第百三十八話 因果を曲がり曲げた果てに
「さぁ、『僕達』で終幕わりにしようか。さようなら、、、『紅のエシャール』―――」
―――ぽつりっ、っと彼塚本は呟いた。
第百三十八話 因果を曲がり曲げた果てに
「いや、イニーフィネ皇国近衛異能団団長エシャール・ヌン=ハイマリュン―――」
「ま、待っ―――」
「『紅氣血封―――』」
ぽつりっ、っと。『紅氣血封―――』と塚本は呟き、、、エシャールが、待ってくれ、とその口に出すよりも早く。ぎゅっ、塚本はその掲げた右手をぎゅっ、っと握り締めた。
エシャールの異能『血世界』を、塚本自身の曲がり曲げる異能の究極の本質『曲描曲筆』で事実を全てかき換え、それに準え、塚本はエシャールの『血世界』を我が物としたのだ。既にエシャールの異能の業も、技も知識っていたのだ。
ぎゅお―――っ、っと塚本をだけをただそこに残して、血世界が、血世界に囚われたもの全てを包み込み、血世界が縮んでいく。エシャールも、エシャールの遺した血も血痕も、その『氣導具』もなにかも、全てが縮小していく血世界に囚われ、そこに血封じられる。日下部市のグラウンドを覆い尽くす紅き異界、紅い禍々しい氣より出でた『血世界』は徐々に小さくなって、その半分、さらに半分とみるみるうちに縮んでいき、塚本が虚空に掲げ、握り締めた右拳の中へ―――・・・。
空は紅から青―――へ。すでにグラウンドから見上げれば、晴天にところどころに白い綿雲が浮かんでいた。
全てが元の空間に戻ったとき、塚本は掲げていた右手を下す。
「―――・・・」
最後に彼塚本がその拳を開けば、その右拳だった手の平の中に綺麗な綺麗な、紅く煌めく紅玉のような綺麗な四角い結晶が。
ぎゅっ、っと再び塚本は手を握り、紅い宝石のようになった『血世界』を握り締め、エシャール共々壊し―――だがどのような心境の変化か、ふぅっ、っと右手に力を籠めるのを止める。
「・・・そっか、『きみ』の言うとおりだ。エシャールさん貴方は僕に、『僕達』に施しを与えてくれた、、、だから―――」
ごそごそごそ―――塚本はズボンの左前のポケットに手を入れた。左手をポケットから取り出しそこに持っているのは、小さな小瓶だ。しかも、試薬や栄養ドリンクなどを入れるために用いる茶色い色の着いたガラス瓶のようにも見える小さな小瓶だ。
そこに小さなサイコロぐらいの大きさとなった『血世界』を指で摘んで静かに落とす。からんころんっ、っと『紅氣血封』により紅く結晶化した『血世界』は瓶の底で幾度か撥ねた。塚本はそこに落とし蓋と、捻じ込み式の中栓を、最後にぎゅっと蓋を回し、その小瓶を封緘する。
「っ」
塚本は最後の残り滓ほどになるまで使ったアニムスを奮い立たせ、そして最後にその小瓶に自身のアニムスを通わせることで、小瓶に施された封印機能が働き、完全に対象を封じることができるのだ。
「・・・、・・・っ」
ふらっ、っと塚本はふらつきよろめいた。気力と精神力を使い果たしたあげく、最後に残った残り滓のアニムスまで使ったのだ。シャツの胸ポケットに小瓶を仕舞い、、、ふらふら―――グラウンドの端に設けられた木のベンチへと向かう。
どさ、、、っ―――精も根も使い果たした彼はベンチに半ば倒れ込むように腰を下ろし、身体を横に寝かす。
「―――どんなに曲がった人も僕より『捻じ曲がった』人はいない・・・。でも、僕はここで死ぬわけにいかない。・・・こんな、『捻じ曲がった』僕には、、、もったいないくらいに眩しくて、綺麗で真っ直ぐで曲がり一つない、、、こんな『曲がった』僕じゃ・・・なにをやっても到底敵わない僕が好きな、、、大好きな彼女が日府にいるから―――・・・、、、僕は・・・まだ・・・死ねない」
ふぅ、、、っと塚本はベンチの上で横たわるように、、、
「・・・僕はそんな真っ直ぐな貴女を愛しています諏訪 侑那さん―――」
彼塚本 勝勇の意識はそこで途絶えたのだった―――。
一方その頃―――、近角 信吾はその後ろに愛妻の愛莉を乗せて、その黒塗りの大型バイクで、戦闘機のパイロットが舞い降り、退避したであろう場所に向かっていた。パイロットはおそらく四人いるはずだ。すぐに向かわないと雲隠れされてしまう。
ブロロロロ、ブォオオオン―――、信吾は右手首を捻りながら、己の大型バイクを駆る。アクセル全開で火の手の上がる古民家街を突っ切り、古道を走り抜け、無人となった日下部の古風なアーケードの商店街を後目に彼は得物を駆る。
「あの辺りだ、愛莉」
「うん、信吾くん」
終始、物凄い向かい風だったものは、信吾がその速度を落としていくことでその風も凪いでいく。キュっ、っと手首を捻り、だが、まだいつ敵の襲撃がくるか分からない。ドッドッドッド―――っと信吾は大型バイクのエンジンを噴かしたままでそのバイクを止めた。
たんっ、軽快なステップで先に愛莉はバイクの後部座席を降り、続いて信吾がサイドスタンドを出して、そのバイクを止めようとしたときだ。
「―――し、信吾くん・・・見て、、、あれ」
愛莉は信じられないものを見たような顔だ。
「え?愛莉」
愛莉は目を見開いて、ゆるゆるとその右人差し指をそこに向けた。
「っつ」
愛莉に言われたとおり、信吾は愛莉のその指先を辿るようにして彼が見たものは、真っ赤な血の海に沈む一人の男の姿だ。
その服装やヘルメット、装備から見て、すでに息がないと思われるその男は、さきほどの四機の三角翼の戦闘機のパイロットの一人であるということが、一目見て信吾にもまた愛莉にも判った。まだ、迷彩服に繋がったままのパラシュートの紐、大きな布製のパラシュートは道端の街路樹に半ば引っかかるようにしてあった。
「っ」
たたっ、っと愛莉がそのパイロットに駆けていく。
「愛莉・・・!!」
たっ、と愛莉のその様子を見て、信吾も愛莉を追うように駆けていく。信吾が愛莉に追いついたときには、すでに愛莉はパイロットのすぐ近くにしゃがんでいた。彼女愛莉は、すでに亡くなっているだろうそのパイロットが流した真っ赤な血を踏まないようにしゃがんでいる。
「ううん―――」
愛莉は目を閉じて、諦めたかのように顔を左右に二回振った。
「―――もう、亡くなっているわ、信吾くん」
だが、安らかな死に顔だ。
「・・・みたいだね、愛莉」
すぅっ、っと信吾は仏さまになったパイロットへと視線を移す、パイロットの頭から顔、頸、胸へと信吾の視線が移り、彼信吾の視線はそこで止まった。
左鎖骨、左胸から右脇腹へかけて袈裟懸け斬り、おそらく日下部市のこの広い道に降下してきたところを、道で待ち伏せしていた誰かに斬殺されたのだろう。
「刀・・・かしら」
ぽつり、っと愛莉が呟き―――
「・・・」
―――すっく、と信吾が立ち上がる。彼のその右拳は、ぎゅっ、っと握り締められていた。そして、食い縛り真一文字にした口を信吾は開く。
「行こう、愛莉―――パイロットはまだ三人いる」
信吾の双眸は静かな怒りに満ちているようだった。
「えぇ、信吾くん・・・」
ブォオオオンっ、っと信吾は愛車を駆り、予め特定していたパイロットの降下地点へと向かう。キキキィっ、っと鋭い音を立てて、直角の交差点を折れて曲がり切り目指す場所へと至ったときだ。
「―――ッ!!」
自身の真正面―――彼らはいた。パイロットと、そのパイロットにその長刀の鋩を向ける一人の若い男だ。
信吾は自分の師に言われたように、すーっ、はーっ、っと一回ずつ息を吸って吐いた。これで冷静になれたはずだ。
「愛莉」
信吾のその静かでいてかっこいい声色で信吾の意図を汲み取った愛莉は―――、
「うん、信吾くん」
ぐいっ、ぎゅっ、っと前に身を乗り出して、愛莉のその両手がバイクのハンドルを握り締める。
信吾はあくまで冷静に、そしておもむろに、愛莉のおかげで空いた右手を、その黒を基調とした色のライダースーツの懐の中へと入れた。
すぅっ、と信吾が懐から音もなく取り出したものは一丁の銃だ。バイクに乗ったまま構えるのは先ほど四機の戦闘機をたった一発の氣弾で撃ち落とした氣導銃『日下零零三號』だ。
「―――」
ちゃ―――っ、と信吾は氣導銃『日下零零三號』を構えた。その銃口から狙うは―――パイロットにその長刀の兇刃を向けている若い男のほうだ。
キュイイイィ―――、構える信吾自身のアニムスが集束するような電子音のような音。そのすぐ後、信吾の持つ拳銃の銃口が真っ白に輝いた瞬間に―――キュンっ、通常の発砲音ではなく、氣弾が氣導銃『日下零零三號』より放たれた。
信吾の氣弾はみるみるうちに長刀を構える若い男―――へと到達。しかし、ふぅっ、っとその若い男はまるで予めここに氣弾が飛んでくることが判っていたかのように、最小限の動きで身体を僅かに傾けると、その信吾の氣弾を避けたのだ。
キキキィ―――アクセルターン。白煙を上げて、信吾と愛莉はその手前でバイクを止めた。
「修孝―――」
ざっ、ざりっと自身の大型バイクを愛莉に預け、信吾は戦場に降り立った。彼が修孝と言った男に近づきすぎず、遠すぎず。がぽっ、と信吾は被っていたヘルメットを脱ぐ。そのときに信吾のきれいな銀髪が日の光を受けて、白銀に輝いた。
信吾に修孝と言われた男が日之太刀をその手にしたまま、信吾に振り向く。
「近角、さん・・・」
修孝と信吾に呼ばれた男の歳の頃は十代後半から二十代前半といったところか。修孝という青年はごくごく普通の中肉中背の体格だ―――。