第百二十五話 理想主義者皇国近衛異能団団長、現る
「―――『流転のクルシュ』貴女の仰るとおり、彼奴ツカモト=カツトシは強い」
塚本は現れた男に抑揚のないその声で自分の名前を言われた。
「そいつはどうも―――」
この男に自分の名を名乗った覚えなど塚本にはなかった。であるのに、自分の名前を口に出された。それ故に塚本はやや警戒した面持ちだ。この現れた男の、まるで思考を見透かしてくるようなその紅い眼に、塚本はこの男は底知れぬなにかを秘めている、と。
第百二十五話 理想主義者皇国近衛異能団団長、現る
その一方で塚本は内なる動揺を隠し、強い、と男に言われてまんざらでもない、といった風の外面を装いその表情を柔らかくしたのだ。
「―――」
ふたたび、むぎゅっ、っと踏む。現れた男は倒れている第六感社の兵達につゆほどの興味も示さない。倒れている者などは歩いているときに地面に落ちているただの葉っぱか小石程度のものとしか思っていない様子だった。
「・・・それよりさっききみが言った『流転のクルシュ』とは? きみはこの輸送機の操縦士にも見えないし・・・」
塚本はこの現れた男に問いかけたのだ。塚本は自身の溢れる『知りたい』という欲求を抑えられることはできなかった。情報を得るか得られないかで戦いの勝率が大きく変わってくるというものだ。
現れた男は塚本を一瞥―――。
「―――。ツカモト=カツトシ―――」
落ち着いた声だった。だが、塚本は警戒しつつ口を開く。
「―――なにかな?」
「貴殿は聡い。いずれ貴殿は真相へと至るであろう。貴殿が、貴殿ら『灰の子』がチェスター殿下の邪魔をするのは目に見えている。―――チェスター殿下こそが正義なのだっ!! 大義はチェスター殿下にこそあって然るべきものっ。そしてチェスター殿下は今や『イデアル』にその身を置く・・・っ」
『イデアル』―――。
「―――っつ」
自分の、『流転のクルシュ』とはなんだ?という質問には男は何一つ答えてくれず、代わりにその口から出た言葉は『チェスター殿下』と『イデアル』だった。その『イデアル』なる言葉がこの男の口から出た瞬間に、塚本の顔に変化が現れる。
『イデアル』―――塚本は、その組織の名前は聞いたことがあった。ただ、聞いたことがあるだけで、その実―――何が目的でなんのために活動をしているのか塚本は知らなかった。
「貴殿は強い。さすがは日之国三強の一角『四天王』。ツカモト=カツトシ・・・いや『哂い眼鏡』。―――大蛇も頭を潰せば死ぬ。『燃え滓』も水を掛ければ消える・・・そうは思わないかね?」
『その自身の二つ名』を聴き―――にぃ―――っ、っと塚本の口角が吊り上がる。
「―――くくくっ・・・なにが言いたいんだい・・・きみはっ」
塚本はもはやその哂みを隠そうとはせず口角に三日月型の哂みを湛えたまま、そして右手で眼鏡を掴むとかちゃっ、っと押し上げた。
「だから私が来た。このイデアル十二人会の一人にしてチェスター殿下麾下、イニーフィネ皇国近衛異能団団長エシャール・ヌン=ハイマリュン―――」
「へぇ、強そうな肩書だね―――くくっ」
「―――その品のない笑みはやめたまえっ。この私が来たからにはチェスター殿下の通る道に露一つなし・・・っ」
にやにやっ、っとだが塚本はその余裕の哂みを消そうとはしない。
「つまり敬愛する殿下のために僕を消すってことかい?エシャールさんは」
「この私エシャール・ヌン=ハイマリュンの前には、貴殿のその武勇伝もここで終に潰えよう!! 征くぞ―――『哂い眼鏡』っ!!」
ダンっ―――っとエシャールは地を蹴る。塚本の目が驚きに開かれる。
「―――っ!!」
『現れた男』改めエシャールは地面を蹴り、塚本に肉薄―――、、、異能団団長と言った割にその異能で攻撃してくるわけでもなく、外套服の中に右手を入れ―――それを取り出す。それは棒状のものだ。剣か刀か、そのような武具の『柄』のように見える物体だった。長さは片手で握って余りは僅かになる一尺の半分ほど約十五センチメートルほどだ。
ブゥーン―――っ、エシャールがその『柄』を右手で握りこむとその柄から先に変化が現れる。何もないはずの柄から先にまるで集束するような紅い光が生まれ―――それが収まると柄から先に剣身が形成されていたのだ。まるでダガーのような形状をした細身の紅い剣身をもつ短剣だ。
地を勢いよく蹴り、塚本に肉薄するエシャール。エシャールは塚本が間合いに入った瞬間に、
「ふ・・・っ」
シャ―――っ、っとエシャールはその右手に握られた、剣身が紅玉の色をした深味のある紅色の短剣を勢いよく左右に振る―――!!
エシャールの表情が曇る。
「む・・・!!」
確かにエシャールはその紅色の短剣は塚本を斬ったはずだ。だが―――、斬ったはずの塚本の姿がぶれ―――、そして霧散するように掻き消えた・・・、かとエシャールがそう思った瞬間だった、それは。
すぅっ―――っと自身が薙ぎ斬りをしたはずの塚本がエシャールの数歩前、左側に現れる。
「そこか・・・『哂い眼鏡』・・・!!」
エシャールが塚本を見つける。
そして、塚本の『姿』にエシャールが釘づけになっているその近くで―――、
「・・・っ」
にぃ―――っ、っと塚本は、くくくくっというくつくつとした笑い声を口の中で押し殺して哂う。このエシャールという男は自分を見つけることができないだろう、塚本のその押し殺す笑みはそういった意味の笑みだ。
すぅっ、っと塚本は自分の懐内ポケットの中に右手を入れる。塚本はぎゅっ、っとその短銃の銃把を握り込んだ。この黒い短銃はごくごく普通の火薬の力で発射する銃だ。
エシャールはまるで霞か煙を相手にしているように、何度もその紅色の短剣で塚本に斬りつけるが、その手応えはない。相変わらずエシャールが斬りかかる塚本は我関せずといった様子でそこに棒立ちだ。
くくく―――っ。『本体』の塚本は口角に哂みを湛える。
「―――・・・」
不可視となった塚本は短銃を構える。狙うはエシャールに致命傷となる頸や胸ではなく、その右肩だ。楽しい尋問の始まりに向け、塚本はエシャールの機動力を奪うべく―――その引き金に指を掛ける。ぐぐっ、っと引き金が引かれて―――パァンっ・・・!! 塚本は短銃の引き金に掛けた指を引いた。
「―――」
だが、その瞬間だ。エシャールは何も誰もいない空間にその真紅の瞳を向けた。そこには視えないだけで、不可視になった塚本がいて、エシャールは彼にその視線を向けたのだ。
「―――っつ」
エシャールと塚本の視線が合った瞬間―――、それも刹那に塚本は悟る。自分が撃ったこの銃弾はこの男、エシャールには当たらない、と。
常人ならば、至近距離から撃たれた銃弾を躱すなど至難の業のはずだ。塚本はエシャールが銃弾を避けるか、その紅色の短剣で切り払うと思っていた。だが、エシャールは―――。
「・・・へぇ、よく防げたね、エシャールさん・・・」
すぅっ、っとエシャールの近くにいた塚本の幻影は掻き消え、短銃を構えたままの塚本の姿が現れる。もちろん塚本の本体だ。
「・・・つまらんな、『哂い眼鏡』よ」
エシャールは塚本が撃った銃弾を喰らったのではなく、避けたわけでもない。塚本と視線が合った瞬間、エシャールはその得物のダガー型の短剣を、短剣から楯へとその『形状』を変えたのだ。
すぅっ、っとエシャールは自身を防ぐ紅色の楯となったその得物を僅かにずらし、その紅い眼の視線を塚本に向けた。
「―――っ。『氣導具』だね・・・それは。イニーフィネでは普通に存在しているって聞いたことはあったけれど、間近で見るのは僕も初めてかな―――っ!!」
パァンっ、パァンっ―――塚本はその短銃から二発撃つ。ギンッギンッ―――塚本が撃った銃弾は二発ともエシャールの持つ紅色の楯に当たってどこかに跳ね返った。
エシャールが構えるその紅色の楯の形状は、綺麗な紅玉のような色の艶やかな楯で、真ん中にいくにしたがってふっくらと盛り上がり、剣や鑓の鋩、銃弾を簡単に弾けるような構造となっている。
また楯の外観は王侯貴族が家紋として掲げる丸みのある逆二等辺三角形のような楯の形をしている。重騎士や機動隊の持つ長方形の楯ではない。だが、エシャールの意思一つでその形状にも変化させられることだろう。
「―――」
どうだ?とばかりに、にやっ、っとエシャールの表情に余裕の笑みが生まれる。
「ふぅ・・・やれやれ『氣導具』か・・・。厄介だね」
ふっ、っと塚本の姿がぶれ―――、そこから塚本の姿が消え失せる。新たにエシャールの右前方に出現した塚本の姿。
その塚本の様子を観て、エシャールが動く・・・!!
「無駄なことは、やめたまえ―――」
タッ、っとエシャールは塚本に跳びかかる!! だが、地を蹴りエシャールが跳びかかったのは、右前方に佇む塚本の『姿』ではなく、自身の背中側真後ろ―――。
「ッ!!」
不可視の塚本は驚きに目を見開く。エシャールが向かうのは、向かってくるのは本体の自分だからだ。塚本が異能を行使して、造り出した自分の影分身ではない。
「そこかねっ・・・!!」
ブゥン―――っと柄状の『氣導具』が淡いを光と音を放ち、エシャールがその右手に持つ紅の楯の形状が解かれる。そして、その右手に握られている得物―――それは鑓だ。しかも刃が単一の一本鑓ではなく、殺傷力を高められる三叉鑓だ。その三叉鑓の色は相も変らぬまるで紅玉のような綺麗な真紅の色をしている。
くっ・・・!!塚本の表情が、眼差しが、口元が苦しく歪曲する。
「っ・・・つ!!」
ダンっ―――っと一際エシャールは両脚を踏み締め、腰を落とす。
「―――終わりだよ、『哂い眼鏡』」
ひゅっ―――、尖った真紅の鋩が塚本の顔を目がけて、まるで射るように突き出される。