第百三十二話 小剱流―――月閃
「ふむ―――・・・」
ぽつり、と愿造が呟く。だが、愿造のその表情には諦めの感情などなく―――相変わらず厳しいその眼差しで『執行官』を見つめていた。
第百三十二話 小剱流―――月閃
その一方で執行官もその表情の乏しい様子で口を開く―――
「『銃装』。照準確認―――」
抑揚のない低い声でそう呟くように言うと―――、『執行官』は、すぅっ、っとその銃口になった左腕を水平に上げた。もちろん狙いは愿造である。
ダダダダダダダダッ―――、『執行官』は左腕に備え付けられた銃口から火花を散らし、愿造を激しく連続で銃撃する。『執行官』のその虹彩のない視覚を司る眼と脳内で直接投影される索敵レーダーには未だに『愿造』の姿が視えていた。
己に映し出された愿造の姿を求めるように『執行官』はその弾丸を撃ち続ける。だが、幾度となく銃撃しても愿造のその姿は倒れず、また肉片となって消し飛ぶことはない。なぜならその姿は愿造が自身の剱氣を用いて造り出した己の現身の残像だからだ。
「ほほっ―――胴ががら空きよ」
「―――ッ」
ぎょっ、っとさすがの『執行官』もその愿造の元気な声を背後より感知してその虹彩のない眼を見開く。
『執行官』はなんとかその巨躯を捩じるようにして己の背後を振り向く、、、―――が、愿造の動きのほうが遥かに疾い。『執行官』はすでに己の間合いの中―――、愿造は左手を鞘に添え、右手は柄巻の巻かれた柄に―――。腰を落とし、己の流派の構えを取る。
『執行官』がその巨躯を捻り、自分に振り向いた瞬間に―――、
「小剱流抜刀式―――刃一閃」
疾―――、愿造の抜き手の一撃が『執行官』のその巨躯の胴を斬り裂く。だが、『執行官』の迷彩服一枚を切り裂いただけで―――、
「む・・・!!」
ギンッ―――っと金属を叩く音。しかも、まるで弾かれるような手応えを感じ、愿造は一瞬難しい顔になった。
「我には、『対アニムス装甲』が、備わっている。お前の、氣の斬撃では、我を、切り裂く、ことはできぬ」
虹彩のない眼で相変わらず『執行官』は無表情で、また抑揚のない声を発したのだ。
「ほう。では儂も『本腰』を入れんとな―――、まずはその左腕を貰おうかの」
愿造は納刀をせず、ゆらぁりと霞ノ構を取る。その『一颯』を霞ノ構で、、、。
「何度も言ったはずだ、なぜ、生身の人間は、いつも解らない」
『執行官』は余裕の態度で左腕を真横に差し出す、、、まるで斬り落としてみろとばかりの不遜な態度だ。
「小剱流霞ノ構―――」
ぽうっ、っと愿造が、その全身が淡く輝く。
「ッ―――」
ようやく、『執行官』も自身に備わったアニムスレーダーが捉える愿造のアニムス強度の数値の跳ね上がりに気付いたのだ。『執行官』は慌てて、左腕を引っ込め、その己の右腕も用いて、胸の前で交差させて防御の姿勢を取る。
ぼとり。
「―――月閃」
愿造が『月閃』と言う前に、、、いや言ったのとほぼ同時に彼『執行官』の左腕の先は落ちた。
「―――ッ、我の、腕が、落ちた・・・?」
きょとんっ、っと執行官は。自身の銃口が備わった左腕が文字通りに、ぼとりっ、からんころんっ、っと金属音を立てて地面の上に転がる。
愿造が放った小剱流の技の一つ『月閃』―――。霞ノ構で、刀の鋩からものうちにかけてを捻り、捩じるような鋩の動きでまるで三日月のような刃道を描いて、刃を己に引きながら、払い落すような斬撃の小剱の剱技である。
「、、、・・・こ、れ、は―――」
ぷしゃあっ、っと、『執行官』の左腕の、油管と、血管から液体が噴き出る。体内を流れる油と血、それは斬られたところで混じり合う。油と血の混じった臭い。
「あいや、すまぬのう・・・、よそ様の家を壊したお前さんの所業を思い出し、少し加減ができんかったわい。さて、分かったろう?お主の負けだ、早う帰って止血して参れ」
「・・・」
まるで不測事態が起こったように、『執行官』は自身の油漏れと出血にしばし固まった。まるでその様子はパソコンや電話が不測の事態に陥り、後負荷がかかってフリーズした状態に似ていた。
だが、数秒後復旧―――ギュゥウンっと、低い機械音を発し、『執行官』のその眼の虹彩に光が戻る。
「・・・ぐぅ。生身の人間にこの我が―――」
『執行官』は左腕の、人間でいうところの左上腕の関節をその機械の右手で摩るように抑えた。優しく握るように、すると、かちゃりっ、っとその左腕は上腕の関節から外れるように取れた。『執行官』はその取った左腕を丁重に地面に置く。どうやら大事なもののようだった。
そして、もう『執行官』の左腕からは血も油も噴き出してはいない。それらは止まった。
「ほう?機人というのはそのようなこともできるのだな」
しみじみ、っと感心したように愿造は言った。
「我は戦闘時のお前のアニムス上昇値を、過小な数値で計算していたようだ」
ぐぐっ、っと『執行官』は無傷の黒鉄の右腕を上げ、その右手を開いて、ぱぁの状態で自身の胸に当てる。その目は虹彩のない『殺機状態』に移行はしていない。
「ほう・・・、その目を見れば解るというもの。お主はまだ儂と戦うつもりかのう」
「意思は在って、意志は無い。我は『執行する者』―――、『執行』する以外は組み込まれていない。一度我が起動したからにはその他は全て我には雑音だ」
その『執行官』の人語を耳にして、愿造は少し哀しげに視線を落とす。
「―――そうか」
ぽつり、と愿造は呟いた。
「ただし―――」
『執行官』の人語にふぅっ、っと愿造は顔を上げる。
「ふむ」
「―――より早く正確に、最適解で『速く執行』するという我の自由意志はなによりも最優先される、それがネオポリスの『執行官』」
ぶわっ、っとこの機人『執行官』の殺気のようなものが膨れ上がる。それはこの『執行官』という機人を動かしているもの、電気やアニムスである。
ぐっ、っと『執行官』より溢れる殺気のようなものを感じ、愿造のその眼差しがまるで猛禽のように鋭くなる。
「・・・―――っ」
ばがっ、っと。なんと驚くべきことがそこに起きたことか!! その、ばがっ、っという何かの外れる音がして―――、、、
「なんと・・・っ!!」
愿造も、目を見開いて『それ』には、その『執行官』の姿に驚きは隠さなかった。
するするするっ、っと『執行官』の背後、背中から新たなる武器が出てきたのだ。それは、まるで触手だ。黒々とした塗装の特殊鋼によってできた触腕だ。その触腕の、タコやイカ、イソギンチャクでいうところの触腕の先端部分、その先端にはまるでメスのような湾曲した鋭利な刃物や銃口のように黒い穴の開いた武器が装備されている。
その特殊鋼製の黒鉄の触腕が計五本、、、まるで五尾の獣のように執行官の背中から生えた様々な触腕。
真ん中の一本は、にょきっとまるでサソリの尾のように『執行官』の頭の上にあり、その先端はまるで瓢箪のように括れている。その瓢箪の底部分と触腕が繋がっており、黒々とした銃口のような穴を愿造に向けている。
そして、左右二本と斜め左上と斜め右上にもそれが『執行官』のその巨躯を護るように、また獲物を仕留める触手のように計四本の触腕が並んでいるのだ。その四本の黒鉄の触腕にはまるでメスのような鋭利な刃物が、それの尖端に装備されている。
「―――・・・殺機状態へ移行。完了―――」
キュウゥンっ、っと僅かな音を立て、『執行官』の視覚を司る眼の虹彩が消える。
「ふむ―――」
さっ、っと愿造は小剱流の構えを取った。かたや『執行官』も準備万端といったように残った右腕を垂らし、一方の五本の触腕はいつでも撃ち、穿ち斬るぞ、といった具合にぐぐっ、っと前に構える。
「第二ラウンドだ、生身の、剣士よ―――」
『執行官』よりの宣言を受け、すぅっ、っと愿造は納刀した名刀『一颯』の鞘と柄に手を掛ける。
「儂はこの通り生身だ。お手柔らかに頼むよ、機人の巨兵よ―――」
両者は互いを己の敵と認め、睨み合うのだ―――。
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つらつらつら・・・。
「―――」
口を一文字に唇を食い縛りつつ、俺はつらつらつらと。これより先は―――、
「っつ」
『第十三ノ巻』では、俺の祖父小剱 愿造とネオポリスの機人『イデアル十二人会』の一人No.6515有機式機人『執行官』との戦いを記していこうと思う。
「・・・」
それと、もう一つの戦い。祖父がよく言っていた曰く『眼鏡の御仁』と『イデアル十二人会』の一人『紅のエシャール』もとい元・イニーフィネ皇国近衛異能団団長エシャール・ヌン=ハイマリュンの戦いの行方も含めて、な―――。
『イニーフィネファンタジア-剱聖記-「天雷山回想編-第十二ノ巻」』―――完。