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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第十二ノ巻
130/460

第百三十話 血世界―――

 よろよろ・・・ゆるゆるっとエシャールは最後の力を振り絞るように俯せの状態から仰向けに転がる。そして、まるで天を見詰めるような遥か空を見上げた。

「チェ、チェチェ、、、チェスター殿下っ殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下ッ―――ふひ―――ふひひひひひひひっ・・・ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ―――っ!!」

 大の字で、仰向けで寝転がってエシャールは大いに叫び、笑い、奇声を発する。


第百三十話 血世界―――


「―――」

 塚本は急に笑い転げたエシャールを(いぶか)しく思うその目で、その表情で彼エシャールを見下ろしていた。

「チェスター殿下こそ、この乱立した五世界を再統一し、再びイニーフィネ皇国に栄光を(もたら)すことができるお方なのだ・・・っ」

 エシャールは、最後に自分自身の主義思想をどうしても塚本に主張したかったのだ。なぜなら彼はイニーフィネ皇国では古き大イニーフィネ帝国の復興を求める『大イニーフィネ主義』の主張者だからだ。その頭目はチェスター皇子である。

 にやりっ、っと塚本は、外面に朗らかな笑みを浮かべる。

「いやいやその実、貴方は僕ら日之民や月之民のような存在を認めないずいぶんと偏狭な考えの御人のようだ」

 ゆるゆる、っとエシャールは大の字で仰向け状態だった姿勢から上体を起こす。

「黙りたまえっ『哂い眼鏡』。きみ達エアリス人には、大部分の土地を奪われた我らイニーフィネ人の気持ちは解るまい」

「・・・」

 すぅ―――っとエシャールは右手を自身の胸の辺りに持っていく。

「―――殿下、チェスター殿下―――、、、」

 エシャールは自身の主の名前を唱え、急に泣きそうなほどの神妙な面持ちになるとその赤黒い臙脂色の上着の中へ、つまり懐の中にその右手を入れたのだ。

 そして再びエシャールがその右手を懐から出すと、その右手には先ほどの、短剣や三叉鑓、楯になどに成ったあの『氣導具』が握られていた。もちろん目聡い塚本にもすぐそれがなにか判る。

「・・・その『氣導具』でなにをしたいのかな、エシャールさん?」

 塚本は眉間に皺を寄せ、そのようなエシャールを憮然とした顔で見下ろした。

 一方のエシャールは心此処(こころここ)に有らず、と塚本の問いに一切答えようとはしない。現に今のエシャールには、遥か遠いところ、この場にはいない主チェスター皇子のことを深く想っているのである。

「―――チェスター殿下・・・、」

 ブゥーン―――っ、エシャールがその『柄』を右手で握りこむとその柄から先に真紅の刃が形成される。先ほど塚本が嫌と言うほど見たあの真紅の短剣である。

「まさか―――っ。エシャールさん―――・・・っ!!」

 塚本はエシャールが自害するとでも思ったのだろうか。塚本は、だが、エシャールを警戒してかそれ以上は近づかない。

「チェスター殿下麾下(きか)、イニーフィネ皇国近衛異能団団長このエシャール・ヌン=ハイマリュン―――私は貴方様の教えに反することを、我が『異能』の力を行使することを御赦しくださいませ―――チェスター殿下っ」

 すぅ―――っ、っとエシャールはその右手に持つ真紅の短剣の柄に左手も添える。

「んぐ―――ッ」

 スゥっ―――、エシャールはその短剣で躊躇(ちゅうちょ)することなく、自身の頸を切り裂いた。じわ―――っ・・・ぷしゃあぁああ―――っ・・・!! ―――噴き散る紅い鮮血。

「なっ・・・!!」

 さすがの塚本もそれには驚き目を見開き―――、、、エシャールの側に行こうと思った。

「ッツ!!」

 だが、先ほどエシャールの『我が『異能』の力を行使することを御赦しくださいませ―――チェスター殿下っ』あの言葉―――それが塚本の頭を過る。

 ダッ、タッタタ―――っ、っと塚本は脚に力を籠め、後ろ跳びに数歩退く。エシャールのあの三叉鑓での間合い以上に塚本はエシャールとの距離を開けた。

 よろよろ、っとエシャールはその場に立ち上がる。両手、両腕を出して仰ぎ見、両腕を天に掲げる。

「殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下っ―――おぉう私には殿下がそこにおわすのが見える。おぉう殿下っチェスター殿下ッが降臨される!! チェスター=イニーフィネ皇子殿下―――ッ!!」

 ぷしゃあっ、っと深く切り裂くことはせずとも、そこ頸は人体の急所である。エシャールの紅い血が鼓動も相まって、ぷしゃあの他にもぴゅっぴゅっ、っと頸に刻まれた一筋の裂傷から断続的に紅い血が噴き出る。頸から直接グラウンドの地面に飛び、またはその首を伝い、肩、胸―――エシャールのただでさえ赤黒い色をした服が真紅に染まっていく。それすらもなお止まることを知らない彼エシャールの血液は腹、腰、脚へと至り、彼の足元で紅い血溜まりに成ろうとしていた。

 エシャールのその常軌を逸した言動に戦きつつも塚本はその光景を注視してきた。彼塚本はこれまで日之国警備局の特殊部隊の一人として、また『灰の子』となる前に起きた『北西戦争』を通して様々な敵対勢力を見て、それらと戦ってきたのだ。数々の死線を潜り抜けた歴戦の猛者なのだ。これまでにいろいろな敵を、人間をその目で見てきた。だから、塚本はこのようになってしまったエシャールからも目を逸らすことはせずに、なんとか直視できたのだ。

「おぉ殿下・・・!! チェスター殿下・・・っ!!」

 よろよろっふらふらっ、っとエシャールは血に塗れた紅い両手を上げ、ざっざっ、っと一歩、二歩進む。

「―――・・・」

 塚本にはこのエシャールが言うチェスター殿下の姿などは見えておらず、またその気配すらも感じない。どうやらその彼が口走るチェスター殿下が見えるというのはエシャールだけに視えている幻のチェスター殿下のようだった。

 エシャールの足元に血溜まりができたとき、ようやくエシャールは距離を開けた塚本に振り返った。

「ふは、ふははははははッ―――待たせたな、『哂い眼鏡』よ。私が異能を使うことへのお赦しがチェスター殿下より出たように思う」

「いや、エシャールさん、それは、、、ま、いっか」

 血を失い過ぎたことで起きる前後不覚のようなものではないか?・・・そう塚本は思ったが、それを口に出すことは躊躇(ためら)われた。

「これがこの姿がこの私エシャール・ヌン=ハイマリュンの真の姿、真の力だ・・・っ!!」

 その姿は服がさらに紅色に、頭の先から足元まで彼エシャール自身の紅い血に塗れているものだった。さらに彼の足元には血溜まりができている。

「あぁ、、、そうなのかい?」

 半ば呆れているかのように、塚本はそんなエシャールに答えて上げたのだ。だが、エシャールは気分がとても気持ちよく昂っているようだ。

「そうだ、だから『私』が来たのだよ、ふふ、ふひ―――ふひひひひひひひっ・・・ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ―――っ!!」

「―――、、、」

「今度こそ貴殿を平らげよう―――『(エシャールヌ)世界(・ティヤマント)』」

 ずぅっ・・・―――っ、まるで胸を搔き回されるような気色悪い感覚が拡がる。

「―――ッツ」

 塚本はそれを自身の感覚知覚で感じ取り、、、後ろ脚に力を籠めてダンっ、っと後退しようとしたものの―――

 ずあっ―――、その速度をも遥かに超える速度で、、、エシャールを中心に紅色が拡がっていく。

「なっ、これは―――」

 塚本は紅く変わっていく地面を見て、次に空を見上げた。空もエシャールの真上から、まるで血のような真紅に染まっていく。そして、嗅覚をくるわすかのような血の臭い。エシャールの血の気を含んだ大気―――。

 ずぅあぁっ、っと空間がエシャールの異能の範囲領域である血の気を含む真紅の『(エシャールヌ)世界(・ティヤマント)』へと置き換わる。塚本がふと思い懐に入れた自身の端末を取り出せば、そこはすでに圏外となっていた。つまりエシャールの異能は、異能を行使できる領域、もしくは範囲を持つ異能である。

「ふふっふひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!殿下、殿下殿下殿下殿下っチェスター殿下・・・ッ!! 貴方様に命じられ、封印せしこの異能『(エシャールヌ)世界(・ティヤマント)』。ついについに使ってしまい、しまいしまいしまい―――私にお仕置きをぉおおお―――ッ。あぁお仕置きが愉しみです、殿下。チェスター殿下・・・っ!! グランディフェルめ悔しいか?あぁ悔しいだろうよ、グランディフェルっ。ふひゃひゃひゃひゃっ私だけがチェスター殿下よりお仕置きを戴けるのだからなっ!! ふふっ・・・ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」

 相も変わらず狂喜の心に満ちたエシャールは主のその名を狂ったように叫び続ける。

「チェスター殿下っ殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下――――っ、、、チェスター殿下・・・ッ!! この『紅のエシャール』―――、―――、―――、ふひっ、ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!!」


「―――ッ!! ―――・・・」

 その一方で塚本は『自身』の身に起きた驚天動地の事態に大きく目を見開く。きょろきょろっ、っとどこかに抜け道のようなものはないだろうか、彼塚本は端々に視線を送る。やはりこの『(エシャールヌ)世界(・ティヤマント)』という異能の領域より外に出るしかないのだろうか? 塚本はそう考え、そこに至る。なぜ、塚本がそこまで必死になって逃げ道を探るのか。それを塚本は一番よく解っていた、この『(エシャールヌ)世界(・ティヤマント)』というエシャールの世界では自身の『曲がる』異能がうまく働かず、自在に使えなくなっていたからだ。

「見よ『哂い眼鏡』。・・・これこそが我が内なる『世界(デーゴム)』・・・、『(エシャールヌ)世界(・ティヤマント)』―――もうこの私『紅のエシャール』に死角はない。この私『紅のエシャール』に死角を造り出せるのはチェスター殿下だけなのだよ」

 イニーフィネ皇国近衛異能団団長エシャール・ヌン=ハイマリュン、通り名を『紅のエシャール』彼の内なる『世界(デーゴム)』『(エシャールヌ)世界(・ティヤマント)』―――、その鉄臭がひどい血の気を含んだエシャールの紅い氣はさらに拡がり、瞬く間に塚本とエシャールが戦っているこの場所―――日下部市のグラウンドを紅い氣が柱状に覆ったのだった。


 一方その頃、愿造は―――。


 どぉんっ―――っと続いてどぉんっ、っと左右前部と後部に二つとなった最後のガンシップが地に墜落ちていく・・・。

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