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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第二ノ巻
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第十四話 勇者現る

第十四話 勇者現る


「ぐッ―――・・・!!」

 とりあえずなんでもいい!!なにか掴めるものを―――と俺は仰向けの身体の上半身を反転させ、手を伸ばした。

 つまり今の俺は木刀で打ち倒した生ける屍の一体に右足首を掴まれ、石畳の地面の上に縫い付けられている状態だ。生ける屍の力は思いのほか強く、掴んだ生ける屍の右手は外れないわ、そればかりか、ずりずりと俺は身体を引っ張られ始めている。

 そんな極限状態の中―――俺は腕を、手を伸ばした。石畳の地面のわずかな石の取っ掛かりを両手の指が掴んだのはほぼ同時だった。

「くっそぉおおおッ・・・!!」

 俺は懸垂を行なうときとほぼ同じ動作で、身体全体を引っ張り上げた。―――でも、そんな俺の必死の抵抗は、まるで『焼け石に水』に等しいもので―――

「ッ」

 な、なんて力なんだ、この生ける屍の引っ張る力は!! 俺が全力で暴れても握る手は外れなかったし、改めて俺は生ける屍の怖さを思い知らされた。

「―――・・・」

 や、やばい―――力負けする。自身の身体を支える俺の両腕は、懸垂するどころではなく、すでにまっすぐに伸び切っていた。また、石畳の地面の取っ掛かりを掴む手指は伸び切っていて、強く力を入れ過ぎてじんじんと痛い。爪ももう割れてしまうんじゃないかってほどに―――。

「・・・」

 もう限界だ・・・!! すでに限界なんだ、摩耗しきっているこの俺の体力と精神力は―――・・・くそ・・・―――。ごめん、アイナ―――


「健太ッ!!」

 俺が死を覚悟し、諦めかけたまさにそのときだった。若い男の声が俺の名前を呼んだんだ。

「―――え?」

 俺はきっと呆けていたんだろう。誰かが俺の名前を呼んで、俺は声が聞こえた前方を、生ける屍に引っ張られているほうとは逆の、頭のほうを訳も分からず、頭を上げて前に視線を送った。

「・・・?」

 するとそこには、俺の見知らぬ若い男がいた。彼は気が気ではないような、まるでひどく焦っているような必死な形相をして立っていたんだ。俺のぱっと見では、彼の歳の頃は俺と変わらないぐらいの歳の頃だろう。彼は黒髪短髪の端正でかっこいいいわゆるイケメンの顔立ちで、マッチョでもなく、肥えても痩せてもいない。いわゆる中肉中背ででも筋トレとかをしていそうな肩や胸などは厚く、そこは少し筋肉がついているように思えた。彼の身長も見た目では俺とあまり変わらない。つまり身長は百七十二、三センチメートルくらいといったところか。

「健太ッ少し待っててくれッすぐきみを助けるから!!」

 そして、なによりこの外国で俺の名前を知っている?その若い男。彼は何か筒状のものをその手に持っていた。それは写真で見たことがある擲弾(てきだん)発射器かバズーカのような形をしている。

 俺はその『健太ッ少し待っててくれッすぐきみを助けるから!!』という感情の籠った彼の声を聞いて我に返った。どうやら、俺の前に現れた彼は生ける屍ではないようだ。

「お、おう・・・早めに―――たのむ・・・わ」

 もう二度俺の名前を呼んだその若い男の指示に従って、まだ石畳の地面の地面を掴んだまま、俺は地面に身体をつけるように、這うような姿勢になった。うわっ足元に俺の脚を掴んだままの屍が見える・・・!!

 俺が伏せたまま、視線だけを頭のほう、前に向けると、

「燃えろっ『死を運ぶ(モルタリフェル)屍兵部隊(ウンブラ・コーパイエ)』!!」

 その若い男は、その擲弾発射器かバズーカのような黒光りする筒状のものを生ける屍達の群れに構えていた。そして、なにかモルタリフェルなんとかと叫んだんだ。

「―――喰らえッ!!」

 彼の持つ黒い筒状の口にくっついった砲弾か、それに近いミサイルのような飛翔体が発射された。その飛翔体は目標に向かって飛んでいく途中で炎を纏い、橙赤色の軌跡となって―――

「っつ」

 ―――俺の頭上をいくつか数発の炎を纏った飛翔体が炎の尾を引いていく。その熱を放射する飛翔体は生ける屍の群れに着弾し、破裂。その直後ごわっとという激しく炎が噴き出た。

「うお・・・っすげぇ・・・!!」

 その尾を引く大きな炎球は、俺に向かってぞろぞろと歩いて来ていた生ける屍の一番大きな集団に炎を撒き散らしながら着弾したんだ。その直撃したあとに、周りに炎と炎熱を盛大に撒き散らし、彼らを火だるまにしていく。その間も、現れた若い男は小規模の生ける屍の集団にも徹底的に大きな炎球を飛ばし続けた。

「大丈夫か、健太っ!?」

 若い男は取りあえず、といったところで引き金を引くのを止め、俺のところへ駆け寄ってきた。ちなみに俺はまだ左足首を一体の生ける屍に掴まれたままだ。

「あ、はい。うん、俺は大丈夫だ」

「そいつはよかった。ちょっと待っててくれ健太。すぐに済ますから動かないでくれよ」

 俺の名前を知っているその若い男は爽やかな笑みを浮かべた。若い男はその腰に差した剣を鞘より引き抜いた。その剣は銀色に輝く洋剣のような形をした剣で、長さはどれくらいだろう、腕の長さと同じぐらいの長さがあった。その剣で俺を刺したり斬ったりするつもりがないのが、その彼の動きで解った。

「―――」

「よっ・・・と」

 その彼は右手に握ったその銀色に輝く剣身の剣でなんの躊躇(ちゅうちょ)も感慨もなく、俺の左足首を握っていた生ける屍の腕を上腕部分から()ね飛ばす。その瞬間、俺を引っ張る力は消失し、『助かったぁ』っと深く安堵―――一方、生ける屍はというと、赤茶けた屍の腕の切断部分から腐ったような色の血がどろりと流れ出た。彼は続いて素早く俺の左足首を掴んだままの土色の手指をこじ開けるようにして、俺の左足首より取り外してくれたんだ。

「す、すまん。ありがとう、助かった・・・」

「いや、うん。健太が無事でよかったよ」

 彼はその取り外した生ける屍の土色の腕をぽいっと適当に投げ捨てた。

「さて―――」

 それに続いて俺を助けてくれたその彼は、手にしたままの洋剣でそのかつては生きていたであろう屍の首を事もなげな態度で刎ね飛ばしたんだ。刎ね飛ばされたそのかつては生きていた人の頭は地面に落ちて、ころころころと石畳の上を転がった。それで、この生ける屍はぴくりとも動かなくなった。どうやら、やっぱり生ける屍は、生きている人と一緒で首と胴が切り離されるとその動きを止めるようだ。

「―――・・・」

 確かにこの彼に俺は窮地(きゅうち)を助けられた。でも、その彼の、なんの躊躇もなく首を刎ね飛ばした行動を見て俺は微妙な気分になった。俺は助けられたほうの身だから、なにも言うことはできなかった。

「立てるかい?健太」

 その彼は外套(がいとう)の下に着ているまるでスーツか学生の制服のような白い服の懐より雑巾のような布を取り出すと、その首を刎ね飛ばした剣の剣身を、すぅっとはばきから鋩まで一直線まで拭う。その拭った布を彼は、まるで餞別だ、といった具合で首の無くなった屍に投げ捨てたんだ。

「お、おう・・・なんとか」

 俺は彼に差しのべられたその白い手袋を着けたその温かい彼の手を取った。彼は俺のことを知っているみたいだけど、俺は彼の顔を見てもどこの誰だか記憶がなく思い出せなかった。

「健太。この街はうろつく屍兵だらけで危険だ、とにかく出よう」

「え、あ・・・うん」

 アイナ―――俺の頭の中で浮かんだのはあの彼女の微笑んだ顔だった。ごめん、アイナと思いつつも俺は、自分を助けてくれた彼に急かさせるように彼の後をついていった。


「こっちだ、健太。僕についてきてくれ」

「・・・わかった」

 俺は彼の素性を判らないものの、彼の俺に対する友好的な態度と、ここで俺の前を歩くこの彼の厚意を断ってまた独りになるという選択はなかった。次、俺は一人になったら、今度こそ死ぬかもしれない、生ける屍に殺されるかもしれないという恐怖が俺の心に纏わりついているからだ。

「―――・・・」

 前を歩く白装束で黒髪の彼はその手に筒状の擲弾発射器を持ちながら、慎重に歩いているようだった。

「・・・」

 俺も彼の後に続き、できるだけ足音を殺しながら歩いていた。

「―――」

 曲がり角になるときとか、道を逸れるとき、または立ち止まるときは、俺の前を歩く彼は左手を小脇に出して、『立ち止まろう』とか『左に行こう』といった無言の身振り手振りで教えてくれた。

「あそこだよ、健太」

 そんなおり、えっと彼が生ける屍達から俺を助けてくれたときから、十五分ほど歩いたぐらいだったと思う。俺の電話はとっくに電池切れになっていて、もう時間すら分からないから完全に俺の体感の時間と距離だ。

 前を歩く彼は立ち止まっており、その彼に言われて俺は顔を上げた。

「ほら、あれ。あそこの建物」

 彼は一つの建物を指差した。

「教会か?」

 俺が見た感じではそんな印象を受けたんだ。その建物は十字や月星といったシンボリックなものは見えないものの、窓は青や緑の色ガラスがはめ込まれており、どこか厳かな印象を受けたからだ。

「うん。フィーネ教のね」

「へぇ」

 俺はそんな名前の宗教も宗派も耳にしたことはなかった。ただ、俺が知らないだけで、外国では割と普通に知られている教えなのかもしれない。

「あの教会の中に―――くるッ健太・・・!!」

 話の途中に彼は言葉を切って素早く身構えたんだ。

「ッ!!」

 なんで俺の前を歩く彼が急に身構え、厳しい表情になったのか、俺にもその理由は判った。それは教会の裏側からや、俺達から死角になっている路地などからぞろぞろと血色の悪い土色を集団がその姿を現したからだ―――

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