覚えている、俺がまだ小さい頃に実家の道場の神棚に祀られていた小剱の宝刀を。
あのときの『一颯』は白木の箱になって入っていなかった。ただその白鞘の一振りが神棚の上に一文字の状態で飾られるように祀られていた。
「―――」
右手を伸ばし、すぅっ、っと俺は居間と祖父ちゃんの部屋の仕切る襖を右へと横滑りさせた。俺は祖父ちゃんの部屋の中を観て・・・、夜話を聞いたときにも思ったことだけど、祖父ちゃんの部屋はとても簡素だ。布団は押入れに仕舞われていてその姿はない。
腰より上ぐらいの高さのガラス窓。そして、部屋の突き当り壁際には燻されたような色合いで年季が入った木製の小さな箪笥。部屋の真ん中にはあの夜話の日にもあった小さな木のちゃぶ台だ。
「・・・」
それぐらいの家具しかないんだ、祖父ちゃんの部屋には。だから、簡単に俺の探し物白木の箱は目に留まるはずなんだけど、、、俺のお目当ての『一颯』が納まった白木の箱はない。
「・・・ここにはないのかな、祖父ちゃんの部屋には」
しまった、祖父ちゃんが出て行くときに訊いておけばよかった。ま、いっか。俺は静かに祖父ちゃんの部屋を退室した。
ふとした違和感―――、
「??」
あれ?納屋の扉が開いている? それは俺が庵の裏手にある竹林の中を抜けて道場に向かおうとしていたときだった俺のいつも日常だ。
そんなときふと見たら、納屋の木の扉が少し空いていたんだ。
「―――っ」
あっ、そっか祖父ちゃんってば、閉め忘れてたんだな。ったく、どうせこんな山奥の片田舎には泥棒なんて来ないんだろうけど、やっぱ閉め忘れは不用心だ。
すたすたすたっ、っと俺は庭の片隅にある納屋に近づき―――、あーっ、祖父ちゃんってば鍵も閉め忘れてる。仕方がないな、もうっ。これなんていう種類の鍵だろう? 鉄棒を左右に動かして門を閉めるようなタイプの鍵。
いる。視得る。
「・・・」
ま、いっか閉めてしまえ。がちゃっ、っと俺は鍵の鉄棒を左から右に動かす。まるで時代劇に出てくる牢屋の門のようなつっかえ棒の鍵だ。かちゃっ、っとそれから鉄棒の尖端を向かいの穴に差して、ロックをするように納屋の鍵を締めておいた。
「・・・」
俺はいつものように竹林の道を歩いていく。この先に道場があるからな。てくてくっ、っと歩くことほんとに一、二分かな、竹林を抜けて点々と続く石の板の道になる。もう目の前は祖父ちゃんの道場だ。すたすた・・・、俺は道場の木の扉に右手を伸ばし―――、
かたっ、がさごそ―――っ、ってそんな音。
「―――」
ん?なんか音がする・・・、道場の中からだ。
「・・・」
イノシシとか・・・なんか動物でも道場の中に入ったのかな?ここは山奥だし―――。だったとしたら、ご退場願いたいな。道場中を足跡とか糞で汚されるのは嫌だしさ。
俺はゆっくりと慎重に右手を扉に伸ばす。
「、、、」
そろぉりそろぉり・・・そろぉっと、道場の中にいる動物を刺激しないように、左から右へと引き戸を開けていく・・・。
少しずつ開いてその隙間からそろぉっと中を覗き込むように、、、
「っ!?」
―――はいっ!?
「―――」
誰だ? 中にいたのは毛がもじゃもじゃした動物なんかじゃなくて―――、道場の中にいたのは、、、俺の目に飛び込んできたのはお尻だ。正確に言えば、人の後ろ姿だ。道場の端に置いてある木製の物入れを覗き込んでいる奴の後ろ姿だった。