第百三十三話 小剱殲式一刀殲
「第二ラウンドだ、生身の、剣士よ―――」
『執行官』よりの宣言を受け、すぅっ、っと愿造は納刀した名刀『一颯』の鞘と柄に手を掛ける。
「儂はこの通り生身だ。お手柔らかに頼むよ、機人の巨兵よ―――」
両者は互いを己の敵と認め、睨み合うのだ―――。
第百三十三話 小剱殲式一刀殲
「――――――」
ブンっ、っと『執行官』の姿がぶれ、そして動く―――!! 互いに睨み合っている、と思っていたのは愿造だけで、その実、有機式機人の『執行官』はそう思ってはいなかったのだ。『執行官』の攻撃。飛んでくる鉄の触腕。
両の脚に力を入れて、タンっ、っと―――、
「っ―――!!」
愿造は立っている位置から後方へと飛び退いた。その直後のことだ―――、ヒュンっ、ギャリンッ、っと地面が抉られるように切られ、そして砕けた石の破片が飛び散る。
愿造が立っていた石畳の地面を執行官の右の鉄の触腕が一筋、真一文字に地面を切り裂いたのだ。もちろん愿造を狙った鉄の触腕の一撃だ。愿造が立ったままだったとしたら、おそらく彼の両脚の脛から下は生き別れになっていただろう。
愿造を狙う執行官の二撃目は右側に生えた鉄の触腕だ。その鋩はまるでメスのように尖り、またその刃はまるで刀のように湾曲したものだ。ビュンっ、っと常人の反応速度を遥かに上回る速度で、横薙ぎにその二本の触腕のメスのような刃が愿造に振るわれる―――。
ゆらぁりっ、っと愿造の身体が揺れる、まるで燻らすように。
「・・・どれ、、、」
まるで愿造は、全て見切っている、とばかりにその執行官の二本の鉄の触腕を難なく避ける。愿造は己が八相の構えをとり―――うすく口を開く。
「次は儂の番かのう。機人の巨兵『執行官』とやら―――」
ふっ、っと愿造の姿がまるで霞のように掻き消える。
「ぬ―――、我を、もって、、、」
否―――『剱聖』という異能を行使した愿造の姿が速すぎて、『執行官』のその視覚、及び搭載されたレーダーを擦り抜けるような愿造の速さ―――、タンッ、タタンっ、っという愿造の足捌きに執行官がそこに注意を向けたときには、すでに愿造はいない。執行官がその鉄の触腕を伸ばすものの、愿造には当たらない。彼愿造は遥かその先に至っているのだ。
「小剱―――」
執行官の背後から愿造の声―――、もちろんその声は愿造のものだ。
「ッ・・・!!」
執行官の虹彩のないその目が、まるで普通の人のように見開かれる。その背後で、愿造の構えるその小剱の名刀『一颯』が、愿造の剱氣を纏い、ぽうっ、っと淡く輝く。
「―――っ」
しかし、執行官も信じ難い速度で振り向き、その身体ごと振り返る。
「―――『漣の初月』」
愿造が己の氣で淡く輝くその『一颯』を一振り、ダンっ、っと右足が石畳の地面を踏み込む!! 八相の構えより討ち出された剱氣を纏う鋭い斬撃―――、
「っ」
ばっ、っと執行官は己の背後から生えた鉄の触腕、六本を身体の前で交差―――、もちろん残った右腕も胸の上に沿えるように当てる。明らかに防御の姿勢だ。
その直後―――、討ち出された『一颯』の斬撃より放たれた愿造の剱氣の刃群―――。それらの剱氣の刃は、真夜中の湖面か、薙いだ海岸の波打ち際に落ちた三日月のように幾重にも重なり合って、執行官を切り刻む。
「ぬ゛ぅ―――」
執行官の苦悶の声だ。ざぁっ、っと剱氣の刃の群れが晴れてゆく・・・。
「ほう・・・!!」
愿造は感心したようにその目を大きくした。執行官がまだちゃんとそこに立っていたからだ。愿造の『漣の初月』の剱氣の連刃を受け、その迷彩柄の服は切り裂けてぼろぼろにはなり、その黒光りする機械のその体躯の表面、黒鉄の肌いわゆる装甲にはところどころ切り傷ができているものの。
「やる、な・・・、」
執行官の抑揚のない声だ。だが、執行官はきっちりと健在でまだそこに立つ。その目の虹彩のないところから見て、まだまだ行動不能になったわけではないのだろう。そう愿造にも見て取れたのだ。
「だが、我の、アニムス装甲を、切り裂く、ことは、ない―――」
ゆるゆる、っと背中の真ん中から生えた鉄の触腕を、まるでサソリがその尾を振り上げるかのようだ。執行官は先が刃物にはなっていないその五本の触腕のうちの中央の触腕を後ろから頭上へと掲げる。その中央の鉄の触腕は、その先端がまるで瓢箪のように括れている触腕だ。その瓢箪の底部分と触腕が繋がっており、執行官は瓢箪型の黒々とした銃口のような穴を愿造に向けた。
にやりっ、っと愿造は挑戦的な笑みをこぼす。
「『我を切り裂くことはない』、、、か。さて、それはどうかのう―――っ」
その瓢箪の口のような、銃口の穴が真っ赤に染まった瞬間だ。ごあっ、っと愿造に向かって放たれる紅蓮の炎―――。執行官はそのサソリのように擡げた鉄の触腕の瓢箪型の穴からまるで火炎放射器のように真っ赤な紅蓮の炎を愿造に向けて放ったのだ。最初は細く小さく、だが―――ごあっ、っと拡がるにつれてまるで全てを包み込むかのような紅蓮の炎だ。
ひゅんっ、っともちろん愿造は、その液化燃料が爆発的にごあっ、っと引火した紅蓮の炎を右に跳躍して避けた。
だが、その執行官の特大なる霧吹きの如く放った炎は、その戦いの場日下部の木造の民家を、伝統工法で建てられた木と紙の家をあっという間に包み込む。
「―――」
執行官は無言でそのサソリの尾のような触腕を左から右に、まるで下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、の要領で今度は左から右への横薙ぎに、『面』の炎撃でごあっ、っと愿造に紅蓮の炎を見舞う。
燃え上がる火炎放射器の炎。メラメラっ、っとその紅く燃える紅蓮の炎は日本の伝統工法と同じようにして建てられた趣のある家屋を包み、舐め、燃やしていく。
あっという間に紅蓮の炎は木造の家屋を包み燃やし、そして隣接する建物にもその炎は舐めるように拡がってゆく―――。
その惨劇の様子を観て、、、愿造のその双眸に、眉間に、ぐぐっ、っと皺が寄る。
「炎が、、、―――ッ」
自分がこの炎撃をもし避けなければ、このように火の手が上がることはなかったであろう、という葛藤と悔い。愿造の心に、身に人知れず怒りの剱氣が渦巻いてゆくのだ。
ぐっ、っと愿造は『一颯』の柄を握るその右手に力を入れる。
「生身の、剣士よ、なぜ、怒って、いる・・・?すでに、ここの、この住居の、住人は、いない」
執行官はその虹彩のない瞳で、その目で、その抑揚のない声でそう愿造に尋ねたのだ。
「―――。さて、そろそろ終いにしようかのう、執行官とやら―――」
左手も一颯の柄に添え、ゆらぁり、と愿造がその身体をくゆらす。愿造は執行官の言葉には答えることはなく―――、その目に、身体に、そして『一颯』にも漲る剱氣が宿る。
「―――っつ」
虹彩のない執行官の目が見開かれ、、、執行官は己の搭載するアニムス強度計が愿造の氣の急激な高まりを感知したのだ。強度計はついに測定値を越え、針を振り切る―――!!
「征くぞ」
愿造の静かなる声―――、だが、その声には怒りの感情が聞き取れる。
「ッ」
その直後―――、バっ、と執行官は隻腕となった右腕を胸に沿えるように斜めに置き、さらにその五本の鉄の触腕も全て自身の目の前で交差させて防御の姿勢を取る。
『一颯』の柄を順手で握り、そして鋩を前に、執行官に向けて構えるのではなく、自分の背後に向け、愿造の顎先に自身の直角に曲げた右肘がくる。そのような構えで、愿造は一颯を構え―――その刹那、踏み込む・・・!!
「『小剱殲式一刀殲』」
執行官は愿造の動きを捉えることはできず、ただ、その執行官は自身を通り過ぎた一薙ぎのような風だけを感じただけだった。
執行官の眼前にはすでに愿造はいない。
「―――」
ずずっ、っと右肩口から左脇腹へと擦れるように―――、ぐらぁ―――っと執行官の機械の上半身が傾く。
どぉんっ、っと大きな音を立てて、重量級のその黒鉄でできた機人の上半身が地面に斃れ伏す。噴き、流れ出るのはオイルと有機式機人特有の血液だ。
「さらば―――執行官よ」
すぅ、っとそして最後にキンっ、っという小気味のいい音を立てて、愿造は己の名刀一颯を静かに鞘に納刀した。
愿造は何を思っているのだろうか、彼愿造はゆっくりと踵を返し、返そうとしたときだ。
「ま、まだ、・・・我は、・・・お、おわ・・・、終わっては・・・、いな・・・いない」
そのノイズの混じる声で執行官は、残った上腕のない左手を動かす。
「・・・そうか」
ふぅっ、っとこの場を立ち去ろうとした愿造は脚を止めて瀕死の執行官にゆるりと振り返った。
「わ、我・・・いや、俺は・・・お前―――の・・・おかげで・・・最期に大事な・・・とても大切なものを・・・思い出したのだ」
愿造に執行官への興味が湧いた。
「大切な?」
愿造は地面に倒れる執行官へと視線を下げ、その虹彩の戻った執行官の目と視線を合わせる。
「そうだ、有機式機人と成り果てた俺を止めてくれて、ありがとう」
「お主」
ざりっ、っと愿造は執行官へと踏み出し、踏み出そうとしたときだ。
「く、来るな・・・!!」
『執行官』の来るな、という制止の声。それを聞き、ハッとして愿造は脚を止めた。
「っ」
その執行官の顔には表情が生まれていたのだ。その表情は本当に鬼気迫るものだったからだ。愿造が足を止めたことで、ふぅっ、っと執行官のその表情が柔らかくなる。
「そうだ、それでいい。俺は・・・ネオポリスの有機式の機人、、、機人と成ったものだ・・・。・・・機人には・・・その機能停止の瞬間に・・・搭載されている起爆装置が起動する―――俺は、お前を巻き込みたくはない―――はやく、退避を―――」
ダンっ、タタっと愿造は両脚に力を籠め、執行官に言われた通りに退避行動を―――、しかし―――
「く―――ッツ」
ドウッ―――、愿造を物凄い爆風とそれに伴う火炎が襲う。
まだ息があって、息があるにも関わらずそのような状態で倒れていた執行官はネオポリスの機構により爆破された。その内部に搭載された爆発物が、自力歩行できなくなった機人の機密保持のため、爆発物が起動したのだ―――。
爆発で執行官は粉微塵に吹き飛び、火柱が空高く噴き上げられ、『No.6515執行官のオリジナル』はロストナンバーとしてネオポリスの記録から抹消されたのである。
「―――名も知らぬ男よ、安らかに眠れ」
そう言い残したのは愿造である。彼愿造は爆風に巻き込まれながらも、その漲る剱氣を纏ったおかげで無事だったのだ。
「―――」
彼小剱 愿造の胸中に去来するものではなにであろうか? それは小剱 愿造しか知らないのだ。