第百二十六話 真紅の三叉鑓
ダンっ―――っと一際エシャールは両脚を踏み締め、腰を落とす。
「―――終わりだよ、『哂い眼鏡』」
ひゅっ―――、尖った真紅の鋩が塚本の顔を目がけて、まるで射るように突き出される。
第百二十六話 真紅の三叉鑓
「ぐ・・・ッ!!」
塚本は顔を右に反らし、また体勢も仰け反らすように、下半身に力を籠めて―――ダッタタっ、っと後ろに退いて真紅の鑓の突きを回避―――、、、。
「さすがだ、『哂い眼鏡』・・・私の刺突を回避するとは」
すぅっ―――っと塚本の姿がその場に現れる。塚本が自身の異能の行使を止めたのだ。
「―――回避したように、、、見えるかな・・・」
すぅっ、っと塚本の左頬に一本の紅い線―――。その一本の線はやがて紅みが増し、、、じわっ、っと太くなる。塚本は先ほどのエシャールの刺突の一撃を躱し切ることができず頬を薄く切った。それほどまでにエシャールの動きは速く、鋭い一撃だったのだ。
「ふふ、ふはははは―――っ。浅い浅すぎるのだよ。当たった部類には入らないのだよ、私にとってそれはね」
「どうやら・・・きみには僕の姿が感知できるようだね」
ふふんっ、っとエシャールは余裕の笑みを浮かべる。
「『臭う』のだよ、『哂い眼鏡』貴殿は、ね―――っ」
「―――ッ」
そうか、っと塚本は苦しい表情で納得する。
ダンっ、っとエシャールは一歩さらに数歩塚本が間合いに入るそこまで踏み込む。エシャールは真紅の三叉鑓の柄に、左手も添える。
「ふはははははは―――っ。まず私に勝ちたければその身体が漏れる『臭い』を消したまえ―――ふんっ!!」
―――エシャールは大薙ぎに三叉鑓を振り被り・・・塚本を胴薙ぎに一閃。
ダンっ、タタタタ―――っ。塚本は両脚に力を籠め、後方に跳ぶことでそのエシャールの紅い胴薙ぎの一線を回避―――しきれずに、その上着が浅く直線状に切れる。
ぽつり、と塚本はすこし項垂れて答える。
「・・・そうか。僕の臭いか―――」
きゅっ、っとその口は、それ以上は何も言わずに閉じられた。
「安心したまえ、『哂い眼鏡』。きみが饐えたような臭いを発散していると言っているわけではない―――っ」
返す刃でエシャールはブゥンっ、っと今度は鋩を下から上へと斬り上げ、そこからさらに前へと繰り出す。
「ぐ・・・っ」
ギン・・・ッ―――!! 今度の塚本はその真紅の鑓を避けようとはせずに、その短銃の銃身でエシャールの一撃を受け止めた。重い一撃―――塚本の苦悶の表情から、それを見てエシャールの衝撃の強さが解る。その証拠に塚本の短銃の銃身には真紅の鑓の鋩が食い込んで、鋩の尖端の刃がその短銃の特殊鋼製の銃身に傷を付けている。
ぐぐ―――っと鋩から感じる圧が強まる。エシャールがその真紅の鑓に力を籠めたからだ。エシャールは涼しい顔でその口を開く―――。
「さらば―――『哂い眼鏡』。そろそろ終わりたまえ」
塚本はその短銃に左手も添える。右手だけはこのエシャールのその鑓の圧に耐えきれないと思ったからだ。そこにきて、このエシャールの『さらば―――『哂い眼鏡』』の言葉である。
「これは―――っ!!」
ぽぉうっ、っと真紅の鑓が淡く光る。
「私の氣だよ」
キィンっ、っという音を立て、エシャールの持つ『氣導具』から形成された真紅の鑓は淡く、紅い光を放つ。するとどうだろう、今までは塚本が両手で支える短銃にエシャールの真紅の鑓の鋩は僅か数ミリほどしか侵攻していなかったのに―――。
ずずっ、っと―――刃の侵攻。その様子を見て塚本の眼が驚きに見開かれる。
「ッ―――」
―――真紅の鑓が自身の持って支える短銃の銃身に沈み込んでいくかのように、刺さっていく。ずずっ―――三ミリ、、、五ミリ、十ミリ―――そして五十ミリ。塚本の黒い短銃はまるで粘土にでもなったかのようだった。―――そしてついには、塚本が楯の替わりに構えていた短銃を貫通―――、
「バカな・・・こんなこと―――っく!!」
即決。塚本は短銃を支えていた両手を外して、自身の短銃を棄てる。そして、下半身、脚に力を入れて後方に跳ぼうとしたときだ。エシャールが口を開く。
「『哂い眼鏡』貴殿に一つ教えておこう。私の持つこの『真紅の三叉鑓』を止めたければ、貴殿が持つその銃にも氣を通わせておきたまえ―――ッ」
疾―――ッ、それはまるで射られた真紅の鏃のように、『真紅の三叉鑓』の三叉の刃は、三つの鋩は紅き残光の尾を後方に遺して直ぐに塚本の胸へと到達する。もしこの場に人々がいるとすれば、誰の目にも塚本は心の臓をその『真紅の三叉鑓』の鑓でずぶりっと射抜かれると思うだろう。
「しかたない、、、か・・・」
ぽつり、、、っと塚本は口の中で小さく呟いた。それは塚本の『諦め』の意志を含んだ声だ。この今の状態ではエシャールには勝てない、勝つことが難しい、だからついに自分自身の異能の第二段階目まで使わないといけないのか、という塚本自身の『諦め』だ。
その『しかたない、、、か・・・』の声はエシャールには届かないほどの小さな小さな呟きだ。
事実塚本が『何もしなければ』、彼の胸を、肺を、心臓を、身体を貫いて、塚本 勝勇という男のその生命を刈り取り、絶命させていたはずだ。それほどまでにエシャールの紅い氣を纏う『真紅の三叉鑓』は威力のある殺傷力の高い攻撃なのだ。
エシャールの紅い眼が驚きに見開かれる。まるで驚愕の震天動地にその心が至っているかのような、そのような顔だ。
「―――なっ、、、なにをした『哂い眼鏡』・・・っ」
わなわなっ、っと驚きのあまりにエシャールの言葉が震える。先ほどエシャールが繰り出した紅い氣を纏った鑓撃は塚本の胸を捉え、そのまま吸い込まれるように確かに彼の心臓を突き、肺をも両断し、背中へと貫くような、そんなエシャールにとっては必殺の一撃だった。
「あぁやれやれ・・・、『これ』を見せるのはきみで五人目だよエシャールさん―――・・・」
そのような一撃を受けた塚本だが、彼塚本は無傷だ。いや正確に言えば、その『真紅の三叉鑓』は塚本の身体には一切当たることはなかったのである。塚本の胸の前方およそ上腕ほどの距離を開けて、ぐにゃぁりっ、っと『真紅の三叉鑓』の柄より先、鑓の穂先は塚本から見て左、その鑓はまるで塚本を避けているかのように有り得ない方向へと弧を描くように曲がっていたのだ。
物理的に『真紅の三叉鑓』は折れ曲がったわけではない。表面が歪な鏡か、もしくは水たまりに映った鏡像のように、指圧や風、振動でぐにゃりと不定形に像が曲がって見えるようなときがある。それと同じような見え方でエシャールの『真紅の三叉鑓』は曲がっているのだ。『真紅の三叉鑓』は塚本の異能で『曲』げられているのだ。
しばし、だが時間にて僅か数秒―――、エシャールはこの己の鑓に降りかかった状況に釘付けになっていた。
「ッ!!」
バっ、っとようやく我に返ったエシャールは慌てて『真紅の三叉鑓』をその手元に引き寄せた。タタっ、っと塚本の未知なる異能を警戒したエシャールはさらに後方へと退く。その距離は『真紅の三叉鑓』の間合いの外だ。
「な、なぜ今の私の『真紅の三叉鑓』は曲がっていない・・・?」
するとどうだろう、エシャールの手元に戻った鑓には曲がりはおろか、たわみや歪みすらできていなかった。相変わらずの素晴らしい真っ直ぐな真紅にかがやく三叉鑓だ。
「そうだね、きみのその『真紅の三叉鑓』に瑕疵はない。つづき、、、はじめようか、エシャールさん」
すっ、っと塚本は一歩脚を出す。間合いの外に遠ざかったエシャールとの距離を詰めたのだ。
「っ・・・!!」
びくっ、っとエシャールの身体が僅かに震えた。
「おや?どうしたのかな、エシャールさん。さっきまでは僕を殺す気満々だったのにさぁ」
さらに二歩、塚本はその脚を前に踏み出す。言うまでもないことだが、その塚本の顔には、くくっ、っとした哂みが貼り付いている。
「っ・・・!!」
ぐっ、っとエシャールはその鑓を持つ両つ双方の拳に力を籠める。せやっ、の掛け声でエシャールはその『真紅の三叉鑓』を今度は横薙ぎに揮う―――!!
ぐにゃり、、、っ、勢いよく横薙ぎに振るわれたその三叉に別れた刃が、いや現に塚本の間合いという範囲に入った瞬間にその鑓の穂先から柄の途中からが、まるで後ろ向きに、撓るように曲がる。
「くっ―――」
エシャールの顔が苦悶に歪む。一方の塚本は涼しげな顔だ。エシャールは自前の氣導具の『真紅の三叉鑓』の形状では分が悪いと察し、その三叉の鑓を手元に戻す。
ぶぅん―――っと『真紅の三叉鑓』が淡い光と音を放ち、エシャールがその手に持つ三叉鑓『真紅の三叉鑓』の形状が解かれる。
「おや、三叉鑓は終わりかい?」
「―――っ」
そして、『氣導具』は次の形状に、それは銃だ。塚本が懐に隠し持っていた拳銃ほどの大きさの銃ではなく、やや大きな銃だ。その色は先ほどの三叉鑓と同じく、綺麗なまるで紅玉を加工して作ったような真紅の色をした銃だ。エシャールの持つ『氣導具』は真紅の氣導銃になったのだ。