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イニーフィネファンタジア-剱聖記-  作者: 高口 爛燦
第二ノ巻
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第十三話 絶体絶命―――

第十三話 絶体絶命―――


 いや、きっとたぶんそうであってくれ、と俺は城壁に沿うように走っていた。きっとこの円形にぐるりと街を取り囲むこの城壁は、東西南北に門扉があるはずだ、いやあってくれ、頼む!! 俺は日がすっかりと傾き夕暮れとなったこの異国の街を死に物狂いで走っていた。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」

 先ほどの生ける屍達が総立ちしていた城壁の門扉からずっと全力で走っていた俺は疲れを感じ、その人気(ひとけ)のない煉瓦造りの家屋の前で立ち止まり息を切らせていた。俺は息をはぁはぁと切らせながら両手を両膝の上についていた。くそ、取りあえずこの家屋の中で休憩させてもらうか。もう誰も生者はいないだろうから、この家の家人はいなくなっているはずだ。

「―――」

 俺は慎重な動作でこの煉瓦造りの建物の中に入った。扉を静かに閉めておくのも忘れない。そして、一番の最大級の警戒は、この家屋の中に生ける屍が潜んでいないか、ということだ。

「―――」

 ほんとに五感を集中させつつ、俺は右手で鞘付き木刀の柄を握り締めながら、また一歩また一歩と静かに建物内に入っていった。

「ふぅ・・・」

 ややあって、やっと俺は安堵の息を吐くことができた。俺が家中を捜してみた限り、取りあえずこの家屋の中には生ける屍はいなかった。

「あとは水と食料か・・・」

 俺は悪いと思いつつ、それに手を伸ばした。もう喉がもうからっからに乾いていて我慢できなかったんだ。それとは、この家の台所で見つけた食べられそうなウリのようなみずみずしい果物やりんごのことだ。おいしそうな果物を見つけた俺は、罪悪感に苛まれつつ、それを()んだ。

「うん、美味い」

 このウリは日本に普通に売っている甜瓜(まくわうり)のような形と色をしていて、固くもなく、噛めばみずみずしい果汁がじゅわっと溢れてきて、ちょっと甘くておいしかった。

 そして赤いりんごのほうは、日本で売られているようなりんごと全く同じみずみずしいもので、甘みのあるその味と歯ごたえもまた同じだった。

 水瓶の中にも透明な水が湛えられていたけど、さすがに沸騰もさせてないような生水をそのまま飲む勇気が俺にはなかった。食中毒になったら元も子もないし、その窯でこの水を一回沸騰させてから飲むということもできたけど、煙が出たら生ける屍達に見つかるかもしれないから、止めておいた。

「―――・・・」

 果物で腹八分目に満たした腹をさすりつつ、俺は外が見える窓の窓際ぎりぎりに寄って外の様子を見てみた。うん、取りあえず俺がいるこの家の近くには生ける屍達はいなさそうだった。

「あれ?」

 そこで俺はこの街に高い尖塔があるのに気が付いた。きっとこの尖塔は街のシンボリックのような尖塔だと思う。そしてその高い尖塔には見晴らし台なのか、それとも見張り台のようなものなのか、それは分からないけれど、尖塔のすぐ下が膨れ、人が数人入れるような部屋になっていたんだ。

「え!?」

 その尖塔に人がいる!? 俺は自分の視界に入ったその高い尖塔の見張り台に誰かがいることを見とめた。

 その尖塔の見張り台のようなところに一人の女の子?みたいな人物がいた。少なくとも俺の目にはそう見えたというわけだ。その女の子というか女性の背中側には、まるで担いでいるように思える一振りの大きな鎌のようなものが、俺の目には見えた。

「あれは・・・?」

 遠目だから、その大きな鎌のようなものの詳細は俺の目に見えない。でも、それは鎖鎌のような鎌じゃなくて、形状から言えばむしろヨーロッパ風の大鎌に見える。まるで三日月のような反りと形状をした大鎌だ。大鎌の意匠などは遠すぎて見えないものの、夕陽を反射しているのか、その大鎌の刃先が赤く光っている。

 この女性の服がどんな服を着ているのかも、遠すぎて俺の目には詳しく見えない。でも、少なくともその女性が着ている服は和装ではないことだけは判る。その尖塔にいる女性の身体の向きがゆっくりと俺のほうへと動き、その女性ははっきりと俺の姿を視認しているようだった。でも、距離が遠すぎてこの女性がどのような表情をしているのか、や、どのような容貌なのかといった細かいところは俺の目には見えなかった。

「――――――」

 ほんとにこんな生ける屍だらけの街に生きているっぽい女性がいるのか? 俺は極限状態の中で人恋しさのあまりにまぼろしを見ているんではなかろうか。俺は一度、眼を閉じてぐしぐしと両目をこすった。

「・・・誰もいない?」

 そしてややあって目を開き、俺がふたたびまた尖塔にその視線を戻したとき、その女性を思わせる人物はいなくなっていたんだ。俺が目を閉じてこすっている間にもうどこかに行ってしまったんだろうか? それともやっぱり今の極限状態の俺が、勝手に想像したまぼろしだったのか?

「―――」

 不安と不穏が俺の心の中によぎり始めた。もし、さっきの女性が生ける屍だったとしたら、俺の姿と居場所が彼らに見つかったことになる。もし、俺がこの家で一夜を凌ごうとしたなら、夜に彼らの襲撃を受けるかもしれない。

 その可能性を考え、俺の心の中がさぁっと不安感と恐怖心で染まっていく。臆病風に吹かれた俺は鞘付き木刀をその右手で握り締め、この家を静かにあとにするのだった。

「・・・・・・」

 息を殺して、足音もできるだけ立てずに俺は、当初に予定していた円形にぐるりと街を取り囲むこの城壁沿いを、煉瓦造りの建物の陰に隠れるように静かに歩いていた。夕日が歩く俺の左側に見えるため、今の俺は生ける屍達が集まっていた東門から円形の城壁に沿って北門に向かって歩いていることが分かった。

 正直、早くアイナには俺を迎えに来てほしい。こんな恐ろしい生ける屍達が徘徊している街とはとっととおさらばしたい。

「―――・・・」

 もう今の俺は、もし何某かの生ける屍が襲ってきたら、この木刀を抜いてその生ける屍と戦うしかないと思っていた。

「ふぅ・・・」

 やっとだ、歩くこと十数分。やっと俺の眼前に、俺の行く手に東門の門扉が見えてきた。でも、その一瞬の気の緩みが俺の命とりになったんだ。ほんとに城壁東門の門扉が俺の目と鼻の先で―――その少し手前の建物の陰から一人の男の生ける屍が現れたんだ。

「うわッ!!」

 俺は咄嗟に叫び声を上げ、もう反射的に左手で鞘付き木刀の鞘を握り締め、右手で木刀の柄を握り締めた。

「ッ!!」

 そこからはまるで流れるような動作で鞘から木刀を抜き放ち、弧を描く斬撃を繰り出す。俺が小剱流抜刀式で繰り出した木刀の斬撃が生ける屍の肋骨の辺りを捉え―――

「うわ―――・・・」

 ―――肉を打ち、骨を割り砕く、とても嫌な感触が木刀を握る俺の右手を通じて俺に伝わってきたんだ。その相手を打つ感触は剣術の試合でもたまに感じたりするものだけど、それとこれでは全く違った部類のやつだ。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・やっちまった、俺」

 俺が反射的に木刀で打ち据えてしまった、その生ける屍はうつ伏せになったまま、ピクリとも動かなくなった。この人達は、本当は死んでいるんじゃなくて、何か、例えば病気とかの原因でこうなっただけで、実は生きているのかもしれない。俺の心の内にさぁっと罪悪感がこみ上げ、ざわざわと俺の心を揺さぶるも、これはきっと正当防衛だと、俺は自分の心に言い聞かせるように踵を返す―――。

「え―――ッ!!」

 俺がこの場から立ち去ろうとしたそのときだ。俺の視界がガクっと大きくぶれたんだ。それは俺の歩こうとしていた姿勢ごとガクンと後ろに引っ張られたからだ。

「~~~ッ!!」

 俺は声にならない声を発した。

「う゛ぅぅぅ・・・」

 うぅっとまるで呻くような声を上げる、さっきの俺が打ち据えた人が、その土色になった血色の悪い手を伸ばして俺の左足首を、その土色の手で握っていたんだ。その手が俺をずりずりと引っ張るような力を左足首で感じた。

「う、うわぁああああああッ!!」

 俺は遮二無二無茶苦茶に左足をばたばたと踏み鳴らし、その腕ごと蹴り出したりするも、その生ける屍の右手は外れないッ―――!! 

「ひッひぃッ・・・!!」

 そのずりずりと俺の足首を握り引っ張る、落ち窪んだ屍の、虹彩のない虚ろな眼と視線が合った。

「ッ!!」

 そうしてさらなる恐怖が俺を襲う。俺の恐怖に染まった叫び声を聞いたのか、その土色で血色の悪い集団がぞろぞろずるずるもそもそと、そのそれぞれ緩慢な動きで、石畳の道を歩いて俺のところに向かってくる!!

「こ、こんなところで俺は終わるのか・・・?」

 足首を男の生ける屍にがしっと掴まれ―――バタバタと足を動かしてもその血色の悪い土色の右手は離れず、俺はどうすることもできず―――俺は、そうして地面に縫い付けられたのも同然だ。

「―――ッ!!」

 そして、その俺の足首を掴む生ける屍の後ろから呻き声をあげながら、わらわらぞろぞろのそのそと、すでに亡者となった一団の群れが姿を現したというわけだ。

 その緩慢な動きの一団は、足首を掴まれて動くに動けない俺へとまっすぐに向かってくる―――。

「・・・」

 それらを見てこのままじゃ、俺もきっと彼らと同じような生ける屍になってしまうんだろうって―――

「嫌だ・・・、そんなの嫌だ―――!!」

 俺はこんな(おぞ)ましい生ける屍なんかになりたくない―――嫌だ。絶対に嫌だ―――・・・!!

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